第123話 企み

【お知らせ・シドラードの信仰協会がウンディーネからアフロディーネ信仰協会へと変わっておりました。申し訳ありません】


今日も平和なフラクタールだが、見慣れた客がアミカの鍛冶屋リミットに顔を出す。

ノアの持つ聖騎士のジキットだが、彼はイドラ共和国の使者とどのように話したのかを聞くために街に来たのだ。


暇な俺達は森に足を運んだが、インクリット達の活動はお休みの日で鍛冶屋も休み

だからこうして気軽に外に出掛けている


『なんでお前とデートしなきゃいけねぇんだよ』


真っ白な森の中で文句を言いながら茂みから突っ込んでくる赤猪を蹴り飛ばすジキットの脚力は半端無い

放物線を描いて飛んでいく赤猪を眺めながら、俺は答えた


『たまには体を動かしたいのだ』

『毎日動かせよ』


こうして森の中を探索しながら使者との会話を彼に話す。

想定通りに動いている為、彼の様子に変化はない


『一応ケヴィンの勢力から将校が1人現れても可笑しくはねぇだろうなってガーランド様も言ってたぜ』

『名誉回復に参戦くらいするだろうが、シドラード国内の勢力図を崩すなら潰しておくべきか』

『そこはノア様がお前に任せるといってる。ただどうするかは早めに知りたいのが本音だ。』

『なら潰しておくが、ノアはどんな企みだ』

『シドラードとの交渉の際はシャルロット以外通らないようにしている。他国との交渉にそうした流れはあの王女様にとっても今後都合良いが気づくかどうかだ。』

『気付く。大丈夫だ』


そう言いながら背後から低空飛行で襲いかかるシロツノワシというランクDの魔物に気づくと、俺は振り向きながらメェルベールを振る


翼を広げれば3mにもなる大型の猛禽類

名前の由来通り白いワシだが頭部に2つの小さな角がある。

急降下では最高速度が時速100キロと早いが、体当たりしてくることは無い


『グェ!』


鉤爪で攻撃しようとしたのだろう、しかし俺の攻撃で真っ二つさ


『ジキット、2時の方向50メートル先に2体』

『しゃあねえなまったくよぉ』


なんだかんだ彼も体を動かすのが好きだ

魔法剣アルカトラズを手に姿を表すオモチャの兵隊人形のような魔物であるパペットナイト2体を前に構える

その間、俺は倒したシロツノワシの魔石回収さ


『ニー!』

『ニー!』


可愛らしい鳴き声だが、すばしっこい奴さ

低ランクのパペット種だが攻撃する瞬間だけ素早いのだ。

そんなパペットナイトは息を合わせたかのように2体同時にジキットに飛びかかると、その右手に握る小柄な片手剣を振り上げる


『そらよ』 


飛び込んで来ることがわかっていたかのようにジキットはタイミング良く前に素早く距離を詰め、そして横殴りに剣を降るとパペットナイトの腕が容易く宙を舞う 

 

(Dを同時に軽々とか)


一瞬で2体の間を通過しながら連続で剣を振って両断だ。

耐久性はまったく無いため、簡単に斬れるのさ


『ほう…』


パペットナイトは体内に秘める核を破壊しなければならない

だがジキットはあの魔物から感じる僅かな魔力でピンポイントで攻撃していたから立ち上がることなく魔物はその場に倒れると魔石が顔を出す


『軽い剣だなこれ』

『上手く扱えればそうなる』


どうやら手に馴染んだようだ。

こうして彼と共に森をゆっくり歩きながら会話をする

周りを眺めながら、警戒を怠らずにさ


『ガーランド様が取り決めた支援物資の件だが内訳は聞いてっか?』

『ノアからだいたいの予想ぐらいならば』

『火薬類や大砲が5門、あとは食料となる様々な品を原価割れで提供だとさ』


原価割れか…まぁ有効的な国に対し、緊急事態となればそのような判断もするだろう

普通は食料といった物資は他国から提供はされない、危ないからさ

だがゼペット閣下はガーランドを信頼しており、余分となった物資の行先も取り決めていたらしい


『イドラで売りゃ金になる。戦争だと近くに地区の物価上昇がヤバいからな』

『原状回復としてガーランドは承認していると考えるべきか』

『だな、もう最近は既に運び出している頃合いだ』


早いな…流石ガーランドと言うべきか

飛び出してくる灰犬3匹、俺は左手に握りしめたメェルベールで両断し、会話に戻る


『他国はお前の正体も知りたがっている。イドラとなりゃファーラットと繋がりが深い国、ある意味挨拶としてもガーランド様やノア様あとはフルフレア様もゼペット閣下に顔を見せてほしい意思は高い筈だ』

『お互い有益な状況だ、勿論行かせてもらう』


俺はイドラに忍んで参戦は実際、こちら側の勢力が言い始めたわけではない事も彼は言うが、予想通りだ。

こちらとしてはイドラに負けてほしくはない戦いでもある為、強力的になるしかガーランドは選択肢は存在しない

ゼペット閣下の使者がアクアリーヌ戦後に来ており、その件でガーランドは提案として俺の名を出したのだ。

出さなくてもあちらは出す。一時的なシドラード戦力の弱体化を求める事はあちらも理解している。


『こっちの狙いもゼペット閣下は知ってるが、面白い事を聞いたぜ?』


その面白い事をジキットは周りを警戒してから俺に近くに来ると、耳元で小さく呟くように言い放ったのだ

ウンディーネ信仰協会の財源が帝国に流れている、と


(確かに面白い情報だが、ゼペットが密偵を出していたのか)


そうとなると、面倒な予想を浮かべてしまう

帝国には大魔導マーリンの存在がいるのだが、もしウンディーネ信仰協会教皇ラインガルドが帝国の者だとしたら最悪の場合、魔導に秀でた者が2人もいる事となる

そうなると他国は戦でかなり不利になるのだ。

超位魔法を1発撃つだけで戦況を変える事も時には可能なのだからな…


『ラインガルド教皇がマーリンっつぅ線はどうだ?』

『思い切ったなジキット、その線が一番ファーラット側は好ましいだろう』

『もしその線が高いならばどうする?』

『トドメを差すだけだ』


マーリンは帝国にとって大きな戦力だ

戦士ではまだ強者が存在するが、マーリンが消えれば一時的に今後帝国の行動を制限できるだろう。

保身に走るよう仕向けるには、殺すしかない


『むっ…』


気になる気配だ、少し気が強い

森の奥に顔を向けて気配を探るが、冬に見られる強敵の気で間違いないだろう

ジキットはそんな俺の様子に勘付き、同じ方向を見ると好戦的な言葉を口にする


『いっちょ祭りでもすっか』

『足を滑らせたら危ないぞ』

『靴に鉄のスパイクついてる、まぁ最初は重いと思ったが慣れるとマジで良いぜこれ』


靴の裏を見せて来た

2か所に棘のついたスパイクが装着されており、冬でも滑らないような冬用の聖騎士靴といった所だろう

これなら大丈夫そうだ。


『ランクBでも下位だが、今のお前ならいけるやもしれん』

『馬鹿いってんじゃねぇ。アバドンの時とは違うぜ』


まぁあの精霊種は特別だからな

それに比べれば今から遭遇する魔物は…


『コォォォォォ…』


深い吐息が森の奥から響き渡る

どうやら直ぐ近くまで来たようだが、奴は音に敏感だ


(音につられて来たか…)


その姿を目の当たりにし、ジキットは魔物を前に軽い準備運動をし始める

全身が真っ白な毛で覆われ、毛並みは僅かに汚くボサボサだ

全長3メートル、他の猿種より筋肉質な魔物の名は白獅子

灰色の顔、鬼の形相を浮かべているが怒っているわけじゃなく、本来がこの顔だ。


3つの右爪は異様に長く、小柄な片手剣並みに鋭いのが特徴

あれで引き裂かれれば、人間は一瞬で肉塊と化すだろう

猿にしては知性的ではなく、かなり好戦的な雑食の生き物である

ヨダレを垂らしているのは空腹時のみであり、人間の肉すらも骨までしゃぶるほど綺麗に屠る胃袋を持つ


『コァァァァァ…』


吐息に交じる声に変化がある

僅かに興奮した際、声質が変わるが餌だと思っているんだと思われる


『俺がやる』


ジキットは魔法剣アルカトラズを構えた

武器の刀身が僅かに発光し、微弱な放電が見える

魔力の流し方を覚えたのだろうが、魔法剣だからこそ流せば武器は答えてくれるのさ


『ホァァギャァァァ!』


汚い声を上げて4足歩行で突っ込んで来る白獅子

周りの積もる雪を舞い上げながら進む姿は圧巻

迫力はあるが、ジキットには通用しない。


『うっし…』


下位魔法の牽制は流石にしない

弱い魔法は白獅子の毛が威力を軽減するからだ

物理攻撃のみでの戦いを強いられると強敵だが、ジキットはその方が良いのかもしれない


『コァァァァ!』


彼の目の前で上体を上げ、右爪で地面をすくうように払う白獅子

飛び退くしか回避はない為、面倒な攻撃だがジキットは避けなかった。


(むっ?)


彼は前に突っ込んだのだ。

懐ならば爪の驚異は無いが、そこには白獅子の奥の手が存在する


『付与!雷!』


武器にバチバチと電流が流れ、攻撃力が増す

当たれば良いダメージだが、相手は甘くは無い


『ちっ!』


ジキットが舌打ちしたくなるのもわかる

白獅子の口は鋭く、猛獣と並ぶ牙を持つのだ

大きく開けた口は地獄の門、そこにジキットは剣を差し込もうと全力で前に出す


『ぬぉぁぁぁぁぁぁ!』


ジキットの一撃に声が乗る

普通ならこれでおしまい、しかしそうはならない


白獅子は剣を牙で咥え込み、噛む力で受け止めたのだ。

咬合力の凄まじさは獅子に並び、ジキットさえも驚く

だがしかし、無駄ではない


『ホァ!』


触れたら感電 

バチバチと口の中に流れる電流に白獅子は咥えた剣を放り投げたが、ジキットは宙で上手く回転して着地の姿勢を取ると追撃せんと再び襲いかかる白獅子に左手を向けた。


そこで彼は切り札を出したのだ

伸ばした左手から展開された黄色い魔法はバチバチと電流が走るが、下位魔法じゃない


(中位魔法か!)


覚えているならば、確かにお前だけでいける相手だ。


『雷魔法・スパーク!』


炸裂音が響き渡ると、音速を超えた魔法はジキットの目の前まで迫る白獅子に襲いかかる

複雑な屈折を何度もしながら飛び出した雷はいかに魔物だとしても反応できる距離ではない。

白獅子は真正面でそれをモロに受け止めてしまった


『ホワァァァァ!』


素質付きの一撃は白獅子だとしてもかなりのダメージさ

感電した瞬間、次に起きたのは炸裂だ。

雷でも落ちたかのような甲高い音がさらに鳴り響くと白獅子は吹き飛んだのだ。


地面を転がりながら近くの雪に赤い血を残す様子は勝算が高くなった証拠として十分だろうな


『まだだ』


ジキットは囁きながら駆け出す

強敵相手に最高のチャンスであり、追い打ちさえ成功すれば彼は有利に戦いを進められる

全力で駆け、全力で挑む彼は既に周りなどわからないくらい集中しているかもしれない

そう思える程に彼の体から漏れ出す魔力が大きくなっているのさ

 

素早く起き上がろうと上体を起こす白獅子

だがしかし、奴の視線には既にジキットの執念たる一撃が繰り出されていたのだ


『おらぁぁぁぁぁぁ!』


渾身の一撃は白獅子の右肩を大きく斬り裂いた。

飛ぶ血は真っ白な雪景色の一部を真紅と化し、その場には冬にも負けぬ熱を帯び始めた


『コァァァァァ!』

『ぐっ!?』


白獅子も馬鹿ではなかった

左手でジキットを叩いての応戦だが、彼は間一髪で剣を盾にガード出来たようだ

でも力を完封すること叶わず、ジキットはそのまま吹き飛ぶ


今度は受け身無しでジキットは地面に叩きつけられるが、白獅子は傷口を抑える事に意識を向けていたからカウンターはこなかったな


『ぐっ、マジで肺が縮む感覚だぜ』


それでも彼は立ち上がる

絶対に一人で倒す勢いを持ったまま、お互い大きなダメージを背負ったまま睨み合う


(もう自慢の爪は今使えないだろうなぁ)


白獅子の右腕がダラリとしている

きっと力が入らないからだが、チャンスだ

ジキットの呼吸が整うのは直ぐだが、白獅子の腕がこの戦いで回復することはない。

だから白獅子は本能的に今の状態のまま、ジキットに襲い掛かるしかない。


『来いよ汚い雪ダルマ!』


好戦的で猟奇的で軍配が上がったのはジキットだ。

流石に不利だと白獅子でも気付いたのか、奴は彼に背を向けて逃げたのだ。

どちらかが死ぬ迄だけが勝負じゃない


見事退かせたが、ジキットも強気であってもダメージは多い

まぁあのまま戦っても勝てるのはわかってたけど、相手が利口だったか


『ちっ』

『まぁ残念だが逃亡だな』

『続いてたら勝ってたのによ』

『わかってる』


スパークか…

あのランク帯には中位魔法さえあれば今みたいに戦う事は可能だ。

覚えるのは大変だが、知らない間に取得していたのは驚きだよ


『つぅかよ、ミルドレッドさんの件だが上に報告しても問題ないのか?その選ばれし者も信頼に値すんのか?』

『王族に知らせてくれ。スズハも問題無い』


少し唸るジキット、しかし言葉は口にしない


街に戻ると、そのままアミカの鍛冶屋さ

しかもハイドがいるのだが、悲しい事に彼はアミカの買い物の手伝い任命されて森にはこれなかった

居間には寛ぐハイドがうとうとしながら隅で横になっている


『グスタフさん、戻りましたか』

『アミカに振り回されたか?』

『あはは』

 

買い出しのアミカは街中を走るからな

聖騎士といえど、ドワーフの体力を前に苦労した感じだな


インクリットは今日里帰り

ここにいるのは聖騎士2人に俺やアミカ、そして今しがた帰ってきたエステだ


『聖騎士の小僧2人ね』

『誰か小僧だ誰か』

『今日もお綺麗ですエステさん』

『ありがとうハイド君』


ハイドの目が輝いてる

ウッ!とか言いながら胸をおさえるが、病気持ちなのだろうか


ある意味、聖騎士達にとってもエステの存在は非常に良い事がある

エイトビーストがシドラードでどう動くのかわかるからだ


みかんが沢山置かれたちゃぶ台を囲むエイトや俺そしてジキット

ハイドはアミカの夜食のお手伝いで台所

どうやら聖騎士はここに泊まるようだな


『エイトビーストは王族から身を引いたか』

『ハーミットの時から考えていた事よ。あの頃はギュズターヴがいたから皆がいたようなもんね。』

『アクアリーヌじゃケヴィンはグスタフの存在をちゃんと伝えずに隠して戦おうとした意味はなんだかわかるか?』

『グスタフの力をエイトビーストをぶつけて調べようとする理由以外ないわ。別の隠れた戦力を保有しているか、情報を流すつもりだったのかはわからないわね』

『ウンディーネ信仰協会も一枚噛んでたがきっと、そうだろうな』

『グスタフの存在を危険視してから陣が変わったのは確かにそうかもしれないわ』


あの戦いではウンディーネ信仰協会の戦闘員も参戦し、前線に配備される予定が当日に急遽後方に下がったというのだ。

あの場で見ていた者がいたのならば、俺も気付かない。


ジキットは真剣な面持ちのまま、みかんを掴むと剥いて食べ始める

俺は食べないが、普通はみんな食べれるんだな


(いいなぁ…)


『みんな大変ね!』


そう言いながらアミカが現れた。

どうやら夜食の完成、胸が躍る思いだ


料理は肉多めの焼そば

分厚い豚肉は肉汁でダイヤのように輝き、食欲を奮い立たせる  

変わった面子での夜食だが、ジキットとハイドは時たま鍛冶屋に顔を出してはアミカと話す事もしばしばあるため、仲は良い


『未来の神鍛冶の料理かぁ』


ハイドが軽くおだてながら食べたそうにしていり

まぁアミカも目指す道が決まり、これからも鉄を叩き続けるのだから成果は時間の問題だ。

親の支援もあるから更に士気が高まっているが、無理をする癖は治ったのだ。


(休むことも大事だしな)


『みんな食べよー!』


楽しい食事にて、俺は幸せを味わう



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