第122話 王女
グスタフとスズハが激突した3日後、彼女はシドラードの中枢都市シャンドラまで早急に戻った。
そのまま王都まで帰還する予定だったが、彼女には色々と知るべき事が増えたのだ
栄えた通りには屋台が広がり、寒い季節なのに衣類や果物そして服の生地を売る商人が存在する
その中でも歌を披露する者や打楽器と言う動物の皮を素材として用いられた楽器を叩く者もいる
そんな賑わいは彼女にとっていつも以上に意識に入らない
(ここね)
足を止めたのは廃墟のように古びた会館
そこはファラが買い取った建物であり、彼の持つ傭兵団組織のアジトだ。
大きめな両扉の入口には2人の警備がとり、スズハは建物を前に一度深呼吸をする
(シドラード内で一番大きな傭兵組織…か)
ゾンネ信仰協会の教皇とも言われる男の根城
本来、彼女が来れるべき場所ではない
ファラは表上では完全に王族との関係を断ち切っており、それに属するスズハも例外ではない
アクアリーヌの1件から彼女は出会えていないのだ。
『お引取り願いたい』
考え込んでいると、彼女に気づいたゴロツキの様な人相をした傭兵が彼女に口を開く
近付いてきた事にも気付かない程に考え込んでいたスズハは少し驚くと、直ぐに真剣な顔を浮かべた
『どうしてもファラさんに会う必要があります。』
『あんたは出禁者の中の1人なんだ。うちと揉める事になればどうなるか理解してるかい?』
若干悲しい面持ちを浮かべるが、傭兵は気にはしない。
彼女の中では独立した組織でもあるファラの傭兵団だが、今は違うのだ
建物の屋根には風でなびく太陽の旗、そして彼女の進みたい傭兵の背の奥に見える扉の上に設置された旗も太陽のマークだが、別の旗の存在に彼女は驚いた。
(あれは…)
紫色のローブを羽織る者が体の前で星を手にしている絵のマークをした旗が飾られており、その旗はある意味で貴族やゴロツキ避けるとも言われる組織の旗だ。
エルマー慈善協会
非道と言われるエイトビーストである魔導公爵を筆頭に活動する組織であり、現在はファラの持つ傭兵団と最近になって手を組んだと傭兵から彼女は聞く
『悪い事は言わねぇ。国内で敵を増やしたくないだろ?』
ファラもエルマーも他の傭兵に様々な支援などで活動する事は多々ある為、最悪の場合に彼らを怒らせれば国内の傭兵の大部分を敵に回し兼ねない
傭兵国家が傭兵を怒らせるなど、王族もしないことなのだ。
『伝言だけでも…』
最適案が見出だせない彼女は諦めた
傭兵に伝言を伝えると、溜息を漏らしながらシャンドラの街を歩き出す
以前は普通に話す事が出来た関係が、自分の知らない間に崩れ始めている。
自分は何も触れていないのに、目を離した隙にそれまでの普通が普通ではなくなっていく。
それはアクアリーヌ戦からであり、それは終わりではなく始まりに近い事をグスタフに言われた事を思い出すスズハは慣れ始めた世界での生き方が変わっていくのだとすれば、変わらなければならないのだろうと思い始める
(確かにケヴィン王子はアクアリーヌ戦の失態で大きく動けない、だからウンディーネ信仰協会が今は動いているけど)
その時、スズハはとある存在の言葉を思い浮かべた
【あの組織は信じない方が良いよ、いずれ国を蝕む存在と化す時が訪れるから君もその時はシャルロットに手を貸してほしい】
肝心のシャルロット派閥は権力図では小さく、思い切って動ける立場にない
だがしかし、一度彼女ともう一度今後に関して話す必要があると感じ、その為に彼女は王都に向かって歩き始めた
運命はどう巡り合わせるかは未知数
スズハは会うために行動を起こすと、それは予想外な展開で訪れる事となる
『スズハさん?』
聞き慣れた声にまさかと思い、スズハは振り返る
そこには白いローブを羽織り、フードで顔が見えない何者かが立っていた
身長から女性であり、その者の背後には見慣れた顔をした男が5人
(竜騎士隊…まさか)
シャルロットの側近騎士である竜騎士の者達
だとすればローブの者の正体は明らかに答えが出る
『ここでは目立ちますので、屋内に入りましょう』
こうして彼女達が入ったのは薄汚れたバー
客は数人の冒険者や傭兵しかおらず、そんな店内の奥のテーブルへとスズハは向かった。
他の客との距離もあり、大きな声を出さなければ聞こえない所
スズハはフードを被ったままの彼女に視線を向けたまま、若い店員が置いた水を少量飲む
隣のテーブルにも竜騎士の者、姿は冒険者の格好をしており、お忍びでシャルロット王女がこの地にやってきた事を示している。
『ファラさんに会いに行ったのですか?』
『そうです。しかし門前払いでした』
『私もです。』
小さな笑いを浮かべる声にスズハは覇気の無さを感じた
僅かな静寂、そんな時間を斬り裂いたのは竜騎士の者の言葉だ
『無礼極まりない男ですが、アクアリーヌ戦の件から考えれば言い返す事も出来ない事態だと思われます。』
『その通りです。彼らは王族が知る得る戦いの情報を彼らに十分伝えていないのですから信頼など失ったのでしょう。あの時に私が動いていればと何度考えた事か』
だがしかし、シャルロットは億劫になった
戦いを前に判断など経験もなければ覚悟も無いのである
小さな彼女の溜息は、聞こえる者には大きな溜息かのように響く
どうすればいいのか、ファラに会いに行ったシャルロットだが
彼女は言われたのは入り口を守る傭兵らの言伝だけだった
【甘ったれた覚悟で来るならば時間の無駄だ。お前らはいつもそうやって誰かを裏切るがお前も同じだ。違うと思っているならば一生誰にも手を差し伸べてもらえないだろう】
シャルロットからその言葉を聞きながら、スズハは水を飲み干した
何かを変えようと藻掻きたくても、藻掻き方がわからない者の集まり
時代の出遅れ予備軍にもなりうる事態にこの場で顔を向かい合わせた2人は真剣にどうすべきか、似合わぬ場所で考え始めた
『竜騎士さん達はどのような意見を?』
スズハがふとそう口にした
先ほど言葉を交わした者の言葉が気にかかるからだ。
彼らはシャルロットを護衛するだけの存在ではない、彼らはとある存在の恩もあり、そして託された使命がある
『我が主が変わらなければいけない時が来たのです。なにとぞこの不安定な各国の状況で前に立つご決断をしなければギュスターヴ殿がおっしゃっていた通りこの国は衰退します。』
『私にそんな力なんて…』
『希望があるからギュスターヴ殿は貴方に目をかけていたのです。この状況で犠牲無くして未来など決して勝ち取ることは出来ない所まで来ています。どうか今一度軍を再編成するために我が派閥に他の無派閥を取り込む為の政策をどうか』
『私はグスタフにあって来たわ。』
会話の途中、スズハが言い放つ
誰もがその事に驚くと、スズハは注文していたアップルジュースが来てから何が起きたかシャルロットに話したのだ。
10分の時が過ぎると、彼女達は静かに話をまとめる
グスタフという男が悪魔のような無類の強さをアクアリーヌ戦で見せつけ、ケヴィン王子の派閥の戦力を大きく削る成果を叩きだした。
その化け物がシャルロット陣営に協力するかのような言い方をし、そしてシャルロットがファーラット公国に送った屈強な傭兵の情報でも同じことを口にしていたのだ。
ファーラットは飽くまで、シドラードの衰退の中で何かをしようとしている
それが何なのか知っているシャルロットは無意識に口にした
『こちらの情報ではウンディーネ信仰協会の衰退および崩壊をファーラット公国陣営は望んでいる。そうしなければ私達の国は大きく傾くと』
『あの大規模な組織をどうやってですか』
『既に最高幹部の2人はグスタフによって討ち取られております。そしてアクアリーヌ戦ではケヴィン兄さんの派閥の者だけを狙っていましたのでこちらの将校は兵の損実もまったくありません』
『なんだかとんでもない事態の選択を強いられてますね』
『周りは動き始めているのです。あとは私達がどうすべきかなのですが。』
忍んで周りに率いる勢力を取り込もうとシャルロットは無我夢中で必死に藻掻いていた。
だからこそ彼女はこうしてようやく悩み始めたのだ、とある約束を果たすためにも
『あの人、戻ってくると思いますか?』
スズハがそう言いだす
彼女も知る戻るという意味は、シドラードを誰よりも守った者の事だ
今のシドラードに嫌気が差し、そしてハーミット国王を殺した事により国を去った者
彼を慕う者は当時の出来事は信じられない思いであったが、その件でケヴィンの行動が迅速過ぎた事にシャルロットやスズハは僅かに何かが暗躍していたのではと模索していた。
亡くなった知らせからハーミット国王派閥の者がケヴィンに流れるのが早すぎたのだ。
まるで死ぬことをわかっていたかのように
『戻ってくるように真実を突き止め、そして私は力を付けないといけません。だから…』
シャルロットはテーブルに頭を伏して、王族に似合わぬ仕草を見せた
これにはスズハも驚くが、飛んでくる言葉も過剰に彼女を驚かせた
『私は今、王族の資格もない立場です。そんな私でもこの国の国民が好きです。守る為にどうか力を貸してください。』
自らを相応しくない立ち位置にいる者
資格の無い者であることを公言した事に竜騎士は思いつめた顔を浮かべる
だが彼らは口を出さない
『国民の為に、どうかお願いします』
スズハはケヴィンと違う思想の彼女の言葉を聞く
彼は国の名誉、保身そして他国との競争心ばかりを口にするが目の前の女性は違う
国をよりよくするために土台は国民だと言ったのだ。
グスタフの言葉と照らし合わせると、なんとなく彼女は言いたい事が分かった気がする
『先ずどうしていく感じなんでしょうか?』
『幸い、私は国民からの支持しかありませんがそれを使いたいのです。貴方がいれば国内の商人協会や貴族から取り込むことが可能になると思います。その後は無派閥の将校や各地方にいる傭兵団の組織、小さい所から徐々に行くためには言葉は悪いですが貴方の名前が必要なのです。』
『…ケヴィン王子がどう思うかはわからないけど』
親離れをする時がスズハにも来ている
判断を間違えれば時代に取り残されるならば、動くしかない
だから彼女はこの場で決めたのだ
『1週間待ってくれるなら。何とかします』
この時、初めてシャルロットは希望の光を見た
始まりの小さな光、これをどこまで大きくさせるかは彼女次第だ。
シャルロット勢力は小さいわけではない、彼女には国内で数少ないSランク傭兵である無音ザントマという男を派閥に入れており、彼がいるからこそ傭兵団ニンジャという隠密に秀でた者達の協力も仰ぐことが出来るのだ
ローゼン工作将校やジャスパー第7将校、エリク第8将校、エミリア第10将校
将校達を全く取り込んでいないわけではない。戦力として若い将校らを取り込んでいるのは彼女が多いのだ。
シドラード王国は第12将校までおり、彼女は前線に出る将校を3人派閥に属している
そケヴィン王子と比べると力の差は半分もあったが、アクアリーヌ戦では彼の戦力は大きく衰退し、シャルロットの藻掻き方によっては覆せる状況を作れる可能性が出てきたのだ。
『春には決着の時が来ます。』
シャルロットは覚悟を決め、スズハに話す
大きすぎる国内の権力図にスズハは深刻な顔を浮かべ、静かに立ち上がる。
『そうなると、どう足掻いても対面する者がいますね』
スズハの言葉にシャルロットは息を飲んだ
商人や貴族を取り込む、しかしどこにも属さない組織はとある者が頭にいるからこそ無派閥でいられている
だからこそ、シャルロットはその名を強く口に出した
『エルマー魔導公爵、彼に爵位を取り戻させます』
現在商人の人口が増えているのはエルマー慈善協会の影響が大きく
彼の派閥に属している者が多い
無派閥ではないが、正式な権力者の傘下ではない為に無派閥と国内では言われている。
権力を持つ貴族や王族が手を出さないのはエルマーという男の存在があるからだ
エイトビーストの中の1人、没落した元公爵家の長男
没落して20年、エルマーは以前の家系の力を取り戻そうと徐々に力をつけてきているのだが。ケヴィンでさえ彼に手を出せない存在だ。
ならば足を踏み入れよう、シャルロットは覚悟を決める
実際、シドラード王国の魔法騎士は彼を師として慕う者が多く
若き魔法騎士の殆どはエルマーが孤児から手塩にかけて育てた少年少女が首席を取って入団する者が多い
将来を見越せば、エルマーと交渉するしかないのだがスズハは彼が苦手だ。
『エルマーさんの時は…私は仮病でちょっと』
『お願いします。』
再び頭を下げられる事にスズハは弱い
大きな溜息を漏らすと、椅子にようやく座り、重たく感じる頭を頷かせた
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