第121話 雀蜂スズハ
コロウ山脈に位置するフラクタール防衛拠点周辺は吹雪で視界が悪く、敵味方関係無く猛威を奮う
しかし意図的に発生した現象であり、その元凶である若い女性は慣れない部下を前に睨みを利かせた
『本当に面倒な事してくれますね。さすがゾディアック』
フラクタール防衛拠点の様子やグスタフに関する情報を得るだけの作戦は初めての部下によって崩れ去る。
根っこからの悪党、しかし簡単な指示ならばと思った彼女の予測は予期せぬ形となった?
『帰るわよ』
『しかしスズハ様、このまま帰ってもよろしいので?』
『頭大丈夫?馬鹿なあんたらに言うけど勝てない相手の情報収集に来たのに刺激してどうすんのよ?ファラさんから聞いてないの?絶対に勝てないから手は出すなって出発前に聞いたわよね?』
双剣を握る手に力が入る
ゾディアックとはシャンティが統率してこその組織であり、彼無くしては機能しないのだ。
個々の能力などない、亡き頭領が操るように動かしていたのである。
(グスタフ…)
双剣雀蜂を手にする若い女性は黒髪のショートボブ
一見穏やかな性格をしていても可笑しくはない様子を見せるが、口から放たれるは鋭い言葉ばかりだ。
双剣雀蜂とは雷金剛鉄鉱石で作られた武器
黒い刀身の外側は黄色く、それは雀蜂をイメージして作られたギザギザ刃の双剣
雀蜂スズハと呼ばれており、彼女はケヴィン王子側についていた
しかし、抜けようにも彼女には拾われた恩がある事によって見えない鎖で縛られた状態。
ある程度この世界での生き方を知り、それでも恩師離れが出来ていないのだ
『どうします?』
ゾディアック残党の1人が指示を仰ぐ
だがこの状況では無理に作戦を遂行したとしても、悪い予感しか彼女にはない
シドラードを立つ際、彼女はファラの部下にとある言伝を貰っている
決して怒らせるな
ゾンネ傭兵団は結果によってはシドラードの敵にもなりうる
(ギュズターヴさんがいれば…)
そうした思いを胸に秘めているとき、視界の悪い猛吹雪の中で近くの仲間の鈍い声が微かに彼女の耳に入る
これにはゾディアック残党も声の方向に構えるが、その時には既に終わった後だ
彼らの仲間の1人はその場に倒れ、首を斬り飛ばされていたのだ
『身構えて!』
スズハは双剣を構えながら叫び、意識を集中する
自ら唱えた天候を変える超位魔法を逆に利用され、敵の奇襲を許したことにより効果を解除しようか迷うが、今解いても身分をばらすだけであり迂闊に解けない
そうしている最中、至る所でゾディアック残党が次々と見えない何者かに打ち倒れてていき、数は5人まで減っていく
『拠点にいる公国騎士にこんな者はいない』
『冗談やめろ、まさか来たというのか…』
部下の会話を耳にし、深く溜息を漏らすスズハ
明らかに頭領である自分を狙わず、周りの部下を減らす行為にいやらしさを感じつつも僅かな気配にようやく反応し、地面を強く蹴って駆け出した
(ここ!)
猛吹雪の中で1人飛び出すが、視界に映る存在は予想外過ぎて彼女は驚く
僅かな気配は灰犬1頭であり、弱い魔物の気配でしかなかった
それは囮であり、スズハが飛び出したことによって事態は更に悪化を招く
(不味い!)
流石に我慢の限界だと知り、彼女は指をパチンと鳴らすとこの悪天候を一気に晴らす
風の騒音は消え、物静かな空間へと変わった時にスズハは周りの光景を見て苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる
『化け物…』
既に部下と呼べる者は誰も生きていない
それを倒した存在すらもいない、しかしこんな事出来る者はファーラットでも1人だけだ。
遊ばれている、そう感じた彼女はいきなり恐怖を抱き始めるが覚悟が逃げるのを拒む
額からの汗がいつも以上に熱く
胸の鼓動がいつも以上に五月蠅い
僅かな音でさえ見逃さぬほどの集中力の最中、彼女は声を聞く
『上に立つ素質は皆無、戦場に出るべき者ではないな?』
背後からの声に彼女は振り向きながら音速を超えた速度で双剣を振る
そのひと振りで斬撃は跳び、その者に襲い掛かる
だが渾身の斬撃が触れる瞬間、それは何かに弾かれ消えてしまう
(速い…)
彼女には見えていた
だからこそ逃げれる気がしなかった
武器で払うならまだしも、目の前にいるグスタフは手で素早く払っただけなのだ。
(痛い…凄い痛い…)
グスタフはそう思いながらも、そんな素振りを見せずスズハに顔を向ける
左。手には黒い剣、刃は血管のようなラインが伸びており、僅かな赤い発光を見せている
禍々しい武器を前に、スズハは目を細める。
『ゴミはいらぬ。勝手に片付けたが部下にするには見る目の無い女だな』
『私が決めたわけじゃないわ』
『決めれぬ立場に強き存在はいない。お前の身分はギュスターヴから聞いている』
スズハは驚愕を浮かべた
シドラードを出た後の彼を知る者がここにいたからだ。
聞きたい事があっても、状況がそうはさせてくれない
歯痒い気持ちを抱きながら彼女は低く構えると、グスタフはファントムソードを肩に担ぐ
『ケヴィンは今や敵だらけの存在、駒と化した王族の下でこのような愚行。説法する気は無いがお前はまだ頭が悪いらしい。まさかとは思うが俺に勝てると思ってるのか?』
『や…やってみなきゃわからないわ』
『ならやってみろ。負けたときは裸で木に縛り上げて屈辱的な死を与えてやろう。決定事項だ』
その言葉を最後に、目の前の男が消えた瞬間のその場から衝撃波が飛ぶ
攻撃ではなく、異常な速さで動いた時に発生した風に近い
スズハはその一瞬で真横に現れたグスタフに超反応し、振り下ろすファントムソードを双剣で受け止めた。
その一撃だけで2人の周りには強い風が吹き荒れ、同時に離れては同時にぶつかり、武器が交じる
甲高い金属音が響くと共に起きる衝撃波は木々に降り積もる雪さえも吹き飛ばす
(重い!)
双剣でも片手剣に負けぬ力を持ち、高い瞬発力を持つ彼女は本気に近い力でグスタフの持つファントムソードに何度も己の力をぶつける
彼女のスキルは達人眼スキル
戦いの最中に任意である程度の時間を何度もスロー再生の用に時を若干遅くする能力
自身の動きは変わらずという相手から見ればとんでもないスキルに違いはない
それを行使しているスズハは今、焦りを覚えている
(あり得ない、何故こんな…)
ぶつかる瞬間、時を若干遅くしているのだ
それなのに目の前の男は自身に合わせて来ている
ギュズターヴが力ならグスタフは魔導と言われているのに、力で拮抗していることに驚きを隠せない
(なんで合わせられるの!?)
ファントムソードが振り下ろされる瞬間、回り込もうと素早くグスタフの横を通る時に彼女は悪寒を感じた。
(何が…)
ふと視線を移動先ではなくグスタフに向けると、自分の移動に合わせて彼は目で追っていたのだ。
あり得ない事の連続に彼女は回り込むなど死を招くと思い、そのまま離れるように飛び退いた
その判断は正しかったのだ
『ぬん!』
グスタフは振り下ろしから素早く横殴りの斬撃に切り替えており、もしスズハが背後で足を止めていたら斬られていただろう
聞いた話以上の傑物、底知れぬ強者
スズハはグスタフより息を切らす
『…お前より強いやつが二人目だ。貴様に魔法など必要ない』
『噂以上の化け物ね』
『こちらも反応に必死だぞ。選ばれし者は本気で打ち合えるから愉快だ』
スズハは反応出来ずにいた
自分は選ばれし者、バレているのかハッタリなのかわからないからだ
しかし、『ギュズターヴから聞いている』と言われた彼女は勝算が限りなく無くなっていく
スキルがバレている事でもあるからだ。
『悪いの事は言わん。シャルロット派閥につくべき者だ。ギュズターヴも嘆いていた』
『…』
彼女は静かに深呼吸をし、自身を落ち着かせる
焦った時ほど冷静であれと信頼ある化け物から教わった言葉を思い出したのだ。
戦いを避けるべきであり、そのために来たわけじゃいのだから
彼女は双剣の構えを解くと、グスタフも武器を下ろして背伸びをしてから空を見上げた
『何者なの?』
『ん?ファーラットの戦争傭兵だ。』
『そうじゃないわ。』
『まぁ今はそれよりも大事な話がある。シドラードは今大変なのだろうがケヴィン側についていれば貴様は俺かギュズターヴに殺される事になる。驚く前に何故そうなるか考える頭があれば良いが』
『ファラさんに接触したのは本当?』
『あぁしたぞ?ケヴィンを引きずり下ろす為にお前の知らぬ所で皆が動き出している』
『何故それを私に話すのかしら、誰かに話すかもしれないと思わないの?』
『その時は残念だが王族もろとも超遠距離超位魔法で城を破壊する。』
魔導を使えば容易いがしない
やろうと思えば直ぐに殺せる
スズハはグスタフの言葉をそう捉えた
(企みがわからない)
飽くまで敵対している存在を前に、彼女は眉をひそめた
縄張りを犯す者に関して容赦しないと言われる点は傭兵は思想が高く、彼女はこのフラクタールでその禁忌に近い事に関して片足を突っ込んだ状態だ。
慣れない部下、出来損ないの部下のせいであるにしても総司令として任命された身としては狙われても可笑しくはない人間なのに、敵意を感じない事に疑問を抱く
(傭兵…か)
首をまわし、骨を鳴らすグスタフを見ながら彼女は考える
このまま相手の力量を調べるにしても非常にリスキーであり、逆にこちらの思惑を測られそうだと感じ、彼女は敵意を徐々に消していく
『何故本気で来ないの?』
『まだこの大陸にいる強者は自分の立ち位置をまだ確立していない、その時期に来てお前がまだあの小僧のもとにいたとなれば、その時は残念だが殺した選ばれし者同様にあの世に葬る』
(立ち位置…ね)
『生き延びたくば、準備せよ、考えよ、数か月後にこの大陸の情勢は激化する。その時に正しき判断を怠った者から死んでいく。その者が一番多い国が衰退し、最悪亡ぶだろう』
グスタフは懐からとある果物を彼女に投げ渡す
攻撃かと一瞬勘違いして身構えたスズハだが、違うとわかるとそれを手でキャッチする
(柿…これは)
創造神と言われる選ばれし者だけが作れる果物
彼女のいた世界にしかない果物である柿
懐かしい見た目の色に季節に似合う果物を前に、無意識に彼女は隙を見せる
そうすると彼女はハッと正気に戻る
『1回死んだぞスズハ』
『ばふっ!』
喉を軽くつくグスタフ
これにはスズハは咳込みながら彼を蹴ろうと足を振るが、巧みに避けられる
『帰って自身の国の現状、もう一度しっかり見るが良い。』
殺す気がまったくない、敵なのかどうか定かではない状況に彼女は考える為に彼の言う通り一度退くしかなかった
情報収集としては最低限知り得た事はあるが、それはケヴィンの求める情報とは程遠い。
シドラード王国の戦力としてジュリア・スカーレットに並ぶ実力にまでのし上がったスズハは王族の指示で来たのもあるが、自分なりに一番知りたかったことが別にある。
戦い方や生き方を誰よりも親身になって教えてくれた者がまだ生きている事がわかったからだ。
その存在はファーラット公国にいる。
ギュスターヴとグスタフが同時にその公国にいる事はシドラードにとって脅威であり、彼女は自身の時間を作る為にケヴィンに自分なりに知った事実の一部を報告することを決めると、グスタフに背を向ける
『行くのか』
『戦いに来たわけじゃないの、でもごめんなさい。』
『お前は統率する立場になるにはまだ早い。しかもゾディアッグの残党となれば尚更無理だが、そこで味方の真意を考えれれば一人前だ』
『どういうこと?』
『お前がまとめれない事をケヴィンが分かっていて編成した。お前は逃げる事に関しては大陸随一であると俺も思うが。だからこそ俺と戦わせる為にそう差し向けられたことに気づいているか?』
スズハは目を見開くが、戸惑う様子は見せない
そこまでの指示を聞いていない彼女はそこで意思が揺らいだ。
不安定な国同士の状況、権力を持つ者の都合や思惑
何を信じるべきか、彼女はその状況の中にいる
『…今は帰るわ』
『それが良い。また会うだろう』
スズハはグスタフに背を向け、森の中に歩き出す
深夜と化す時間ではあるが、彼女なら大丈夫だろうと知っているグスタフはスズハが見えなくなるまでずっと背中を見守った
(さて…あとはシャルロット次第だが…)
この後、シドラードの権力図は徐々に変化を遂げていくこととなる
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