第132話 新時代
早めの夜食、ガラハドに誘われて来たのは傭兵ギルド近くの居酒屋
カウンター席だけの小さな店だがタコの唐揚げが美味しいからビールが進む
『美味いな』
『今日は奢りましょう』
何故ガラハドに会いたかったかというと、平穏の気まぐれというか興味があったからだ
ホタテのバター焼き
見るからに美味しい海の幸は空いた貝殻の中で食材の美と化して食欲をそそる
気に入った様子を見たのか、ガラハドはクスリと笑うとビールを飲んでから口を開いた
『アクアリーヌの件は実際、半信半疑でした』
彼はそう告げた。
強くても限界はある、例外はハイペリオン大陸で1人だけと言われたこの時代
アミカの鍛冶祭での出会いでガラハドは真実だと悟ったようだ
『力は何者にも通じる。権力とは違って自然が生み出す能力なら余裕も生まれましょう』
『俺は魔導だがな』
『アクアリーヌ戦で見せなかったのはあまり情報を与え無いためですか?』
『半分はな』
ホタテ2枚をペロリと平らげた
色々な美味いは満足感と満腹感を肥やしていき、バターの香ばしい匂いは鼻を通る
(美味い)
美味しい料理は単純かつわかりやすい幸せを感じる事が出来る。
それは平等に与えられたもの
『魔族領土の話、聞いてますか?』
ふとガラハドからの言葉に俺は興味を示した
あの魔国連合ヒューベリオンには多少の恩は売ったがやはり色々と大変な時期であり、勢力が傾きつつあると言う
『あのジャミラ大将軍が亡き今、噂では一部の派閥が魔王に反旗を翻したと』
『無理だな、アドラベルク相手に全軍飛び掛かって五分五分だろう』
『それほどとは…、まぁ詳細はわかりませんが、あのギュズターヴと並ぶ強さと聞いてますがグスタフさんはお手合わせしたことが?』
『変わり者だがきっと反旗は失敗した筈だ。あいつは尋常なくらい強い。そういえば人間は昔、愚かにも勇者文化を作って戦いを挑んだのを知ってるか?』
『幼い頃、学生でしたので理解はしてますな』
選ばれし者が戦うために鍛えられた時代が何百年も前にあったが、魔王という存在は倒せなかった
強い力に人は恐れを抱き、手に入らなければ牙を向ける。
人間の悪いところがそのような文化を構築したのだろう。
昔の選ばれし者は何故かこの世界に来ると魔王討伐に疑いを持たなかったらしく、まさしく丁度良い兵器だった
(兵器としての存在か)
俺はもう嫌だな
『グスタフさん、どうしましたか?』
ふと考えこんでいたようだ。
当たり前の生き方で人には認められたいもんだな
そう思っていたのか俺は自分の世界に入っていたらしい
『いや、なんでも無い』
『まぁヒューベリオンは良いとして、エイトビーストが解散したのも驚きです』
(やはりな)
王族から与えられた称号、アクアリーヌ戦からエイトビーストは王族不信で距離を置いた事が原因でケヴィンが称号を全て剥奪し、新たな傭兵集団を作っているのは聞いていた
集まったとしても…
こうしてガラハドとの飲みが終わり、ちょっとした交流会に満足した俺は夜の王都を歩く
賑わいは衰えぬ街アレキサンダーの中には色々な闇も潜むからこそ俺は最後の仕事をするためにメェルベールを担いだまま工業地帯にある大きな倉庫に忍びこんだ
王族の次に権力を持つ侯爵の領内、夜は静かな場所なんだが大きめの倉庫は違う
多くの食材が木箱に積められ、公国内に流す為に仕分けする建物でもある場所は別な意味で夜は使われているのだ。
『お前…何故ここが』
作業員なのかは不明だが、数は32人
フェアリートークで聞いたのは脱獄囚だけじゃないのだ。
過激派の生き残りがいる事も、妖精は話したのさ
殺しておかないとノアに牙を向けると言われたからな
凍てつく寒さが漂う倉庫内、至るところにある蝋燭の明かりで照らされた過激派のメンバーは俺を前に苦虫を噛み潰したような面持ちさ
中には戦闘員とも思わしき人間もちらほらいるが、今回は相手が悪いようだ。
『教会から脱退しても尚、目を覚まさぬとは滑稽だ』
メェルベールを静かに降ろし、凄みを見せる
王族から分断された協会は大半が納得をしたものの、一部の者はこのように神の名を借りて活動をしている
どの国でもいる都合のいい集団、神の声など聞けやしないし指示している筈もない
『今の世の中は間違っている』
そう呟く戦闘員は剣を構えるが、彼はその言葉から間違っていた
『貴様らには悲しい結末だろうが、共存から離れた時点でお前らは人間ではない』
気持ちはわかるが、だからといって暴徒化して一般市民を巻き込んでいいとは思えない。
内なる敵はそこら中にいる時代だからこそ、そうした思想を生まない為に公国は協会に権力を持たせることをやめさせたのだ
『くそっ!』
襲い掛かる光景に俺は肩を落とした
冷静なれば逃げる筈が、これは行動爆発の類でしかない
(何が神だ)
誰一人、神に魅入られた魔力袋ではない
人生で認めたくない事実は山ほどある、だから全てを否定していいわけではない
自由と勝手を履き違えた者から性根が腐っていくもんさ
決められた中で自由を手にしなければ、勝手という我儘が飛び交う
小さな幸せを感じれない事は損をしているように俺は思う
美味い飯を食う、友人と楽しげに話す
趣味に時間を使うといった行為は人に本当の幸せの積み重ねを教えてくれる
『馬鹿めが!』
俺はここで彼らを終わらせた
それは同時に過激派の生き残りを全て消したという事だ。
1時間後、真夜中に俺は王都の大屋敷へと足を運ぶ
血が滲む大きな布袋を担ぎ、大きな鉄格子の正門まで辿り着くと公国騎士達がギョッとした様子で静かに歩み寄ってくる
『グ…グスタフ殿、これは』
『小さな親切大きなお世話かもしれんが・・・』
直ぐに彼らに説明し、布袋の中身を見せると騎士は少し目を背けるようにして袋を閉じる
彼らの顔は手配中の顔と一致しているからこそ、直ぐ理解を示してくれたのだ
『どうやって見つけたのですか…』
『妖精から聞いただけだ。ノアには伝えるだけでいい、俺は例の件で忙しくなるから何かあればジキットを使って伝えてくれと言ってくれないか?』
『わかりましたが…、休んでいかれてもバチは当たらないと思いますが』
『大丈夫だ。俺が入ると多少忙しくなる連中がいる』
『そうですか…』
公国内で悪さをする連中で面倒な奴は表上いない
あとはこちらで対応する気も無いから王族次第だ
大きな布袋を置いてその場から去ると人目のつかない建物の裏側でワープし、フラクタールだ。
アミカの鍛冶屋リミットの裏庭
雪が殆ど溶けており、雲一つない綺麗な月が見える
(ここは当分、平和だな)
各国の街は平和そのものだろう
綺麗な平和などない、多少薄汚れた部分を残すから綺麗な部分が際立つ
今その平和が崩れる時が来た
『シドラードが生き残るには…』
最悪の場合、内乱が起きるだろう
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