第119話 共和国の使者

エルマーの屋敷の件から三日後、俺はいつもの日常を送る

アミカの鍛冶屋リミットはいつも以上に客がいるが、街の者ではない冒険者た傭兵がちらほらといるようだ。


売り子の女性2人もカウンターでのんびりしながら客の対応をしているが、今日はそこまで困るような出来事は起きない

毎日そうした日々が続けば俺もゆっくり出来るのだがな…

いつも通り店内に椅子を置き、座って客を眺めているが店内にも響く鍛冶場からの鉄を叩く音に俺は耳を澄ませる


いつも以上に強い音であり、彼女のやる気が伺える

そうして近づく客の相談を受けながら俺は昼になるとアミカのいる鍛冶場へと向かう

鉄を叩く音が鳴りやまぬ空間、火床で鉄を熱したら金床に置いて彼女は父が昔使っていたハンマーでノミの上から形を作っていく


(話しかけれないな…)


邪魔するかと思い、遠くの椅子に座って彼女の製造工程を見ていく

鉄は軽鉄かと思いきや、アクアライト鉱石だ

どうやら更にラフタ鉱山から仕入れたらしいが、オーダーされないとこの鉄鉱石で彼女は打たない


叩く度に青い光が鉄に帯びるが魔力反応だ。

何度も叩けば光は強くなるが、適度に止めないと魔力暴走する為に彼女は回数を決めて一度水で冷やすと再び火床にアクアライト鉱石を入れて熱する


『今日は良いの出来そうなの!』

『調子が良いという事か、誰の依頼だ』

『店に展示するやつ!片手剣しかないから双剣もないとあれかなって!』


ここは剣専門の鍛冶屋、双剣も含む

ノミを使うのは普通の形ではなく、多少は湾曲した形状にするためだろう

外とは違って熱い鍛冶場で彼女は再び熱したアクアライト鉱石を叩くが以前の音より感覚が短く素早い

鍛冶技術に疎い俺でもかなりの成長を彼女は遂げている


ドノヴァンだけが彼女の急速な成長に気づき、公国の未来を担う職人になる為に厳しく育てたのだ。

見ていると時間は進んでおり、いつの間にか作品が徐々にあらわとなっていく


『な…』


ありえない形だ…

昔見た特殊な武器で十手という小柄な鉄の警棒に酷似した形だ

刃を防ぐ間が存在するが、その為にノミを使ったのだろう

複雑な形を3作品目で、しかも双剣では初めてなのに仕上げるとは予想外過ぎる

魔力暴走が起きる気配もなく、彼女は最短でそれを仕上げていくが夕方に差し迫ろうとしている

1日で作る事は困難な為、前々から直ぐに打てるように仕込みしていたのだろうなぁ


『小柄にし過ぎると受け止める部分が欠けちゃいそうだし、軽量化はちょっと考えてなかった!あはは…』


刃の部分だけで今日は終わり

以前よりも完成度が高く、無駄が無いからこそ双剣の刃となる鉄は薄く青みがかった発光が起きる

これは粗が殆ど無い時に現れる現象というのはドノヴァンに聞いたことがある


(3作品目で仕上げるのか…)


『私凄い!でもちょっと重たいかもね…』

『いや、素晴らしい』


俺のコレクションにしたいくらいだ

完成度が高ければ相応な値がつく、これは凄いと思う


アミカは立ち上がると『次は明日!今日はおしまい!』と体を労る為に今日に作業を終える

武器の研ぎ依頼は明日に全てこなすから美味しいご飯食べたいというので今日は外食になりそうだ


『お風呂入ってくるからお店お願いね!』

『了解だ』


店に戻ると変わらないちょっとした賑わい

まぁ売り子と話しがしたい客も勿論いるが、それも店の良さとなっている


インクリット達は今日普通の活動とは違い、仲の良いチームとの合同活動とは言っていたが、彼らなりに動いているということか


(む?)


アクアリーヌの冒険者であるホークアイが店にやってきた。

直ぐに俺を見つけると笑顔で近づいてくるが、仲間は一緒じゃないらしいな


『どうしたホークアイ』

『新年だぜグスタフさん。ちと挨拶さ』

『なるほど、何やら用事がありそうだな』

『いや、そんな大したことないとは思うのですが』


黒虎の件だ

討伐依頼を請け負ったのは彼の後輩チームであり、倒したと思いきや死んだふりで騙されてからの不意打ちを受けたらしいのだ。


『魔石出るまで油断するなと言ったのですがそっちに迷惑かかっちゃいましたね』

『気にするな。一度経験するからこそ身につく者もいる』

『ですね』


店に並ぶ品々を眺めながら他愛の無い話は平和を感じられる時間である

問題なく活動していると彼は話すが、満足いく魔物に出会えないと遠回しに彼は嘆く


(Bランクだと確かにな)


Bランク帯の魔物はそう簡単に現れないのさ

ある程度の数を倒せば彼もAへの道が開けるのだがな。


『春が本番だ。冬眠していら魔物が餌を求めて山から降りてくる』

『稼ぎ時といえば聞こえは悪いですが、がんばりますよ』


剣の技術は確かだ。

彼は戦闘でもっと脱力を覚えれば更なる高みに行けるはずさ


『ところでコハルとの仲はどうだ?』

『グスタフさんまでぇ?!』


慌てる所を見ると、そうなんだなと思っちゃう

長年の付き合いらしいから、2人の距離感は見ていてなんとなくわかる


『んじゃギルドに顔だして来ます』


ガンテイに挨拶するのだろう、彼はその場を去っていく。


(さて…)


アミカが来るまで居座るかと椅子に座って客の指南をしていると、指南ではない客に遭遇する

冒険者の格好だが立ち振る舞いが少し可笑しい

貴族かと勘違いしたくなるほど立ち方に違和感がある


『冒険者ではないな?』

『グスタフ様、大事なお話がありましてイドラ共和国から参りました』

『なるほど、では場所を変えよう』

『助かります』


来たか、と俺は思った

応接室に彼を招き、売り子がテーブルにココアを用意してくれたので俺は飲むが彼は遠慮しがちなようだ。


『申し遅れました。ゼペット閣下の親衛隊の副隊長をしておりますムファサ・タレントと申します』


彼は胸元から見せたのはスズメバチの形を模したペンダント

それはイドラ共和国ゼペット閣下に付き従う者だけが得られる雷金剛鉄鉱石で作られたアクセサリーさ


(本物だな)


『ノアから話はそちらにいった筈だ。』

『勿論です。閣下はどうすべきか考えましたが、頼るしかないと判断したようです』


当たり前だ。今のイドラ共和国の戦力では、地の利で不利だ。 

河岸段丘といった段差のような地形、勿論シドラードは守る側となると有利過ぎる


皮を挟んでの段差な地形

シドラードの有利は覆せないからこそゼペット閣下は将来的な立場の安定も見越して失敗出来ない戦でもある


(いかに親しき仲と国同士とはいえ、あれだな)


手の内を見せる形で俺を招くと公国に漏れる事に躊躇った筈だ

ある程度、国には秘密裏な戦力は存在するからだ



『3月にそちらに出向こう。一応極秘扱いであるから姿を変えて参る』

『姿を変える魔法を使えるとは存じてましたが、何に姿を?』


何に姿を変えるか…考えてなかったな

だが無難な事は人間以外、亜人種だ

彼に何に姿を変えるか伝えると、少し驚いた様子を見せる


『リュシパー・ズール傭兵団は動くのか?』

『あの鉱山都市は我ら共和国の大事な街ですから今後を考えれば動いてもらうしかありません。多額の資金がこの戦いで動いてます』


人が住むような街ではない

炭鉱夫が住み込みで向かうイドラ共和国の鉱山都市ブリムロック

今は別の鉱山で補っているが、以前よりは採掘量は半減しているため公国から仕入れてやりくりしているのだ。


ゼペット閣下がシドラードに送った使者はブリムロックの返還要請、さもなくば停戦協定を破棄する次第だという言伝だ。

だが返還は否定され、つい最近停戦協定が破棄されたのだ。

これには閣下も驚いたようだが、驚くのも無理もない


『アクアリーヌの戦からまだ半年も立たず、戦力的にあちらの上位将校が2名戦死しています。このタイミングで交渉すれば都合よく行く予定でしたが、彼らはアフロディーネ信仰協会の戦闘員で補う気です。』

『あの鉱山はウンディーネ信仰協会の管轄となっている。アクアリーヌとは別の戦力が出る事をゼペットは予想していなかったのだろうが、それはこちらで様子を見ていたのだ。』

『様子を…ですか?』

『信仰協会が出るから俺が出向かうのだ。そちらが使者を送る事も破断することも予想してこちらは容易していた。』


だから支援物資も早急に送れるようにガーランドは用意していた。

シドラードの悪の根源の一部を仕留める為に俺達は見ていたのだ


『信仰協会はあの鉱山を手放すなど無理だ。収入源として大半を占めているからこそ信仰協会側の将校や戦闘員は多く配備されるだろう』

『ではあちらの指揮官はいったい…』

『王族ではない、ジュリア・スカーレット大将軍だ』


大将軍という指揮官

その情報はファラの部下から聞いていたため、彼にもその事を告げる


この国の戦争はハイペリオン条約の中に決闘戦争ではない、昔からある戦時中に戻るだけであり、降伏宣言か停戦協定でしか終わる事が無い戦いだ。

ゼペット閣下は夜戦を想定しており、それならば俺やリュシパー傭兵団が動きやすいと予想して戦準備を整えている最中との事だ


(数は不利か…)


守る側であるシドラードは7万でイドラは10万

鉱山都市ブリムロックはイドラ領土時代よりも強固な防壁があり、高さ10メートル厚さ2メートルの分厚い壁が反り立っている

四方を囲んでいるわけではない、左右が山岳地帯で地形が高い為、シドラードは高所で待ち構えるだけで済むから攻める側は迂回するにしても大きな川を渡らなければならない


『川にも軍を配置する予定です』

『弾投げ大会か…』


俺はそう告げると、使者は苦笑いだ

川は深さ3メートルもあり、渡るには小舟以上が必要だからシドラードは無暗に前に出ないだろう。

だから投擲機など魔法騎士団などでの弾投げ合戦となる

ウンディーネ信仰協会の魔法騎士団はちょっと面倒だしこちらの不利、だからと川で戦わないわけにはいかないのだ


『本命は貴方とリュシパー傭兵団の夜襲です。あの地には街の後方に辿り着く洞窟があるのですが…』

『いや、きっとその辺はあちら側も見つけているとは思う』

『見つけていたとして、そこをシドラード側が意識して守るのは無理です』


その通りだ。

彼らが言う洞窟は魔物が蔓延る場所であり、凶悪な生物ばかりだ

魔物の主がいる洞窟を守るならば、逆に魔物を盾に必要最低限の兵力を手前に置いておくぐらいはするだろう。


(…あの洞窟は一度見たことがあるが)


なるほど、出口は確かにブリムロックの直ぐ後方

そこでバレたとしても敵は後方にも兵力を出す必要があり、前に集中しない


『貴方が突破すれば、一斉に動き出せるのですグスタフ殿』


強い目を向けている

断る理由も無いしやるしかないってのは彼も理解している筈だ

それでもどれほど彼らにとって重要な戦いなのか、それが今の彼の姿だ

公国はシドラードの信仰協会の弱体化を目的にし、イドラは鉱山都市ブリムロックを奪還してゼペット閣下の今後の立場を固める為の戦い

双方ともに目的は違えど、お互いの為


『1人信頼できる傭兵を呼んでいいか?』

『貴方様が信頼する者となればきっとゼペット閣下もお喜びに…』


その名を口にすると、彼は少し顔を前にするほど驚く

あり得ない事を口にしたのはわかっている、けど彼女はシドラードにただいるだけの傭兵だ。


『直ちに帰国後、ゼペット閣下にその内容を相談します』

『裏切ることは絶対無い者だ。責任は俺が取る』

『わかりました。』

『ムファサ、好きな食べ物はなんだ?』

『え?いや…肉ですが』

『なら夜に良い店があるのだが行くか』

『わ…わかりました。連絡魔石にてゼペット閣下に結果を伝えてからでよろしいですか?』


俺は頷くと、彼は素早く立ち上がり会釈をしてから応接室を急ぐように出ていく

色々と連絡しなければならない結果や情報があるのだから仕方がない

ちょっと面白くなりそうだが、協力者も聞いていた事だし再び説明するまでも無いな


『いるんだろう?』


俺の後ろのドア、そこは鍛冶場に繋がるドアだが気配があったのだ

無言のままドアを開けたのはエステ、彼女は面倒くさそうな面持ちで俺を見ているが、何か言われそうで怖い


『た…頼むよエステ』

『ギュスターヴの何かを寄越せば考える』

『ぐぬぬ…』


仕方がないから収納スキルで俺が気に入っていた熊のぬいぐるみを出すと、俺の手からその人形を奪っていく

変わった対価交換だが、彼女はそういう女だ


『本番は俺と今回同行してもらうが構わないか?』

『良いわよ?てかあの洞窟を抜けるなんてギャンブルね。私達がいればそうならないでしょうけど』


(確かにあの魔物は…)


Aクラスがいる


エステは先ほどムファサが座っていた椅子に熊のぬいぐるみを抱きかかえたまま座るが、こうして見れば可愛いんだがな


『あの女狐大将軍を消せばこちらとしては動きやすい』

『ファラとエルマーが成功してもシャルロット次第よ。彼女はどうするの?』

『俺が説得する』

『あらそう…。それで洞窟を抜けたらどうせごり押しなんでしょ?』

『敵は街に多く配備されているだろう。後方は物資などの補給経路として使っていると思われるから混乱に乗じて少数が中に忍び込む』

『なら最低でも5000は必要ね、そんな数を洞窟の主の縄張りを迂回して進むのは無理、倒すしか手はないわ』

『リュシパーもいる。時間をかけて戦えば外に音が漏れる危険性があるから直ぐに片づける必要があるだろうな』

『女を倒すよりも本気になる場面ね。貴方の力見させてもらうわ』


(協力しないんかいっ!)


まぁ忍び込んでから色々補助してもらおう


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