第118話 魔導公爵

シドラード国のとある街

そこは王都に近く、傭兵ばかりが集う場所

大きめの街だからこそ貴族も多く、街中の建物は三階建てが至るところにある


南区の少し離れた場所にあるは庭が大きい屋敷

警備兵でも近づかないと言われる屋敷は三階建てで敷地は広く、周りは若い魔法使いの子や貴族騎士が巡回しながら警備していた


魔法でエステと共にここに移動し、鉄格子扉の前で俺は僅かに緊張を覚える


(久しいな)


食事の作法を教わった時以来かと思っていると、エルマー直々に出迎えたのだ。

にこやかな顔は上機嫌の表れ、直ぐに鉄格子扉を開けると彼は俺に頭を垂れた


『この日をお待ちしておりましたぞグスタフ殿』

『こちらもだ魔導公爵。話には聞いていたが…』


雪掻きをするのは少年、警備も少年

そして窓から見えるメイドは少女

彼は親を無くした子を招き、能力を与えて雇っているのだ。

稼ぐためのに冒険者や傭兵の為の稽古や試練を受ける為の投資をし、稼ぎの2割を上納してもらうと言う変わった事業だ。


シドラード国内の素質ある子を見つけては屋敷に招き、勉学に励ませそして鍛える

世に解き放った才能ある若き者は千を超える


投資家でもあるため、息子の様に育てた子達にも投資を行い、屋敷の子会社として援助もするからこそ貴族とは芝生の違う変わった事業を独り占めしている。


長い廊下ですれ違うは若いメイド、会釈も落ち着きがあって元浮浪児とも思えぬ品格を感じる


『我が魔法兵団はシドラード公国魔法騎士にも多く所属しておりますので今は数が少ないですが500はいますぞい』


(多いよ…)


何だかんだアクアリーヌの戦でも彼が手塩にかけて育てた魔法兵団は参加していたが、勘が鋭い彼は俺の存在や思惑に気付くと部下を一度後ろに下げたから俺の突撃の被害に合わなかった


そしてエイトビーストが王族と仲が更に悪くなった戦でもあるが、王族はエリマーを頼らざるを得ない

シドラードの魔法騎士はエルマーがいたからこそ他国と張り合える技術となっているため、切れない関係なのだ。


立派に広い食堂、多くの者がここで食事するとエリマーは説明するが元々ここは貴族だけが使う場所を少しリフォームしたらしい

100人で椅子に座って食事を楽しめそうな場所だ


『今日は食事を楽しみながら刺激ある話をいたしましょう』


この日を待っていたのだろうエルマーは気持ち悪いくらいニッコニコだ

ならば期待に添える交渉をしたい


厨房に近い場所に座ると、厨房が見える窓からは大人の料理長と若い少年8人が料理を作っているのが見える


『料理の道に歩む子らです。腕は保証します』

『多彩だな魔導公爵。お前とは敵対したくないからこそ大事な話をしたい』

『面白い事をおっしゃいますなぁ。何を企んでいるのか興味がございます。』


若いメイド2人が運んでくる紅茶を手に取り、エルマーは笑顔のまま紅茶を飲む

俺は春頃に起きるであろうイドラとシドラードの戦いではイドラ側で暗躍するため、エルマーに退いて欲しいと頼み込んだ


最初は驚いた顔をしつつも、こちら側の考えを話していると徐々に真剣な面持ちへとエルマーは変わる


『大将軍が居なくなれば確かにあの協会の力は落ち、私も動きやすくなります』

『エステから聞いた話ではアフロディーネ信仰協会を手にしたいと耳にしたが双方共に先を見越せば魔導公爵殿も俺の案に少し考える時間を持ちたいと思わんか?』



目を細め、俺を眺めるはエルマー・ヤハ・カリオストロ元男爵

彼は何故没落したのか

元公爵家の長男として産まれ、先代の王を支えていたエリク公爵の代でそれは起きたのだ。

エルマーの父はシドラード王国を誰よりも思う貴族であり、新たな産業を生むために権力の裏で暗躍していたウンディーネ信仰協会の暗躍を世に知らしめようとしたのだが、予想外な事に底知れぬ力の前にエルマーの父は信仰協会の裏の顔を知った瞬間に何者かに暗殺され、彼の父が担っていた事業は先代の王ハーミットの指示により、信仰協会に奪われたのだ。


そこから20年かけ、ここまで上り詰めた彼には復讐心よ野望しかない

いかなる手を用いる覚悟はある事はわかっている

俺は幹部に一部を殺したことを告げ、これからの展開を詳しく話し始めた

するとエルマーは徐々に不気味な笑みを浮かべ始め、小さく笑ったのだ


『ジュリア・スカーレット大将軍はラインガルド教皇の娘、彼女の死を合図に面白い事が出来そうですが戦力が足りません』

『ファラも動く』

『用意周到ですねぇ、何を企んでいるのです?』

『シドラード王国の再構築、今から言う言葉はエルマー魔導公爵の耳に触るかもしれぬが、よろしいか?』


いつも以上にエルマーは真剣に、そして凍てついた目で俺を眺めながら頷く

間違った言葉を口にしたらそこで魔法が飛んできそうだ。

遊び半分で発動とかされたことがあるからちょっと怖いが、今回はそれとは違う

重たい空気でもエステは平気そうな素振りでオレンジジュースを飲み、近くにメイドにおかわりを頼む様子が見える

そして俺は彼に目を向けて言ったのだ


『父の面影を現実の道で追いかけたいと思わないか?エリク公爵の野望でもあるシドラード王国の権力構想の修正、国内の金の川のダムを止めていた貴族を落とし、信仰協会の心臓部を貫けばお前が求む未来は今よりもずっと現実的になるのではないだろうか』

『…シドラードの税は確かに半分が信仰協会のもとに流れ、戦争産業でしか新しい事業は今は生まれぬ時代。確かに我が父はその時代を払拭せんと忌まわしきハーミット国王に何度も説得を持ちかけましたなぁ・・・』


懐かしむ様子の中に怒りが僅かに見え隠れしている

ファラも情報収集で部下を使って動かしている為、残るは戦力だ


『残る幹部はロゼッタにウォームバイトですが、空いた2つの席を埋めれる者は今はいない。動くとなれば春にきっと起きるであろうイドラの領地奪還戦でしょうな。しかしまだ決心がつきません。戦力不足ですので』


彼が持つ魔法兵団は今は500、しかしシドラード魔法騎士に所属する彼の傘下を合わせれば3000は軽く超える

ファラの持つ傭兵団と合わせれば5000だが、問題は信仰協会の兵力だ


『イドラとの戦いできっと信仰協会から教兵は3万は軽くおります。となればウンディーネ信仰協会本部がある街アクアラインに駐在する教兵に太刀打ちできる戦力が必要です。』


信仰都市アクアライン、そこはウンディーネ信仰協会の街といっても過言ではない

中心部に本部があり、街に住む者は信仰協会の組織の者しかいないのさ

ざっと2万の戦闘員が配置されており、先ほどの5000では数の利で負ける


『シャルロット王女を説得する。』

『貴方にそのような真似ができよう筈がない。シドラードの裏は大きいのですぞグスタフ殿』


絶対に無理だと彼は告げた

意気地なしの王族にそんな芸当100年たっても出来る筈がないと彼はシャルロットを蔑んだ。


『自らの使命から逃げ、責任と犠牲から逃げるような者に何が出来ましょう?娼婦がいいとこです』


まだシャルロットは力も無ければ権力も宙を舞う様な存在

彼女を軸に動くにはそれなりの結果が必要、それが無ければ乗れる話ではない

彼はそう言いたいのだろうが当たり前な言葉で言い返せない

無理矢理俺があの協会を叩いても意味は無い、全員が動かなければその場限りの短い平和しか得られないのさ

継続するために必要なのは王族、だからエルマーは動けなかったのだ


兵を集めれたとしても、最後は王族次第

色々と方法があったとしても、最終的には王族で決まる

それには俺も次なる言葉が浮かばない


(早急に動くしか…)


エルマー相手に現実味を帯びた話をしないと納得しないのは貴族でもあるからだ

だからこそ、信頼できる何かがないと彼は動かない


『頼むよエルマー』


ふと俺は無意識に口にした言葉

これには前の前で紅茶を飲もうとしたエルマーの手が止まり、目が見開く

特別何も意味ある言葉を口にしていないが…何故彼はそのような表情を浮かべたのかわからない


『…そうですか』


エルマーは穏やかな表情を浮かべ、飲もうとした紅茶を置く

思いつめた様子に俺は内心焦るが、彼は予想外な言葉を発する


『2月まで結果を出すのでしたら動きましょう。ルヴィアント・ミドラーにも私から声をかけておきますが、貴方の頑張り次第ですよぉ?』


不気味な笑み、少し身震いしそうになる

なるようになった、何故かはわからないがホッと一安心だ。

あとはエルマーに行ってもらいたい場所があるのだがな…


『エルマー、1つ知ってほしい場所がある』

『何でしょうか。楽しみですねぇ』

『シドラード北東部にあるアイスエイジという山脈地帯、ダイヤモンドクレバスという中腹にある亀裂を知っているか?』

『落ちれば絶対に死ぬと言われる魔のクレバス、あの地帯には凶悪な魔物もいますので近づく者もおりますまい』

『氷属性超位魔法を宿す存在がいると言えば、お前はどうする?』


エルマーは驚きながら立ち上がる

その時に紅茶の入ったカップが倒れるが、彼の意識の中にはない

メイドが慌てて拭こうと近づくが、エルマーは手で静止させている


『ひっひっひ。本当に何を企んでいるのかわからないからこそ面白い』

『戦うな。お前の知でその存在にお前の全てをさらけ出せば道は開かれる』

『…ところでグスタフ殿、ミカンはお好きですか?』


俺は首を傾げ、誤魔化す


昼食を食べていきなさいと言われたので、それまでの時間をエステとエルマーと共に中庭の散歩に費やす

そこには10人1組で屋敷の周りをランニングする少年少女が5組

彼らはエルマーに孤児院から拾ってきた子たちであり、この後は食事作法や授業が屋敷内でやるのだと彼は言う


『夢を目指す対価は屋敷への貢献、店を持ち料理を振る舞ったり薬を売ったり冒険者として歩きたいという者ばかり』


エルマーは歩きながら彼らを見て告げた

この街には彼の支援で成功を収めた者は多く、毎月屋敷には慈善エルマー協会という自助の考えに基づき、貧困者の生活態度の改善や道徳的強化を目指した組織へのお布施が入る。

収支の2割だが加盟店が多く、エルマーの屋敷にはかなりの額は入るのだ。


『言葉は汚いですが、彼らを上手く洗脳して正しき道へと導くからこそここは保たれている。それと比べると相対的な組織がアフロディーネ信仰協会ですな』


彼が非道だる理由はシドラード王国兵や教兵に対して多い

使う捨ての駒の様に殺すのは復讐心の強さがあるからだ


『貴方から見て素質ある者はおりますか?』


走る子たちに顔を向け、エルマーはそう告げる

確かに素質ある者はちらっといるが…


(む…?)


次の組が俺達の前を走り去ろうとするときに彼らはエルマーを見て目の前で止まると静かに会釈をする。

主を前にどうするか教えているようだが、この場に1人とんでもない女がいる

水色のショートヘアの女の子は14歳ぐらいか、俺を見て少し緊張した様子だ


『彼女に何を見たのでしょうかグスタフ殿』

『シドラードの信仰の上に立つ資格を持つ。加護持ちだ』


不気味な笑みを浮かべるエルマーは笑いながら俺の肩をポンポンと叩く

水の神アフロディーネの加護を受けし女の子とは驚きだが、その事を知るやエルマーは上機嫌な様子で彼らに稽古を続けるよう伝え、走らせた


『皆が道にどこかで繋がるように人生は仕上がっている。彼女もまた…我らの野望の守護する者として生きるのでしょうな。』

『どこかで繋がり合う?』

『気づくかどうかはその場にいる者でしか気づかない、気づかない場合もある』


難しい話に首を傾げる

あの子の名はルシエラ・ヤハ・カリオストロ

彼女の夢は誰かを助ける仕事につきたいという単純な夢

エルマーは彼女をどう利用するのか、決まっているようだ


『進むべき時が来るのでしょうな…。私は春までにファラと色々と楽しい会話をしておきましょう』

『ルヴィアント・ミドラーも頼んだぞ』

『確かに貴方はあの者と相性が悪い気がしますからねぇ』


目を細めてそう言ってきた

これは絶対にバレてる、だってエステも怪しそうな目をこっちに向けてるもん

2人共きっとそうだ、きっとそうなんだと俺は頭を抱えたい気持ちだ


『た…多分相性が悪いな!エステは国は大丈夫なのか?』


話を変えようとすると、何故か意味ありげな言葉を乗せて来た


『私は貴方に国の事なんて話した記憶ないけど、まぁ大丈夫よ』


(しまったぁぁぁぁぁぁぁ!)


エステが何者なのか知ってるのは俺とエルマーだけだ

まるで知っているかのようなセリフを口にしてしまったが、エルマーは空気を呼んでくれたのでその流れは消えていく


『では食事にしましょう。今後の事を話しながらゆっくりとシドラード王国再建に関して語りましょう』


今日は少しいつもより疲れそうだ

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