第117話 相談

今日はちょっと用事があって冒険者ギルドに足を運んでいる

ガンテイに話さなければならない事があったのだが、どうやらあっちも同じ事を考えていたらしい。

吹き抜けの2階にある応接室、昼頃だからか立派な長テーブルに上にはギルド職員が用意してくれたココアが俺とガンテイの前に置かれている

当然、エステもいるが彼女はココアではなくオレンジジュースだ


『あれを倒したとなると、相当だぞ』


ガンテイが腕を組んでそう告げた

3人で椅子に座って話し合うは昨夜の討伐に関してだ。

黒虎だけじゃなく、闇獅子もインクリット達は倒したのだから大したもんさ


『Bランク格上げは止めれば職員からも不満の声は上がるだろうな…』

『だろう?彼らは馬鹿じゃない、上げたとしても調子に乗るなどあり得ん』

『私もそう思うわ、あえてランクを上げて重みを知るには良い機会よ』


(そう言われると…その通りだ)


馬鹿ではない、ちゃんとしっかりしている

ガンテイ的には2つの意味で彼らの昇格を望んでいるのが間違いない

彼らの為でもあり、フラクタール冒険者ギルドの成長を見せる意味としても拍がつく

お互いウィンウィンというあれだな…


『他の冒険者の士気にも関わるだろうな…。』


俺はそう呟くと、ガンテイに視線を向けて頷く

ようやく笑顔と化す彼は機嫌が異常に増すとルンルン気分で奥のドアに消えてしまう

これには彼の後ろで同行していた男のギルド職員も苦笑いさ


『…わかりやすい男だな』

『はい。ですがあの冒険者の存在は街としても大変貴重ですのでガンテイさんもかなり気にしております』

『だろうな。座学は短時間で叩きこんだから油断はしない奴らだ』


こうして俺はガンテイに言われていた新人の研修をする為、そのまま同じ階にある講習室へとエステと共に向かう

先ほど応接室にいた職員も同行してくれたが、学校の教室のような空間に俺は懐かしさなど感じない

学校を知らないからだが、今思えば学校生活というのは興味がある


春に試験を行う冒険者候補生4名、男女2人ずつか

俺を見た途端、緊張した面持ちだがとても若い

フラクタール中央学園の高等部だと思われるが、来年卒業だろう


(あと3日で来年か)


半年は永いなと思いながらも俺は教壇の前に向かう

メェルベールを担ぎ、彼らの前で何から話そうかと考える

エステはドアの近くの壁で背中を預け立っているようだが、候補生4人は俺とエステを交互に見ている

特に男はエステを見ると凄い幸せそうな顔をしているんだけど、まぁ美人だしな


『魔物を知らなければ死ぬ。戦いは情報戦からが基本だ』


俺はそう告げ、彼らに色々な魔物を口にして説明し始めると彼らは徐々に真剣な顔になり始めた

ゴブリン、赤猪、骸骨剣士、ゴースト、灰犬、エレメンタル種、オークやソードマンティスそしてカナブーンなど低ランク帯で彼らが確実に相対する魔物ばかりだ


『す…すいません』


ふと若い少年が挙手しながら口を開く

何を聞かれるのだろうかと耳を傾けると『強くなるために必ず必要な事』とは何なのかさ

決まりきった言葉を俺は彼だけじゃなく、皆に告げた


『悩ましい相手、いわゆる勝てるかどうか怪しい魔物や状況で逃げる勇気を持つことだ。自身より強い存在ばかりからのスタート地点である事を自覚するのが大事だ。逃げる事は情けない事ではない。強くなるために逃げる行為は誰にでも与えられる平等な選択肢であることを覚えておけ』


逃げるのは情けない行為ではない事を力説すると、何故か10分くらい話してしまったが彼らは真剣に聞いてくれたよ

だって意地になって戦って死んでしまえばそこで人生が全て終わるからだ。


(それにしても…)


全員が素質ある魔力袋とは驚きだ

近くで立っていたギルド職員に彼らの詳細を少し聞くと、学園内でも球技大会でも身体能力が高く、そのイベントで見ていたギルド職員の1人が彼らに声をかけたのが始まりだとか


『確かに運動神経の良さは素質の良さだが、道を示す事も視野にいれて俺を呼んだのだろうな』


薄々気づいていたよ

職員は苦笑いしているが、図星か


(さて…)


『…火が2人、土が1人そして面白い事にこの街で誰もいない素質を持つ女がいるのが更に面白い』


青い長髪の女の子

大人しそうな雰囲気しているが、かなり運動に秀でている事はギルド職員はボソリと後ろから教えてくれた。

その女の子は緊張が凄い顔に出ているが、俺が見ているからなのかもな


『聖なる光を放つ魔力、成長は遅いが金は貯めておけ…。リラックスという緊張をほぐす聖属性魔法そして味方全体の動体視力を上げるポテンシャルアップの2つを先ず覚えてから攻撃魔法だ。聖属性魔法の試練は精神的に難しいものばかりだから肝っ玉があればいける、プチホーリーぐらいはいける』


なんだか嬉しそうな顔で彼女は強く何度も頷いている

というか彼らは知り合い同時という事だから『4人で組んだ方が良い、俺が教えているインクリット達を追える素質を持っている』と言うとなんだかやる気を出してくれたようだ。


インクリット達の評価は正直そこまで知ろうとしたことがなかったが、彼らは知っているらしい

街の英雄的に見ているからこそ俺が彼らの後に続ける素質と言ったから嬉しかったのだろう。


『あいつらも逃げる時は逃げる、大事な事だからそこだけは覚えればチャンスは何度も訪れる。魔物の知識は本当に大事だ…。油断を生むと大怪我に繋がり、形勢が崩れる』


俺が言うからこそ、納得してくれる

それなら何度でも死なない為に教える事も俺の責務なのかもしれない


こうして講習が終わり、俺はロビーにある軽食屋のカウンター席でエステと共に焼きおにぎりを食べる

インクリット達は3日間のお休み、まぁ闇獅子との交戦後は多めに休むのがいいのだ。


近くの丸テーブル席には以前教えていた新米冒険者がいる

剣士志望の男四人に魔法職女が二人だったが、冬に試験に合格したから12月は薬草依頼と低ランクのゴブリンや赤猪討伐をメインに奮闘しているらしい

エステも気にかけている冒険者らしく、たまに指南しているとか驚きだ


『瞬間火力チームは面白いと思わない?』

『確かにな…』


剣士4人に魔法使い2人となれば力押しがある程度可能だ

魔法使いが会得している魔法によるが…


無色の魔力袋を持つ魔法使いの女の子はスリープを覚えたらしく、ゴブリンなら一発で眠ってくれると少し嬉しそう

もう一人の魔法使いはローズウィップという棘のついたツルを緑の魔法陣から伸ばし、敵に絡まって動きを止める魔法だ


貯蓄していた資金をそこに投資し、彼らは戦いの選択肢として成功を収めたらしい


『でも先週、ビッグフット2体いて逃げました』


剣士でリーダーを務める少年がそういうが、正解だ


『正解ね、春まではEランクの魔物と戦いながら単独行動しているFランク帯を倒すか逃げるか判断の徹すればいいわ』

『わかりました』


高嶺の花を見ているかのようななんとも言えないリーダーの顔に、女性陣は遠い目を彼に向けていた


『今日は休みならば稽古でもするか?』


俺は暇で仕方がないから彼らのそう告げると、凄い驚いた様子で一斉に頷いたのだ

近くの森へと足を運び、雪景色が綺麗な開けた場所で俺は魔物召喚で出現させたのはEランクのバトルゴブリン

錆びた小柄な剣、毛皮を羽織る鋭い犬歯を剥きだすゴブリンは戦いに特化した兵士

身長は1メートル半と普通のゴブリンより高く、彼らの強敵でもある


『ギャルルルル!』


威嚇するバトルゴブリンを前に、彼らは構える

そうした様子を見ながらもエステは腕を組みながら彼らを眺め、口を開く


『さて…どう戦えるのかしらね』

『冷静になればいける、剣士4人だ』


彼らは人数に有利を使った

苦戦するだろうと思っていたのだろうが、突如飛び掛かるバトルゴブリンの振り下ろす剣を剣士2人が同時に受け止めるという変わった作戦に俺は驚く


『おらぁぁぁぁ!』


真横から別の剣士が体当たり、一番筋肉質な男だがある意味正解だ

バトルゴブリンが軽く吹き飛び、尻もちをついて倒れるが起き上がるのは早い

だがしかし、先ほど言ったように数の有利は絶対だ


『スリープ!』


魔法使いの女の子が白い魔法陣を展開し、そこから白い煙を敵に噴射だ

Fランクの魔物なら1発で眠る可能性は高いが、Fとなると確率はまだ低いらしい

眠りはしなかったが、睡魔と抵抗しているためにバトルゴブリンの動きは鈍りそして目が虚ろである


『ローズウィップ!』


別の女の子がバトルゴブリンの足元に展開した緑色の魔方陣から刺々しいツルを出現させて足に絡まると、そこで敵の動きを完全に止めたのだ

チームワークはレベルに関係なく誰にでも行える行為を理解した彼らだからこその戦略。


『今だ!』

『ぬぉぉぉ!』


剣士4人が一斉に四方から飛び込んだのだ

これにはバトルゴブリンも手の打ちようがない

4人の斬撃を受け、倒れるかと思いきや痛みで眠気が消えたバトルゴブリンはその場で暴れてツルを斬り、最後の抵抗を見せる


(時間の問題か…)


数十秒で決着がつくことは明白だからこそ俺は横で彼らを見守るエステに口を開く


『エルマーの屋敷の様子はどうだ?』

『魔法兵団強化でもするんじゃない?浮浪児を拾っては鍛えてるし』

『変わった組織なのは聞いている。没落したと言っても力は本物だ。』

『本人の前で言えば怒られるわよ?』

『知っている。』


エルマーの家系は元上級貴族だが、とある事件にて没落し彼は残された財と残った家臣と共に新しい事業で成功を収めた奇才を持つ男だ。

まぁ没落させた貴族は一族諸共殺されただろうが、証拠が出ないから捕まえる事も国は出来てない


『魔導貴族…か』


呟いていると、新米冒険者達はバトルゴブリンを倒した

どうやらEランク帯との戦闘は初めてだったようだが、数の理を活かした良い戦いが見れたよ


『やったったぜ!』

『いけるもんだな』

『良かったぁ』


『だからといって安易に相対しないことよ、倒せるから戦うのは状況次第。慌てなくても強くなる』


エステはそう告げた


(明日かぁ)


緊張するなぁ

バレないよなぁ

怖いなぁと俺は思ってる

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