第116話 闇獅子 開花
神の力を授かりしクズリはバチバチに放電を帯びた姿のまま、闇獅子の攻撃を前に盾をかざす
グスタフに何度も言われていたことを、彼は今走馬灯のように思い出した
【上からの攻撃は避けろ、魔物の体重を乗せた一撃を受けるは達人の領域…。お前にはまだ早い】
できないわけじゃない、人間でも可能だという裏返しでクズリは今あの言葉を理解していた
それを実現しないといけないのは、今しかない
目の前で見た事もない薄い輝きを見せるクズリにインクリットは驚愕を浮かべた
あの時の自分と同じという意識が彼の脳裏に浮かぶ
(一瞬…か)
クズリは妙に落ち着いていた
ゆっくりと迫る死の一撃を前に穏やかな心で盾に流れる魔力を感じる
盾スキルのイージスは発動すれば効力が続くわけではない
攻撃が触れた瞬間のほんの一瞬にその技の魔力を強く盾に流す事でその技の効力は最大限に発動する
いかなる攻撃も跳ね返す最強のカウンター技へと変わるのだ
『ここだ!』
触れる瞬間、クズリは叫ぶと盾に流れる魔力を強めた
そして盾は金色に光り、闇獅子の全体重を乗せた右前足の攻撃と触れる
変わった甲高い音が森を響き渡り、それは予想外な未来を描くための音だ
『なっ!?』
駆け出していたムツキはアンリタと共に驚く
逆立ちしても受け止める事など不可能な無謀と呼ぶに相応しい一撃
闇獅子はクズリの盾に触れた瞬間、爪が砕け散り、そして盾からの衝撃波で体が大きく仰け反ったのだ。
その場にいた誰もがあり得ない事が起きたことに驚くがインクリットは微笑んでいた
『流石だね』
仲間の小さな鼓舞された声に口元に笑みを浮かべ、クズリは汗を流しながらもその場で右手を闇獅子に向けて最後の抵抗を見せつけた
たかが雷属性の下位魔法と思えば痛い目を見る、雷は火や風そして水に並ぶ4大属性の中でも会得が困難な属性であり、魔法の威力は下位でも保証されている
放電を帯びた黄色い魔法陣を前にクズリは叫ぶ
『サンダー』
魔法陣から飛び出す雷は不規則な軌道を描き、闇獅子の顔面を直撃する
仰け反る姿勢から回避は不可能、そしてその攻撃はダメージを与えるためではない
盾士という仕事はヘイトを稼ぎ、隙を作りそして攻撃する職
クズリは攻撃する力はない、ならばヘイトだけでも稼ごうと決めたのだ
まだ仲間は2人いる
『ゴルァァァ!』
小賢しい攻撃に鬼のような形相で態勢を立て直した闇獅子
しかし、運命は悪い方向に動いている事を獅子は背後の気配で悟った
言葉は口に出来なくとも、獣は脳を使って何が起きているかをする事は出来る
怒りに身を任せ過ぎた
油断が招いた失態
慎重になるべき者達であった
嘗めたからこそちょっとした不都合な攻撃に怒りを現しに、このような結果を招いた。
相手を認めて戦っていたならば逆の立場で圧倒出来たはずだったろう
振り返るとそこには刃に炎が纏う槍を前に出して飛び掛かる人間の女、その者を尾で攻撃しようと払った瞬間にムツキの怪魔法レミントンは闇獅子の尾を魔力の散弾で吹き飛ばした
『終わりよ!』
属性付与の炎
アンリタの最大の付与魔法は槍を強くし、貫けば内部を燃やし尽くす
敗因は嘗めた事、闇獅子はそれを知ると抵抗を止めると失態の証を受け取らんとアンリタの槍を頭部の側面で受け止めた。
傷口から放出される炎は闇獅子の頭部の中を焼き尽くすが悶え苦しむ様子はない
槍を抜き、インクリット達の近くで着地したアンリタは槍を構えたまま立ち尽くす闇獅子に警戒するが、アッパレながらもその魔物は倒れることなく静かに体の中から魔石を出現させた
立ったままの死、堂々たる死にざまに誰もが驚きを浮かべる
『やったね』
『…あぁ』
インクリットの言葉にクズリは安心を抱き、その場に大の字で倒れる
死闘はクズリの開花が勝利を勝ち取り、そして静けさが訪れた
『あの技なによ熊』
『インクの言ってた事、今ならハッキリわかるぜ…。声がマジで聞こえた』
『あんたも聞こえたの?なんで私じゃないのよ…』
『アンリタさん、何か条件がある筈ですよ』
『条件ねぇ…』
悩ましい顔を浮かべたアンリタは無理やりインクリットを立たせると、ムツキはクズリを肩に担ぐ
生きるか死ぬかの戦いを制した4人はここでようやく自分達のダメージを知る
(…いつの間に)
ムツキはクズリを背負った時に腹部に痛みを感じる
闇獅子の鋭利な尾に触れていたのか、彼の腹部には切傷があり浅くはない
血が流れている事に気づくが、それよりも甚大なダメージを受けたものを前に痛がる素振りは見せない
アンリタも前かがみで歩くことでしか姿勢を保てずとも、インクリットが歩けぬ様子を見て無理を承知で彼に肩を貸す
『本当に着地の練習しなさいよ馬鹿』
『あの速度は無理だよ…多分背骨ヒビ入ってる』
『折るの好きねぇ。まぁ私らでもあんたの加速まったく見えないまま突っ込んだから死んだかと思ったわよ』
『私もですよ。凄い加速でしたね』
『ありがとう、でも一番頑張ったのは…』
皆はムツキに運ばれるクズリに目を向けた
1度足らず2度まで仲間の為に役目をこなし、3回目で彼の魔力袋の本性が顔を現した
イージスという盾専用の技スキルはタイミングよく使用しなければならない
0,1秒というタイミングを彼は最初の発動で奇跡的に手にした結果である
『凄い防御スキルだねクズリ、あの一撃を軽く跳ね返すって…』
『攻撃系統じゃねぇらしいから魔力消費もあんなねぇんだけど。その前の蓄積ダメージが酷くて、あはは』
『流石熊よ熊』
『獅子より熊が強いとは…いやはや凄い肉体ですね』
『おいおいアンリタだけじゃなくムツキも熊扱いかよぉ?』
行きとは違い、帰りは穏やかであった
ギルドに戻ると、ロビーにはギルド職員2名と共に丸テーブル席に座るガンテイの姿
インクリットらが戻ったことを知り、立ち上がると先程まで険しかった顔に笑みが浮かぶ
『やっぱり倒したか』
(やっぱりそうだよね)
インクリットは苦笑いを浮かべるとガンテイの指示で4人全員が医療施設へと運ばれていく
この建物の常連とも言っても過言でもない彼らは入院する程の怪我は無く、手当ての後は自宅安静を3日宣告された
ロビーでは心配になって様子を見に来たアミカが彼らを迎えに来たが、グスタフはいない
『また頑張ったね!偉い!』
いつも通りのアミカに微笑みながらもインクリットのお腹は鳴る
動いた分、力を得るために欲するのは食べ物
アミカは『帰ったらチャーハンあるよ!』と言うとアンリタが早く帰りたがる
『本当に死ぬかと思う場面は多かったですね皆さん』
『ですね』
『でも黒虎ならみんなで油断しなければ普通に倒せるってグスタフさん言ってたけど苦戦したの?』
『アミカさん、私達帰り際に闇獅子と戦ったのよ?』
首を何回も傾げるアミカ
彼女がその魔物を知らない筈もないのはドワーフ族は魔物に関して案外詳しい面があるからだ
まさかという思いを浮かべるアミカだが、それはガンテイも信じられないと言った表情を浮かべる
『お前ら…闇獅子だぞ?猛獣の軍師とも言われる賢い猛獣を倒したのか?』
信じられない表情はアンリタが取り出した魔石で真実を皆が知る
ギルド職員ですら口を開けて驚く始末、これにはガンテイは真剣な顔を浮かべながらテーブルの上に置いていたぬるくなったココアを飲むと、口を開く
『グスタフの想像以上の成長だ。あいつと一度話し合いしなければな』
こうしてインクリットはアミカと共に鍛冶屋リミットへと帰る
今では大の字で柿を食べる可愛い熊のパジャマを着たグスタフがおり、誰もが似合わないと思っているような顔で彼を眺めた
『チャ…チャーハン温め直すね』
アミカは苦笑いを浮かべ、台所に向かう
居間にはエステとグスタフが柿を食べているが、そこでインクリットは今日の出来事を話すと当然その話を聞いた2人は驚愕を浮かべる
(あの個体を倒したのか…)
グスタフは上体を起こし腕を組んでそう考えた
今の彼らでは五分五分と言った所、しかしインクリットが放つ言葉で答えが出た
『師匠、クズリも声を聞いてから新しい技スキルを覚えました』
『…なるほど、何を覚えた』
『イージスです』
(イージス…か)
盾の最高峰とも言える技スキル
それはB以上の存在にも通用する唯一の盾スキルの中の1つ
しかし冷静でなければ不発となり、死を招く危険性があるスキル
土壇場で成功させたから彼らは帰ってこれたとわかると、グスタフは懐からインクリットに桃金貨1枚を渡す
『師匠…これは』
『黒虎と闇獅子分だ、今のお前らには無理な相手だと思ったが…』
『私もあんた達なら逃げろと言うわね、まぁでも加護持ち開花が2人いるならばあとは本人の覚悟次第で倒す事は出来るでしょうね』
『エステさんも加護とかは?』
『持っているに決まってるじゃない、エイトビーストで一番強いわよ』
『待て、数年前にオリマーにナメプされただろ?』
『あら?何で知ってるのかしら?』
グスタフは唸り声を上げ、頭を掻く
それでも彼女は強い事をインクリットはここで知る
自分達はどんな集まりなのか、グスタフからある程度の話を聞いていたインクリットだが、まさかと思って彼は聞いたのだ
全員が加護を持ち、開花する可能性があるのかと
『全員、加護を持っている。開花は来年だと思ったが…どうやら俺の予想外な成長を遂げているらしいな』
『そ…そうなんですね。もしですけど強くなろうと思えばどこまでいけるんでしょうか』
『神と呼ばれる存在、Sの生物を前に戦える集団になる可能性を秘めた公国随一のチームだ。』
自分達は可能性を秘めた存在、インクリットの予想よりも大きな使命を背負う事が出来る集まりを知ると、彼は苦笑いを浮かべた
『次は誰でしょうね』
エステはふとそう告げる
だがそれは誰にも分らない
そして予想外な成長を前にグスタフはガンテイと意見が分かれていたあの件に関して話し合う事を決めた
(きっと強く推薦されるだろうな…)
『海老チャーハンだよ!』
アミカが満面の笑みで台所から話すとグスタフは立ち上がり、彼女の手伝いをする
ちゃぶ台の上に並べられた湯気が昇る海老チャーハンを前にグスタフだけじゃなく、インクリットも疲れを癒す食材を前に口から輝く液体が顔を出す
『海老って今高いですよね?』
『良い海老だよ!シューベルンさんからお裾分け貰ったの!』
インクリットは思う
自分の周りが良い方向に向かっている事に
ならば共に進んでいこうと更に自身を鼓舞し、目の前にある馳走を食べ始めた
(戦った後は美味しい)
プリプリした身の海老が何故チャーハンに合うのか彼にはわからない
美味しければそれでいい、傷ついた体などお構いなしに彼は黙々と味を堪能し、皆と共に完食するのである
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