第115話 闇獅子 盾の意地



咥えていた黒虎を投げ飛ばしてからの闇獅子の渾身の一撃、それはトップスピードから繰り出された右前足による強烈なパンチ

反応出来たクズリは皆の前に駆け出すと盾を前に受け止めんとぶつかった


金属音が響き渡ると同時にクズリは体が爆発したかのような感覚を覚え、目を見開く

全体重を下半身に意識し、防御に徹した自慢のガードであったが、彼は猛獣たる一撃を盾で受けると地面を滑るように吹き飛び、そして後方の遥か遠くの木に背中をぶつけた


(やべぇ…)


あまりの威力に驚きながらも、体に電流でも、流されたかのように激しい痺れを感じる

グスタフとの稽古で味わった一撃に勝るその攻撃を前に体の感覚を奪われた彼はその場に倒れた


『クズリ!』


インクリットは仲間と共に果敢に闇獅子の尾の払う攻撃を飛び退いて避けながら叫ぶ

仲間を想う声はクズリにも届いていたが、それに反応する為の力はまだ取り戻してはいない


(あの一撃と同じ?いや…それ以上だ)


ガードは間に合った、しかし受け止めきれない

痺れる体に必死で動けと心の中で叫びながら、彼はゆっくりと立ち上がる

視界にはムツキの発動したデビルアイという、悪魔の目で敵の視界を数秒奪う闇魔法が闇獅子の前に飛び出したが、闇獅子は距離を取るために飛び退きながら長い尾で悪魔の目を切り裂く


『賢いですね』


ムツキは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、インクリットとアンリタと共に数歩後ろに下がった

一気に畳み掛けようと無意識に発動し、距離を詰めようとしたが相手は知能の高い猛獣

思い描く戦いをさせまいと離れたのだ。


『ゴルル…』


不気味な赤い瞳は彼らを見回す

襲いかかる様子は無く、どう動くのか監視していることに誰もが気付くとアンリタは小さく舌打ちを鳴らす。


(厄介過ぎてる。)


尾が長く、リーチはあちらに軍配が上がる

一気に三人で詰め寄るが、闇獅子は近づかせまいと低い姿勢から襲いかかるインクリットの双剣を狙って尾を振る


『っ!?』


一瞬驚いたインクリットだが、その一撃は後ろから飛び出したムツキが鉄鞭で受け止める

額から血管が浮き出るほどの全力、止められた事に闇獅子は僅かに目を細めた


『属性付与!炎!』

『属性付与!風!』


アンリタとインクリットは武器に属性を宿す

彼女の槍には炎が、彼の双剣に風が纏うと2人は闇獅子の攻撃後のすきに飛び掛かった。

離れようとすれば出来た闇獅子だが、ムツキが赤黒い魔法陣を展開した事により遅れたのだ


『フシュル!』


素早くその場で一回転し、尾を使ってインクリットの双剣を弾いて彼を吹き飛ばすと、次に口から圧縮した空気を弾丸のように吹き放って彼女に命中させ吹き飛ばした


『ぐっ!』


空中では回避行動は不可、その事に後悔しながらもアンリタは地面転がった。

捨て身に近い攻撃ではあったが、意味はある


『銃魔!レミントン!』


ムツキの強力な怪魔法の為の捨て身なのだ。

しかもインクリットのハンドハーベンで彼の双剣はまだ操られており、その2つの双剣は闇獅子の右前足の甲に突き刺さる


バランスを崩した瞬間に響く炸裂音

赤黒い魔法からは無数の小さな魔力弾が放たれ、闇獅子は顔を横に逸らした。

ジャガーノートでさえダメージを与えたそれは距離さえ詰めていれば本当の威力を叩き出す

しかし、ムツキは僅かに遠かった事に眉間にシワを寄せた。


『くっ…』


確かに距離がある時に咄嗟に発動した

それでも散弾のような火力を前にダメージを与えれる筈だった

目の前で顔を逸らす闇獅子はムツキに顔を向ける


『ゴロロロロ』


強く喉を鳴らし、それ冬の寒さで森に響く

体の至る所に魔力弾の跡があり、僅かに血を流す程度のダメージ

それだけなのかとムツキは焦るが顔には出さない

他の魔物で射程外での威力を考察ぐらいはしている彼だが、それでもほとんどの魔物を倒すぐらいの火力は誇っている


(まずい!)


インクリットが焦りを浮かべ、アンリタと共に彼の前に素早く移動すると同時に闇獅子は大きな咆哮を上げ、体から魔力を放出し始めた

ムツキの攻撃はその魔物を怒らせ、本当の戦闘態勢のスイッチを入れたのだ


(迂闊でしたか…)


後悔の念を抱き、ムツキは仲間と共に身構えた


こうして闇獅子の後ろ脚のついている地面の雪が舞い上がると同時に、一気に3人に迫ってきたのだ

目の前にすると迫力以上の迫力、怒り以上の鬼の形相

赤い目の発光が強まり、それは弱き者を委縮させる能力を持つ


誰かに何かを言う時間などない

3人がその場から離れようと足に力を入れた瞬間、闇獅子は右前足で地面を斜めに殴る。

全体重を乗せた大地を殴る行為は衝撃波と共に土の交じる雪を舞い上がらせた


ひとたまりもない攻撃を前に避ける時間などない

しかし体の自由が戻ったクズリがタイミングよく3人の前に躍り出ると、インクリットは彼の後ろに素早く隠れた

彼だけじゃなく、アンリタやムツキもである


大きな音と共に土や雪の交じる衝撃波の中に消えた4人

生身で受ければ人間など最悪一撃であの世に行くであろう威力

だがしかし、彼らはただの人間じゃなく冒険者である


『やっべぇ』


雪煙の中からクズリの声が聞こえる

これには闇獅子も首を僅かに傾げた


『助かったよクズリ』

『流石に熊ね』


インクリットやアンリタの称賛を浴びながらも雪煙は晴れ、4人の無事な姿が現れた

だがしかし、闇獅子は前にいる男だけは疲労困憊であることに気付く


息遣い、体温、僅かにふらつく体

狩りを嗜む猛獣にしてみればすでにクズリは死に体に近く、脅威と呼ぶには乏しい


『ゴロロロ!』


喉を鳴らしながらジグザグに駆け出す闇獅子

これには四人は左右に飛んで避けるが、闇獅子の長い尾はクズリの足に巻き付くと地面に叩きつけた


誰もが彼の名を叫ぶ

死んだと思っても可笑しくはない威力で地面に激突したからだ

しかし冒険者は日々魔物との戦いで肉体は常人より強く、そして死地ではしぶとい


『が…』


意識朦朧とするクズリは声にならない声を上げた

息が出来ないのは強く背中を打ち付けたから

動けないのは猛獣の攻撃を2度も受け止めようとガードしたからだ。

称賛に値する盾、しかし限界はある


『闇魔法デビルアイ』


ムツキの繰り出した悪魔の目の出現により、戦いがまた始まる

話し合う事もせず囲む3人は無意識に闇獅子の死角の者が攻撃を与える形となり、狙われたインクリットは尾の払いを飛び退いて避け、そしてムツキは再び怪魔法レミントンで闇獅子の注意を引き付けると、アンリタは魔力の散弾が当たらぬ魔物の背後から尾を避けて後ろ足の甲を槍で貫く


『ゴロァ!』

『きゃ!』

 

抜く時間さえなく後ろ足の蹴りをかすめたアンリタは転がるように吹き飛んだ。


小さな一撃を与えるまでの労力に似合わぬ相手へのダメージにインクリットは僅かな焦りを浮かべた


(この調子だと)


倒す前に、こちらが全滅

彼だけじゃなく、肩から血を流すアンリタも立ち上がりながら同じことを思う


(不味いわね)

(少々これは手厳しい現実ですね)


しかしアンリタの一撃は闇獅子の瞬発力を活かした加速の弱体化の成功を意味する

次に襲いかかる時、アンリタは僅かに減速した体当たりに驚きながらも襲い来る噛みつきを横に飛んで避けた


これなら反応ぐらいは出来る

インクリットはそう思いながらもカゼノコを発動して飛翔効果を得ると彼の体が浮き始めた


『これで!』


魔力を全力に注ぎこみ、畳みかける気のインクリット

彼の判断は正しく、目の前にいるような格上である魔物に対して体力の温存など愚策でしかない。

人間と魔物との体力差とはそれほどまでにあるからだ


『闇魔法・デビルアイ!』


ムツキは闇獅子の前に悪魔の目を出現させるが、闇獅子はそこで飛び退いて距離を取る

それは知能ある魔物としては人間の有効攻撃範囲外に逃げるという考えは正解に近い

だがしかし、インクリットが発動していたカゼノコは魔物の考えを一層する魔法

口から圧縮した空気弾を飛び退きながら打ち砕くと、目の前には風の浮力を得てトップスピードで闇獅子の目の前に迫るインクリットがいた


『ッ!?』


流石の闇獅子もこれには驚く

最初にカゼノコの機動力を見せていれば、きっと直ぐに対策されていただろう

だがしかし、そこまで有効な魔法だと知らず、近づくことを許してしまう


『ハァ!』


着地など考える暇なんてない、相手が嫌がる一撃を与えんとインクリットはハンドハーベンで操る双剣を握りしめたまま闇獅子の右目を斬り裂きさいた


森の中に響き渡る猛獣の苦痛な叫び声

だがのた打ち回ることなとしない魔物は振り向き、着地をし損じだインクリットを左目で睨む


『インク!』

『インク君!』


闇獅子の背後にいるアンリタとムツキは彼の名を叫ぶ

今から駆け出しても、闇獅子のスピードには間に合わない

大きな魔物が狙うは自身の右目を奪いし小さな生物


(体が…もう)


先ほどカゼノコに流した魔力で彼は最後だった

だからこそ闇獅子でも反応できない速度を叩き出せた

その代償が戦闘継続の負荷という大きな代償でもあるが、彼は自分の背後で立ち上がる仲間を信じているからこそ、無理をしたのだ


自分だけが必死ではない

彼は皆を信じ、迫りくる闇獅子から視線を逸らすと近くで立ち上がるクズリに目を向ける。


『最後にもう一度だけ、一度だけ頼む』


仲間からの悲痛な叫び

クズリは疲労困憊とダメージの蓄積で震える足を地面で踏んで鼓舞する

自分が受け止めなければ仲間が死ぬ、それだけは盾の者として避けなければならない事


(動け動け動け動けマジで動け!)


上がらない腕は盾が重く

体温は灼熱のように感じ

目の前に迫る闇獅子は先ほどよりも巨大に見えた


あと一撃さえなんとか受け止めれば、あとは闇獅子の背後から迫る2人が何とかするだろう。

クズリもまた、仲間を大いに信じている


(頼む神様)


彼は強く心の中で祈りながら呻き声を上げ、いつもよりも重く感じる盾を持ち上げる


(この一撃だけ、持てる全てを出させてくれや)


闇獅子は目の前で右前足と振り上げ、2人同時に叩き潰そうと絶望を視界に現す


(仲間だけでも守れる力をくれよ!あと1人…あと1人っ!!)


振り下ろされる大きな死、それと同時に起きたのは時間の停止

モノクロの世界の中、クズリは何が起きたのかと息を切らしながら目だけで周りを見回す。

あり得ない事が起きた、だがしかしそれよりもあり得ない強大な気配が背後にいる事に彼は気付く


(な…なんだこれよぉ…)


止まらない鳥肌、そして耳鳴り

目の前で命を狩ろうとする魔物なんて犬に見えるほどに、彼の背後にいる者は大きい

だが体は動かない、目だけで見ようとしても動きはしない

しかし、答えは彼の背後から飛んでくる事となる


【その土壇場でも生きる事より守る事を選んだ事に賞賛を送ってやろう。俺の名前はライデン。お前に1つだけ良い技スキルを与えるがタイミングを間違えれば2人共死ぬ、あとはお前次第だ。】


豪傑のような重い声、耳元で響く2重な声

聞くだけでビリビリと伝わる力の持ち主


クズリは声の正体が誰なのかわからない

しかし、それよりも今は考える事がある

頭の中に流れて来た新しい知識と技スキルに驚愕を浮かべ、最後に全ての体力をこの一撃を防ぐために使う本当の覚悟を決めた

時は戻り、世界は動き出すとクズリは心の中で大きく叫んだ


俺が動けと言っている、動け

体を酷使する強い支持に肉体は観念し、持てる力を振り絞って盾を持ち上げる

俺が止まれと言っている、止まれ

奮える足を怒り、彼の足はこの時だけは地面に足を付けて力を振り絞る


闇獅子の叩きつけるという攻撃

それを防ぐなど至難の業であり、常人ならば避けて攻撃のチャンスを伺う

盾士が不遇な職だと言われるのはこういったランク帯の魔物相手だと人間の限界があるという間違った情報が流れたからだろう。

しかし、盾の為のスキルは存在する


クズリの盾はバチバチを強い放電を帯び、体から黄色い魔力が漏れ出す

今ならば、防げる気がすると彼は感じた

一瞬で前に駆け出し、インクリットの前に躍り出るクズリは盾を上に掲げ叫ぶ


『シルト・イージス』


闇獅子は危険分子へと彼が変わったことに気づくと、更に力を込めて右前足を振り下ろす

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