第113話 黒虎 探索

降り積もっていつもより疲れを感じる足場にインクリットは先頭で月の灯りやムツキが覚えたライトという浮遊する光の球体の明かりで彼らは最後に姿を出したであろう方角へとゆっくりと進む

膝まで積もった雪に多少の疲れを覚えつつも、彼らは無風で静かな森の中で耳を澄ませる


『黒虎かぁ』


クズリが最後尾にて独り言を呟く

冬の狩人とも言われた猛獣種、獅子にも勝るとも劣らない強靭な体

前足から繰り出される凶悪な斬り裂く攻撃は誰もが知るネコパンチとはほど遠い


『オスは背中の棘が多く、そして鋭いので触れたら私達の体なんてひとたまりもないですね』


ムツキはそう告げ、鉄鞭を担ぎながら左右を警戒する。


『弱点が無い魔物だ。体毛に魔法の耐性がある』


インクリットの言う通り、全属性の耐性が高い

貫けば話は別だが、それは容易とは言えない


『カカカ!』


(耳障りな音)


正面から聞こえる声にインクリットは立ち止まると右拳を軽く上げて合図し、全員が足を止めた

低ランクである骸骨剣士の声であり、その存在は生気を頼りに近付いてきたのだ。


『ざっと3体ね』


現れた骸骨剣士は雪道によって更に動きは鈍い

季節に左右されない唯一のアンデット種の魔物であり、それは彼らの前に姿を出すと無策にも真っ直ぐ先頭のインクリットに近付く


『後ろ、ゴースト』


クズリも他のアンデットを見つけた

黒い靄のような姿の魔物であり、つり目が不気味に光る。


『後ろはクズリ、前は…』


現れた骸骨剣士は5体、溜息を漏らすインクリットは左右にいるムツキとアンリタに交互に目を向けた

単独で動き回る事のないアンデット、しかも雪に足を取られて隙だらけの様子に彼は首を傾げる


(他に気配は…)


インクリットはその間、辺りを目で見まわす

気になる点は無く、目の前にいる魔物しか今はいない事に気づくと無駄に体力を消費しないようにある程度引き付けてから各個撃破して進む


吐息が更に寒さを感じさせ、凍てつく寒さが彼らを襲う

ゴロゴロと唸るような鳴き声に耳を傾け、方角をある程度絞り進む

虎特有の鳴き声が冬の乾いた森の中で不気味に轟き、彼らに緊張を与えた

ただのCランクではなく、そのランクでの脅威とも言える猛獣なのだ


だからこそいつも通りを描こうとアンリタは歩きながら口を開く


『また無理して怪我するんでしょうね』

『あはは…、大丈夫だよ』

『どうだか。その辺あんた以上に反応するわよね?』


ふと聞いた彼女の質問、一番気になっていたのはアンリタだ

閻魔蠍からそうだったことを思い出せば、異常な判断に近い

何か理由でもあるのだろうかと聞いただけだったのだが、インクリットから予想外な答えに彼女だけじゃなく、他の仲間も心で驚く


『昔、幼馴染の女の子がいたんだよね』


話し始める彼の足取りは重い

思いつめた雰囲気を見せる様子にアンリタは間違った質問をしたのではないのだろうかと内心で不安を抱いていたが、今の彼らには彼を知る為に必要な話であったのだ


『凄い仲が良くてさ、その子とか他の友達と川で遊びに行ったときがあるんだ』


6歳の頃の話であった

彼の住む村の近くにある川では魚やエビが良く取れる為、皆で捕まえに道具を持って出かけた時の話である。

そこには本来は魔物はおらず、平和に遊ぶ未来だったはずが、地獄が起きた

鬼犬という怒りを顔に浮かべた様な顔をしたランクDの魔物が1匹が現れた時、彼らは襲われた


『僕は彼女を守ろうと思ってたんだ』


幼馴染の女の子は先に狙われる

そして他の友人らは勝てぬ相手であるため、逃げるしかない

しかし彼だけは足を止めたまま、動けなかった


『怖かったんだ』


肩を落とし、足を止めるインクリットに心配そうな顔を浮かべる仲間たち

何が起きたのか、そして何故彼が無謀に近い勇気を持っているのか皆が知る


『僕の目の前でその子は襲われて死んだ』


まるで親に怒られた後の子供の様に、今のインクリットは誰の目から見ても小さく見える。

当時の歳や力では魔物相手に抵抗など無理であり、それは誰のせいでもない

人間の領域に最悪なタイミングで現れたことにより起きた悲劇なのだ。

誰も彼を責める事は出来ない


『インク君、厳しい事を言いますが…当時の貴方では何回やり直したときっと…』


ムツキは彼の代わりに前の警戒をしながら足を止める彼の肩を軽く叩く

何回その場面をやり直したとしても地獄の時間を何度も味わうだけなのだ

色々な死に方を彼は目にするだけだからである


『好きだったんだ』


初恋の子を無力な時期に目の前で失った思い出

それが無謀に近い勇気が生まれたきっかけだ


『…しゃきっとしなさい』


アンリタは罪悪感を感じつつも、彼の背中を叩く

苦笑いを浮かべる彼の表情を見て僅かに心がチクチクした気持ちを抱く彼女はどうすれば彼は踏み出せるのか考えた。

しかし気難しい事など考える事は出来ないからこそ、彼女は真っ直ぐに彼と向き合うように話す


『逃げたくても助けたい気持ちがその場にとどまらせたんでしょうね。』

『正直怖かったよ』

『当り前よ。6歳に何が出来るのよ?それでもあんたは逃げなかったのよ』


それが当時の彼の全力

アンリタはインクリットの胸を軽く小突くと前を歩き出して更に言い放つ


『あんたは小さいながらも頑張ったわ…、その勇気で私も助かってる。』


そして足を止め、インクリットに目を向けると再び歩き出して最後に言ったのだ


『次は私よ。危ない時は助けないとぶん殴るわよ』


想いでの矛先、インクリットは僅かに彼女の言葉に少し驚く

チクチクした言葉の裏側にある優しさを感じた瞬間、半歩でも歩き出す決意を抱く


クズリはムツキに顔を向けると、僅かに微笑みながら頷く


こうして森の奥まで行くと生い茂る森で地面の積もる雪は浅く、歩きやすくなる

足首まで積もる雪ならば大丈夫だと誰もが感じ、そして標的の足跡らしき痕跡を見つけるとクズリがその場でしゃがむ


『ざっと3メートルはありそうだが、大人サイズか?』

『微妙ですね。しかし…』


手負いである証拠である血痕

だがそこでインクリットはとある事に気づく


(何故鳴いている?)


インクリットは不気味な疑問を浮かべた

獲物に忍び寄る猛獣がわざわざ自分の居場所を知らせるように感覚を開けて吠える事はしない

そこで彼はグスタフからの言葉の中にヒントがあると思い、彼の口から放たれた今までの教えを思い出す為に脳を活性化させた。


【夜行性の魔物は嗅覚と視覚が異常に鋭い】


違う


【猛獣と言われる魔物はテリトリーだと知らせる為に時たま鳴く】


違う


【魔物の中には親を呼ぶ為に鳴いて位置を知らせる場合がある。その時の親は激昂して手が付けられないほどに暴れる】


彼は目を見開き、足を止めた

まさかと思いながらも最悪の事態を想定し、その線を考える


『さっきの足跡、ざっと見で大人のサイズと確定は出来なかったんだよねクズリ』

『ん?あぁそうだな。微妙かなって感じだ』

『その個体に親がいた場合はどうだ?』


その問いに答えたのはクズリではなく、ムツキだった


『動物の本能としては鳴くでしょうね。可能性としてはありますよ』

『じゃあ最悪の場合は2頭同時の戦闘になる。構成を考えながら進もう』


都合よく戦いは起きない時を考えれない場合、その者は死ぬ

だからこそ何重にも色々な策を考えておかなければ彼らにも命の危険が及ぶ


『ゴロロロォ!』


咆哮は近い

ならばとムツキはインクリットに『親がいた場合を想定して早急に子を倒しておくのが上策かと』と告げる

だからこそインクリットは答えを口にせずに強く頷く

それが合図となり、全員がそこでようやく急ぎ足となって森を駆け出す


手負いの黒虎、夜行性の魔物ならば狙っても可笑しくはないのに不気味な静けさ

きっと魔物もわかっている筈なのだ

もっと質の悪い個体を呼んでいるのだろう、と

だからアンデット種の魔物以外は姿を現さない

夜行性の狼種もまったく遭遇しないのがその証拠だろう


(いた…)


5メートルと低い滝がある川の近くで標的は川辺で座り、空を見上げて咆哮を上げていた。

全長2メートル半、黒い毛並みの背中からは赤く光る多数の棘が尾の先まで生えており、側面には斬られたであろう傷から赤い血が流れていた


『アンリタ』


インクリットは囁きながら、茂みから飛び出した

タイミングなどない、唐突な行動に少々アンリタは呆れながらも彼の背中を追うがムツキとクズリは来ない

それが作戦だ


(本当に…)


昔の悲劇があるからこそ、目の前にいる男は良い方向に走っている

何度救われたのか、アンリタは数えながらもその事を浮かべた


(面倒のかかる男)


悪くはない、彼女はそう思った

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