第112話 黒虎 出現

久しぶりにフラクタールで過ごす気がする

祭典後、アミカはより一層頑張る気満々だったがドノヴァンに休日は心身ともに休めるべきだと言われたのか、今日は休んでいる


戻ってきてから次の日だが、積雪は1メートルある

真冬日となった今日、俺は雪掻きをしてから狭い部屋で昼過ぎに昼寝しようとしたが無理そうだ


『日常は普通だが見た目は変態だな』


エイトビーストのエステが俺を見て囁く

俺だってのんびりしたい日もある、それが今日だ

モフモフした服に羊の鉄仮面となると彼女から見たら変態にしか見えないのが残念だ。


『見た目にこだわらない』

『限度がある』


溜息を漏らし、座椅子で寛ぐエステ

明後日は彼女と共に魔導公爵エルマーの屋敷の予定だ。

それまでは俺も体を休めたいのさ


『イドラはピリピリしているが、お前はどうするつもりだ?』


イドラとシドラードの睨み合いの件だ

どちみち争うのは目に見えてわかるが、止めるより戦わせた方が今回はファーラットに都合が良い

だからこそ俺が派遣される可能性は高い


(めんどい)

 


のんびり暮らしたいが、それは直ぐには訪れない

周りが騒がしいならば静かにしてから暮せばいい

それくらい俺もわかってるからこそ、ファーラット公国に手を貸している

いつか来る平穏な普通の暮らしを夢見てさ


『暇だグスタフ』

『仕方がない、ガンテイでも見に行くか』


ダラダラしていたいが、夜にしようと決めた俺は早速着替えてエステと共に外に出る

いつもの鎧は冷たいし嫌だから紫色の革が特徴的な閻魔蠍の革防具だ。

その紫色は光で僅かに綺麗な輝きを優しく映し出すそれの上にファー付きのトレンチコートを羽織ってるから非常に温かい


閻魔蠍の革だけだと防寒にはならない

肌に触れる内側に別の生地が縫われてるから温かいのだ。

トレンチコートも首付近がモフモフしてて外を歩いていても寒さはあまり感じない

しかし、凄い雪景色に変わりはない


通りの端には除雪された雪山ばかり

たまに馬車が通りの窪みに車輪を取られて困る姿もしばしば


『最近近くの森にビッグフットが現れるらしいぞ』


エステの言葉で俺は通りを歩きながらもシドラード方面に見える連なった山脈に目を向けた

白い体毛のゴリラと言えば容易に想像しやすいだろう

全長2メートル半、普段は山の頂上付近に生息する魔物だが、冬は降りて餌を取りに来るのだ

ランクはC、意外に賢くて雑食だけど冬だけは肉類を好んで食す。


通りを歩く小さな女の子が母親らしき者と手を繋いで歩く様子を眺めながら俺は口を開く


『単独生物だから問題はない』


集団で狩りなどしない

ゴリラは家族を持つけどビッグフットは持たない孤独さんだ。

インクリットらなら油断しなきゃ大丈夫な魔物だな


『最近ミルドレッドとつるんでるらしいなエステ』

『面白い女だ。槍は磨けば光る』


職務がフラクタール防衛拠点になった為、ミルドレッドは最近帰ってきた。

今日はタイミングよくこの街にいるから冒険者ギルドに行けば彼女がいる


辿り着くとロビー内はあまり冒険者がいない

大雪だから休みにした者が多いからだと思われる

丸テーブル席で仲間と話し合う者たち

軽食屋カウンター席で昼過ぎから酒を飲む者

皆のんびりした様子をここで漂わせていた


受付カウンターで椅子に座ってウトウトしている受付嬢フィーフィーが見えるが、その近くの丸テーブル席に伏して寝てるのがミルドレッドだ。

顔は見えないが、何かが覆う腕の隙間から流れて…、あれはヨダレだ。


『平和ね』


エステは呟き、近くの丸テーブル席に座る

美人が来たとわかると冒険者の視線は彼女に向けられるけど本人は慣れているのか、気にしない

俺も座ると、受付カウンター奥を眺めたよ


(兄妹か)


受付カウンター奥には事務所が見える

その更に奥にギルドマスターの机、しかしガンテイはミルドレッド同様に机に付して寝ていたのだ


『似ているな』


エステは微笑みながらも彼女の席の隣に座る

今日来たのはガンテイとの飲みがあるからだが、あとは相談があると言われているから来たのさ


『お疲れ様ですグスタフさん』


にこやかな笑顔の受付嬢フィーフィー

今日はやけに機嫌が良いなと話すと、賞与が貰える日だからだとか

まぁ働く者のボーナス支給日というわけだ


『ガンテイを叩き起こしてくれ』

『了解ですよ』


こうして口元によだれの跡を残したガンテイがカウンターへと来ると、彼はまだ寝てる妹を気にしながらは話し始めた


来年の冒険者志望者は昨年より少ない4名

過去最悪の数字でもあるが問題は無いと彼は腕を組みながら説明する


『毎日多いと駄目だからな、来年は調整しなくて良い』


いつでも誰でもなれるってわけじゃない

適正検査、実技、筆記、そして数回の講習を受けて試験で合格しなくてはならない

春と秋の2箇所に試験が冒険者ギルド運営委員会の制度にて定められているのさ


『それで?その話の後に相談となると薄々気づいている』

『流石グスタフ、今日奢るから明日の講習頼む』


(唐突ぅ!)


担当職員が熱を出したらしく、そしてガンテイは書類の整理に追われてる

両手を合わせながら頭を下げる光景には慣れたが、何故か断れない雰囲気が彼からいつも感じてる


『内容は何だ』

『普段見る魔物の勉強だ。フラクタールにいる代表的な魔物を季節ごとに勝手にチョイスして構わない』

『それならインクリットらが適任だし経験にもなるが頼めない理由があったか』

『あいつら休みだ。』 


忘れてた


朝に聞いていたのを思い出す

その時エステもいたからこそ、彼女は目を細めながら俺を見ているから心が痛いぞ


『知ってたぞ』

『見苦しいぞグスタフ』


エステからの即答


まぁガンテイの頼みを受け、俺はエステをロビーに待たせ、吹き抜けの2階にある講習室へと足を運ぶ

冒険者資格の為の受講生の講習が行われているからだ。 

項目は森での歩き方だが、協会は詳しく叩き込む方針さ 


部屋は少し広め、前と後ろに引き戸があるが近くまで歩けば女性ギルド職員の説明する声が聞こえた

後ろから入ると、職員はアッと驚いた顔を浮かべてから説明を再開するが受講生らは何事かと気付いて振り返るのだ 


(そんな驚くなよ…)


かなり若い、15くらいの男女が半々だ

フラクタールの高学年だとはガンテイから聞いてる

大事な冬休みを知識に使うならば問題は無さそうだ


(あの女は凄いな)


魔力袋から溢れる水、彼女は目立つ

青い髪のショートヘア、顔が小さくて気が弱そうに見えるが…


『グスタフさん、授業は終わりますが何か原石でも?』


素質を見抜くのはギルド職員には太鼓判を押されているのはガンテイが色々と言ってるからだが、魔力袋の色が見れるのは話してないらしい

しかし、職員らには薄々気付かれてるからこその言葉が飛んだのさ


緊張した面持ちの受講生、その中でもやる気を顔に浮かべる少年もいれば深呼吸する少年もいた

ショートヘアの青い髪の女の子は目を向けると、息を飲んでいた


『志望職は?』

『ままま!魔法です!』


(緊張凄いな)


『水の素質がかなり高い。』


気弱そうなのに、その言葉で彼女の頭にまるで花畑でも現れたかのような柔らかい笑顔が浮かぶ

話しただけ、だが講習終わりに女性職員に聞いてみたよ

俺の助言は確実に当たるって噂があるらしい



その話を夜、ガンテイとエステと共に言った小さな居酒屋にて話したのさ

全てテーブル席、俺は真ん中の席だが客は俺達だけのようだ

貸し切りのような空間でビールを飲んで機嫌よく妹の事を話す


『ガルフィーの稽古がキツイらしくてなぁ!拠点に戻る時は筋肉痛が酷いかもとかいってるぞ』


ミルドレットはアンリタの父であるガルフィーの槍の稽古を受けれるようになった。

まぁ俺も説得したのだが、どうやらディバスターの部下ならばと気難しい様子は見せなかった。

彼女の心配は無い、今後あそこで鍛錬を積んで戦場で活かせればだがな…


『飲み過ぎだぞゴリラ』

『ゴリラではないぞエステ』


そういったやりとりを聞きながら俺はイドラ共和国とシドラード王国との戦いを浮かべる。

ジュリア・スカーレット大将軍はアフロディーネ信仰協会から選出された女戦士

彼女の才能は本物だが、あれが出るとなるとイドラ共和国は苦しい戦いになる

狼人族の傭兵集団の頭領であるリュシパー・ズールが表に出たとしてもだ


(イドラ共和国は全力で奪い返すだろうな)


時が来れば、俺のもとに使者がくる

それがイドラに行く合図となる可能性は高い


『ところでグスタフ、明日は頼むぞ?』

『わかった。』


今日はガンテイの奢りだ

焼き鳥の皮、醤油味を堪能しながら飲むビールは悪くない

エステもまんざらでもないらしく、何度もネギマや皮を注文している様子が見てわかる。


『美味いわね』

『だろう!?これを食えば強くなれた気分になれるぞ』

『過剰だゴリラ』

『ゴリラ違うぞぉ?』


エステは人間に警戒するのだが、ガンテイは大丈夫らしい

まぁあの美貌を前に魅了されない感性に興味があるのかもしれない


『ガンテイ、インクリット達は順調か?』

『街のエースだ。今日なんて灰犬10匹の群れに追われている冒険者を助けたんだぞ?』


あいつらならばいけるだろうな

各個撃破出来る個々の能力は高めたつもりさ

まだまだ彼らは強くなる、望めば望むほどにだ


『稽古のレベルを上げるか』


俺はそう囁き、キュウリの味噌漬けを口に運ぶ

みずみずしくてさっぱりした美味、栄養素は少ないと言われる野菜だが味は良し

夏に食べたいつまみとしては申し分ないが、今は冬である

新鮮が口内を攻める感覚に俺はビールを無意識に胃袋に流し込んだ


(飽きない味だ)


そこへ面倒な知らせが入る

居酒屋に飛び込んできたのはギルド職員、私服であり非番だったようだがガンテイを見つけるとホッとした面持ちで近づき口を開く

どうやらアクアリーヌ側から厄介な魔物がフラクタール近くの森に逃げて来たらしく、こちらからも討伐隊を編成してほしいという依頼が舞い込んだらしい


『魔物はなんだ?』


酒を飲んで顔を真っ赤なガンテイだが、仕事の急用となれば先ほどまでの気さくな顔を消える


魔物は魔虎というランクCの魔物、耳は尖ったように長くて真っ黒な体毛が特徴的な虎

背中から生える赤い棘は尾まで連なり、闇夜で僅かに発光する

口元から剥き出しの牙は鋭く、顎鬚は僅かに長い

全長3メートル半の大型の獣なのだが、どうやらアクアリーヌの冒険者が倒し切れなかったからこちらに逃げ込んだ可能性があるという報告って感じさ


『調査隊の報告は?』

『範囲を狭くして監視している為、未だに報告は来てませんが発見した場合は確定で厳重警戒態勢です。』


ガンテイと職員との会話、俺は立ち上がるとおもむろに居酒屋を出た

まだ起きているだろうが、気づくかどうかわからない

外に出ると空に右手を掲げ、赤い魔法陣を展開する

そこから飛び出すは爆発魔法の中位魔法ボム

空高く舞い上がるそれは空中で爆発し、綺麗に赤い粒子を散らす


『どうしたグスタフ?』


外に来たガンテイがそう告げるが、俺は『丁度良い奴らを呼ぶときのサインだ』と告げた。

ギルドに向かえばわかると言うと、急遽俺達はギルドに足を運ぶ

正面のドアが施錠される前だが、呼ぶべき者たちは30分で顔を見せたのだ

薄暗いロビー内に集まるのはインクリット、アンリタ、クズリ、ムツキ

好敵手が現れたと悟った4人の顔は準備が出来ているように見える

この時、すでにフラクタール調査隊からは黒虎の出現報告が来ているのだ


『なるほどね』


囁くエステの言葉を耳にしながらも俺は彼らに依頼を告げる


『アクアリーヌの冒険者が倒し損ねた黒虎が北の森の近くに逃げて来た。手負いだがランクCの中では厄介な魔物であり、コンペールと比べると痛い目を見るぞ』


『楽勝よ』

『できます』


アンリタとインクリットのやる気が伝わる

クズリとムツキも同じく士気が高い


『俺からの依頼だ…、金貨20枚で今日中に奴らをトドメを差せ。』








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