第111話 鍛冶の祭典 アミカ編 終
祝賀会の終わり
それはそれぞれが新しい夢は道に向かって歩く合図だ。
アミカは入賞すら出来はしなかったが、得られた物は大きい
誰よりも満足げにエーデルホールを出た彼女は今日、実家に6年振りに戻る
同行はグスタフのみ、インクリットらは宿だ
久しい実家の鍛冶屋を再び前にしたアミカは父のドノヴァンと共にグスタフを率いて中に入ると、昔と変わらない店内、鍛冶場、そして生活する居住スペースである2階に驚いた
居間はアミカの鍛冶屋リミットと酷似しており、本物の実家に彼女はいつも以上に居心地の良さを感じた。
『部屋もそのままだ。』
ドノヴァンはそう告げると、以前と変わった点を話す
鍛冶屋の裏には立派な掘立小屋があり、そこで弟子5人が住み込みでドノヴァンの技術を得るために日々頑張っている
ラフタは波紋だ殴る、とアミカを愚弄していたことに少し怒りを浮かべていたが、彼女は笑いながら気にしないでと父を宥める
居間に座り、ちゃぶ台を囲んで座る3人
アミカの部屋はグスタフの背後にあるドアの先であり、アミカは懐かしみながらも皆でその部屋を開けて中を覗く
当時と変わらない室内にアミカは安心したが、今までドノヴァンがいつでも帰ってこれるように掃除をしていたのだろう。
しかし、娘が帰って来る事は無い事は父は察している。
アミカはするべき事、大きな使命をフラクタールで背負うと感じたからだ。
部屋を眺めながらドノヴァンは口を開く
『これから弟子にも技術を教えていく、お前がしっかりと結果を見せてくれたからこそ事実として伝えられる。ありがとう』
アミカは優しく微笑みながら頷く
彼女が作る軽鉄の剣は特殊であるが、それは鍛錬の賜物でもある
通常の鍛冶職人が作る軽鉄の武器は薄く黒い色となるが、それは時間をかけて鉄を叩くと黒みが出てくるからだ。
素早く叩くとアミカやドノヴァンのようにミスリルの様な銀色が目立つ上質な軽鉄の武器を作ることが可能なのだ。
ちゃぶ台に座ると、ドノヴァンはアミカとグスタフにお茶を出してその事を話す
『私普通だと思ってた』
『お前は既に技術的な面では公国随一になる職人が保証された腕があるのだ。胸を張っていいのだぞ』
『張る胸ないっ』
胸を張りながら元気に言うアミカに反応を見出せないグスタフ
しかし慣れた手つきでドノヴァンは『セシルと似たな』と笑顔を浮かべた
『予想外だ』
『あの鬼哭でも鍛冶の世界は知らなかったか。』
『まだ未熟だと思っていた』
『昔はな…。だがしかし、才能を早く見抜いたからこそ誰よりもしっかりと基本を叩きこんだ自負が私にはあるから娘は魔法剣を2本目で作品に仕上げた事実がある。あの鍛冶神ハクリュウでさえ4本目だ。私の娘はあれを超える逸材だ。娘が大陸の宝になろうと思えばなれる資格がある』
鍛冶神ハクリュウの名にグスタフの眉が動く
羊の頭骨の形状をしたグスタフの鉄仮面の下でのその反応は見えない筈なのに、ドノヴァンは見えているかのように目を細めて彼を見る
『知っているな?』
『俺のメェルベールは奴が未熟な時に作った物だ』
これにはアミカもドノヴァンも驚いた
鍛冶神ハクリュウは南の大陸の魔法国家スペルイザベラにいる世界最高峰の鍛冶職人と言われる男だ。
自由を手にしたグスタフの最初の友人でもある彼の作品だと知ると、ドノヴァンはお茶を飲みながらその事に関して話し始める
『誰でも未熟な時期はあるというのはある。まさかお前のその武器があ奴の武器とはな』
『グスタフさん!凄い!』
『だがギュスターヴは完成された武器である神戟クロス・エンドという武器だ。あれには勝てん』
ギュスターブの武器は大陸で有名であり、鍛冶職人なら知らぬ者はいない
鍛冶神ハクリュウの最高傑作と言われる武器であり、世界で一番人を殺めた武器でもある。
それも誰もが知る事実だ。
1人2役の位置にいるグスタフは少し複雑な気持ちになりながらも、ぎこちなくそう告げた。
双璧と言われるグスタフとギュスターヴが同一人物であることを知る者は1人のみ。
力のギュスターブに魔導のグスタフは誰もがどちらが強いのかという予想という空想を描く会話の種でもある。
『ラフタの件だが』
グスタフはドノヴァンにとある情報を流した
アミカの存在を知ると傭兵を雇って様子を見ていた事、そして脅威になることを知っての妨害行為を働いていた事をグスタフは情報を収集していたのだ
ドノヴァンは唸り声を上げながら額に青筋を浮かべたが、それは徐々に落ち着きを取り戻す。
『あれはあれ以上無理だ』
ラフタは完全破門をこの遠い場所で受ける
こうしてドノヴァンは久しぶりの家族の時間を味わえる
アミカとドノヴァンの永年の問題が消えた事からなのか、会話は途絶えない
グスタフはアミカの今後は安泰だと悟ると、ホッと胸を撫でおろした
就寝の時間へと近づくと、ドノヴァンは寝室には向かわなかった
アミカだけはどこに行ったかわかる
だから彼女は小さな客室で休むグスタフに気を使い、下に降りる途中で聞こえる僅かな金属音
それは鍛冶場から聞こえる音だ
彼女は鍛冶場の入口から中を覗き込んだ
武器の研磨や明日製作する武器に使う道具の準備などを鉄製の椅子に座り、火床の熱で暖を取りながらドノヴァンはそこにいた
彼女にとっては懐かしい光景
彼女にとっては懐かしい時間
彼女にとっては懐かしい場所
覗く場所も懐かしいと感じながらアミカはいつも見てきた場所から父を眺めた
立派な剣の研磨を砥石のついた台で研ぎながら、彼は独り言のように口を開く
『私が欲に走っていなければ、六年の空白は無かっただろう。それは罪の時間だ』
彼は悔いる
空いた時間を
『しかし、ようやく取り戻せる』
父としても威厳は消えていない
最高峰の名誉の保身よりも娘の未来を選んだからだ
『魔法剣の研磨は砥石を多少熱したほうが良い。輝きが戻りやすい』
ドノヴァンのうんちくを誰よりも聞いて育ったアミカはその独り言にも懐かしさを感じた
『魔法剣の輝きは確かに竜骨粉を含ませると魔力の強さと同時に上がるが…、魔力暴走での暴発も非常に危険だ。冬が叩くに丁度良く熱を抑えられる』
これを聞いて彼女は育った
これが彼女の続きの始まりであった
翌朝アミカは6年振りの実家で朝を迎えた
久しぶりな部屋、昔の日常だが彼女にはもう帰るべき場所と使命が待っている
朝早くから朝食を作ったアミカは今のちゃぶ台に、それらを並べた
ベーコンエッグに塩おにぎりというシンプルな光景にドノヴァンも懐かしさを感じ、微笑む
『久しい料理だ。』
『食べよ!』
ドノヴァンもグスタフも食べる時の雰囲気は似ている。
美味は無言となり、自身の世界に入る傾向があるのだ。
アミカはそれを見ると、自分のこれからが大きく広がった感覚を覚える。
(帰ったら雷金剛の予習しないと)
彼女の道は決まる
父が自分に与えた能力でどこまで歩けるか
どんな武器を作れるかという道を歩く為にこれからの苦労を楽しみにしながらもおにぎりを一口食べた。
『来年はフルフレア王子の推薦を使うが良い。他の貴族も気になっている筈だ。』
『お父さんの推薦だったんだね』
『そろそろ頃合いだと思っていたな…、あとは良い品を打て。今のお前なら音だけでマグナ合金も容易い』
ドノヴァンの言葉の新鮮さを彼女は心地良く聞いた
昔には無い本心からの評価であり、来年にはまた更に頭角を表す事を父が保証しているのだ。
不器用だからこそすれ違った関係は以前よりも家族仲を固め、未来を作り始める
(ならばマグナ合金を少し提供するか)
グスタフの支援にもアミカの評価によって変更が起きる。
リーフシルバーより上のランクであるマグナ合金
打った事があるのか問うが、やはりアミカはその品を打ったことはない
だがしかし、ドノヴァンが打つのを見ているからこそ彼女は作るのだろうとグスタフは思った
『お父さん、私凄い?』
『あぁ、凄い子だ』
アミカは満足げに笑いながらおにぎりを頬張る
こうしてインクリット達が馬車でアミカの家に来たのが昼過ぎ
ドノヴァンは少々別れを惜しむような顔をしたが、また近いうちに会えるからこそ直ぐにその感情を隠す
アミカの帰還の時間となったのだ。
これからフラクタールで自信をつけた状態での検討を遠くで耳を澄まして聞いていると告げたドノヴァンはアミカの頭を撫でると、呪いから解放し旅立たせる
王都アレクサンダーの通りを進む馬車の中でのアミカは街を出るまでずっと窓から家がある方向に顔を向け、鼻歌をずっと歌い続けた
良い感じに父と仲直りしたのであろうと察したインクリット達は微笑みながら、子供の様に静かに喜ぶ彼女を眺めた
(さて…帰ったら一仕事だな)
グスタフは首を回し、背伸びをすると遅い昼寝をし始めた
『アトラル君に自慢しないとね!お父さんが褒めた作品だって!』
『剣の父と言われている人に褒められた作品ですからアトラルさんも嬉しいでしょうね』
インクリットはそう言いながらウンウンと頷く
『帰ったら沢山叩かなくちゃ!』
彼女のやる気はいつも以上に高い
進むべき道を見つけた彼女は、走るだけだからだ。
父が与えたチャンス、彼女は望んで歩み始める
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