第109話 鍛冶祭

エーデルホールの関係者入口で待つムツキとクズリはカゼノコでアミカを抱き抱えたまま飛んでくるのを視界で確認すると居ても立っても居られない感情が2人を動かした。

近づくインクリットに無意識に近づくが、そこで彼の様子が可笑しい事に気づく


(なっ!?インク)

(馬鹿なリーダーですね)


クズリは驚き、ムツキは微笑む


虚ろな顔のインクリットは限界を超えており、着地の余裕はない

それをいち早く悟るムツキはクズリよりも駆け出し、インクリットがタイミングよくアミカを離すと彼女をキャッチする


『インクリット!?』


インクリットが着地の姿勢無して床に転がるように無理やり着地した事にクズリは驚くがムツキはクズリに彼を任せ、泣き疲れて大人しいアミカをおんぶして関係者入口へと走る


『クズリ!インク君を頼みますよ!』

『おうよ!』


ここまでは想定内だったムツキだが、ここからが本題だ

どうやって参加資格を得るかが問題だからである

再発行不可は彼もわかっており、グスタフの力を借りる事も出来ない

だが頼みの綱はエーデルホールの中、ジキットを信じるしかないのだ

入場許可証だけあっても中に入れるだけ、しかし参加証が無ければ彼女の目的は果たされない


入口まで来ると受付の魔法騎士は多少驚きを顔に浮かべるが、参加証を探すために奮闘して力尽きたであろうアミカを見て心が揺さぶられようと、職務をまっとうする



『…参加証はありましたか?』

『中に入ったジキットさんが対応してくれていると思いますので少し待ってください』

『…参加登録はあと3分です』


入場する為に決められた時間は設けられている

余裕を持って出てきたのに焦りでそれほどまでに経過している事に彼は気づく

そして早めに出るというアミカの意思があったからこそ、今こうして彼らは藻掻いていた。


(これは…)


時間ギリギリ、絶望的な状況なのはムツキも承知の上だ

歯がゆい思いを感じながらもエーデルホールを見上げ、険しい顔を浮かべた


(まさか…ジキットさん)


ムツキはそこでようやく彼の考えに気づいた

しかしあり得ない事が起きるレベルの企みに希望を持てないムツキがここにいる

アミカが参加できる確率は限りなくゼロに近い

だがそれは普通ならの話であり、祭典の書類に目を通していたムツキはジキットがそれにすがるとは思えなかった

思えなかったからこそ、彼はジキットの評価をここで上げる事となる


『帰ろう…』


諦めを口にするアミカ、しかしそれを良しとせぬ運命が起きる

入口の中からジキットが息を切らしてた姿で現れると、彼は受付のテーブルにとある紙を叩きつけたのだ


『ほらよフォーゲルさん!アミカちゃんは参加できる!』


運命を変える声にアミカが息を吹き返した

何もかもがモノクロの世界、くすんだ音にしか聞こえない感覚の中でジキットのその声だけが彼女の脳に直接響く


『なっ…ジキット、これは』

『いいから頼むぜフォーゲルさん!』

『何をしているかわかっているのか!?これは…』

『了承済みだってんだろ!』


覇気が顔に現れるジキットに気圧された受付の魔法騎士は参加証を眺めるが、名前の欄が黒く塗りつぶされている


『ここにサインをすれば、貴方は参加できます』


この時、アミカは色々と考えなければいけない時に無心で目の前のチャンスにすがるため、自身の名を参加証に書く

それが彼女の参加資格となり、これにはアミカ本人もジキットにお礼を言うとムツキと共に参加者控え室に向かう


だが疲弊しきったアミカは上手く歩けず、ムツキにおんぶされての控え室となるが、そこでアミカは椅子に座るとホッと胸を撫で下ろす


(グスタフさんがもうすぐ戻るから作品は大丈夫)


ようやく切り抜けた問題

周りなど見る余裕が無かった彼女の目に色が戻り始めると、聞き覚えある声が耳に入る


『何故お前がいる?』


顔を持ち上げるとそこにはラフタがおり、困惑を顔に浮かべていた

何故そのような顔をするか、ムツキは薄々と感じとると彼を睨みつけて退かせる


(よかった…)


あとは集合時間さえくれば、参加者の最終確認をするための魔法騎士が控え室にやってくる

赤く腫れた目など気にせず彼女はムツキに感謝を述べると、彼はは自分を見ていない事に気付く


何かを見て少し驚いている様子

視線の先は自分の背後

振り向けば答えがわかる彼女は弱々しく顔を向けると、何のためにここに来たのかを鮮明に心に刻み込んだ


ドワーフ族の誇りとも言われ、アミカの父と言われるドノヴァンが真剣な眼差しで娘を見ていたのだ

ラフタが知っているのならば、ここにいる者も自分が何故遅れたのか理解できる。

だからこそ口から放たれるであろう言葉に彼女は肩をすぼめた。


だがアミカの思う言葉は飛ばない


『お前らしくもない。昔は私が大事な時にいつもお前が荷物を確認していたな』

『あ…その』

『今は祭典に意識を向けろ。胸を張れ、そのような仕草では作品が泣くぞ』

『が…がんばったもん』

『ならば不安そうな顔をするな。作品の母親ならば母親らしく参加者として堂々とすれば良い。』


厳しいような言葉だが、もっともな言葉にアミカの口は閉じる

呆れられた様子もなく、怒られている感覚もない


『大事にならなかったならば、良し』


その父の言葉で彼女は目を大きく開いた

あの頃の、あの時の父が目の前にいる

アミカはドノヴァンの鍛冶場での手伝いで叱られ続きだった13歳の頃にそれは起きた






ギャフンと言わせようと勝手にエアリアル鉄鉱石という風属性の魔力を帯びた鉄鉱石を内緒で叩いていた時だ。

熱いうちに打つ鉄だが、魔力の宿る鉄鉱石は熱し過ぎた状態で打つと火花が飛び、その後に続けて打つと魔力の暴走が起きて爆発することがある。

彼女は熱し過ぎた事に気づかずに金床という鉄の小さな作業台で鉄を打っている際、鉄鉱石が魔力暴走を起こして発光した時の事だ。


『あっ!』


焦るアミカは頭が真っ白になり、対処方法を忘れてしまう

直ちに暴発するわけではなく、数秒の間に水で冷やして魔力を落ち着かせるのだが彼女が焦りでそれが頭に入ってこなかったのだ。


焦りは時間を狂わせ、どうすべきか気づいた時には熱されたエアリアル鉄鉱石から風が吹き出し、眩い光を強くしていく


(工場が…)


最悪、工場の一部が壊れる

父に怒られることを恐れた彼女は近くに置いていたバケツの中の水を駆けようとするが、そこで暴発が起きてしまう


全てがスローモーションのように見える彼女の視界

それは最悪、死を意味する事を体が悟っていたからこそそのような現象を引き起こしていた。

甲高い炸裂音と共に爆発する鉄鉱石の近くにいた13歳のアミカは大怪我を負う筈が、そうならなかった

恐怖で目を閉じていた彼女は身を屈め、ブルブル震えるが様子が可笑しい事に気づく

自分は怪我を知れおらず、気づけばあの父が自身を背中から抱きしめて身を守ってくれていたからだ。


『意地を…張りおって…』

『お・・・お父さん?』


ドノヴァンの背中は服が裂け、火傷の損傷が激しくも痛そうな顔を見せずに爆発で一部破損した工場を眺める

アミカは自分がこっぴどく怒られるのだろうと悟り、肩を窄めて父を何度もチラ見するが、彼女の思う様な光景は起きなかった


『大事にならなかったならば良し。良い体験をしたと思いなさい』




アミカは当時の頃を思い出す。

今思えば、相当馬鹿な事をしでかしていたことくらい20歳となったアミカには十分に伝わる。

鍛冶では怒る姿を何度も見てきたが、あの一件に関しては怒る素振りすら見せなかったのだ。


本当に父は変わったのだろうか

彼女の中で1つの疑問が膨らむ

出来の悪い娘のような仕打ちであったか?

存在を否定するような人であったか?

駄目だと言われても、アミカは父が素質がないような言葉を一切吐かなかった事を思い出す。


なら何故父は自分にだけ厳しいのか

最初の頃は自分が生まれたから母親であるセシルの容体が悪化し、亡くなった

それが原因だったのかもしれないと思ったころもあった。

しかし、違ったのだ


『…6年間の大喧嘩の決着の時だ。お前がいなくては私が来た意味も招待した意味もない。』


ざわつく控室の中、ドノヴァンはアミカに背を向けて歩き出すと前の席に向かう

この時、アミカは誰が自分を推薦したのか理解したのだ。

フルフレア王子ともう1人の推薦者、重複した時は双方のどちらかの推薦で参加資格を得るかという話で彼女はフルフレア王子から言われていた言葉がある


僕よりも違う人の推薦の方が君にとって凄い刺激になる


アミカの目に活気が戻ってくる

今までの苦労が報われる未来がある、だからこそ立ち向かわなければならない者がいる。

グスタフが来たことさえ気づかないくらい興奮を覚えたアミカは自身の頬を両手で軽く叩くと、父の様に前の席に座り始めた


(…良し)


グスタフはそう思いながらも彼女の隣に座り、ムツキに礼を言うとインクリットのケアを任せる為に彼を外に向かわせる。

参加者が大勢集まり、そして開催前の説明が正面に立つ魔法騎士に護衛された上級貴族から言い放たれる


『今宵も誇りと名誉を駆けた素晴らしい祭典に選ばれた作品の数々、楽しみにしている。』


誰もがこの時が来たと感じ、僅かに緊張を顔に浮かべる者や唾を飲む者もいる

そんな中で常連と言われる者の一部であるドノヴァンやワイルダーそしてラフタは真剣な眼差しで貴族の言葉に耳を傾けた


『この後、参加証の再確認と同時にフルフレア王子殿の魔法騎士らの誘導でホールへと向かう事になるが。用意された台座には参加者の名前が掘られている。そこにその方らの作品を飾られよ』


単純な説明、小細工などない採点

参加者がするべきことは自分の作品を台座に飾るだけ

それからは数分後に開会式、そして王族と貴族らによる審査が入る


初めての参加で緊張する筈のアミカは、父に意識が向けられて緊張を忘れる

何のために来たのか、答えを知る為に祭典はその機会を与える場であり、本命は父親だ。


『では説明はこれで終わりだ。各参加者は出口に控えた魔法騎士に参加証を提示し、誘導にしたがってもらう』


真剣な眼差しを参加者に送ると、貴族は控室を去っていく

とうとう時が来たとわかり、誰もが無駄口も叩かずに無言のまま1人また1人と抱き抱えた布の巻かれた作品を持って会場へと向かう為、魔法騎士のもとに急ぐ


ラフタはアミカがいる事に彼女の近くを通過するだけで舌打ちをし、威圧するが彼女は気にしない

完全に聞こえなかったかのような素振りをしたのだ。

これには祭典で入賞を何度もしている彼でさえ、怒りを顔に浮かべる

しかしその怒りは直ぐに消えうせるのだ


『うっ…』


視線を感じ、その方向に顔を向ける

彼の怒りなど小さいと思えるくらいにドノヴァンが高圧的な目を彼に向けていたのだ。

言葉は無く、ただひたすら弟子を睨みつけるその目にラフタは委縮し、そそくさと控室を出ていく


『…アミカ』


ドノヴァンは口を開く

同じテーブルだが反対方向に座る父からの声にアミカは視線を向ける

その時には威圧的な目を既にしておらず、穏やかな顔をした昔の父の姿に彼女は僅かに驚いた


(あ…)


やはり、父は変わっていない

そう捉えるには十分すぎる彼女はあの頃に父に顔を向けると、小さな悲痛な叫びを聞く事となる


『ワイルダー以外は何もわかっていない。入賞者は5人、最優秀賞は1人のみ…。そして侯爵賞とフルフレア賞の7組が選ばれるが結果を出すための場ではない』


天井を見上げ、いつまでも立たないドノヴァンは溜息を漏らすと武器収納スキルで自身の傑作を伸ばした右手に出現させる

アミカは驚かなかった。それはあの頃と変わらぬ出来栄えの父の力作だったからだ。


アクアライト鉱石という水の魔力を宿す鉄鉱石で作られた片手剣

刀身の中心部分はフラスカシルバーで固めており、先端は湾曲した変わった武器だ

魔力の宿る鉄鉱石をこのような形に作れるのは剣でドノヴァンだけなのは当時の彼女でも知っている。

そこで彼女は事実を知る事となる


『まだ魔力鉄鉱石変幻自在に形を操り、武器とする職人は現れておらん…。』


悲しそうに、そしてこの先を知っているような眼差し

昔見た覇気のある父は今ここにはいない、家にいる時のあの父そのものだった


『私は鍛冶で育った。』


武器を手に静かに立ち上がるドノヴァンはアミカの横を歩き、再び口を開く


『公国の鍛冶の未来は私が決める、その為に私は全てを犠牲にここまで来た。それがようやく訪れるならば誇りも名誉も何もかも捨ててもいい』


父のその言葉の意味を彼女は今は知らない

しかしその答えは直ぐに知る事となる。

真剣な顔を浮かべたまま会場まで向かったアミカが見た光景にそれはあった

広い空間、貴族が祝賀会をする際に使うホールの為に立派な作りとなっている

そんな名誉だらけのホールの中で貴族やフルフレアそして参加者たちは驚愕を浮かべていたのだ。


ドノヴァンは参加しない。

これにはアミカが泣きそうな顔を浮かべ、ドノヴァンを見つめた

アミカの参加証、それは父のサインが入った参加証であったことに気づいたからだ


『お父…さん?』


10連覇を捨てる伝説

誇りと名誉を捨てる勇気

気高き顔を浮かべているドノヴァンは口元に笑みを浮かべたまま鼻で笑う

周りの台座には既にアミカが見た事もない新世界にいるかのような素晴らしい武器が飾られており、残るは彼女だけになっていた

それでもアミカはそんな作品に対して意識が向かない

視線はドノヴァンから離せない彼女はグスタフの武器収納スキルから取り出した自分の作品を手にする


そこで参加者や貴族たちの会話を聞く事となる


『ドノヴァン殿、何故参加しないのです!?』

『11連覇なんて公国始まって以来の超功績ですぞ!?鍛冶の親になれるのに何故ですか?』

『ドノヴァン、気は確かか!?』


当たり前の反応が飛び交う

その時アミカだけは知っていた、だからこそ彼女は歯を食いしばりながらも自分の作品を台座に飾る為に弱弱しく歩き出す。


(お父さん…)


心の中で父の名を呼ぶと、彼女は涙を流した

自分の為に父は参加を捨て、名誉や誇りも捨てた

アミカは別れ際のあの心無い言葉を口にした事を悔やんだ


お母さんじゃなく、お父さんが死ねばよかった

今、父は娘の為に自らの道を閉ざしたのだ。


(お父さん…)


台座の前で立ちすくむアミカは腕が上がらない

俯いたまま、心も体も立ち上がれない

何故父が自分の為にここまでするのか彼女はますますわからない

だが1つだけ確かな事はある

自分を犠牲にアミカを助けた事だ


(ごめんなさい…)


ここまで来た彼女は作品を飾る勇気が出せなかった

アミカのそんな心情を逆撫でするかのような言葉が、背後にいた男から飛ぶとホールの雰囲気は一変する


『お前が参加証なんて無くさなければドノヴァン大先生は栄光を手にしたんだ』


振り向くと、そこにはラフタが睨むようにアミカの前に立っていた


その言葉に誰もがざわつき、まさかと予想を頭に浮かべた

父だからこそ、娘が困っている時に助けた?しかしこんな大事な祭典にそんな事をする筈もないのでは?と


四面楚歌のような空間に取り残された感覚を覚えたアミカだが、ラフタの言葉に言い返せずに俯く

それをいい事に、ラフタは再び彼女に慈悲の無い言葉を口にしようとしたのだが、その言葉は強力な威厳によって防がれる


『お前が出れる祭典じゃ無か『私が娘を助けて何が悪い?』…!?』


ラフタだけでなく、参加者の誰もが驚愕を浮かべた

確かにドノヴァンは今、助けたと言ったからだ

参加証を紛失したアミカに自分の参加証を与えたと言う事実に誰もが困惑する


子を助けるのは当たり前な時はある

しかしドノヴァンは今後の鍛冶職人の栄光を手に入れる最高の舞台なのに、娘の失態のために全てを投げ捨てる意味がわからなかったのだ。


『しかし…ドノヴァン大先生、娘といえど参加証の紛失で全て捨てる気ですか?』

『親が子を助けて何が悪い?それに貴様…』


ドノヴァンは堂々とした様子が一変し、威圧的な目をラフタに向けて言い放つ


『先程から私の娘を愚弄する言葉が耳に入るが…、貴様ごときが気安く言葉をかけるな!』


怒号は会場に鳴り響く

立ち上がれぬ心のままのアミカは驚き、父に顔を向ける。

彼女は今日、何度泣いたのだろうか

そこまでして辿り着くべき地であったのだろうか

そんな不安が僅かに芽生えたアミカだが、来るべき場所であることに間違いは無かった


ドノヴァンは一息つくと、近くの椅子に座る

参加できない事に悲しさも悔しさも何も感じられぬ堂々とした面構えにグスタフでさえ驚いた


(何故アミカに…)


その答えはドノヴァンが持っていた


『さぁアミカ、6年間の喧嘩を終わらせよう』

『お…お父さん、なんでアミカに…』

『それは先程話した。まぁお前がアクアライト鉱石で作った魔法剣であることはワイルダーから聞いているが、見なくてもわかる事がある』

『え…』


色々な感情や言葉が入り乱れるアミカだが

そんな彼女を戻す魔法の言葉を父だけが知る


『まるで駄目だ。まだ熱が僅かに足りないまま打つから粗があるのだ、確かに暴発の危険は少なくなるがそれでは貴重な鉄鉱石の無駄遣いになるのがわからんのか?』


ここで彼は父を演じた

親子の仲を引き裂いた頃の言葉が彼女に飛ぶ

嫌味のようで耳障りだったと感じた事もあるその言葉に救われる日がくるとはアミカは思っても見なかった筈だ

昔と違う、それは今怒られるときにはじめて父の顔を直視したからだ。



真剣な目を向ける父、昔もこんな顔をしていたのだろうと思うと、彼女は更に悔やんだ

アミカは一度も褒めない父を前にあの頃を思い出すと、涙を浮かべたまま、布で巻かれた作品を抱き抱えたまま口を開く


『いつも怒ってばっかり、一度も褒められたこともない。』


『まだお前は未熟だったからだ』


『お母さんが死んでからお父さんは笑わなくなった。だから私が頑張ろうとしたのに、ずっと頑張ってたのに。認めてもくれない』


ポロポロと大粒の涙を浮かべるアミカの叫びに口出しする者などいない

祭典の進行さえも止まるのはフルフレア王子がそのように魔法騎士や貴族に指示をしたからだ。


『褒めて貰って、笑ってもらいたくて、あの頃のお父さんに戻って欲しくて』


アミカの言葉にドノヴァンは悲しそうな眼差しを浮かべると、彼はようやく話し始めたのだ

彼女が報われる言葉を


『お前は家族の宝だ。』


予想外な言葉を口にしたドノヴァンに驚くアミカ

彼は娘に真実を打ち明けた


『小さい頃からお前は鉄を叩けば音を頼りに同じ力で打つ能力があった。私が永年かけて覚えた技術をお前は僅か4歳で成し遂げたのだ』


彼はアミカの抱き抱える魔法剣オアシスの布を取り、手に取ってその作品を眺める


『お前は物覚えが良い、そして耳が良い。私が永年苦労して覚えた事を見ただけで覚えていった』


剣の側面は剣先を眺め、アミカの作品は父の手によって台座に飾られる

今まさに、アミカにとって全てが重要な言葉が詰まった救いが父の口から続け様に飛ぶ。

それと同時に、彼女は昔の反抗を悔やむ


『お前は私以上の素質を持っている。』


近くの椅子を引きずり、そして座ると娘の作品を前にジッと苦労して作成した魔法剣オアシスを前にして、誰もが驚くべきことを口にした


『魔力鉄鉱石というのは誰もが5年以上もかけて10回以上も失敗をして辿り着く先に作品が仕上がる。お前はそれを2回目で成功させたのだ。あの事故から数年のブランクがあって2回目でだぞ』


アミカは自分がどれほどの技術を持っていたのか、父の言葉で知る

たとえ剣の形になったとしても魔力の流れが悪いと剣に亀裂が走る事をアミカは知っていたが、彼女はその失敗をせずに2本目にして剣として形を変える事に成功したのだ。


この場にいる誰もがその事実に驚き、ざわつきだす


『お前が私の為に頑張っていたのは知っている。今更許してくれとは言わないが…これだけは言わせてくれ』


ドノヴァンは溜息を漏らすと切なそうな面持ちで懐から何かを取り出した

それは参加者が参加者を評価する自身の名前が刻まれたバッジ。

参加資格のないドノヴァンのそれは大会では無効となるがアミカにとっては大きな意味をもたらす

彼はそれをアミカの台座に乗せると、アミカに顔を向けて答えを口にする


『私の為に頑張るお前の想いはとても嬉しかった。何度抱きしめてやりたいと思ったか…。しかしそれよりも、私はお前がハイペリオン大陸随一の鍛冶職人になれるであろう未来の為に父を捨てた。』


周りからしてみれば認められたいというアミカの想いはどこにでもある様な光景

しかしドノヴァンは彼女に大きな使命を背をわせる為に、厳しく接した。


父は変わってはいない。ドノヴァンの不器用な面が彼女との関係をこじらせたといっても過言ではない


『娘の為なら、名誉や誇りなんてどうでも良い。』


これ以上、救われることなんてない

アミカは誰よりも父に認められていたことに気づくと、赤子の様に泣き叫んだ


『3本目でこの作品だ。粗はあって祭典という場では確かに出来の悪い作品だがお前の苦労がわかる良い作品だ。魔法剣オアシス…お前の望む全てが詰め込んだ意味としても芸術としても良し。砂漠の中にある水を否定することはその者の存在を否定することと同じ。数年後に確実に公国で随一の鍛冶職人となるであろう私の娘の作品を馬鹿にする者など、ここにいるか?』


ドノヴァンは娘の為に周りを威圧した

今は出来の悪い作品しか作れないかもしれないが、数年あればここにいる全ての人間をいとも容易く超えるような言い方に誰もがアミカの評価を上げた

奇跡だと言いたい参加者もいるが、それは口が裂けても言えない

それならば3本目で失敗をしているからである


『お父さん、ごめんなさい』


アミカは泣きながら父親に謝る

父を否定した言葉を口にし、家を出た事を悔やむアミカ

だがドノヴァンは僅かに首を横に振るだけだ


『当時、認められたいという想いに私が答えるべきだったろうが…すまなかった。今私が認めればこれからのお前の人生の幅が大きく広がる。鉄を叩く音でこれからお前を知らない者は音を聞いて近づいてくる、そんな者の為にお前はこれから頑張りなさい。』


その後、審査となるが前代未聞の状況の中で王族や貴族は足早に祭典はとり行われたワイルダーが最優秀賞という結果ではあったが、アミカは入賞すらしていない

だがしかし、参加者が悔やむような面持ちが並ぶ控室で彼女は満足そうに笑顔を浮かべていた。


椅子に座り、足を振る様子は機嫌が良い証拠でもある

グスタフはホッと胸を撫でおろし、アミカに声をかけた


『よくやった。入賞は出来なかったが』

『いいの!お父さん賞もらったから!』


ドノヴァンの隣で元気よく口にした言葉

今までで一番、アミカの笑顔が輝いた瞬間であった

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