第108話 努力
祭典の前夜
時計の針の音だけが鳴る部屋の中、ベットの中で小さな緊張を抱えるアミカは昔の思い出が走馬灯のように脳内をよぎっていた
どのように振る舞うべきか、どのように挑むべきか
大きな祭典の中で大きな野望を胸に挑む参加者とは違い、小さな望みがある
他人からは小さな事かもしれない、しかし彼女にとってはとても重大な事
幸せな日々であった家族との思い出
あの頃を取り戻す為に、彼女はここまできたのだ
『寝れない…』
家出した身の彼女はどのように父親と接するべきか、どのように答えを望むべきかで脳のシワ以上の迷宮をさ迷い、今日を終えれずにいる
アミカの意識とは裏腹に体は無意識に上体を起こし、不眠という合図を送る
窓を眺め、僅かにちらつく雪を意味もなく眺めていると助け船が現れた
『アミカさん起きてる?』
アンリタの声が僅かにドアの向こうから聞こえ、彼女は跳び起きた
誰かにこの落ち着きの無さを共有したいという道連れ本能は悩む者の特権
その矛先はアンリタに向けられた
明かりもつけぬままドアを開けるとアンリタは苦笑いを浮かべ、キャンドルの小さな照明で照らされた部屋の中でソファーに座る
眠れないだろうなと彼女が気づいたのは一度通ったことがある身であり、アミカにとって大事な祭典だからだとわかっていたからだろう
眠れないという苦笑いを浮かべたアミカからの隠れた悲痛な叫びにアンリタは自身の昔を思い出す
(今でも反抗してるけどなぁ)
それが当たり前のように、アンリタは家で過ごしている
しかし、それが当たり前に起きない環境に飛び出したアミカにとっては重い
何かが壊れてしまうのではないかという思いがあるからこそだが、それは彼女の優しさから生まれた不安でもある
『子は親の道具じゃないのよアミカさん』
『そうだよね』
子が100歳であっても特定の存在からは生涯の関係に終わりはない
だからこそ唯一堂々とアミカを叱れる存在は、彼女にとってはわからない存在
知る為に必要なのは本心を口にしなければ親という者はわからない
『私なんてお父さんとか色々と指図するから毎度喧嘩するのが家の日常かな。』
『喧嘩?アンリタちゃんどんな喧嘩するの?』
『おしとやかさが無いとか言葉が刺々しいとかウザイ時あると喧嘩しますよ?』
口調や性格というどこにでもあるような内容に、アミカは驚く
自分よりもきっと小さな問題、しかしアンリタにとっては大きな問題
その意味をアンリタの口から答えが飛ぶ
『だって私の生き方とか否定されると嫌じゃないですか。されて嫌な事はしないように育てたのに口調や性格なんて教育された事ありませーん!みたいな?』
彼女の回答にアミカの答えがある
何のために反抗を表に出す必要があるのか、アミカは初めて父と喧嘩した日の事を思い出した。
14歳の頃、いつものように鍛冶場で父の手伝いでミスリル製の小柄な剣を作る為に熱して赤く染まった鉄を打っている時に駄目だしを受けた時の会話が昨夜の事かのように鮮明に脳裏に流れ始めた
『私言われた事ちゃんとしてるもん!なんでいっつもお父さんはアミカのこと怒ってばっかりで褒めてくれないの!?ずっとずっとずっとちゃんと出来るように頑張ってるのに!お父さんみたいに出来るわけないじゃん!アミカまだ2年目なのに!』
『嫌いで怒っているわけではないアミカ…。出来ない事をお前に言っているわけではないのだ』
『出来ないから怒ってるんじゃん!アミカずっと頑張ってるもん!お父さんに褒められる為に頑張ってるもん!お母さん死んでからお父さんはいつもアミカ怒ってばっかり!』
泣きながらがむしゃらに訴える娘の悲痛な叫びにドノヴァンは狼狽えた
思いつめた顔を浮かべながらも彼はアミカに真実を伝えようとしたが、喧嘩の幕開けがアミカの大粒の涙と共に言い放たれたのだ
『アミカずっと褒められたくて…あの時のお父さんになって欲しくでずっとずっとずっと頑張ってるのに認めてくれない。お母さんじゃなくてお父さんが死んじゃえばよかったんだ!』
その時のドノヴァンの顔を、彼女は一生忘れないだろう
気高く強く、そして誇りと名誉を胸に鍛冶の道を進む父親はセシルが死んだ時に見せた弱弱しい表情を彼女に見せたのだ。
『アミカ頑張ってるもん!頑張ってるもん!』
『待てアミカ…話を…』
彼女はハンマーを床に叩きつけ、家を飛び出した
今思えば感情に揺さぶられていたと冷静になった時に彼女は感じていた
言い過ぎたという気持ちがあり、それでも父を嫌いになれぬアミカがいる
追いかけようとするドノヴァンが言い放つ言葉を彼女は僅かに耳で聞いており、彼女はその為にここにきたのだ
追いかけようとすれば当時のドノヴァンならばアミカを捕まえれた
しかし彼はそれをしなかった。
アミカに嫌気が差して追いかけるのをやめた?いや違う
直ぐに戻ってくるだろうと思ってやめた?それも違う
その答えも彼女は知るべきだ
色々な答えを父親が持っている、それを知るまで彼女は呪いから解き放たれない
解放するのは親であり、その先を歩くのは彼女だ
『私は怒って喧嘩する。でもアミカさんは違う』
アンリタはベットに腰かけるアミカに近づくと、頬をプニプニと摘まみながら口を再び開いた
『涙は傷ついた証拠。親に一番堪える感情だけどアミカさんは優しいから泣くんだろうね』
『色々感情が爆発してて…あはは』
『明日は腹を割って話そ?アミカさん』
そしてボソボソと小声でアミカはアンリタにドノヴァンに対する愚痴をこぼす
時間は過ぎていくと、徐々にスッキリしてきたアミカに眠気が襲う
アンリタはクスリと笑いながらアミカをベットに横にさせて話を続けるが直ぐにアミカは寝てしまう
『結局偉大なドワーフ族も1人の親なのねぇ』
ウンウンと何かに納得を浮かべながら静かに部屋を去っていくアンリタ
ただ一人、彼女は明日を楽しみに自身の部屋に戻るが、そんな最中にアミカが見た夢は父との思い出だった
大喧嘩が起きる数日前、彼女は父と夜食を食べていた光景が夢で現れた
母親のいない食卓、明るい会話などない空間で二人は並べられた料理を食べている時だ
『努力とはやめないから価値がある』
静寂を切り裂く父の言葉にアミカは顔をあげる
『途中で投げ出せば何の意味も無い、何度努力が失敗を招いて結果を出さなくても、失敗の数だけそれは形を変えて報われる』
『怒られてばかりだもん』
『それでもやめてはならない。それが報われるとき新しい世界を見る事が出来る。そして大きな能力は大きな責任を背負う。あとこれだけは言える…、お前は優し過ぎて我慢を覚えすぎたがそれはこれからお前を蝕む』
家出してなお、アミカは鉄を打った
確かにフラクタールという初めての街で生き抜くためには鍛冶の道しかなかった
しかしそれだけが続けた理由ではなかった
ハンマーを捨てれば望む全てが消えるからだ
『性格も姿もセシルと似ている。俺に似ずよかった』
食卓でのその言葉で彼女は起きた
こうしてその日、鍛冶職人の夢の舞台である鍛冶の祭典当日が訪れた
一同は宿を出ると、数cm降り積もった道を馬車で進んでエーデルホールまで辿り着く
1日目は参加者と関係者だけの大事な日であり、今年1番の鍛冶職人が決まる
興奮冷めやらぬアミカは目を輝かせながら馬車を降りると大事な書類の入った封筒を抱き抱えたまま関係者入口へと走り出した
『アンリタ、すまないがアミカを追いかけてくれ』
溜息を漏らすグスタフは馬車から出ると彼女に頼む
何事も無くこのまで来ても油断は出来ない
アンリタは直ぐにアミカを追い掛けると、グスタフは馬車小屋に入っていく馬車を眺めながら口を開く
『俺は少し野暮用がある。アミカを頼むぞ?』
インクリット、クズリ、ムツキに向けられた公国最強の頼み
断れる筈も無く3人は微笑みながら頷くとアミカとアンリタが向かったであろう場所に走り出した
(さて、証拠探しだ)
タイミングとは時に最悪を引き起こす
参加者として入場するアミカはインクリット達と共に入口近くで2列目を並ぶ。
前はワイルダーであり、彼は参加者証明証と入場許可証を受付をしている魔法騎士に提示して確認を取っている最中にアンリタはアミカの頭に沢山ついた雪をほろう
『はしゃいで走るから他の人にぶつかるんですよアミカさん』
『あはは…書類少し濡れちゃった…』
そうした会話をしていると彼女達の後ろにラフタが並ぶが、アミカは顔すら向けない
眼中に無いと思われたラフタは目を細めて彼女に視線を向けるが、その口元は僅かに笑みが溢れる
『ドノヴァンはもう控え室にいるこったアミカちゃん』
ワイルダーは受付が終わると、振り向いてアミカに口を開いた
その単語に体が少し強張るが、もう覚悟が出来たアミカは強く頷く
積み重ねた努力と想いをぶつける準備は出来きた彼女は受付の順番が来ると、魔法騎士に入場許可証と、参加証を提示する為に封筒の中を漁る
そこでアミカの手が止まると、アンリタは僅かに首を傾げた
『どうしました?』
魔法騎士が口を開くが、アミカはそんな彼の言葉を合図に慌ただしく封筒の中をくまなく探したのだ
見ていた誰もがまさかを予想すると、そのまさかが顔を真っ青にした彼女の口から言い放たれた
『参加証がない…』
宿を出る前に確認した筈の彼女は記憶を遡る
確かに確認してから封筒に入れて宿を出たのだ
どこで紛失したかなど、焦りを覚えたアミカが知る由もない
『アミカさん、何か思い出せないですか?!』
焦りは仲間にも伝染し、クズリは闇雲に辺りに落ちてないか見始めた
(ちゃんと入れた、入れたもん)
焦りは徐々に絶望を生み出す
ここまで来てここで終われる筈もないアミカは涙目になりながらも列を飛び出し、会場を背に走り出したのだ。
『アミカさん!』
アンリタはアミカを追いかけた
向かう場所は宿、しかし往復しても集合時間に到底間に合う事はない
走りながらアミカは思った
休まず走れば間に合う?
途中で落ちていれば助かる?
泊まっている部屋の床に落ちてる?
彼女は冷静さを忘れ、がむしゃらに走った
(ここまで来たのに…)
気が付けばアミカは泣きながら走っていた
(参加出来なかったら…)
何のために来たのか
(頑張ったのに…)
彼女の中に答えはあった
脳裏に浮かぶのは封筒の中に入れた参加証の記憶
入れ忘れなどしてない自信があったのだ
それでも彼女はゼロに近い可能性にしがみついた
記憶違いならばあるはずだ、と
エーデルホールの関係者入口に取り残されたインクリットとクズリそしてムツキは深刻な面持ちで辺りを見渡すが、見つかる見込みなどない
必死な彼らを蔑んだ目を向けてラフタは会場に入っていくと、入れ違うようにジキットがインクリット達の前に現れた
『お?金でも落としたか?アミカちゃんはどこだ?』
事態を知らぬジキットは一瞬で何かが可笑しいと気付くと目を細めた
真っ青な顔を浮かべるインクリットから事態を知ったジキットは舌打ちし、唸り声を上げながら策を練る。
(宿にあったとしても無理だ。間に合わねぇ)
ならば開催委員会に相談する?いや無理だと彼は直ぐに悟る
絶対に無くしてはならない大事な参加証は再発行が効かないルールなのだ
だからといって特別参加が可能かと言われても無理な話だ。
アミカが参加出来ただけでも幸運であり、これ以上の助けをフルフレア王子がしたら貴族から白い目で見られる可能性もあるのだ
(くそ…俺ならどうする?)
考える時間なんてない
だが自分が何か失態したときにどうすべきかを浮かべた彼は無意識にインクリットに叫ぶ
『飛んで呼んでこい!』
『でもジキットさん…』
『さっさと呼んでこいっつってんだろぉが!』
鬼の形相、怒りの咆哮
ビリビリと伝わる本気の感情にインクリットは気圧された。
迷う時間などないと言わんばかりにムツキはインクリットの名前を強く呼び、強く頷く
そこでインクリットはようやく決心がついたのだ
『わかりました』
彼は緑色の魔法陣を展開し、カゼノコを発動させると腰や背中に円状に回転する緑色の魔力で浮遊し始め、そしてアミカとアンリタを追いかけた
『お前ら待っとけ、ちと行ってくる』
ジキットは会場内に走る
彼なりの考えあっての思い切った案だが、それでも、ジキットは可能性としては高いとわかっていた
(なんで俺も走らなきゃいけねぇんだよくそが!)
そんな最中、アミカは必死に宿に戻る為に息を切らしながらも足を止める暇もなく走り続ける
ちらつく雪はアミカに触れると体温で解ける程に熱を帯び、それは感情にも熱が入る
焦りと絶望だけがちらつく彼女は無意識に涙を流し、死ぬ気で走った
(なんでこうなるの…)
どこで自分は選択肢を間違えたのだろう
家出なんてせずに堪えていれば、こんなことにならなかったのだろうか
彼女の脳裏ではもし参加できなかった時の事が浮かび、今まで頑張ってきた成果を出せなかったときに立ち上がれるのかという不安が募る
何のために自分が無謀な道を通って藻掻いて来たのか
未来が見えないような道でただひたすら鉄を打ち続け、そのうち訪れるであろう今日という父親に認めてもらう為に彼女が必死に頑張ってきた
『あっ…』
彼女は足を滑らせ、前のめりに転んでしまう
すると彼女の先ほどまでの勢いは嘘のように無くなり、動かなくなる
通りを歩く人が僅かに顔を向けるが、手を差し伸べる事もなく通り過ぎる中で彼女の何かがそこで切れてしまう
人は勢いに乗る事は出来ても、一度止まればもう一度その魂が燃える事は難しい
彼女の中で切れたのは今までの努力を父親にぶつける為の物であり、それが今途絶えた。
『あんなに頑張ったのに』
もう戻れない
いっそこのままどこか遠くにも行きたい気持ちを覚えると、倒れたまま子供の様に泣いた。
心の中ではわかっている、自分では何も出来ないということを
父親に認められたい
あの頃に戻りたい
それは父を思う純粋な彼女の心の中にある娘だけの想い
残された家族がドノヴァンしかいないからだ。
助けられてばかりの人生、今日ぐらいは自分の力でなんとかしようとしても
それは彼女の想い通りにはならなかった。
だがしかし、そんな彼女には昔にはない宝物は存在する
彼女が思う以上に、応援する者は多く存在するのである
『アミカさん!』
カゼノコという風魔法で建物の上を飛ぶようにして彼女を探していたインクリットは通りで倒れている彼女を見つけると、声をかけることなく急降下してから抱き抱えて空を飛翔する。
驚く事もせず、泣き続けるアミカを抱き抱えるインクリットは魔力が尽きるまで必死で彼女の為に建物の間を縫うようにしてエーデルホールへと急ぐ
『まだ諦めないでください!ジキットさんが動いてくれてます!』
彼の声はアミカには届かない
彼女は悲痛な叫びを涙と共に嘆き続ける
『アミカ頑張ったのに、これじゃお父さんに会えない』
『今は戻って運営委員会の人に相談しましょう!』
『なんで私だけ苦労しなきゃいけないの』
相談しても無駄な事は彼女は知っていた
再発行は不可、悪用防止の為に作品と同じ大事な紙なのだ
参加証には彼女の名前が書かれており、紛失時には不参加を意味する
歴史上、紛失した者もいなければ紛失時の対応すらない
行っても無駄骨になるくらいなら行きたくない気持ちはあるが、無く気力に取られて抵抗する気力など無かった
(アミカさん…)
居た堪れない気持ちのまま、インクリットは全力でエーデルホールへと向かう
(もう1人、救わせてください…お願いします)
誰かの為に全力を出せる者が彼女を運ぶ
誰かの為に苦労してくれる者が彼女を助ける
そしてアミカの為に、名誉を捨てる者がそこにはいる
こうしてインクリットはエーデルホールを視界に捉えると、底が尽きそうな魔力に眩暈を覚えた
しかし、彼はそれでも速度を落とさなかった
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