第106話 回想
王都アレクサンダーに小さく建てられた鍛冶屋にて1つの家族がいた
剣に関しては周りから質が良いと評価が高く、客足を途絶えぬドワーフ族が経営する店でアミカは生まれた
物心覚えぬ3歳の頃、そこから彼女の元気な性格は開花していく
『だぁ!おとー!おとぉぉぉぉぉ!』
ガンガン!と鈍い音が1階の台所で鳴り響く
これに驚いたドノヴァンは目を真ん丸に開いたまま音のする方向に駆け出すとアミカは彼の作業用のハンマーを元気よく振って床を叩いていたのだ
『どわぁぁぁぁぁアミカ何をしておるぅぅぅぅ!』
『ドノヴァン何の音…ちょっとアミカ!?』
当たりの床を破壊する彼女は周りのドワーフからは破壊神アミカと言われ、将来はどのように育つのだろうと期待されていた
ドノヴァンとセシルの子として産まれた彼女だが、肝心の母親はアミカを生んでから難病が悪化し、運動が出来なくなるとドノヴァンの手伝いを諦め、アミカの育児に集中し始める
『アミカァァァァ!また私のハンマー!』
ドノヴァンの命の次に大事なハンマーを盗んでは何かを破壊する
そんな小さな破壊神にセシルは苦笑いを浮かべながら彼女に精一杯の愛情をドノヴァンと共に与えて育てていった
4歳の誕生日を迎えた頃、そこでようやくドノヴァンはアミカの破壊神の悪戯を見た時に彼女の悪行を止めなかったことがある
『おとーの真似!おっとー!カンカン!』
目を盗んではいつの間には作業場である鍛冶場から消えているハンマー
また床を叩いて壊しているかと思いきや、今回だけは違ったのだ
怒る事など躊躇う程の幸せそうな笑みを浮かべたアミカが叩いていたのは鉄パイプ
どこから拾ってきたのかもわからない鉄くずであることに変わりはない
だがドノヴァンは鉄パイプをハンマーで無弱に何度も叩く娘を見て棒立ちしてしまう
『おとー!カンカン!凄い!』
『お前…どこでそれを…』
『お父さんの音!お父さんの音!』
(馬鹿な…あり得ない)
ドノヴァンだけが知るアミカの持つ技術
彼は笑顔でハンマーを取り上げると、彼女を抱き抱えて囁いた
『その通りだ。1つも違えぬ…私の音だ』
10歳の誕生日を迎えたアミカは家族でケーキを食べ、どこにでもある幸せな家庭の中ですくすくと育っていく
セシルやドノヴァンの笑顔は今でもはっきりと焼き付いており、彼女が忘れられない日でもある
様々な馳走に目を輝かせ、パクパクと食べる彼女だが半分は母親と共に作ったのだ
体が悪くなっていくセシルの手伝いをすべく、アミカは料理を覚えようと必死に頑張った結果でもある
『料理は一流だなアミカ』
『そうねぇ。私より上手く作るのよ?』
『頑張って作った!美味しい?』
『どんな料理よりも美味いに決まっている。親友にも食わせたくはないな』
『あらあら可哀そうよドノヴァン』
『お父さんケチケチー!』
悲しい顔を浮かべるという事を知らないアミカはずっと笑顔で周りを幸せな気分にさせていた。
だからこそ当時のドノヴァンは家族を原動力とし、名のある職人としてより一層努力を止めずに鉄を打ち続けている
美味しい料理を食べている最中、ふとドノヴァンは幸せそうな笑みを浮かべてローストビーフを食べる娘を見て口にした言葉がある
その言葉は生涯、アミカが決して忘れる事のない言葉でもあった
『最愛の娘よ…、お前は私達の宝物だ。だが誰かの為にそれを分けねばならない時がアミカに来る。』
『お父さんの大事な物ぉ?』
『世界で何より大事な娘だ。お前を馬鹿にする者がいれば私がボコボコにしてやる。』
『もうドノヴァン、まだアミカには早い話よ?』
『アミカはもう立派だ。努力家で元気だが…無理をする癖は少々厄介だが』
『アミカ辛くないもんっ!楽しいもん!』
口に色々とつけながら訴える娘にセシルもドノヴァンも苦笑いを浮かべた
そしてドノヴァンは僅かに悲しそうな顔を浮かべつつ、再びアミカに言い放つ
『生涯、アミカは私の娘…唯一嫌な役にもなる事も私はあるだろう』
それが10歳の誕生日の会話であった
ここから彼女は体の弱い母親を支えながら父親であるドノヴァンの手伝いをしようとしたが、彼は『あと4年は駄目だ』と言い、セシルの手伝いに専念する事となる
12歳の頃
鍛冶屋が休日である日、それでも鍛冶場からはドノヴァンが鉄を叩く音が台所にも僅かに響く
それを耳にしながらもアミカはセシルと一緒に昼食にするためのサンドイッチを作る為、蒸したジャガイモを木の棒で潰す
『私も手伝い出来るのにお父さんケチヴァン!』
『作業場は危ないのよアミカ。たまにお父さんでも危ない時があるのよ』
『出来るもーん!褒められるくらい手伝えるもん』
『その時まではお母さんの手伝いをお願いね?』
『わかった!』
アミカはわかっていたから反抗をドノヴァンにしなかった
セシルの体調は薬を飲んでも悪くなる一方であり、無理をさせないために自分がいなければならなかったからだ。
『お母さん、大丈夫?』
時折、具合の悪そうな様子を見せる事があるセシルだが、娘の前ではあまり見せなかった
『大丈夫よアミカ。それよりドノヴァンが心配ね…祭典まであと少しだからまた無理してる』
『凄いよねお父さん!私が10歳の時から連覇してる!』
『ドワーフの誇りを背負っているのよ。ドワーフのため、私達のためにね』
『頑張ってるんだねお父さん』
『貴方もそのうち何かで頑張る時がくるわ』
それが何なのか、アミカは無意識に思い浮かべていた
父の叩く鉄の音が心地よく、小さい頃はその音を聞いて彼女は育っていたのだ
(私も出来るかな…)
こうして昼食の準備が出来ると、アミカはドノヴァンを呼びに鍛冶場へと向かう
立ち入りが禁止されている彼女は入口から父に声をかえようとしたが、その口は途中で閉ざした
家に反響して聞こえる鉄を叩く音が彼女の体に直接刻み込まれ、神経な面持ちで赤く熱された鉄をハンマーで叩く父の姿をもう少し見ていようと思ったのだ。
高い音、1つだけの音色は彼女を心地良くさせ、夢を大きくさせていく
そんなアミカに気付いたドノヴァンは一度視線を向けると、直ぐに再び鉄を打ち始める
『魔力が宿る鉄鉱石は力が分散しては駄目だ。ずっと同じ力で叩きながら鉄鉱石に流れる魔力が乱れぬよう、様子を見る』
アクアライト鉄鉱石を叩くドノヴァンは遠くにいるアミカにそう告げた
『魔力を感じ、乱れたら自然に冷まして様子を伺う…。落ち着いたら直ぐに熱を入れてから叩くが、熱を上げ過ぎたり魔力の乱れたまま打つと普通の鉄と違って火花が爆破したかのように弾ける。大怪我に繋がるからこの類は慎重にならんと駄目だ』
『お父さんでも失敗したことある?』
『若い頃、何度も失敗した結果が首筋に見えるだろう?』
アミカはドノヴァンの首筋を見てアッとなる
酷い火傷の跡があり、それはきっと体にまで残っているであろう事は彼女でもわかった
間違えた打ち方は最悪の場合、失明する事もある魔力の宿る鉄鉱石にアミカは生唾を飲む
『よく覚えておくのだ。軽鉄は熱すれば非常に叩きやすいが、だから安定して叩くのは難しい。しかし長年それを叩けば均等に叩ける、それはこの鉄鉱石を打つ時に役立つ。音色を聞くのだアミカ、お前だけの世界が音の中にある』
『音の中?』
『そうだ。そのためには諦めない努力が必要だ。止めてしまっては虚しいだけだから私は家族の為に打っている』
『お父さんはドワーフの為に打てる凄い人だと思うなぁ』
ドノヴァンは僅かに微笑むと、アミカは父の最後の笑顔をその目で見たのだ
『お前達の為に打つ以外、私にとっては興味ない。凄い父でいたい』
彼女の頭を撫でながら彼は言い放つ
ドノヴァンはドワーフの誇りの為に打ってはいない
それが彼女の進む道として決まった言葉であった
そして14歳のなった時、彼女とドノヴァンに悲劇が、訪れたのだ
アミカの幸せはそこから変わっていく
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
説明会は少し永かったが、終わるとアミカは背伸びをしてから椅子から立ち上がる
『明日だねグスタフさん』
その通りだ
明日には設置された台座に作品が飾られ審査が入る。
その様子を俺達は固唾を飲んで見守る事となるだろう
フルフレア王子や一部の上級貴族の審査と同時に、参加者は自分の作品以外で良かった物があればサインの入ったプレートを台座に置く事が出来るらしいが、任意だから置く参加者はそうそういないそうだ。
『今日寝れるかなぁ』
アミカは苦笑いしなかわら頭を掻いた
本番は誰だって緊張する、結果は予想出来ても絶対は無いからだからだ
彼女の肩を軽く叩き、『スリープで無理矢理寝かせるか?』と聞くとアミカは全力で首を横に振ったのだ。
理由は簡単だったよ…
『永眠したくない!』
『えぇ…』
そんな強力じゃないのに、と項垂れる俺
このやり取りを遠目に見ていた男が笑いながら近付いてきたが、ドワーフ族でドノヴァンの親友でもあるワイルダーだった
『わからんこともないな。あのグスタフのスリープとか怖いのは俺もさ』
『永眠しないぞ?』
『あはは…まぁでも良い作品ばかりだからアミカちゃんも是非楽しんでね』
『うん!頑張って作ったもん』
自信を胸に張り切るアミカは待ちきれないのか、説明会で渡された書類を眺めながら椅子に座る
するとワイルダーは真剣な顔を浮かべたのだ
『グスタフ、アミカちゃんのあの魔法剣なんだが』
『どうした?』
『何年かけた?、何本目だ?』
俺は周りを気にしながら小声で話す彼に合わせないと駄目だと察し、小さな声で彼に教えたのだ
その時の彼の顔は時間が止まったかのように口を開けたまま数秒静止していた
これが何を意味しているかはわからないが、ワイルダーは深い溜め息を漏らすとルンルン気分で書類に目を通すアミカを眺めながら口を開く
『流石だよドノヴァン、でも虚しいかな』
こうして彼女を引き連れ、俺は祭典会場であるエーデルホールを出る為に長い廊下を歩く
俺は緊張をほぐす為に無駄にラマーズ法で呼吸するアミカを横目にしたまま説明会に現れた鍛冶職人の事を思い出してみた
この日の為にある程度の顔と情報は事前に調べていたが、殆どが書類を目を通した時に記載されていた者が多い
それを踏まえると、ファーラット公国内の鍛冶職人にとって最高の晴れ舞台にアミカが参加できたことは不思議でならない
確かの推薦があり、彼女はここにいるのは確かだ
(いくら俺の頼みでも、まだ未熟なアミカを参加させる判断は王族とて考える筈だが…)
それがすんなり通ったのが疑問だが、答えは出ない
『参加証と入場許可証は無くすなよ』
『うんっ!家宝にする!』
『大袈裟だぞ…』
それがないと本番に会場に入れないからな…まぁ家宝だと思って大事にするのは間違いないかもしれない
外に出ると雪がちらついており、アミカがクシャミをする
寒がりな彼女はモコモコした毛皮の服に分厚いマフラーという厚着だ
『降ってるねぇ』
『そうだな。真冬だからな』
『じゃあ宿に戻ろっか!』
『ふむ…おいアミ…』
彼女は後ろ歩きで俺と会話しながら言っていたため、背後にいる大きな男に気づいていない。
その者も背中を向けて誰かと話しているから互いがぶつかるのは避けられない
まぁ彼女の不用心さが招いた結果だと思いながらも、俺はぶつかる彼女を見届けてしまう。
『あ…すいませ…』
お互い振り向いた時、アミカは言葉を詰まらせてしまう
口を半開きにしたまま、大きな男を眺める彼女の目は開き、それは驚愕を現している。
視線の先の者も、彼女と同じ表情なのだが…
褐色の肌、男もドワーフ族
髪は黒く、それはとても長くてガンテイよりも更に筋骨隆々とした姿をしている
顔には至る所に火傷を負ったかのような古傷があり、僅かに白い魔力が体から漏れているのがわかるほど強い
(何者だ…)
アミカの口から飛び出す言葉に、俺は驚く
『お父…さん』
予想外な事に俺もアミカも言葉が出ない
それはドノヴァンと言われるアミカの父の同じようであり、この空間だけは静寂と化していた
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