第105話 入場

次の日、俺達は鍛冶の祭典が開催される建物に向かうべく馬車を走らせた

中央区にある大屋敷の近くである為、馬車ならば1時間程度で辿り着ける

街並みを楽しむインクリット達だが、アミカは思いつめた表情で窓から空を眺める

俺は声をかけれず、そんな彼女を気にしながら馬車内の天井を見ながら背伸びをした


『いやはや大きい街ですなぁ』


御者が一番楽しそうだ


『冒険者も多いなぁ』

『凄い数よねぇ…』


インクリットとアンリタの会話を聞いていると、会場が近づいてくる

ドーム状の屋根が特徴的であり、要人らの会食場としても使われる為に一般人の仕様は殆どない

明日が本番だが、今日は昼過ぎから審判団からの説明会がある為に俺はアミカと同行して建物内で行動を共にする予定だ。

その間、インクリット達には街を堪能してもらうから彼らはウキウキ気分だ


『ここから冒険者ギルド運営委員会の本部と繋がっている大きな冒険者ギルドは近いぞお前ら』


俺はそう告げると、皆は何を言いたいのかわかってくれたようだ


『行ってきます師匠』

『夜食には戻ってこい』


馬車から飛び出す4人、王都のギルドを是非とも見てほしい

格上が多く拠点としている為、彼らには大きな刺激となる


馬車内は急に静かになるが、俺とアミカしかいないからだ

彼女は何度も深呼吸して緊張を抑えているが、今日は父親と出会う可能性が高いからだろうな


『何か言われたら死ねぐらい言えるぐらいリラックスしておけ』


キョトンとした彼女の顔は面白いが、直ぐに笑ってくれた


『家で前に遠回しに言ったかも…でも反抗…かぁ』

『俺にはわからない事だ。合ってるかはわからん』

『グスタフさんは家族、覚えてないんだよね』

『気づいたら1人で森をさ迷っていた…。』


俺は彼女に昔の頃を話した

エステ以内には初めてだが、彼女なら良いだろう


ファーラット公国の北部に位置するデルタ大森林、そこで俺は生きる為に森の中で木の根をかじり、ネズミを捕まえ捕食し、そして冬は大きな獣の死体の皮を剥いで体に巻き付けてしのいだ

言葉も何もわからず、そのまま生きる為に死への抵抗を見せていても限界はある

灰犬の群れに追いかけられ、地面に落ちていた枝木や固い石で足の裏を痛めながらも俺は必死に走ったよ


足から血を流していても、興奮で痛みはない

死が近づくと人は痛みを忘れ、熱を感じる

足裏が熱い、そう思いながらも俺は必死に逃げたが崖に辿り着くとじりじりと迫りくる灰犬を見て恐怖を抱き始めた

子供ならば死を覚悟するであろう場面だが、そこで俺は死ぬことは無かった


『馬鹿犬めが』


灰犬の後方から声

1人の若い男が立派な剣を右手に背後から10匹の灰犬めがけて突っ込んでいったのだ

当時の俺はその気迫や強さに驚いた…

強くなれば生きていける、そこから俺は生きる為にそうなりたい気持ちが芽生えたのだろう


灰犬は男の周りで倒れ、死から逃れられたことに俺は安心するとその場にへたり込んだ。


『若様!ご無事ですか!』

『若様ぁ!勝手に走っていっては困りますぞ!』


黄色の短髪、高貴な鎧を纏いそして黒い鎧の騎士が彼のもとに急いで歩み寄る

俺は生還出来たことに涙を流しながら男に歩み寄ると黒騎士達が静止させようと前に出てくる


『やめよ!』

『し…しかし…』

『良い』


男は黒騎士をどかし、俺の前でしゃがみ込んだ

強い瞳、強い信念、強い力、強い夢

何もかもが彼の目には合った


『この森で生き抜いて来たかのような風貌、中々に素質がある…』

『あ…僕。生きた、ここで…』


俺はその者の計らいで少年少女の育成支援施設に預けられる事となる

そこでは色々な勉学に励め、そして色々な道へと歩めるファーラット公国だけの支援制度がある協会だ。


『名は何という?』

『ギュ…ギュスターブ・グリムノート』

『気高い男の名だ。私の名前と交換したいくらいだな。はっはっは!』

『若様…そんなこと父上に知られたら…』

『ヤンチャは必要だ。隠せ隠せ』


頭を抱える黒騎士を見て微笑み彼は俺に名前を告げたのだ


『私の事はガーランドと呼べ。』


昔を思い出したが、アミカに話すと凄い変顔で驚いていた

誰に拾われたのか凄い予想外だったらしいからな


『王様に拾われたの!?』

『しー!しー!』


落ち着かせてから彼女は少し悲しそうな目をする

家族も知らず、最悪な状況の中を生き抜いてきたことに対しての同情だろう

だから彼女の問題に関しては難し過ぎるのだ


『父は子に厳しくする時もあるとは聞いたことがあるが、どうやらお前の父は口数も少なく素直じゃない点を見るとお互いのズレを感じる』

『お母さんが死んでからは、大事にされている感じはしなかったかな』

『本心で向き合え、まぁ緊張するだろうがな』

『まぁ怖いのは結構…あるかな』


正念場となるイベント

彼女の頭の中では鍛冶の祭典よりも大事な事がある

真実を知る為に彼女は今日まで鉄を打ってきた事は父を意識してだろう


『こんな事言える立場かわからないが、誰もが窮地という状況を目の当たりにする。アミカのそれは訪れる時が来たという事だ』

『そっかぁ…』


誰にでも起きる選択肢は人生の中で起き、それはその者の人生を変える

それは小さく些細な事であろうとも人は気づかず間違った選択を取り、夢から遠ざかる事も少なくはない

彼女の選択は家を飛び出したことによってそれは起きた。

これからのアミカは彼女が決める、俺は彼女を助ける事しか出来ない

決めるのは俺じゃないからだ


『大事なお話中で悪いのですがつきますぞい!』


そんな時、御者の口を開いた

窓から外を覗くと大きくて立派な建物が目の前に見えてくる

騎士が大勢辺りを巡回しており、警備兵もかなりの数だ


これにはアミカもとうとうその時が来たと実感し、俺を見ると目を見開いて緊張してますという顔を浮かべた

馬車は近くに隣接してある大きな小屋で保管される事となり、そこで御者と別れる

アミカと俺は参加者入口を探すが、歩くだけでも一苦労だなこれ


『凄いねここ!』

『かなりな…。もう少しで関係者入口だ』


公国騎士とすれ違う度、驚いた顔を浮かべて体を向けて道を開けるのは恥ずかしい

そうしない騎士は道を開ける騎士を見て首を傾げるが、何故道を開けたかわかるよ

お前らはアクアリーヌ戦で見たことある顔だ

だからこそ話しかける者もいる


『お久しぶりですグスタフ殿』


若い公国騎士、右手にはクロワッサンを持っているが食べるのが好きらしい


『飯騎士か、久しいな…』

『覚えていてくれて光栄です。父の知り合いが経営する宿に宿泊していると聞いております』


お前の知り合いの宿か…。父親は飯屋って言ってたが凄いな

彼はアクアリーヌ戦で鹿肉を勝手に焼いたりとかして俺に飯を作ってくれたあの騎士だ。

どうやらあれから階級が一つ上がったらしく、隊長として活動しているらしい


『グスタフさんお知り合い?』

『アクアリーヌ戦での俺の腹を満たす飯を作ってくれた騎士だ。あれは美味かった…特に菊の花弁を使った飯は美味であったぞ』

『嬉しい言葉です。入口までご案内します』

『頼む』


俺は彼に金貨1枚を渡すと、笑みを浮かべて前を歩き出す

あの戦で見た事がある騎士にすれ違う時、一応は軽い会釈をすると彼らは何故か大袈裟だ


『ご苦労様です!』

『わっ!ごごごご苦労様です!』


ガーランドめ、何を吹き込んだ?

本当に恥ずかしいが、悪くはない

シドラードとは違う感じだが、これが程よいかもしれない


そんな最中、入り口近くに辿り着くと公国騎士が睨みを利かせて入口を守るように立っている。

凄みある雰囲気であり、腰にブラさげた剣は周りの騎士よりも上質な武器のようだ

ここで受付をし、中に入るのだからアミカが受付用の窓口である小さなテーブルで書類を置いて身分の確認の為の証明書を出して受付を始める


そこで俺はまた更に見た顔と遭遇する

満面の笑みを浮かべて現れるは将校である気さくな男

ディバスター第五将校が腰の手を当てて近づいてきたのだ


『久しいなぁ』

『確かに久しいなディバスター』

『話はノア様から聞いたがあのドノヴァンの娘であり技術を受け継いだ子だろう?』


そこで受付していたアミカは少し驚いたのか、ディバスターに顔を向ける

どうしても知りたい事がある彼女は将校である彼に聞きたい事があったのか、受付から離れると近づいたのだ


『あ…あの、アミカと言います』

『ノア様とドノヴァンから聞いているよ。私はディバスター第五将校であり、ガンテイ殿の妹を部下に持つ男さ』


(面倒な紹介だなこいつ…)


笑みを浮かべ、腕を組んだディバスターは庶民的にも話しやすい雰囲気だ

だからアミカは聞こうとしたのだろう、真実を


『お父さん…鍛冶技術とか独特らしいけど、誰にも教えてないの?』

『そこは直接聞いてないが風の噂では弟子にした者に教えたことはないらしいぞ?』

『え?』


困惑するアミカだが、そこでディバスターは望みある言葉を口にしたよ


『1人にしか教えた事は無いって聞いたがなぁ』


それが誰なのかドノヴァンは一切口にしなかったらしい

だからこそファーラット公国内での鍛冶職人の間では誰が知っているのか一時期は考察されていたらしいのさ

そこで可能性が高かったのが身内だったが、ドノヴァンは一切身内で鍛冶をする者はいなかったと公言したそうだ

誰なのか、結局はわからないまま話題は風化していった


『娘がいる事は誰もが知っているが、まさかフラクタールにいたとはな』

『わ…私です』

『君が娘だったか。父に色々幼いころに教わったんだろう?』

『は…はい』

『まぁ離れた理由はあの人の性格を見ればわかる。言葉足らずで素直ではないから親子喧嘩だと思ってるよ。』

『親子喧嘩…』

『君には大きな問題かもしれない。それは子であるから仕方がない、まぁいっちょ祭典で成果を見せればきっと何かがわかると思うかもな!グスタフもいるから大丈夫だ!はっはっは!』


満足したのか、去っていく


自分しか知らない技術、今でも誰にも教えていない事にアミカは希望を胸に抱き始める。

不安な心は強い瞳によって薄れていく様子がわかる

覚悟を決めた者の顔つきに俺はホッと胸を撫でおろしたよ


『親子喧嘩の決着の時なのかもしれんな。』

『怖いけど、頑張ってみる』


面構え良し、握る拳も良し

後ろで並ぶ者、悪し…


『さっさと受付済ませてくれないか?』


ラフタの声だ

彼とラウェイ家の貴族であるクィンガルド侯爵の長男ジェイク男爵だ

痺れを切らしているかのような顔をしているが、俺が顔を向けるとラフタは大人しくなるから素直でよろしい


『俺の印象を悪くする発言はよせラフタ』

『しかし…』

『良い。余裕を持ってきている』


心の中で舌打ちをしているのがラフタの顔を見ればわかる

アミカに向ける彼の感情、それは嫉妬と妬みという言葉から来るものだ

彼だけはアミカが父の技術を受け継いでいるとわかっているのだろうな


『受付終わったよグスタフさん』

『ふむ』

『それでは検討を祈ります』


飯騎士と別れ、そして建物の中に向かう

綺麗な白い壁に飾られた多くの壁画を眺めながら長い廊下を歩く

点々と公国騎士が警備で立っているが、ここらの騎士の顔は見た事は無い


『凄い建物!』

『無駄に長い』

『確かに!』


楽しそうなアミカ

廊下の突き当たりで会議として使われる部屋が2階だと知ると俺達は再び歩き出す

真っ白な壁、こんな広い内部に掃除が行き届いてるのは凄いね!

管理費とか馬鹿にできんかもなぁ


『説明会は受ける人と受けない人がいるって受付騎士が言ってた!』


どうやら参加者全員が受けるわけではない

祭典は去年と変わらない為、常連は殆ど現れないんだとか

それならドノヴァンは来ないのだろう、アミカに聞いてみると彼は説明会に参加とかはしないから遭遇することはないと聞いたのだ


『本番かぁ』

『まぁ今日はのんびり、だな』

『頑張って作った剣、どうなるかな』

『変に期待せず鍛冶の世界を知ろう』

『そだね!』


そして到着した部屋は広い

長テーブルが演壇に向くようにいくつも並べられ、椅子が沢山だ。

早めに来たのだが、数人は既に座って待機中

その中には人間もいるようだな


『前に座る!』

『変わってるな』

『普通!普通!』


大抵、前に座る者は少ないと思ってる

まぁ勉強熱心な彼女だからこそ、なのかな

元気に座る彼女の隣の椅子に座るが、メェル・ベールは持ち難いと感じた俺は武器収納スキルで消して楽になる


(護衛か)


鍛冶職人だけで来るものは少ない

自分の作品を奪われまいと護衛をつけるのが普通なのだが、見た感じだと傭兵が殆どだなぁと集まり始める者を見て感じた


人間は少なく、ドワーフ族ばっかだ

まぁ鍛冶の腕前はかなり高いから仕方がない光景とも言える

布に巻かれた物を抱き抱えてるのが職人、誰もが名のある者なんだろうと思うと俺も緊張するよアミカ


『心臓がバンバンする!』

『アミカ、それはもう爆発してる』

『あはは、そうかも』


アミカという言葉に反応した職人らがいる

わかりやすい事に、それはドワーフ族ばかりで人間はいない

地獄耳で彼らの言葉は聞こえるが…


『ドノヴァンの娘だ…』

『あれが娘かのか、鍛冶をする身内はいないと聞いているが』


その他の言葉に悪い意思は感じられない

警戒している様子だが、実際アミカはまだ発展途中の腕前だ。


(確かに軽鉄やミスリルを使わせれば凄いがな)


他の鍛冶屋を回った時に気づいた

王都の鍛冶店の武器より綺麗だからだ

彼女に足りないのはその先にある経験を活かす場所であり、それにあと2年半は必要だ


『今入ってきた人の武器すごい』

『槍だな…刃は布が巻いて見えないが柄を見ると相当な武器だとわかる』

『グスタフさん、この前見せたドボンとどっち凄いかな』

『落とすな落とすなっ!、ダーボゥだっ』


頭を掻いて誤魔化すが、まぁ良いか


『みんなきっと有名な人なんだよね』

『だろうな、その中にアミカが入っているのだ』

『フルフレア王子様に感謝しないと、あともう一人の人』

『もう一人?』

『なんか今回の祭典で推薦が2重に私にかかったってフルフレア王子様が私の鍛冶屋に来た時に言ってたんだぁ』


首を傾げるアミカだが、誰なんだろうか

密かに彼女を応援する者に心当たりはないが…まぁ今考えても仕方がない


次第に集まる参加者

やはり大半がドワーフ族であり、全員がくるわけではない

常連ではない15組の者が護衛を1人つけて説明会の時間を待ちながら近くの者と何やら会話する光景が目に映るが、アミカは孤立していてちょっと挙動不審だ

そんな最中、近くの参加者の会話に俺とアミカの耳に入る



『聞いたか?受賞者で腕が利く者と認められればドノヴァンさんが技術を継承するかもしれないって話』

『へぇー、あのラフタさんでもまだなんだろ?どうせドノヴァンさんに一番近い完璧な作品じゃないと駄目なんだろうなぁ』


技術の継承

これにはアミカが無駄にやる気を出したようであり、小さく頷く

恐れ・不安・心配・恐怖・希望・期待

色々な言葉で表せる感情が彼女を蝕んでいたが、そこから飛び出す為に彼女は僅かに勇気を出してここまでやってきた

当時の目標は鍛冶の世界を知り、経験するという名目は彼女の中では最優先事項ではない


親との決着をつける為、彼女は前に歩むためにここにいる

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