第104話 暗躍
宿の休憩所でアミカと話していると、ラフタというドワーフ族の男が現れた
腕を組んで深刻そうな表情を浮かべ、遠くの椅子に座って溜息を漏らす
俺だけじゃなく、アミカも嫌そうだ
一切彼と目を合わせずに窓を眺め始めているのを見ると、好きではないらしい
それはラフタにも伝わっているだろう、彼はしかめっ面となったからな
(アミカは口を利かないだろうな…)
『君の作品を見てみたいもんだ』
ドワーフ族には上下関係はない、皆平等という文化がある
だが俺の視線の先にいるこいつにそんなものは無いと思う
明らかに蔑んだ様子がわかるが、それは自信を間違った方向に向けた感情だ
現在ドワーフ随一の鍛冶職人と言われたドノヴァン、その娘に対する態度にしては少々他にも何かありそうだが…
階段から貴族騎士、あいつらはラフタと共にいた貴族の騎士だ
俺達に気づくと、ラフタの近くに歩み寄って様子を伺い始めたが、護衛役か
(アミカが奴の娘だからか)
アミカは彼の問いに『見せないもん』と答える
『誰かに見せれるような自信が無ければそう答えるもんだ』
煽るのだけは一人前か
しかしアミカはラフタの言葉を聞いていないかのように書類を見始める
それが気に食わないのか、彼は舌打ちを鳴らすと椅子を立ち上がって彼女に近づくが直ぐに俺が立ち上がってから左手に握るメェル・ベールを彼にちらつかせると、貴族騎士2人が剣を抜いて構えた
これにはフロントにいた作業員や他の客が驚くが、最悪の事態にはならない
『構えてどうする騎士よ。上策ではない…お互いにな』
彼らでも、俺の事は知っている
無意識に動いてしまうのは職業病と言っても過言ではない
我に返る騎士の2人はアッとした表情を浮かべると直ぐに剣を納めて後ろに下がる
『どうしたお前たち?それでもラウェイ家の名誉ある騎士か?』
あのラウェイ家の貴族がこいつを囲っていたか…なるほど
フロントで出会った貴族はきっと長男、名前は知らぬが父親は公国内でも上位階級の貴族であるクィンガルド侯爵、これには俺も驚いたが顔には出さない
『ラフタ殿、私達にはどうする事も出来ません』
『何を言っている?元B級の傭兵が2人して1人の男相手に気圧されてどうした』
『この方をご存じないのですか?鬼哭グスタフというアクアリーヌ戦での英雄の名に牙を向ければガーランド公爵王が黙っておりません。恥ずかしながら私達には手に余る御仁です』
俺はとても性格が今悪いと思う
手を出せぬ相手と知るやラフタは苦虫を噛み潰したような表情を俺に向けたのだ
だから仮面の下で俺は口を尖らせ、目を大きく開いていた
(邪魔はさせんっ)
『くっ…』
『相手を見下す態度がドワーフ族の文化だっていうのは勉強になった。ならやり返されても文句は言えまい?』
『お前…覚えておけ』
わざとらしく、そしてねちっこく
貴族騎士を連れて去っていく様子を眺め、俺は椅子に座り直す
ヘイトをアミカに向けたままにしておくのもあれだしなぁ
ちょっとした時間稼ぎにはなるとは思うけどね
『変な人だね』
相当ラフタ嫌いになったようだ
去年の入賞者だから実力はある筈だが、そこまでしてアミカに歩み寄る意味はわからん
こうして小さな食堂で夜食の時間となる
似た部屋が隣にもあり、厨房はその小さな食堂二つに繋がっているようだ
他の客を気にせず食べれるのは良いかもな
テーブルを囲むように椅子があり、壁にはハイペリオン大陸の地図らしき絵が額縁に入れられて飾ってある
花柄の壁の模様は高級感が際立ち、料理を楽しむ俺達の近くにはウェイターが待機していた
羊の肉スーパーは長ネギやニンジンそして白滝と珍しい食材が入っており、少し変わった優しい味へと変貌を遂げている
『美味しいわね…』
『うめぇなこれ』
アンリタとクズリが満足げに呟いた
そしてサイコロステーキだがモー牛よりは劣るが保証された至福な味を提供する黒牛のステーキだ。
王都近辺の牧場にて育てられた真っ黒い牛は内なる美を肉として開化させ、それは俺達の口へと運ばれる
『無意識に笑みがこぼれますよ』
『ムツキ君気に入った?』
『かなり』
ムツキとアミカは黒牛のサイコロステーキがお気に入りか
『師匠、このサラダ…凄いですよ』
『…ほう、胡麻ドレッシングとは珍しい』
陶器の中に潜むそのサラダ、千切りキャベツにミニトマトや生ハムと定番なイメージの食材だったがドレッシングは胡麻ドレだ…
インクリットが草食獣ばりにサラダを頬張る様子を見てるだけで期待が高まる
(さて…)
先ずはサラダだが、生ハムに千切りキャベツを包むように箸で捕らえ、そしてドレッシングをコーティングさせて味わうと、俺は驚いた。
ドレッシングが違うだけでサラダの印象や味は一気に変わる
(ドレッシングは服というわけか)
面白い味だ。
そしてサイコロステーキは塩胡椒
口に含み、噛んだ瞬間に肉汁爆弾が爆破する
余りの美味に勝手に目が閉じてしまうよ
肉汁の波を泳いでいる感覚
しかも俺だけじゃない、アミカも同じように咀嚼しながら目を閉じて肉汁の波に乗っているかのようだった
『おいひー』
ドワーフだから肉大好きだもんな
『デザートはショートケーキとなっておりますので、タイミングを見てご用意させて頂きます』
ウェイターが口を開くとアンリタは喜ぶ
まだ終わらない味の道、終点はデザートだとわかるとムツキの目が僅かに光る
『デザート出る宿かよぉ…』
『凄いねクズリ』
『要人とかたまに泊まる場所でもあるらしいからね』
『楽しみー!』
皆の会話を聞きながら俺はサイコロステーキの最後の1つを食べ終わる
ありがとう黒牛、なかなかに美味しかったな
『グスタフさん食べるとやっぱ無言よね』
『アンリタも変わらんだろ?美味いと自分の世界に入ってしまうからな』
『私はそこまで入らないわよ?』
『そ…そうか?』
『グスタフさんだけよ?幸せそうに凄い食べるの』
そうなのかと周りを見るとみんな俺を見て何度も頷いている
否定できぬ状況に俺は認めるしかないようだな
『美味いから仕方がない』
明日の朝食も楽しみだよ
ホタテをふんだんに使ったガーリックバターライスだからウッキウキである
王都アレクサンダーの北部にある周辺の街にはホタテの養殖場があり、その食材が王都に流れてくるのさ
フラクタールには無い美味しい海の食材だから久しぶりに味わせるとなるとそりゃ楽しみだよ
『ではショートケーキをご用意します』
皆が料理を平らげるタイミングでウェイターが告げると、開いたグラスに水を入れ始める。
こうして現れたのは甘いイチゴが乗ったショートケーキ、今日は良き食欲を満たせる日で全員が満足しているだろうな
『そういえば調べてみたのですが…』
ムツキがショートケーキを味わいながらも口を開く
皆が彼に視線を向けると、ムツキはとある情報を口にしたのだ
アミカの作る小柄な片手剣は以前は軽鉄がかなり多く、それは鉄資源の中ではランクが一番低い鉄鉱石ともいえる
理由は錆びつきやすく、劣化が早い為に1年以上持たせるのがメンテナンス込みでも難しいからだ
しかしアミカの作る軽鉄製の片手剣はどんなサイズでも2年は持っているとムツキは言うのだから驚きだ
『たまに食事に来る冒険者の会話を聞くのですが、そんな内容を話していたことがあります』
『そ…そーなんだ』
『アミカさん?本人が凄い事知らないってどういうことですかねぇ…』
(2年も軽鉄が持つ…か)
他の鉄鉱石よりも劣化が早いのは武器への製造過程が原因だろう
鉄鉱石のままであれば劣化しない存在だが、熱っして叩くという工程になんらかの問題があるのだと思われるが…
『軽鉄は熱すれば叩きやすいけど、だからと言って叩き過ぎると武器としての寿命は短いから音を聞きながら素早く形を作れってお父さんに聞いてたから…』
ドノヴァンの技術を受け継いでいると言っても過言じゃない
『ラフタとかいうアミカさんに当たりが強いのはきっと私としてはあれが理由でしょうね』
ムツキが視線を向ける壁には祭典のポスター
これには以前の入賞者の言葉が乗っており、ラフタがインタビューされた時に口にしたのが記載されていたのだ
ドノヴァン大先生の技術をまだ一度も教わっておらず基礎ばかり、今度こそ納得に行く結果を出して受け継ぐ
『ねぇ…これってさ…ドノヴァンがアミカちゃんに厳しかったのってさ…』
アンリタは最後に残していたイチゴを咀嚼してから飲み込むと、そう告げる
娘が嫌いだから怒っているというわけではない、ならば彼女に技術なんて教えない
その事はアミカ自身も薄々気づき始めているからこそ、もっと答えを知りたいのだろう
『でも褒められたことは…お母さんが亡くなってから何も…』
いつも父の職人道具を奪っては床を叩いて遊んでいた物心なき時代のアミカ
それは10歳の時に母から聞いただけど言うが、その時にドノヴァンが最後にアミカを褒めた言葉が何なのか、彼女はおもむろに口に出した
本当におっちょくちょいだがお前はとっても良い子だ。その笑顔で周りの人を幸せに出来る事は才能でもある。だが私達だけの宝じゃない。許してくれアミカ
アミカが13歳の時に母親が重い病に倒れ、亡くなった後に口にしたドノヴァンの言葉は意味深だ
葬式で涙を流しながらアミカに抱きつき言い放った言葉、その後の彼はアミカを鬼の様に厳しく育て、耐えきれずにアミカは飛び出した
『厳しく育てていたとしても、アミカさんは逃げたわけじゃないですよ』
『そ…そうかな』
『存在を否定されるような言葉は誰だって認められるべき場所を求めて歩きたくなります。ですが答えはきっと本番で貴方のお父さんが持っているわけですが…』
ムツキはショートケーキを平らげ、口を手元のお手拭きで拭くと続けて言い放つ
『遠慮すればきっと後悔します。バチクソに反抗しないと親は子に本心を話す事もしません。家族であっても心の中まで知る事なんて無理です。だから私達は言葉を口にするのです。』
クズリは腕を組み、口にクリームをつけたままウンウンと頷く
そんな彼の口元のクリームを見てダメ出しをするインクリットだが、アンリタがインクリットにもクリームがついていることを告げる面白い雰囲気と化してしまう
『まぁ1日目にわかるよね。ちゃんとお父さんに聞いてみる』
アミカは不安な気持ちを抱きながらも、決意したようだ
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