第103話 無縁
俺達は次の日、宿の朝食を済ませてから直ぐに王都アレキサンダーに馬車で向かう
昼過ぎには大都市とも言われる賑わいの街中に足を踏み入れたわけだが、初めて来たインクリット達は周りの建物や多くの人間、そして通りで打楽器を用いた見世物で能力を披露する光景に言葉を無くしていた
そんな最中、アミカだけは馬車の窓から思い詰めた表情を浮かべていた事に、俺は見守る事しか出来なかった
(親…か)
俺は捨てられた存在なのだろうかと思いながら間違った気の紛らわし方をし始めた
親がいるだけ幸せだなと思う時もあるが、そうでもない状況もあることを嫌なタイミングで学べたのは正直解せない
『強そうな冒険者が…沢山』
『おぉ!あの金ピカ装備すげぇ!』
インクリットとクズリの興奮した様子を見ても、ここにいる戦いに来た者だけは言葉のない笑顔を振り撒くだけだった
アンリタとムツキはそんなアミカの様子に薄々気付いたような感じだな…
だがずっとそんな顔を浮かべるアミカじゃない
『数年振りですじゃ。一度宿に向かいますぞい』
『お願いしまーす!』
こうして目的地である宿に辿り着き、3階建ての立派な宿の中に入る
お高い所は決まって床に絨毯が敷かれているが、もちろん床全体に赤い絨毯さ
貴族のような者が階段を上がっていくのも見受けられた為、かなり良い場所なのだろう
チェックインする為に皆でフロントに向かうと、先客が受付をしていたが少し癖のある客のようだなと思われる会話が耳に入る
『美牛のステーキすらないのかい?』
『申し訳ございません、今日の仕入れにはございませんので』
丁寧に頭を下げるフロントマンだが、会話の相手は30代半ばと言った黒髪短髪の男
服装だけて貴族だとわかりやすいのは貴族騎士を5人が直ぐ後ろにいるからだ
(あいつは貴族じゃないな)
口を開く男の隣にいるドワーフ族の男だ
貴族と同じ歳に感じるが、無表情で会話を聞いているだけで微動だにしない
ふとその男がその輪から抜ける為に貴族騎士の外に出ると一瞬だけアミカに視線を向けた
『っ!?』
驚くような素振りを見せ、彼は再度アミカに目を向けたが彼女は首を傾げるばかりだ
『お前、アミカか?』
『誰ですか?』
『ラフタだ』
これにはアミカが驚いた
簡単な話を聞く限りだと、なんと彼はアミカの父親の所で弟子として手伝いをしていたらしいのだ
そして彼は入賞候補者でもあり、祭典の審判団である貴族や王族からの期待が高いのは情報紙にて調査済みだ
『まさか出るのか?』
『あ…はい』
少しぎこちない感じにアミカが答えると、ラフタは小さく唸り声を上げる
ワイルダーとは違い、歓迎する雰囲気を彼からは微塵も感じない
彼の師匠である者の娘なのにだ
(こやつも剣だったな)
そう思っていると、彼はとんでもない事を口にしたのだ。
『親元を離れたお前が出るような祭典じゃない、これはドワーフの誇りと名誉にもなる神聖な場所なんだぞ。』
完全な拒絶反応にアンリタは小さく舌打ちをするが、ラフタは聞こえていたようで一瞬だけ彼女に視線を向けたが直ぐに苦笑いを浮かべて誤魔化すアミカに視線を戻す
『あはは…。通っちゃったし』
『…冷やかしなら考えるべきだ』
彼はそう告げると、チェックインを済ませた貴族と共にフロント横の廊下に向かって歩き始める
冷やかしではない、その想いが強いアミカは分かりやすい言葉で彼の言葉に異議を唱えた
『本気だもん』
だが反応する事もせず、彼は廊下の奥へと消えていく
『何よあれ!ハンサムだったけどゴミハートねゴミハート!』
『アンリタ…舌打ちしたよね?』
『無意識よ無意識!インクもイラッとしなかったの?』
『まぁしたのはしたけど』
『あんにゃろうムカつくぜ。初対面であれかよ…なぁムツキ』
『まぁ解せないのは確かですが気にせず祭典に控えましょう』
そうだそうだとアミカが元気を取り戻し始める。
フロントでのチェックイン後、明後日の祭典に向けてアミカの部屋で軽いミーティングになったが、広い
ソファーにインクリットとクズリそしてムツキ
ベットに腰掛けるアンリタとアミカ、俺は椅子だ。
テーブルに魔法剣オアシスを置き、アミカはジッと祭典に出す自身の剣を見つめる
とても良い出来の魔法剣だと俺は思うが、ドワーフが何故か努力の過程に関して美学を持たない者は不特定多数いる
『魔法剣を作れるようになるまでどのくらいかかる?』
俺はアミカにそう告げるが、彼女は首を傾げる
鍛冶場で働いている父親のドノヴァンが魔法剣を永年作っている姿を彼女はずっと見ていた、だからアミカはある程度の工程を知っているのだとこの時に話してくれた
『お父さんの剣は凄かったな…』
彼女は父の技術、実力を誰よりも近くで見ている
きっと弟子であるラフタも見ている筈だと思われるが、あいつ好きになれん
『お前は父をどう思っている?』
俺はそう告げると、アミカは押し黙る
過酷な状況の最中、アミカはリミットという鍛冶屋を経営出来たのはフラクタールの街に辿り着いた時にガンテイやシューベルン男爵の協力もあり、そして偶然あの街の南区に空きが出来たからだ
剣の打つ腕はある事を認められ、彼女はフラクタールで生活していたが…
『わからないなぁ』
心が痛くなりそうなぎこちない笑顔を彼女は浮かべ、答えた
そんな筈がない…。君はきっと答えも持っている
何故お前は武神と呼ばれる死神ギュスターブの武器を作りたいという夢を持ったのか
大陸最強と言われている存在の武器を作ると言うと、名のある鍛冶職人でも鼻で笑うだろう
ギュスターブ…いや俺か
武器はハルバート、鋭い先端は骨抜きで穴が開いて軽量化されている
斧の部分は変わっており、扇形の形状だが端には文字が掘られ、時計の針のような小さな鋭い棒が端の文字を差す
神が作った武器と言われているその武器に名は神戟クロス・エンド
インダストリアルゴールドという最高峰の鉄鉱石で仕上がった大陸最強のハルバートだ
詩人の歌が変に流れたのか、神の武器以外は触れず、猛威を奮う死神という話が万永しているようだが…人間が作った武器です!
だから誰もが鍛冶職人の武器を使わないと思っているのさ
あぁそういえば話に戻らないとな…
アミカはわからないと答えたが、彼女は嘘をついた
父親に認められたいがために、そんな夢を胸に必死に鍛冶場で店が休みでも毎日ずっと剣を打ち続けていた
想いは過剰になると、それは道を外した途端に自分の嫌いな存在と化す
俺はそれが心配でならなかった
今まで誰よりも努力したであろう彼女の生き様でもある鍛冶という鉄を打つ技術が砕かれた時、それは存在の否定へと変わる
もしそうなった場合、俺は父親といえども容赦しない
(だが彼女は予想以上の成長を遂げている…)
アンリタに抱きしめられながら鼓舞される言葉を聞くアミカを俺は眺めながら思う
『私用が出来た』
俺は口を開くと部屋を去るようにして歩き出す
インクリットは何故かついてくる素振りを見せるが、俺は止めなかった
王都アレクサンダーの大通りを歩く2人
少々変に心が落ち着かない俺は気が荒くなっていたのか、前から来る者達が少し驚く様な様子で道を開ける
『師匠、どこに?』
『鍛冶屋巡りだ』
アミカの実力を知るためだ
ここは南区であり、鍛冶屋は2つもある
剣専門店があるから丁度良いが、祭典に出た記録が無い人間が経営する店
その情報は歩きながら道行く人に聞いたから間違いはない
30分の所にあるその店はアミカの店よりも大きく、立派だ
これにはインクリットも店を前に見上げながら興奮を覚えたようだ
『お前は双剣を見ていろ、用事が済んだら呼ぶ』
『わかりました』
『欲しいとか言うなよ?Bランクになったら良いものをやるが…それまではその双剣で頑張れ』
『っ!?』
こうして店内に入ると傭兵や冒険者が品物を見て唸り声を上げている
見に来ただけの者もいるが、値段と戦っている少数の者の顔色は険しい
見事な剣が壁にずらりと飾られているのを目線を一切外すことなく、脳内で色々な選択肢と戦っているのであろう
『武器が沢山ありますよ師匠!』
『ゆっくり見ておけ』
社会見学染みた感じだが、インクリットには良い機会だ
これなら全員で来れば良かったかもしれないが…。
(剣は…)
軽鉄やミスリルよりもリーフシルバーが多い
だがしかし、俺は軽鉄の剣を見て少し驚いた
(王都の仕上がりはこんな感じなのか)
あまり鍛冶屋なんて行く機会なんてなかった
というか鍛冶業界なんて全然知らなかったが、知って俺も得したよ
客の出入りも激しく、それは評価が高い事を意味している
剣の出来栄えは見るからに綺麗だ、しかし…
『すまない』
俺はすぐ隣にいた冒険者に声をかけると、彼女は少し驚いた素振りを見せてから僅かに身を引いた
引き攣った笑みが気になるが、俺にはどうでもいい
『ど…どうしましたか?』
『ここの鍛冶職人は人間か?』
『経営者は人間ですが鍛冶場にいる職人3人はドワーフ族の男性ですね』
(ドワーフ…か)
アミカは世間を知らない
鍛冶業界の進歩を知れば自分がどう進むべきか的確にわかる筈だ
明日は共に店を見て回ろうと心に決め、俺は答えてくれた冒険者の女に銀貨1枚渡すとインクリットのもとに向かう
彼はショーケース内の双剣を見てうっとりしてる
夢が詰まった店、まぁ冒険者ならば誰でもそうだろうなぁ
『師匠、いいですねぇ』
『見るだけでも士気に繋がる、楽しいだろう?』
『はいっ!』
目が輝いている、ふむ
そしてここはアレキサンダー大森林という王都の北側に大きな大森林が存在する
多くの冒険者はそこへ稼ぎに向かい、そして苦難を覚えるからこそ手強い魔物が現れやすい
その証拠に数名の冒険者が急ぎ足で鍛冶屋の入口から現れると開口一番で緊急事態を口にする
『ヴェノムベアラーが出たってよ!余裕ある奴は集合だってギルドマスターからの通達だ!』
駆り出される冒険者はあっという間に店内から消えていく
Bランクの魔物だが、相当手強い熊さんだな
『師匠行かないんですか?』
『俺も持ち場ではない、次行くか』
鍛冶屋2件を見終わり、宿へと戻る
外は薄暗くなり、そして雪が降り始めた
もう外には出たくはないなと思いながらも俺はアミカと共にロビー横の休憩所スペースにて祭典の内容が記載されている書類に目を通す。
総勢なんと50名の鍛冶職人の参加があり、その中でも剣は15作品と多い
審判団は上位階級貴族にフルフレア王子がおり、一日目が祭典で最も大事な作品への評価を決める大会さ
二日目には一般人をホールに招き、展示会となるがその際に入賞した作品は台座に立派なトロフィーが飾られるシステムだ。
『凄い緊張する…』
『まぁ体験する名目でもある、入賞できたらラッキー程度に思え』
『少しは期待したいけど、まぁそうだよねー』
溜め息を漏らし、椅子に座ったまま背伸びをするアミカは残念そうに口を開いた
俺は今になって魔法剣オアシスを作品に選んでいて良かったなと心底思っている
『お前はよくやっている、実績を積めたのがその証拠だ』
『そうかなぁ』
『お前は努力という才能があるから与えられた環境で人の期待に答えれたのだ。父親の事は考えるな、お前に助かってる者は少なからずいるだろう?』
『でもグスタフさんがいたからだし、私一人じゃわからなかったかな』
『人は孤独に夢など叶えるなど詩人でも語らぬ。誰かがチャンスを持ってるから人は努力で答えて初めて道が生まれる。大丈夫だ』
彼女が少しでも士気が上がるなら、と思い言ったが…
俺しかきっと出来ない事なのだろう
だからこそ彼女は気が楽になったように自然に笑うようになった
『夢、叶えれるかな』
『俺なら将来性を見込んで囲うべき職人だと思っている。死神に勝てば満足するか?』
『あははっ!確かにグスタフさんが死神さんに勝てばグスタフさんが武神さんだね!』
すると彼女は祭典の書類を見ながらポツリと囁く
『でも、もう大丈夫だと思うの』
いつもは元気な彼女はこの時だけは穏やかな表情で口元に笑みを浮かべた
先が見えぬ人生の中、必死に諦めずに打ち続けたからこそ彼女はこの祭典のチケットを手に入れた
色々な出会いがあるから到達できたのだ
足早なペースではあったが、もう普通の剣を作らせると一人前だ。
もう大丈夫、彼女のその言葉は諦めではない
僅かに顔を出し始めたアミカだけのやりたい事に自身が気付き始めたのだろうな
『来年はもっと打たなきゃ』
『雷金剛、大変だぞ?』
『お父さんの沢山見たからアクアライトより大丈夫かも』
『一番厄介な鉄鉱石だぞ?熱が冷めるのも早くて打つのが非常に困難な鉄鉱石なのを忘れたか?』
『熱を保つ方法は見て覚えてるの!』
(は?)
あるの?そんなの?
雷金剛鉄鉱石はスピードが命だが、打つ事に難がある
ゴム手袋が無ければ感電、しかも熱されているために鉄を掴むヤットコという鉄鋏で掴んでも熱は直ぐにヤットコに伝わり、手袋は溶けてしまう厄介鉄鉱石って異名を持つ
(彼女の強みは…)
見るだけで覚える記憶力とセンス
そんな変わったアミカの鍛冶職人としてスタートしたきっかけは癖が強い父親なのだが、彼の言葉でここまで成長出来たのかもしれない
『小さいときにお父さんがね、鍛冶は音楽だって教えてくれたんだ』
『音楽?』
『腕よりも音色を聞く耳が一人前の近道だって言ってたのだけは覚えてるの!』
懐かしむ彼女だが、その時の顔は非常に自然な笑顔を浮かべていた
音楽という例えは初めて聞いたが、それは何を意味しているかは俺にはわからない
叩く音?俺には音が強いか弱いかしかわからないからなぁ…
アミカの技術を俺は認めているが、それは他の鍛冶職人と比べてではない
彼女は一体周りと比べてどの程度の技術を持っているのか気になる
まぁそれは祭典でわかるかもしれない
『俺の武器を研げるんだ。自信を持て』
『わかった!頑張る!』
不安は投げ捨てて言い、今はいらない感情だ
『楽しそうだな』
嫌な声が階段を降りてくる男から言い放たれた
それはアミカの父親の弟子でもあるドワーフ族のラフタという男であった
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