第102話 同族
王都アレキサンダーの南に位置する街ガルガムート
ここは傭兵の街と言われているが、多くの貴族や商人会の本部があるから護衛任務などが多いからだろう
馬車の窓から覗くと傭兵は確かに多いが、商人の方が目立つ
通りは大きく、馬車が多くすれ違うから人々は真ん中なんて歩けないくらいだ
『大きいわねここ』
アンリタは始めてだと言わんばかりの言葉
それはアミカ以外も同じようだな
『すげぇ都会、建物でかいぞ!?』
『あの高い棟があるのがファーラット商人会本部ですね』
『ムツキ詳しいな!』
『いや…わかりますよあれくらい…』
見りゃ商人会のシンボルである金貨の絵が刺繍された旗が棟の上にあり、風でなびいていた
『ここも変わらないねー』
アミカはニコニコしながら窓から商人会の本部を眺める
日暮れも近く、今日泊まる宿を見つけると直ぐに夜食となった
シューベルン男爵の知り合いが経営する宿だが元々彼はここの育ちだったのさ
食堂は白いテーブルクロスの端が金色で高価そうなのが丸テーブルに敷かれ、ちょい金持ちが泊まりそうな宿って感じ
壁には風景画が飾られていてリッチな気分を味わえる事にインクリットは上機嫌
『凄いなぁ、始めてですよ』
『何でてくんのかしらね』
『楽しみだぜ』
『騒いだら駄目だよー』
アミカが小さな保護者と化している
少し早めの夜食だが、俺は椅子に座って期待を胸に料理を待つ
ここからでも嗅覚は身体中に刺激に備えろと警報を鳴らしているのだからウキウキだ
まぁ羊の鉄仮面のしたからだとわかるまい
『グスタフさん待ちきれなさそう』
『そ…そうでもないぞ?』
バレた
こうして俺たちの前に出された料理に誰もが目を細めた
初めて見た感じの反応だと思うが、厚切りベーコンとは違う肉に誰もが難儀する
『牛?猪?犬?』
『犬のわけないじゃない馬鹿インク』
『あいたっ!』
アンリタに叩かれている
ウェイターが説明してくれたが、鴨の厚切り肉だ
串に刺さった3つの肉は厚切りされた鴨の肉
それが皿の外側に並べられており、中心にはさらに小皿に野菜サラダだ
クロワッサンそしてシュリンプという海老をパン粉をまぶして油であげた料理など貴族になった気分になれる品々に皆はご満悦
『じゃーいただきます!』
アミカが手を合わせて口を開くと、皆が続く
鴨の肉は以前食べたが、シュリンプは久しい
専用のタルタルソースをふんだんに使い、いざ数年振りの味だ
『うんまっ…』
『もう最高ねこれ』
『美味ですね。鴨ですか』
クズリやアンリタそしてムツキは鴨を体験中、インクリットは無言で自分の世界に入っちゃってるよ
幸せそうに食べる彼を見ると面白い
(流石シュリンプ)
衣に包まれたシュリンプは内に秘めた美を口の中だけにさらけ出した
女の猫被りとは違う嬉しい猫被りに俺は笑みを顔に浮かべる
プリプリした身は脳をとろけさせ、心を穏やかにさせていく
(タルタルか、曲者だな)
海老は高いが、今日くらい満腹まで食べても問題はない
至福に包まれたのは俺だけじゃなく、アミカは体を揺らしながらその感情をあらわにする
毎日こんな良いものを貴族は食べてるのは羨ましいが、今日は俺達も貴族だ
まぁ貴族は苦手なんだけどなぁ
『師匠、この鴨の厚切り肉すごい美味しいです』
『秘密は調味料だな、塩コショウの香りと味が最高だ』
『塩コショウ高いっ』
アミカの言う通り、塩コショウは高いからあまり手が出せない調味料なんだよ
これだけで一気に味が変わる魔の調味料ともいえよう
『グスタフさん、美味しそうにガッつきますね?』
ムツキは微笑みながら冷静に料理を楽しんでいるようだ
一番大人びた雰囲気を持つ彼は鴨の厚切り肉を口に含むと、目を閉じて頷く
誰もが認める美味、これは皆が話を交わす暇もない
ペロリと平らげ、感無量な様子を誰もが見せる
満足なまま明日を迎えたいと願う俺は椅子を立ち上がると皆と一緒に料理に関して話しながらロビーまで歩いた
そこで外から騒がしい音が聞こえるが人の声が多く聞こえる
窓から見えるのは走る冒険者達、きっと強めの魔物が森に現れたのかもしれない
『フロントマンさん、何かあったーの?』
アミカがフロントに身を乗り出して聞くと若いフロントマンはにこやかに答えてくれたんだ。
街の近くに将軍猪が現れたから冒険者が対応に急いでいる、との事だ
『ここにはランクの高い冒険者がある程度はいる、気にせず休んでも問題は無い』
どうしようか迷っていたであろうインクリットに告げると、彼はホッと胸を撫でおろす。
『今日くらいはね』
アンリタも同意見らしい
そんな会話をロビーの隅でしていたのだが、ふとフロント奥のドアから現れる30代半ばくらいと思われる男性周りを見てから俺を見つけると、ちょっと驚いた顔を浮かべて小走りに近づいてきた
綺麗な黒光りした服装だが、ここの支配人だろうな
まぁ俺の予想は当たっていたようだ…。彼は目の前で小さく会釈をすると笑顔を浮かべて口を開く
『シューベルン君から話は聞いております。支配人のトッティー・フリューゲルと申します。アミカ様御一行の件に関しては手紙で承っております。』
『シューベルンさんとお知り合いなの?』
『寮生活、同じ屋根の下で共に勉学に勤しんでおりました』
どうやらシューベルンはこの街の出身だったようだ
学生時代に親しかった友人、という事だろうなぁ
普通の貴族は一般人とあまり接触をする事はないがシューベルンは違うようだ
『鴨美味しかった!』
『ありがとうございます。』
支配人はアミカの他に2人の出場者が泊まっている事を告げる
どうやら俺達が夜食で食堂にいる時にチェックインしたらしく、今は体を休めているとの事
去年の優秀賞受賞者が1人いるという事にアミカは興味津々だ
『同じドワーフ族でありますワイルダー殿です』
『知ってる!大斧のワイルダーさん!』
大型の武器を作る職人であり、重騎兵の武器の製造に携わっている
それだけでもかなり金持ちなんだろうなと思う
鍛冶の祭典で繁忙期でもあるトッティーは『何かございましたら直ぐにフロントに』と告げると足早に去っていった
ワイルダーの名は普通の冒険者でも耳に入るからインクリットらも知っているようだ
その内容の話をアミカとしていると、面白い事に階段から降りてくるドワーフの者が丁度会話を聞いていたようだ口を開いたのだ
『私がどうかしたかね?』
気さくな笑顔を浮かべる男、大斧職人らしさを納得させる腕の太さ
ファー付きの茶色い毛皮のコートを羽織り、腕を組みながら俺達に近づいてきたのだ
ワイルダーであると直ぐに誰もが悟るが、その本人はアミカを見ると近づく足を一度止めて驚いた顔を浮かべたのだ
『お嬢ちゃん…アミカか?』
『お久しぶりです』
『更にセシルに似て来たな。良い母親だったろう』
その後、ロビー隅の休憩場スペースにて彼はアミカと対面し、椅子に座って母親の生涯を話す
重い病を患っており、治療虚しく母親は他界した事までアミカが話すとワイルダーは悲しそうな顔を浮かべる
『小さい頃の彼女にそっくりだな…。亡くなったのは残念だ』
『ワイルダーさんはお父さんとお母さんと昔からお友達なんだよね?』
『そうだな。しかし複雑な関係だった』
彼はその事を話さなかった
どういうわけか、アミカに話したくないような素振りだ
親子で疎遠になっている事はわかっている筈だが、聞かない事に違和感を感じる
『出場するのかい?アミカちゃん?』
彼女が強く頷くと俺に目を向けたので仕方なく武器収納スキルから魔法剣オアシスを俺の右手に出現させる
ワイルダーはその剣を眺めると、驚いた面持ちをアミカに向けた
『よくここまで成長したねアミカちゃん。刀身を見ると君の努力が見えてくるよ。やはりドノヴァンの子だ』
『本当!?』
『頑張る者の作品だ。魔法剣は難しいのにね』
『名前はオアシスって言うんだよ!』
『オアシス…意味を知っているかい?』
『後から知ったけど作品に丁度良い名前だと思うの』
『私もそう思うよ。良い名前だ…君だから似合う、君だけの幸せが詰まってる』
悪い奴ではない
刀身の側面を見るとワイルダーならば見抜いている筈だ
綺麗に磨かれた刀身は反射し、近くの者を鏡のように薄く映すが、映った時に打った際の僅かな粗に気づく筈さ
その粗は意識してようやくわかるぐらいの細かい部分だが、祭典ではそこまで見られる事はアミカも覚悟の上だ
『君はあのグスタフか?』
『そうだ』
『そのハルバートを見せてもらってもいいか?』
アミカの為、俺は素直に彼に渡した
ドワーフ族は人間より力がある、男なら尚更だが軽く持ち上げると刃を見つめ始めた
彼ならばわかるだろう…本物だし
『ハイペリオン大陸の二大人間兵器の1人の武器か…君は他人思いなんだね』
(こいつ凄いな…)
この武器は俺が作ったわけでも買ったわけでもない
とある友人から使ってくれと言われて貰った品、大事な物だ
ワイルダーはメェル・ベールを俺に渡すと満足した様に心地よい顔を浮かべる
ハッキリと武器が好きなんだと分かり易い男だな…
『一応は武器は本番までは大事に彼の武器収納スキルの中に隠しておくと良い。たまに悪だくみを考える輩が狙う時があるからね』
『グスタフさんだから大丈夫っ』
『馬鹿でも狙わないさ。じゃあ私のも見るかい?』
見せあいっこの時間と化す
なんと彼の武器収納スキルを持っており、右手の出したのは大きな斧
握りが非常に長く、刃は大きい
曇りなき綺麗な輝きを見せるフラスカシルバーにアミカは口を開けて凝視している
こういう刺激が今のアミカには必要だ。
手練れの職人の作品を近くで見るというのは非常に大事な事なんだ
『凄い…』
彼女は大袈裟に驚けない、本心で驚いているからだと思われる
俺から見ても凄い作品だ。派手さは無いが使う者の為に握る部分であるグリップが汗でも滑り難い革が巻かれており、その上に巻かれているのは堅い布
これは水分を吸収して熱に変えると蒸発させる貴重な素材だ
手に汗をかいても、この部分を握ってからグリップを握れば殆ど滑る事は無いだろう
刀身の中心は丸い穴が点々と開いており、多分軽量化と共に見た目の両立を狙ってかな
(良いなぁ…欲しいなぁ…)
『本番は凄い作品が一杯だ、アミカちゃんも全部見てこれからに活かせるよ』
『楽しみです!』
『私もだよ。』
彼はそう告げると椅子を立ち、アミカの頭を軽くポンと叩いて階段へと歩いていく
大斧を見たインクリット達はいくらの値が付くのだろうかという話をこそこそと仲間内でしているが…多分金貨500枚は軽く行くだろう
『凄い楽しみ、どんな作品あるのかなぁ』
『きっと剣も沢山ありますよ?』
ムツキの言う通り、アミカ以外にも剣の作品で出場する者は多い筈だ
実際は剣がメインとなることは明白であり、激戦区さ
『緊張しそうだし早めに寝よっ!』
興奮冷めやらぬアミカ、椅子を立つと何故かアンリタの手を掴んで道連れに階段にのぼる
クズリやインクリットもそんな2人を追いかけるが、ムツキだけはそうしなかった
彼の小さな溜息が聞こえるが、それは彼も不可思議な点を感じたからだろう
『話の内容で彼が話したのは結婚前の話、しかし実際は結婚後も知っているのに会話に出さない事に少々疑問が浮かびました』
『大人の事情というやつがあるのだろうか?ムツキはどう思う』
『まぁその類でしょうね。私達が人の庭に勝手に上がるわけにもいきません』
確かにその通りだ
お家の事情は複雑なのはアミカから聞いたが、俺は今を応戦する事しか出来ない
だが俺はふと彼女は何が本当に原動力なのか興味が沸いたのだ
夢だけではあんなに頑張れない、もっと現実的な何かがある
ムツキが部屋に戻った後、俺は一人椅子に座って窓を眺めながら祭典の事を考える
犬が獅子の檻に入るかのような状況でもあるアミカは経験のために来ているのだ
フルフレア王子もそれは了承しており、フラクタールの今後の為を思えば頼まずとも話を持ち掛けた筈だ
(感動の再開…はないな)
アミカの密かな不安、それは決まりきった未来があるからかもしれない
最悪の再開、全てを否定され続けたアミカの鍛冶はこの祭典でどのように見られるのか
きっと彼女は心のどこかでは期待しているのかもしれない
『君はアミカちゃんの父を知っているのか?』
考え込んでいたせいか、後ろから声をかけられてようやくワイルダーの存在に気付いた
やはり色々と知っている人間だったようだが、ワイルダーは俺の正面の椅子に座って一息つく
切ない表情を顔に浮かべるワイルダー
彼は少しうつ向いて何かを考えたと思ったら直ぐ顔を上げた
『まだドノヴァンとは決別した状態なのかい?』
『色々知っているようだが興味はない、だがもしこれから鉄を打てぬような言葉が飛べばあやつの両腕を斬り落とすつもりではいる』
(うそうそ興味ありありです…)
『斬り落とす…。まぁ仕方がない末路だろう』
『仕方がない?』
『俺の知るドノヴァンは家族を愛する優しい友人だった。アミカの母親を昔は一度取り合ったが私が負けたがね…あはは』
『面白い話だな、アミカの母親はドノヴァンに振り向いたわけか』
『まぁそうだな。昔から口数も少なくて素直じゃない性格だったが、あいつはセシルが亡くなってから変わってしまった…。』
俺はロビーが物静かになるまで、彼からアミカの家族の始まりから終わりまでを聞いた
何故そこまで変わってしまったのか、俺にはわからない
家族なんてどういう接し方をすべきかを肌で感じたことが無いからだ
複雑すぎる家族の事情に俺はどう足を突っ込めばわからない、突っ込んでいいものなのかもだ
だがしかし、彼女の道の邪魔になる者だと思ったならば俺はきっと抑えきれない
『アミカちゃんが飛び出してから何があったのか聞こうとしても彼は話してくれなかったよ。』
『…1つだけ聞きたい、ドノヴァンはアミカをどう思っていた?』
『俺が間違ってなければだが…』
親は子をどう思い、どう育てるのか
わからない俺には難題に等しい話の内容でしかない
だがアミカが成長するためにはきっと彼女は逃げてはならない問題であることは確かだ。
あれだけ有名な親であり、出場しない筈がないからである
『彼は娘を誰よりも愛していた筈だ』
俺はワイルダーの言葉が本当なのかわからない
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