第101話 鍛冶の祭典 アミカ編 出発
時が来た俺はフラクタールから北にあるアクアリーヌの街の通りを進む
街を流れる川が多いこの街は水の都とも言われ橋が多いがインクリットは始めて来たようであり、馬車から顔を出して楽しんでいるようだ
戦牛2頭が進む馬車、普通ならば乗り継ぎで向かうのだが今回は違う
アクアリーヌ戦からの帰りで乗った時の御者がシューベルン男爵の頼みで名乗りを上げてくれたおかげで帰るまで共にするという非常に頼もしい事をしてくれたのさ
『ファーラット公国で一番安全な馬車ですな英雄さん』
前の窓から気さくな笑みを浮かべて口を開く老人
1か月も家を留守にするけども大丈夫か?と聞くと彼は説得力ある答えを告げる
『ガッポリと頂いているので家族の為、今後の街の為に働かせていただきますじゃ』
『そういえば息子家族が家にいると言っていたな?』
『その通りです。良き報酬でうちで飼っている戦牛もフル活動です』
2頭持ってるの凄い
30年以上も馬車業で稼いでいるらしく、馬と共に戦牛を2頭を小屋で育てているとさ
アミカはこの老人とはかなり仲が良く、アクアリーヌを抜けるまで会話が止まらなかったよ
戦牛は馬よりも速度は出ないが、持久力が凄くて野生では休まず3日間を歩く事もあるのだそうだ。
程よい速度で進む馬車はアクアリーヌの先である街に向かい、森の中を進む
暗くなるのが早いから仕方がないが、今日は次の街で移動は終わりだ
窓から左右に広がる森を眺めるインクリット達だが、クズリは屋根の上で警戒中
俺はアミカが馬車の中でリンゴを剥いているのを眺めている
『冬はリンゴ!異論はないっ!』
自信ありげに言いながら果物ナイフでリンゴを剥いて皆に渡し始める
勿論御者にもだが、その時に向こう側から来る馬2頭が引く馬車とすれ違う時にあっちは減速しながら御者が右腕を上げ、拳を握ってグルグル回している
あれは馬車業の用語で問題ありという合図であり、何かあった時に使うのだ
お互いの馬車が止まると御者同士で会話が始まる
『どうしたんじゃ?』
『あんたら気を付けたらいい!橋の近くにゴーレムが3体いて急いで抜けて来たんだ。1体はカラフルだったしありゃボス格だぜ?』
その言葉にジ・ハードの誰もが真顔となって窓から顔を出す
カラフルなゴーレムというのは超希少価値の高い魔物であり、ブロック状に色々な色がある個体だ
ランクはゴーレムよりワンランク上のCだが、魔石に価値がある
ランダムで何かの魔法かスキルを保有した身体強化用の魔石なのだ!
だからいかなる冒険者でも出現が確認されると血眼になって探す
この状況では俺達だけ、そしてこの御者はゴーレムの事を知らない
『師匠!ロゴーレム!』
『ふむ、御者よ急ごう』
『わーい!ロゴーレム!』
『では急ぎますじゃ』
『あんたら大丈夫かい!?魔物がいるん…あぁあんたまさか』
俺の顔を見た御者は何かを悟ったのか、『あのグスタフさんか…』と納得している
こうして急いで橋の近くまで行くが川の幅は10m、その川の上にある橋まで辿り着くと俺は端に馬車を止めさせて気配感知を広く展開する
(…いた)
右の森、200m奥か
『すまんな御者、金貨1枚で20分待ってくれ』
『まいど!あのロゴーレムですからねぇ』
『ふむ…2時の方向、奥200メートル先に魔物3体の気配だがゴーレムだ。20分以内で倒してこい。遅れたら馬車を動かす』
『うっわぁ。グスタフさん遠征でも厳しいわねぇ』
『しかし良い魔石です。インク君行きましょう』
『そうですね。クズリも行こう!』
『おっしゃ!急ごうぜぇ!』
『みんながんばー!』
ビュン!と4人は言われた方向に駆けていく
1人は飛躍的に戦闘力が上がるだろうが、彼らには絶対に必要だ
ゴーレムは身長2メートル半、ブロック状でくみ上げられたかのような人型の魔物
体は石で出来ており、打撃以外の武器の攻撃耐性は非常に高い
魔法耐性は無い為、魔法での攻撃ならば問題ないがランクの低い冒険者にとって魔法は壁であるため、ランクはD
動きは鈍くて倒しやすい感じでも、魔法無しでは辛すぎるのだ
ロゴーレムの場合も物理攻撃耐性は同じだが、魔法の耐性は少しある
だがしかし、気になるほどでもないだろう
『グスタフさん、リンゴ余ったから食べて?』
『アミカ?剥き過ぎじゃないか?』
『気づいたら沢山剥いてた…あはは』
(まぁ美味しいから食べるか)
『元気な冒険者ですな。街でも名前は聞きますぞい?』
御者はアミカから追加のリンゴを貰いながら話しかけてくる
ジ・ハードというインクリット達らの冒険者チームだが、街の人にも名前は日常の会話でも聞くことがあるってさ
『ファーラット公国の英雄が育てるチームってだけでも期待度が大違いですじゃ』
『まだ一人前ではないがな』
『ほっほっほ!鬼教官ですのぅ』
『グスタフさん厳しいからね!』
そして10分ちょい、のんびりしていると森からインクリット達が顔を出す
クズリが凄い疲れた顔をしながら盾を杖代わりにしているのが気になる
そんな彼の顔とは裏腹にアンリタが満面の笑みだが、誰がどうなったか分かり易い
馬車の中で話を聞くと、ロゴーレムは魔法スキルだったとの事
火属性中位魔法・ブレスという正面に龍の火炎に似た攻撃をする魔法だ
となると火の魔力袋のアンリタに自動的になっちゃった…という感じだな
『今ならなんでもできそうだわ』
ご満悦のアンリタだが魔力袋の性質上、通常の威力より増して発動できるから当分は切り札になるだろうな
残念そうなクズリだが、来年は中位魔法は1つ覚えてもらいたい
こうして次の街に辿り着くがフラクタールと同じく田舎街
通りには馬車が少なく、冒険者が多いのだが理由としては四方が森に囲まれているから冒険者が多いのだ
農業が主な街だからこそ作物を荒らす魔物が多いからかもしれない
『立ち寄る場所はありますかな?』
『真っすぐ宿で大丈夫ですっ!』
『ほいさ』
アミカは終始ルンルンだが初めての長旅であり、旅行気分だ
祭典はその意気で俺は良いと思う
宿は北西にある小さな宿を既に手紙で予約していたために問題なく宿ではチェックインを済ませ、各自は部屋に向かう
戦牛は宿裏の小屋でゆったりと休んでいるだろうが、俺も少し休みたくて1階廊下奥の客室に入るとベットに横になる
窓が無い部屋だが、贅沢は言っていられない
着いた時には空は薄暗かったからそろそろ一気に暗くなるだろう
(飯は2時間後か)
『グスタフさんグスタフさん』
ドアの向こうからアミカの声
何用かと思ってドアを開けて用件を聞くと、彼女は返事を聞かずに俺の手を掴んで引っ張っていく。
小さなロビーにはインクリット達もおり、どうやらアミカに同じ感じに呼ばれたみたいだ
『あはは…師匠も行きましょ』
『へ?どこに?』
街の中を歩きながらアミカから事情を聞く
今日はこの街のイベントである冒険者の大会があり、ギルドで決勝戦があるとか
向かった場所は冒険者ギルドの横にある小さなドーム状の闘技場
客席は3段あり、寒いのに満席だ
年越しを祝ってのイベントらしいが、どうやら丁度良く決勝が始まる前だったらしい
『入場料高かったね』
アミカは笑顔で言う
一人銀貨5枚は凄い、決勝だからだな
『おや?グスタフさん?』
『どうしたムツキ』
『ちらちらと客席にいる傭兵や冒険者の視線が』
なぜか俺にチラ見する者がチラホラ
羊の鉄仮面となると、わかりやすいのかなぁ
『それでは皆さん永らくお待たせしました!』
司会の大きな声と共に決勝の始まりを口にする
盛り上がる場内、入場する冒険者2名
双方共に手練れっぽいし少し俺もウキウキだ
『グスタフさんどっち勝つの?』
『流石にかわらないアミカ』
『念じてみて?』
『待て、無理だぞ?』
何でも出来ると思ったら大間違いだぞ?
反対隣のムツキが妙にツボったのか、顔を隠して笑ってる
『知ってるわあの人、ランクBの冒険者』
CとBの戦い、高いランクの方はアンリタが知る者らしい
双方共に片手剣だが、Cの者は一匹狼だからお互いあまり差はないかもと彼女は言う
『うちには剣士いないわね、不思議』
『僕…剣士』
『双剣って剣士だっけ?』
『剣士っ剣士っ!』
頑張って訴えるインクリットは面白いな
こうして決勝が始まると、二人の剣のぶつかり合いは強くそして気高い
お互いの力が拮抗するのは最初だけだ、俺は互いに隙を伺いながら武器を巧みに使って戦う二人を見ながら思った
『インクリット、見ておけ…。お互いに力は同じでも互いに立っている場所で差は出る』
『場所?』
『ランクBは自信とプライド、それは己に見えない力を与える。いや力にするのだ。それは長引けば長引くほどにわかりやすい』
すると徐々にランクBの者が押し始め、力一杯剣を振って相手の武器を弾き飛ばした
これが決着となる
歓声の鳴り止まぬ場内、インクリット達に訪れる場所にいる者が目の前にいる
強さは力だけじゃなく、周りからの期待を形にし、実績はランクとして己を鼓舞するのさ
『わー!坊主さん勝った!』
アミカは楽しそうだなぁ…
観光な感じになっているけど、実際はそこそこ俺も楽しんでる
まぁインクリット達には良い刺激になる可能性も潜んでるから来て損は無かったかな
『グスタフさんは公国闘技祭とか出ないの?』
『アミカ、俺はあまり興味ないのだ』
『えー!勿体なーい』
春の訪れと共に始まる祭典だ 公国を拠点とする者の中で誰が強いかを決めるイベント
本当に興味無いしノアに言われてもしないぞ!
宿に戻ると夜食を済ませ、今日の予定は終わり
小さなロビーに配置されている椅子2つに俺とアミカが座り、静かな空間で帰った後の時の話をしている
アミカには刀の鍛冶が出来るのかどうか製造方法が記載された日記を渡しており、興味を持った彼女は直ぐに試して見たいと鍛冶場で籠った事がある
素材となるのは玉鋼(タマハガネ)という超特殊な代物であり、彼女はそれを作る事から始まったのだ
炉の中に材料の砂鉄と木炭を入れ鞴(フイゴ)と呼ばれる風を送る装置を用いて燃焼させ、鉄に含まれる炭素の割合を調整する製鉄法で作られる素材だが、3日間は失敗続きだった
出来るまで止まらない彼女を俺は店の方から見届けていたが、努力は才能だ
4日目にして彼女は玉鋼に近い調整にこぎつけたのだ
片手剣より打ちやすいとか言いながらも彼女はその日のうちに刀を作ったが、3本目にしてようやく納得のいく刀が出来たんだ
まぁ凄い集中力だったし、もっと彼女は伸びるだろう
『次は特殊合金で作りたいけど帰ってからだね』
『先ずは通常の素材で作り慣れろ。それからだ』
『ケチタフ!』
『お前もそういうのかっ!?』
ノアに似た不貞腐れ方にこっちが驚いたよ
だがアミカが技術として手に入れるのは時間の問題か
刀は鍛冶場に飾っているが、鞘が無いのが次の課題だなぁ
『でもそういえば祭典はちょっと顔出すの怖いなぁ』
『どうした?』
『きっとお父さんいる』
『あれ?アミカ…フルネームは?』
『もー忘れてたでしょっ!アミカ・アンリエッタ・ファウストだよっ』
俺はちょっと考える
まぁ直ぐに答えが出たが…あの職人の娘か!?
『剣の親ドノヴァン・アンリエッタ・ファウストか』
とんでもない家系だな…アミカの力量というか才能に納得できる筈だ
三流鍛冶職人の家系と思っていたが、まったく違う…最高峰の技術を持つ者の子だ
さてさて面白い事になりそうだ
彼女は父に久しぶりに出会うかもしれない事に不安を覚え始め、いつもの笑顔は消えていく
椅子に座る彼女は足だけをブラブラと動かし、思いつめているようでもある
(あぁなるほど…)
俺はアミカから全てをここで聞いたのだ。
それを聞いてしまっては出来れば怖い気持ちは理解しているが父と会ってほしいと心の中で願う
いつも体を壊すような無理をして鉄を叩く姿は努力をしていることに間違いはない
しかしその原動力はきっと英雄の武器を作るという夢だけではない。
それよりもきっと永遠に必要な目標が彼女にはあるのだ
『なんて言われるかな…』
針が落ちる音よりも小さい彼女の囁きは大きな願いであり、これからの本当の船出を意味している
俺は彼女の頭をポンと叩くと、椅子から立ち上がり答えた
『見せればわかる筈だ』
ファーラット公国で最優秀賞を10年間取り続ける男
ある程度の彼の情報は知っているが、結構手強い父親を持ったな…
俺はロビーの掲示板に貼られてある今回の鍛冶祭のポスターを見てそう思った
そこには前回最優秀賞を受賞したドノヴァンの言葉が記されてある
【結果以外の努力は無い】
なんて悲しい言葉なんだろうと思いながら俺は作った笑顔を振りまくアミカから目が離せないでいた
・・・・・・・・・・・・
同時刻
鍛冶祭の祭典が開かれる王都アレクサンダーにあるエーデル・ホールという建物の中
そこはご婚礼や祝賀会など様々な理由で使われる大きな部屋がある
祭典の準備の為、多くの来賓席の為の椅子やテーブルクロスが敷かれた長テーブル
展示するさいの台座などが魔法騎士達によって運ばれていた
そんな彼らの様子を見ながらフルフレア王子は隣にいる巨躯の男を横目で見る
身長は2メートル、筋骨隆々とした姿はガンテイ以上の肉体を持っており、肌は褐色
髪は女性よりも長く、膝まで黒い髪が垂れている
黒獅子という凶悪な魔物の毛皮を羽織り、腕を組んで鍛冶祭の会場を眺めていた
『ドノヴァンさん。今回は調子いいですか?』
彼の言葉にドノヴァンは無言を貫いた
唸り声を上げ、フルフレア王子に一度視線を向けるが、その口から期待される言葉は飛ぶ事は無い
これには苦笑いを浮かべるフルフレア王子だが、ふとドノヴァンは独り言のように近くにある展示品を飾る台座に手を伸ばし、触れるとようやく口を開く
『良いものを良い腕で打つだけです…。どんなに最高傑作と謳ったとしても認められなければゴミ同然』
非情なる言葉にフルフレア王子は困り顔を浮かべる
性格に難があるドノヴァンが持つのは神の手と言われた鍛冶の才能
功績は誰もが認めざるを得ない事であり、それを手にするために犠牲にした物は数えきれない
才能に見合う難点と納得する者は多いが、フルフレア王子は心の中では否定的である
『今回、面白い参加者がいます。きっと貴方にとって良い刺激になると思います。』
『毎年聞く言葉だ。申し訳ないが聞き飽きましたぞ』
『ようやく見つけたんです。アミカ・アンリエッタ・ファウスト』
ドノヴァンの目がカッと開き、動きが止まる
異様な雰囲気を放つ男に周りの魔法騎士が驚き、腰にぶら下がる武器に手を振れるがフルフレア王子は静止させる
ドワーフの大男は思いつめた顔を浮かべたまま大きな溜息を漏らし、台座を眺めながら低い声で彼に言い放った
『…まだ相応しくない時期であろう?あと3年足りない』
(3年…ねぇ)
フルフレア王子はその言葉に大きな違和感を感じながらも笑顔を絶やさず、彼に話しかけた
『さぁ?確かに彼女の腕は相応しくないかもしれない。でも貴方にとって良い刺激かもしれませんよ?』
『刺激か…』
アミカは母親亡き後、父親と2人で王都アレクサンダーで暮らしていた
10歳まで鍛冶場に入る事を許されず、それでも幼い彼女は父がしている事を鍛冶場の外からずっと眺め、そして目の届かない時間にはまるで真似をするかのように鉄を打っていた
父の笑った顔をあまり見たことが無く、いつも怒られてばかりであった彼女が見つけた鉄を打つ行為は自分の為ではない
15歳となったアミカはその頃には父であるドノヴァンの手伝いをするようになったが、それでも鍛冶場で飛び交う言葉に彼女はその目標を失っていく
『熱が低いまま焦って打つな馬鹿者が!怪我をしたらどうする!?』
どんな日も彼女は褒めてもらえる事は無い
『ミスリルさえお前は打てぬのか!』
それでも懸命にアミカは褒めてもらうために頑張った
『あれだけ時間をかけて仕上げたのは軽量化した剣たった1本か?』
だが彼女の心には限界はある
『まともな剣を打てぬならば鉄くずだ!ゴミ職人にでもなる気か?』
その時、彼女は生まれて初めて反抗を表に出し、家を飛び出した
『私は頑張ってるもん!頑張ってるもん!』
『ま…待てアミカっ!話を…』
涙を流しながらも彼女は父親のその言葉を最後に家を出た
嫌な事ばかりの日々を思い浮かべながらなるべく遠くまで
今までの笑顔は偽物だったのか?誕生日に言い放った言葉は嘘だったのか?
彼女は自問自答を繰り返しながら答えが出ないまま、辿り着いた先はフラクタールの街であった
『貴方が変わる為に必要な言葉を彼女が持っていると思いますよ』
フルフレア王子は背中を向けるドノヴァンにそう告げた
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