第98話 2人

アミカの鍛冶祭出発が1週間後に控えた日、退院後に直ぐ俺の上位回復魔法で完全に傷を癒したクズリがジ・ハードに戻っていつも通りの活動が開始される


遠征に何故か来た勇者チームの相手をしている最中、インクリットは森に向かったが最近は俺も多忙だ。

1日目にフェリシア達をパペット・アクマの姿で倒した後にはシューベルン男爵の屋敷にて大事な会合で呼ばれ、俺は食堂にて彼の家族と共に美味しい料理を堪能しているのだ


高そうなテーブルの向こうにはシューベルン家の者

シューベルンだけじゃなく息子のアトラルもいるし…


(奥さんも綺麗だなぁ)


ウルフカットという珍しい髪型の女性、シューベルン男爵の妻さ

黒い髪をしているが、髪の先端は青い

貴族騎士が2名、家族の後ろで護衛しているが俺に気を許しているらしく、楽な姿勢だ


料理は牛肉の塊をオーブンなどで蒸し焼きにし、薄くスライスしたものであるローストビーフ

そしてポテトサラダに分厚いベーコンに大きな伊勢海老のグラタンと以前にも増して凄い馳走だ


『良い稼ぎをしているらしいな』


そう告げながらも伊勢海老のグラタンを食べる

初めて伊勢海老食べたけど、美味しい…

プリプリした触感がまだグラタンの中で生きており、肉質の力強さを感じる

無意識に笑顔がこぼれそうだよ


『君のおかげだ。鉱山の件といい、これから他国との物流の要の1つとなる街へと変わりつつある環境になったのだからな』

『フルフレアにはあったらしいな』

『良き商談だった。新しい事業が軌道に乗れば私の爵位も上がる事が約束されたのだ。グスタフ…君には感謝しきれぬ恩がある』

『持ちつ持たれつの関係の為だ。何か困ったことがあれば声をかけたい』

『是非ともその時は』

『ふむ、すまんがこの伊勢海老美味しい。少しアミカの店に分けて貰っていいか?』


シューベルン男爵は二つ返事で頷いた

アミカは海老が好きだと言っていたし、しかも最近はメェル・ベールを研磨してくれているから助かってる

相当力のいる作業だが、1日かけて研磨したとか驚いたよ、無理だと思った


そして鍛冶祭の遠征費はシューベルン男爵から支援してもらえる事になっている

彼女の可能性に目を付けたのは無難であり、鉱山の件で他の地区にいる鍛冶職人にも繋がりを強くしているとの事だ


『私としては魔法剣の生まれる街は少ない印象だ。それは鉱石資源が希少だからなのは理解しているが、それでもあのラフタ鉱山にはまだ潜んでいるとなると街のイメージアップと共に結果を残して今後の方針の幅を広めたいのが本心だ』

『双方共に有益に考える分には問題は無い。あの鉱山の採掘量は?』


彼は後ろにいる騎士から書類を受け取ると、俺の前に出す

数字にちょっと驚いてしまい、俺はピクンと動いてしまったよ

ミスリルは流す分も十分にあり、アクアライト鉱石はごく僅かでも見つける事が出来ているらしい


『それが最新の数値だが見てもらいたい功績がある』


どうやら彼の見た事もない品があるようであり、俺は興味津々でアトラルが笑顔で持ってくる小さな箱を受け取る

手の平サイズの丁度良い木の箱の中を開けると、俺はその放電を帯びた鉄鉱石を手に持つ


『ビリビリしないのかグスタフ殿』

『俺には丁度良い』


発光をする鉄鉱石、黄色でビリビリと俺の指が石の力で感電している

まぁ耐性が高いから問題ないが、これがあるとなると面白いな


(100gだが、1つあればまだある)

『雷金剛鉄鉱石だ』

『それは誠か!?』


シューベルンが驚くのも無理もない

アクアライト鉱石は水や氷の魔力を持つ鉄鉱石だが、この雷金剛鉄鉱石は雷

しかも放電により、土の中で永年かけて同じ鉄鉱石が惹かれ合う奇妙な鉱石である


『これが他に採掘された記録は?』

『ない、新しく掘った場所から現れたのだ』

『まだある、しかも雷となるとアクアライト鉱石より値が張る…安くても100g単価は金貨10枚はくだらん』

『…欲張らないほうがいいのだろうか』


考え込むシューベルン男爵だが、意味は冬にも採掘をするべきかだろう

凍てつく寒さを感じる鉱山の中での採掘は厚着をしたとしても土は凍り、掘ることは困難だ

無理に作業しても費用が重なるだけだと彼に告げると『大人しく来期の計画でも立てて今年はゆっくりするよ』と諦めた


こうして仕事の話は終わり、他愛のない会話だ

貴族騎士は2人を雇っていたが、収入源が増えた彼は他に2人を雇ったと話す

屋敷の入口は傭兵がいたが、新人貴族騎士は1階と2階を歩いていた騎士の事だろう

それにメイドも増やしたらしいが、それは彼が儲けている証拠だ


『息子に1人つかせる予定さ』

『それが良い。傭兵から引き抜いたであろう?』

『若い傭兵を引き入れたよ。まだ数人は探しているがそれは来年にする。明日は頼むよ』


シューベルンの笑顔に頷いた俺は彼の後ろの騎士に顔を向ける

凄い苦笑いしてるよ

めっちゃ汗かいてるのわかる


(ただの訓練だが…)



こうして屋敷を出ると、俺は暇で街の裏通りを歩く

メェル・ベールを担いで薄暗い道を見渡すが、雪は積もっていない

足元の瓶を蹴ってしまい、転がる様子を足を止めて眺めた


(寒いな)


たまに放浪者はいる場所だが、冬になると教会が建物の一部を開放して冬を過ごすようにさせているのだ

こんな寒さの中、外で寝れるわけないからな


『帰ったら早めに寝るか』


夜食は済ませる事はアミカに話してる

だからあとは帰って寝るだけ

たまに早寝すると気分が良いが、明日のためにもと俺は裏通りを歩き出す


だがしかし、予期せぬ出会いはあるもんさ

どこで誰と会うかは俺にもわからない

しかもこんな形で出会うとは思っても見なかったのだ


『ま…待て!』


背後からの声、若い男か…

気配は2つあり、振り替えるとボロボロの服を来た10代半ばの少年と少女に俺は狼狽えた。


格好にそぐわぬ季節、そして行動

少年の手に握られる果物ナイフは俺に向けられている


『なっ…』

『食べ物はないのか』


震える手は寒さの他に恐怖という感情が乗っている

痩せ細った二人を見て俺はどうすべきかを真剣に考えた

見捨てれば死ぬ、誰かに託しても宝の持ち腐れの生涯

こんな形でこんな存在と会うとはな


俺はメェル・ベールを地面に刺す

それだけで二人は驚き、僅かに後ずさる

収納スキルで左手に出現させたのは柿2つ

それを彼の前まで歩き、頭を撫でた


『生きる為に確率の低すぎる成功に手を伸ばすのは冷静さを失った段階であるに等しい、だが生きたいからこそするしかない…』

『そ…それは』

『きっと以前は災難だったろう?』


銀色の短髪の少年に水色の長髪の少女は俯き、涙を流して押し黙る

小刻みに震える少年の体は悔しさ、無念、恥、色々な嫌な感情と慣れない向き合いをしているからだ


どちらもこのままでは永くはもたん

柿を食べている彼らを見ると、何日も食べていなかったような食いっぷりだ

少女なんて泣きながら食べる始末、少し心が痛い


『悪いようにはせぬ、生きたくば来い』


二人はペロリと平らげると半信半疑のまま俺の後ろをついてきたのだ


大通りに抜け、近くを巡回する警備兵には驚かれたが、彼らとの会話で二人は俺に対する不安や警戒心は消え去ったよ


『グスタフさんお疲れ様です、その子たちは?』

『浮浪者だが俺が当分は面倒を見る』

『教会で保護しないのですか?』

『彼らは住民登録もこの世に存在しない、シューベルン男爵のもとで話を付ける』

『左様ですか。しかしこちらでも調べる必要が…』

『今は見なかったことにしてくれ』


彼に金貨3枚差し出すと、笑みを浮かべてから『異常なし』と告げて巡回に戻る

不思議そうな顔を浮かべる2人の若い少年少女は体を震わせながら俺を見ているのだが、ここで話し込んでも可哀そうだ


収納スキルからコートを2つ取り出す

白いモコモコした毛並みは灰犬の冬仕様コートであり、中々に暖かい

2人はそれを羽織ると、不安そうな表情は徐々に笑みへと変わっていく


『暖かい』

『あったかい…』

『取って食わぬ、普通の保護ではお前たちは十分に生きるのは難しい…ならば理解ある者のもとにいたほうが良い』

『あの…私達は…』


ごもごもした感じの何かを言いたげな少女だが

俺は彼女の前に手の平を見せて言葉を止める


『身分はこの世界で迂闊に言わぬほうがいい、利用されるぞ?』


2人は歩みを止めてしまう程に驚いている

自分達が何者なのか、俺がわかっているからだろう

だからこそ彼らは心を開いたかのような言葉を俺に発したのだ


『…フクダ・リュウセイです』

『チバ・ユウカです』

(やはりな…)

『グスタフ・ジャガーノートだ。…お前らの名は偽名を作るから考えておけ?まずは涙が止まらないほどに美味い飯を食いたいか?』

『食べたいです…』

『俺達3日も食べてなくて…』

『なるほど、とりあえずは落ち着いたら事情を聞くが…いいか?』

『はい…』


ようやく救われると思ったのか、少女はまた目をこすりながら泣き出す

少年は俯いて泣いているが、相当彼らは生き抜くために絶望を感じていたのだろう。


こうしてシューベルン男爵の屋敷に辿り着くと、門を守る傭兵は俺の顔を見るなり直ぐに開けたのだ

こうして屋敷内の騎士に事情を軽く告げると、数分後にシューベルン男爵が凄い形相で走ってきたのである


ちょっと不安な感じが顔に出る保護した2人だが、シューベルン男爵がその者らを見てから俺に顔を向けた時には真剣だ


『どうしたグスタフ殿』

『頼みを聞いてもらえぬだろうかシューベルン』

『お前の頼みを断れる筈もない。訳ありの放浪者か?いやまずは2人を風呂に入れて服を用意せねば…アルタ!メイドを2人呼べ!』

『かしこまりました!』


今度は貴族騎士がロビーから廊下の奥へと駆けていく

俺が何者なのか、気になっている2人を差し置いて俺はシューベルンと話しをしないとな


『桃金貨10枚で当面はこの者らの衣食住を提供してほしい。』

『それはこちらで責任を持って保護するが、その当面は我が屋敷の方が良い』

『助かる提案だ、あとは彼らについて極秘にシューベルンに話したい事があるがいいか?』


彼は真剣な顔のまま頷いた


保護された2人はメイドに連れていかれると、俺は応接室にて彼と顔を合わせて椅子に座る

メイドも騎士もいない2人だけの部屋、それほどまでに極秘にしなければならないのだ

ある程度の事情を話すと、シューベルンは驚愕を浮かべて立ち上がる

落ち着かせるまで数分を要したが、スキルのリラックスでトドメを差しておいた


『すまないグスタフ殿、嘘だと思いたい言葉が飛び交ったもので…』

『この件は王族の耳にも一応は入れておいた方が良い。俺としてはこの屋敷で雇ってほしいと願いたいが…』

『そうせざるを得ないであろうな。こちらとしても願ってもない超逸材だが手にあまり過ぎる…勿論君による援助は多少約束してもらえれば彼らは任せていただきたい』

『そこはサポートをする。偽名での住民登録…任せてもいいか?』

『任せてくれ。』



今日は遅くなるだろうな…


1時間後、客室にて保護した2人はピカピカな体で用意された服を着てソファーで夢を見ているかのような気分を味わっている

メイド2人が用意した軽めの馳走、それは羊の肉スープにポテトサラダ

それを美味しそうに食べて英気を養っている姿に俺は安堵を浮かべた

シューベルン男爵もいるが、彼は先ほどとは違って笑顔でいてくれている


『夢じゃないよなこれ、美味い…』

『美味しい…美味しい…』


泣きながら嬉しそうに泣いている

そんな様子をニッコリ見るメイドだが、彼女に『小腹空いたらならグスタフさんも?』と言われるがやんわり断ったよ


食べ終わるまで待ってから2人に色々と聞くためにメイドや貴族騎士を一度部屋から出すと俺はシューベルンと共に椅子を彼らの前に置いて座る

2人は少し緊張している?強張り過ぎているが先ほどとは違うのは何故なのか

気になると聞きたくなるから…聞いてみようかな


『リュウセイ、ユウカ、強張ってるがどうした?』

『メイドさんに体中をゴシゴシされている時に…その』

『その?』


首を傾げると、納得できる回答がユウカから飛ぶ


『この国で一番強い英雄に拾われて国で一番運がいいって…』

『あぁ…ふむ、別に普通にしていて構わないが…日本人の名だな』

『何故それを知っているんですか』


俺は選ばれし者の事に関し、説明した

真剣に2人は長い話を聞いてくれたが、話が終わると少し悲しそうな表情を浮かべる

俺は何のスキルを持っているか聞いてみると、直ぐに答えてくれたんだ


『お前らの魔力袋は同じ色、紐も加護付きで輝いていて聖なる光で満ち溢れた袋だがスキルはなんだ?』

『俺は…前は剣道してたからなのか剣豪ってスキルが』

『私は薬剤師目指してたからだと思いますが調合神ってスキルを』

『…グスタフ殿、彼らはとんでもない者たちだな』

『流石としか言いようがない。調合神となるとお前の奥さんの事業に一枚噛めるだろうな』


刀という変わった武器はこの世界には本当は存在しない

しかし作るとなれば俺は方法を記載している書類を持っている

アミカに一度相談するしかないかなぁ


『調合神か…。今この街は妻のローズマリアが地方から依頼して連れて来た調合師が薬局を任されているが彼女ならばいけるかグスタフ殿』

『生きるためにはその道にすがるしかないであろうな。ユウカはどうだ?』

『やってみたいです』

(興味があるようだな…)

『リュウセイ、お前は一番苦労すると思うぞ?』

『剣豪ってなれば…魔物とかですか?』

『色々あるが命を斬る最高峰のスキルだ。お前の世界の思想では死と直面する場面で足が竦む事は長く付きまとうが、生きていくには乗り越えなければならない』

『生きる為…正直怖いのは事実です。人も動物も斬ったことなんてないですから』

『それがお前らの世界の日常であり正しい感情だ。ここの生き方に直ぐ慣れる人間なんて僅かしかいないが、その僅かは遊び感覚で力を奮う間違った存在と化してしまった。』

『僕らと同じの・・・飛んできた人ですか?』

『そうだな。悪しき心へと変貌を遂げれば斬るしかない』


息を飲むリュウセイは『僕はそんな悪しき心なんて…』と言いながら汗を流す

だが先の事なんてわからないからこそ、今から色々とこの世界での歩き方を理解しなくてはならない


『約束通りこちらで2人は世話をしよう。メイドに色々と作法などを叩きこませながら徐々に慣れさせることがいいだろうか?』

『ゆっくり進ませてあげてほしい。さすればお前の家系にも未来が大きく広がる…。双方ともに…あれだ、他の選ばれし者に聞いた言葉でお互いウィンウィンというやつだ』

『…すまないグスタフ殿、わからぬ…』


そのやり取りに2人は僅かに笑ってくれた

この小さなやり取りが、彼らにとって歩むべき小さなきっかけとなるだろう

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