第97話 逸材

フラクタールの医療施設にある一室

ガンテイの傷は徐々に癒えてきており、傷口の殆どが塞がっていた

だがしかし、複雑骨折や解放骨折した部分である肩や腕はまだ完全ではなく、ギブスで固定されたままベットでの生活を強いられるが回復促進剤を投与されている為、入院生活はそう長くはない


『病院食は不味い』


彼の独り言は悲しくも部屋を飛び交う

朝に食べた味の無い豆腐ハンバーグや厚焼き卵、そして少ない米に不満が溜め息として彼の口から漏れ始めた


『失礼します』


来訪者はギルドの職員

つい先日、フラクタールの森にて獅子猿が現れ、ジ・ハードが討伐した件に関しての話をするために来たのだ


魔物の所持していた武器はミスリルの剣と盾

それはムツキの鉄鞭にて破損が大きく、アミカの鍛冶屋リミットに買い取ってもらう事

そして獅子猿の毛皮はシューベルン男爵が買い取った事の知らせである


『クズリはそろそろ退院か』

『骨の治りが早いのは若い証拠ですね』

『俺も若いぞ?』


真顔のガンテイに職員はどう言葉を送るべきか、この時は本気で悩んだそうだ


そして今日、インクリットは変わった出会いをする事となる

休日にしてた冒険者チームのジ・ハードはギルドの丸テーブル席にて夕方、ムツキから面白い話を聞かされて驚いていた


『うっそ!?やめるの?』

『そうですね、案外こちらの方がしっくり感じるのもあり稼ぎが良いので軽食屋は繁忙期に手伝う形を取ります』

『ムツキさん、大丈夫ですか?』

『お構い無く、昨夜の獅子猿が楽しくて楽しくて』


クズリがいない事によって三人はムツキを前に出して火力重視で活動していた

慎重に成らざるを得ない状況の筈がインクリットはふと言い放った『ムツキさんを前にして三人で畳み掛けでいく?』という言葉が発端だ


『てかクズリももう退院だし一安心よ』

『帰ってきたらゆっくりペースを戻していこう』

『また多少の無理が始まりますね』


笑顔のムツキに苦笑いを見せたインクリットは自分の事なんだろうなと思いながら頭を掻く

退院して直ぐに動けるわけでもなく、そこから更に1週間の安静時期が彼にはある

薬を用いて骨の回復を促進させても彼の怪我は大きかったからだ


(本当によく生きてたなぁ)


いつもの賑わいを見せる冒険者ギルドのロビーは既に酒を飲み始める者、今後について話し合うチームや報酬を分配しているチームなど様々な情景が広がる


ギルドに冒険者が入れば外は小雪であることが伺える

風は冷たく、誰もが厚着しなければ外にも出れぬ気温だが、冬の冒険者はそれ以外にも気をつける事がある


『おいまだ帰ってないチームいんぞ?』

『もう暗くなるぞ?』


冬は夜が早く訪れ、冒険者の活動を焦らせる時期だ

インクリットは他の冒険者達の会話を耳に入れながらアミカの家に帰ろうと解散を口に出そうとすると、ギルドのドアを開ける音に振り向いた


(あれ?)


見慣れぬ冒険者が3人、自分達よりも年上だがまだ若い

剣士の男は赤髪で少し長髪、肩まで髪がある

魔法使いの男は毛皮のコートを羽織り、暖かそうだが不安を顔に浮かべていた

インクリットが視線を離せないのはその2人ではない、残る1人の女性だ


アクアライトで作られた武器

剣の先から発動する魔法の威力が上がる

彼女の体から漏れる青い色の魔力が溢れている様子にインクリットは驚く


(え?)


何故見えるのか。

今の彼に答えは出ないが、わかる事はあの人は只者じゃない事だけ


『ほ…本当にここにいるのだろうか』

『そろそろいる筈よ。いなかったら来た意味ないじゃない』


剣士の男と女性がそんな会話をしている

インクリットは無意識に立ち上がり、彼女に近づき始めた

これにはムツキとアンリタもあまり見ぬ彼の行動に首を傾げ、アンリタは彼の腕を掴む

そこでインクリットは我に返ったのだ


『あ…あれ?』

『どうしたのよ?魂抜けた顔してたわよ?疲れてるんじゃない?』

『あの女性が魅力的だったのですか?』


ムツキは作った笑顔でインクリットを弄る

聞こえは悪いが、あながち間違いではない言葉にインクリットは苦笑いを浮かべているとアンリタは目を細めて軽く腹を殴る


『ごっふぁ!?』

『確かに可愛い女性でおっぱい大きいわねぇ』

『なんでそうなるのぉ…』


そうしている間に、インクリットが気にしていた3人はギルドカウンターにて受付嬢と何かを話し始める

自身が見てしまった光景をインクリットが仲間に話すと、ムツキとアンリタは僅かに驚く


『魔力が見える…となると魔力袋の強さが一定を超えると起きる事は母国の神官に聞いたことがありますが、グスタフさんが帰ったら聞いたほうがいいでしょうね』

『はぁ!?あんたが私より先に見えるなんてなんでよぉ!?その目寄越しなさい』

『あばばばばばばっ!』


インクリットの背後の素早く回り込んだアンリタは軽く首を絞める

魔力袋がどうなっているのか彼らにはわからない

ならばわかる人が来たら聞くしかないなとインクリットは決めると、カウンターから聞こえる声に顔を向ける


『いないの!?私用にしては長期過ぎでしょ…』

『申し訳ございません。事情は極秘との事で知るのはギルドマスターしかおりませんが…』

『ガンテイさんは?』


エメラルド色の綺麗な剣を持つ女性がそう告げた瞬間、背後の気配に振り向いた

そこにはインクリットら3人がおり、彼女は首を傾げる


(…あ)


『どうしたフェリシア』


スタンフィーは彼女の様子が可笑しい事に気づいて声をかけるが

フェルシアはその声に気づいていない


(この3人…特にこの男の子…)


彼女も他人の魔力が見える

緑色の魔力の中に光り輝く粒子を僅かに持つ目の前の人間に彼女は目を奪われる

何かがいる、彼の背後に確実に別の存在がいる事に気づくがフェリシアは捉える事が出来ない


(燃え盛る魔力…まだ出しきれてないけど魔族のイケメンはとんでもないわね…ドリームチームみたいな逸材じゃないのよこの子ら…)


自分達は特別じゃない事を知った瞬間にフェリシアは僅かに彼らを妬んだ。

このフラクタールはただの田舎町じゃない、これから何かが起こると予想した彼女はインクリットに声をかけた


『あんた中々に良い原石じゃない。私と勝負しない?』

『えっ!?』


驚くインクリットだが、決闘となると冒険者ギルドは決闘を禁じている為に受付嬢のフィーフィは焦りを浮かべてそれを止めた


『お待ちくださいフェリシア様!それはこちらでも禁止されていますので』


受付嬢の大きな声に気づいた周りの冒険者はその名を耳にし、固まる

冒険者ならば知らない者はいない。だからインクリットとアンリタは口を開けて驚いたのだ。

ムツキだけが目を見開くだけの反応だが、彼も知っている

今彼らの目の前にいる女性はファーラット公国を拠点とする唯一の特S冒険者チームのノヴァエラであり勇者の称号を持つ国の名誉だからだ



(ちょっとマジなの?あの剣聖ってこの女性?!)

(この我儘っぽそうな人が勇者と言われている人ですか…)

(フェリシアさん…なんでここに)


3人の言葉は脳裏で大きく膨らむ

驚く顔に少し満足感を覚えたフェリシアは腕を組んでニッコリと笑みを浮かぶが、受付嬢に顔を向けると直ぐに頬を膨らませて説得し始めてしまう

決闘ではなく実践稽古だ、と彼女は強く言うが受付嬢フィーフィはそれであっても止めないと不味いとわかっていたから止めたのだ


『フェリシアさん、その子たちはグスタフさんの愛弟子さん達なので何かあれば問題に…』

『えっ!?この子たちぃ!?』


目玉が飛び出そうなくらいの驚き方に受付嬢が少し驚いた



王都アレキサンダーで活動する勇者チームは留守にする際、ガーランド公爵王に謁見を申し出たが、多忙な時期により偶然フラクタールからの帰りで大屋敷を任されていたフルフレア王子が相手をしたのだ

応接室にてフルフレア王子は手練れの側近である青いラインの入った鎧を身に纏う魔法騎士の護衛を10人背後につけ、テーブルの向こうの椅子に座る三人に目を向けていた


対する勇者チームのフェリシアは姿勢良く椅子に座ったまま、彼に遠征の事を告げる


『少し留守にする予定です』

『遠征かなフェリシアさん、どこに行くのか聞きたいな』


ニコニコと笑みを浮かべ、彼女の反応を待つフルフレア王子

いつも笑った顔をする彼はノア以上に明るいイメージが周りにも持たれ、彼は商人や貴族からの支持は高い


だがフェリシアがフラクタールに行く事を告げると、彼のイメージとはまったく違う顔を浮かべたのだ

目を細め、笑みを止めるフルフレア王子に僅かな悪寒を三人は感じた

お互い、その街に誰がいるのかわかるからこそフェリシアは息を飲む思いを彼で味わい事となる


『特Sの称号と共に勇者という公国で1組だけが与えられる称号、それはハイペリオン大陸機関である冒険者ギルド運営委員会の枠を越え、王族の管轄下でもある証明であるのはわかりますね』

『えぇ…わかります』


称号を与えらた時にガーランド公爵から放たれた言葉と酷似しており、それは大事だからこそ彼らは覚えていなければならない契約上の内容

それをフルフレア王子の口から聞いた三人は息を飲む思いだ


『絶対に粗相をしてはならぬ街さ。誰がそこにいるかわかってるよね?』

『わかってます』

『…大事な話だから簡潔に言うよ?街の人に迷惑をかけると国家存亡の危機に陥るから気をつけてね?』


凍てついた笑みのフルフレア王子の顔を三人は今でも忘れられないでいた

覚悟を決めて来た彼らの目的は一人の男に会うためである

更に強くなる伸び代がほしい、それには足を運ぶしか選択肢はない


そして足を運んだ結果、目の前にグスタフの愛弟子が現れた


『あ…あなた達は羊男のあれかしら?弟子?』

『師匠の知り合いだったんですね。』

(おいおいフェリシア、化け物を師匠っつってるぞ?)

(はぁ目眩しそうですよ。この子達もパペットに化けるのかな)


男二人は驚きながらもフェリシアに目を向ける。

軽い自己紹介は互いにぎこちなく、慎重だ


フェリシアは仲間と共に椅子に座り、グスタフの事を聞き始める

そこで勇者チームはリベンジに来たことを告げると、インクリット達は引き攣った笑みを浮かべてしまう


(あの人に…かぁ)


『あ…あの時は本調子じゃなかったのよ!きっと次は最初から私が切り札を出せばいけるわ!』

『おいおいフェリシア、またボコられたら世間の印象がちっと不味いぜ』

『でもあんたも来たでしょ?マティーニも』

『来たけどここに来たら緊張が…』


(師匠…何したの?)

(グスタフさん、何したのかしら?)

(相当ボコボコにしたようですねぇ…)


インクリットやアンリタそしてムツキは無表情でそんな言葉が浮かび上がる

しかし明るい人たちだからこそ、話しやすいと感じたインクリットは『明後日には戻る事は聞いてます』と告げるとフェリシアはそれまで観光しながらここで活動する、と決めた


『てかガンテイ先生の様子を見たいぜ俺は』


スタンフィーはそう告げる

彼は昔ガンテイに戦い方の立ち回りをガンテイから教わった時期が長く、信頼する先生として色々と磯割っていたのだ

その関係もあり、彼はフェリシアの話に渋々乗ったのである


そして彼らを連れて医療施設に向かうと、ガンテイの個室でスタンフィーは心配そうな顔を浮かべた

ドレットノートの攻撃を直撃しても尚生きている事に3人は最初驚いたが、かなりの重傷であったことはガンテイの包帯やギブスを見ればわかる

当時は怖い雰囲気を持っていたと昔の話をスタンフィーがすると、ガンテイは気さくに笑う


『勢いが顔に出ていたからなぁ!まぁ今も伸びしろあるぞ?』

『ご無事でなによりです先生』

『なぁに気にするな、俺は当時は小さかったお前らがここまで大きくなれたのを見れて安心したぞ。だがグスタフは怒らせるなよ?拗ねるから』


笑いながら話すガンテイだが、マティーニやスタンフィーは苦笑いだ

そこで話を聞きつけてやってきたのが入院中のクズリだったが、松葉杖を使って入ってくると彼は見知らぬ3人に驚く

そんなクズリを見て再び驚いたのはフェリシアだった


(こいつも…)


体中を動き回る雷はまだ小さいが、内に秘めた力はまだある

数年後、きっと彼らの話は王都にいても聞こえてくるであろう事がわかった彼女は溜息を漏らし、ガンテイに話しかけた


『凄い子たちですねガンテイ先生』

『グスタフが見込んだ奴らだ。この街の自慢のチームだぞ?まだアンリタ以外はDランクだが来年には他の3人もCにして様子を見る』

『チームの評価は?』

『まだCだな』


これには彼女も首を傾げる

Bだと思っていたからだが、事情があると思えば納得もできよう

ガンテイは観光を楽しみながらグスタフを待ってみろと話す最後に、ちょっとしたミスを犯す

昔の愛弟子にうっかりしたのか、秘密であることを無意識に言葉の中に乗せて話してしまったのだ


『まぁジャンヌみたいにボコボコにされないようにな』


フェリシア達の時間が止まる

公国で誰も勝てないと言われた存在、そして誰もが力の盾矛を知りたいと予想を会話に楽しんでいた答えらしき言葉がガンテイの口から放たれたのだ


すでにグスタフという名は公国内を独り歩きしており、傭兵や冒険者で知らぬ者はいない

だからこそ誰もが知りたがっている事がある

グスタフとギュスターブのどちらが強いか

そしてジャンヌとグスタフ、どちらが強いか


(な…なんなのよあいつ…)


『あ…すまないが内緒にしてくれ。極秘…なんだ。あはは』


笑って誤魔化すガンテイ

初耳なのはインクリット達も同じであった


(この街が公国内で一番安全なんだなぁ…)








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