第95話 師弟


大きな湖がある森の中、ここはマリエント西の森に位置する場所だ

木々は少なく、見上がれば空がハッキリと見える

魔物の気配もない、たまに鳥が頭上を飛んでいくぐらいさ


10m先では首を回し、そして十字の刃の槍を軽く回すティアマトの鋭い眼光が俺に向けられる

チクチクと突き刺さるような気迫は以前には見られなかったが、予想以上の成長に少し期待が膨らむ

俺もそんな彼の様子に触発されたのか、胸の高まりを感じている


(どこまで歩けたのか…)


メェル・ベールを左手に強く握り、肩に担ぎ彼を見た

既にいつでも戦えるようであり、いきなり動いても対応してきそうだな


『気配はない、見られる事もない…存分に地面に倒しても問題ないな?』


俺はそう告げると、一瞬ティアマトの目が開く

次の瞬間にはそれは起きていた


『っ!?』


バチンと小さな炸裂音が響いたと思ったら目の前には十字の刃が迫っていたのさ

一瞬だけ異常な加速を見せるスキル電光石火を使用してからの上段突きである

普通なら速度に攻撃を合わせる事も困難だが、彼はそれを実行できたようだ


顔を横にずらしながら体を僅かに屈めると俺はメェル・ベールをその場で振る

しかしそれを予想していたであろうティアマトは飛び退きながら左手をこちらの向けた。


水色の魔方陣が彼の背後に2つも展開され、そこから放たれたのは水属性下位魔法・水弾

魔方陣から5発ずつ発射された水弾は俺の退路を防ぐと同時に数発が俺を狙う

賢い使い方だと思いながらも俺は彼に迫る為、舌打ちを鳴らしながら突っ込んだ

避ければ先手を取られる、ならば多少の被弾は覚悟しても良い


(4発…)


俺の体に当たる数だ

右手の手甲で素早く弾き飛ばしても、1発は腹部に命中するが我慢するか

下位魔法だからこそごり押ししても問題は無いのだ


『くっ』


腹部に水弾が当たると、少し痛いが気にしない

これでお前は何を考えるティアマト

様子を見る為に距離を取るか?それでは後手に回る

それならば追い打ちで更に魔法を唱えるか?それでは発動前に一瞬で俺は迫る

一瞬の判断は一瞬で結果を生む、戦いとは駆け引きだ

去年のこいつならば一度距離を取る筈だが、彼はしなかった


『上出来だ!』


俺は叫ぶ

ティアマトは武器を前に突っ込んで来たからだ

俺が既に突くためにメェル・ベールを両手に握ったから彼は迫ったのかもしれない

力比べをするために


武器がぶつかる瞬間、彼は歯を食いしばる

僅かに飛ぶ火花、そして金属音が大きく鳴り響く

驚いた鳥は木から飛び立ち、空は無数の鳥で薄暗くなる


双方ともに純粋な戦いを望んでいたため、強化魔法を施していないが

それでもティアマトの腕力は素晴らしかった


『ぬぅぅぅぅぅ!』


額から青筋を浮かせ、彼の眼光は俺の目を見る

互いに力は拮抗したことに彼は驚愕を浮かべるが、直ぐに不気味な笑みを浮かべたのさ

キュウネルでこいつの腕力に勝てる存在なんて二度と現れないと俺は確実に言える

接近戦では誰も勝てない、俺も本気で行かねばならんかもな

それでもクルエラに勝てないのには理由があるが、今はその話はやめよう…

油断したら押し負ける


『貴様で…2人目だぁぁぁぁぁ!』


必死に押し込まんと叫び、全身全霊でティアマトは威圧を放つ

それだけで近くの湖には波紋が広がり、そして波打つ光景は流石に圧巻だ


『見事!』


俺は叫ぶと、全力で力を入れて彼の槍を弾いた

互いに退くかと言われても、それは起きない

お互いに接近戦を望んでいるからである


彼の槍は残像を残し、目の前に複数も現れる

鋭い突きは秒間で何度突いているか、数えるのも馬鹿馬鹿しい

大半はフェイクであり、俺は本命である突きを顔を逸らして避けるとメェル・ベールを大きく振る


リーチの長い武器同士の接近戦は特殊であり、近すぎると泥沼化する場合はある

しかしお互いは新人ではなく、熟知した者同士

懐に入られてもどうするべきか等、わかっている


『ぬんっ!』

(ちっ!)


短めに持ち替えていた槍を俺の武器の刃に押し込み勢いを止めたティアマトはそのまま長い足を活かして足を押し込んできた

短めに持った理由は体術を使う為か、と俺は驚いている


押し込んだ槍にも彼の軸がある

だからメェル・ベールを引こうとしたがビクともしない


『ぬぅ!』


対応の失敗、俺は苦虫を噛み潰したような表情を仮面の下で浮かべながらも右腕で彼の蹴りを受け止めるが、重すぎてガードしきれんぞこれ!

地面を滑るように数メートル吹き飛ぶと、その場で回転してメェル・ベールを振る

既にティアマトが追撃で迫っていたのだ。


また互いにぶつかる武器は甲高い音を辺り一面に響かせ、何度も弾いては距離を取り、そして武器が激突する

それでも力は俺が僅かに上であり、彼の重さに徐々に慣れ始めた俺はティアマトが突こうとした瞬間に全力でメェル・ベールを振り、彼の槍を大きく弾き返して仰け反らせた。


『なっ!?』


お前の驚愕は正しい

お前の単純な腕力に勝てる者はこの世界でも数人しかいない、それはお前が恵まれて生まれてきたからだ


ジャンヌと戦った以来の緊張感

判断を間違えればこっちが押し負ける可能性は大きい

クリオネール・オヴェールとの戦闘では俺の様子を見る為に実力をあまり出していなかったようだが、お前が強い事は知っていたさ


バランスを崩しているティアマトの懐に潜り込んだ俺は右拳を強く握りしめた

彼に態勢を立て直す時間はない


『これで100発目だ!』

『っ!?』


俺が誰か思い出したようだ。

彼をぶん殴った数を俺は殴るたびに数えていたのだ

ティアマトにとってあり得ないことが目の前で起き、彼は大きな隙が出来た

卑怯だと思うだろう?だって逆に殴られたらこいつのパンチは本当に痛いもん


右頬を貫く俺のストレートパンチは彼を湖まで吹き飛ばし、石の水切りのようにティアマトの体が何度も水面を跳ねる

勢いが衰え、大きな水しぶきと共に俺はメェル・ベールを地面に刺して拳でボキボキと骨を鳴らす

初めての弟子、そんな可愛い存在だが今は本気で相手にしないとな


水面は静かとなり、浮き上がる様子はない

泳げないという事実はなく、彼は泳ぎは得意だ


『感情に耽る余裕があるならば、かかってこい。腹筋にまだ力が入ってないから弾かれるのだティアマト』


全力で殴ったが、あいつは耐える

ふと地面が揺れ、地震かと思ったが違うな

途端に湖から水が噴き出したかのように空に昇ると水面からティアマトが姿を現し、ゆっくりと歩いてくる


(浅いんだな…ここ)


キモいぐらいに不気味な笑みだ

体が小刻みに揺れているのは武者震いか?


『事情は聞きません。内密にする代わりに胸を貸してくれますかね?』

『…良いぞ。本気で来い、ボコボコにしてやる』

『望むところです大先生ぇ!』


さっきよりもバチバチな威圧を放つじゃないか…

こいつテンション上がると少し雰囲気が変わるんだよな



数分後、彼は俺の前で大の字で顔をボコボコに腫らせて満足そうに気絶していた

殴り過ぎて手が痛い…120発目でようやく倒れたか


(片目にまだ慣れてない…か)


右目は怪我で失明しているが、もし両目だったならば危ないのは俺だったかもな

死角になりやすいから対策しとけといったのに、してないからボコボコにしてみた


『顔を前に向け過ぎだ、左目を中心にしろとあれほど…』


死角からの攻撃に過剰な反応を見せるのが彼の悪い癖だ

直ぐに意識が逸れるから駄目な所だよまったく…


彼の怪我を魔法で治し、俺は彼と湖の前で腰を下ろしてのんびり中

色々とここでの話を聞いたが、どうやら問題なく過ごせているようだ


『シドラードとイドラが…ですか!』

『来年は大変だがお前は慣れたか?』

『大分慣れました!!。これからファーラットと繋がりを持つとなると大先生は居座るつもりで?』

『その通りだ』

『ならばこちらからも良き働き掛けが出来るようしておきますよ!任せてください!』

『た…頼む。』


テンション変わらないな…


静かな森となり、湖を眺めた

透き通るほど綺麗であり、魚が見える

淡水海老もいるから食べれるかティアマトに聞いたら、猛毒だから駄目ですと言われた


『美味しそうなのに…』

『まぁ大先生は毒無効だしワンチャンありかもですよ!』

『毒味させる気か?』

『気になるので』


とんでもない奴だが、嫌いじゃない

少し笑いながら寝転がり、一息つく


この国に来るときは悩んでないか心配だったが、案外普通に暮らしているようで本当に安心だ。


(む?)


魔物の気配…大きい


『ブギィィィ!』


背後から聞こえるバカでかい鳴き声

ゆっくりと起き上がり、振り向けば将軍猪が目の前まで迫っていた


体長4メートルと普通サイズ

大きな牙は鋭く、獲物を見る眼光は凄い

ランクBの猪種の魔物だが、ティアマトがもう動き出しているなら問題ない


『邪魔をするな!』


突進の前に立ちはだかるティアマトが叫びと空気が震えた

狐人族の犬歯がギラリと光ると、彼は右手で思いっきり将軍猪の鼻先を殴ったのだ


『ビギャラッ!!』


ふんぞり返る将軍猪はティアマトに力負けしたのだ。

その隙に近くの地面に刺していた槍を回転しながら抜き、そのままの勢いを利用して叫びながら首を斬り飛ばす所業を見せつける


宙を舞う大きな猪の首がティアマトの横に落ちると、彼は再びその場に腰を下ろす


『めっちゃ拳痛いですよ大先生!』

『硬質化スキルぐらい使え』

『そうします。…いたたた』


手をブンブン振りながらにへらと笑うティアマトはその場にまた座る

色々と今後に関して話したが、あと数年は今に慣れるためにのんびり暮らすらしい


(正解だな)


『大先生、また来ますか?』


期待を目にする彼の声

俺は空を飛ぶ鳥を見ながら答えた


『来年な』

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