第94話 用心棒
眠い…とても眠い
4人の狐人族の冒険者を救助後、俺はロビーの休憩所にある椅子に座ってのんびりしていた。
汗は書いていないが、大事な寝間着が泥で汚れているのが解せんが俺のせいだ
(部屋に帰ったら別の色の寝間着にするか)
水色の他に薄い赤の同じ寝間着があるから大丈夫
そんな事を考えながら国防騎士と話しを終えたエンリケがティアマトと共にこちらに歩いてくると、彼らはテーブルを挟んで反対側の椅子に座る
『助かりましたグスタフ殿』
『エンリケ、そこまで重要な冒険者か?』
キュウネルの冒険者ギルド運営委員会からの救援は無かった
それは危険すぎる為、朝の捜索隊を出す方針だったからである
しかし急ぐ理由を持っているのは国防騎士の事情、となれば身分の高い者がいたといいべきか
隠す気はないエンリケは話す
『キュウネル国防協会に所属する重役の娘様がおりまして』
『あの女か』
『恥じる思いでノア様を起こし、相談した所…貴方ならばと』
『俺は特に戦っていない』
現に補助していただけ
あの影魔法がクリオネール・オヴェールには有効だったから俺が手を出す事も無かったんだ
(だがそれなら…)
ノアが気づかない筈がない、俺達は試されている
それはエンリケでも思っているようであり、証拠としていつもよりも強張った様子が僅かに伺える
まぁお互い色々と知るべき事はある、気にしないよ
『気にするなエンリケ、探り合いは理解していたがもう少し大袈裟に俺は動いたほうが良かったか?』
そう告げると彼はキョトンとした顔を浮かべ、笑ったのだ
緊張が解れるエンリケは一息つくと、気に入りましたと一言告げる
『良い関係が作れそうな国と思います。』
『タラの白子は食べさせろ。あれを食いに来たと言っても過言じゃない』
『朝食時に、それでは部下が起こしに行きますのでゆっくり寝ていてください』
こうして部屋に戻るが、ティアマトは俺から視線を外さない
話している最中、何度か首を傾げていたのだがバレてなかった
匂いや気配を少し変えているからだろうけど、気づかれると一番面倒なんだよ
キュウネル妖国はティアマトを歴代の傭兵と謳う程に評価しているけど、その印象が変わる恐れがある
だから今は他人の振り、済まないなティアマト
(寝ているか)
ソファーで寝ているジキット
流石に戦いの後で疲れていたのだろう
朝は確実にミルドレットは朝食で遅刻、そう思いながらも俺は寝間着を変えて明日を向かえる為にベットに横になった
(国交は数か月後にはバレる)
キュウネル妖国とリグベルド小国は予定通り協力関係になるのは時間の問題だ
となるとその後をもう考えていても可笑しくはない、ノアはそれを見越してシドラード王国に接触しておけと俺に言ったのだろう
シャルロットがどう動くかで決まるが、そのためにはウンディーネ信仰協会の権力と戦力をもっと削る必要がある
それだけでケヴィンは力を失う、ロンドベル王子に関しては中立を決めて国内での活動が主になっているが、今はまだ軽視で十分だ
(だが先に帝国が動く筈が…)
イドラ共和国とシドラード王国の睨み合い
これはどう見るべきか…
(キングドラム帝国が動かず、シドラード王国が動く…か)
あぁそうか、一応予想はしておこう
アクアリーヌ戦で負けた時点で帝国は動きべき時に動かなかったのは確かだ
兵力の増強や訓練は強化されているのも、防衛拠点の拡大もノアから聞いている
だから時おり俺はギュスターブの姿でシドラード王国を歩いて存在をちらつかせていた
まぁそれだけでシドラード王国内の重役共は大慌てしていただろうが、そうでもしないと帝国が強気に出ると思ったからだ
既にシドラード王国内部に帝国の者…か
直接的な行動よりも間接的に侵食するとなれば、イドラ共和国とシドラード王国の今後起きる戦争は未来を決める戦争になるだろう
(同時にシャルロット陣営に戦力が整えば…)
来年の春、シドラード王国にとっては兵を整えるにはそこしかない
戦争であの大将軍の女に会えるのが楽しみだけども、あまり好きじゃないな…
朝、食堂では1人の女性を待つ俺達
ノアの後ろにはオズワルドにジキットそしてハイドがいるが、ラビスタの隣の椅子は空席
『すすいませぇぇぇぇん!』
ミルドレットは寝ぐせのまま、半泣きで登場だ
だが深夜の件があるから仕方がない、と誰もが頷く
お転婆な所を見たクルエラはクスリと笑い、エルヴィン教皇は目で椅子に座るようにミルドレットを誘導させる
味噌汁がネギの味噌汁、具にはタラの白子で俺は興奮しそうだ
肉料理やサラダが豊富な朝食が始まると、ノアはキュウネル陣営と話し始める
国家存亡の危機が訪れた際のお互いの支援内容のすり合わせだ
俺は話半分で聞きながらも反対側にいるエンリケが俺の手に持っている味噌汁を見て微笑んでいるのに気づくと、俺は小さく頷いた
『先ほどノア様から面白い事を聞かされたのでクルエラ様は機嫌が良い』
『あぁあれか』
凄い事をカミングアウトし、クルエラを凄い笑わせてしまったのだ
大変な時期に来ると言う事で、もしかしたらサカキ信仰協会と戦う事になるのでは?と思って覚悟してました的な事を申し訳なさそうに言った時には驚いたよ
小説の見すぎだ、と俺は心の中で何度も口にした
それがあってかクルエラはノアを気に入ったらしい
(子供…みたいな)
今は諦めよう
そういえばミルドレットだが、どうやらノアが持ち場を作ってくれた
フラクタールの森の中にある防衛拠点は渓谷の近くにあり、そこに彼女は配属される
街からも近いし丁度良いが、シドラード王国との国境の睨み合いが出来るのだろうか
だがしかし、兄が近くにいるのは彼女にとって安心の一部になる筈だ
(ガルフィーの稽古も出来るか)
半年間の任務、そこでどこまで伸びるかだ
ジキットに関しては俺の監視は続くが、今年は王都に戻るから少し寂しい
『ノアちゃん、白子は美味しい?』
『とても美味しいです』
クルエラはノアの呼び方を変えている
かなりお気に入りになったらしい
『してグスタフよ。お主に聞きたい事がある』
ふとエルヴィン教皇は俺に顔を向けて話しかけてくる
それだけでその場の会話が止まるのだが、彼の顔は真剣だ
『なんだ』
『滅びた文明魔法である銃魔を使えると聞いたが本当か』
(銃魔が何なのか知っていたか)
遥か昔に栄えた文明社会の中にあった兵器
それが魔法となって形を変えている事を知るものは少ない
古代聖書の一文に銃魔とは記されてないが、文明を魔法に残したページが存在している
エルヴィン教皇はノアからどんな魔法を俺が使うか、聞いたらしいな
『使える』
『古代聖書の第十章にある大戦争には誰にも理解されぬ歩く大国という記載がある。聞き覚えは?』
『詳しいなエルヴィン教皇』
『…悲しくはないか?』
古代聖書に書いていた事と同じ台詞だ
わからない強大な力を誰もが恐れる、だから古代聖書の中の歩く大国は孤独を差すような言葉が並べられていた
星を壊す魔法と文面では書かれているが、遥か昔の人間が世に出す聖書には書き換えられただけであり、実際は違う
星を守る魔法、間違った正義を消すために
『悲しくはないが、人間の教皇でもそこまで物知りは見た事が無い』
『…サカキ信仰協会の歴史はとても永い。古代聖書の原本を全て暗記して教皇を名乗る事ができるからこそ貴殿の情報に興味があった』
『あれ全部覚えたの!?』
驚きすぎて素の口調で喋ってしまった
見た事無い俺の様子に目を大きく開いてこちらを伺うノアやその他モロモロ
驚くしかないだろが
『待て待てエルヴィン教皇、原本とか文字数五千万文字もあるんだぞ!?今の改訂された古代聖書の五百万文字と勘違いしてないか!?』
『いや確かに原本だ。ふむ』
(化け物か!?)
改訂されたのは記憶力の理由で人間用に細かい所を省かれ五百万文字
この男はあの分厚い初代の聖書の全巻の全てを暗記したというのだからビックリしたよ
『エルヴィン教皇の暗記能力は桁外れじゃぞグスタフ』
微笑みながらクルエラが言う
流石と言う他ない、凄いよ
『改訂された本は不十分だ。最終章には神が争いを無くすために信仰と政治を我ら生き物に与え、その言葉の意味を詳しく書いてあるのに改訂された聖書には簡潔にしか記載されてない。それが問題だ』
『エルヴィン教皇は聖書の話になると半年は止まらぬ。そこで終わりにしましょう』
『半年も話しませぬクルエラ妖王殿、ただ私は…』
凄いのはわかった
朝食後、ノアは応接室でクルエラとエルヴィン教皇と共に大事な内容を話す為、双方は側近無しで部屋に閉じ籠る
昼迄かかるであろう話し合い中は何をすべきか凄い悩む
部屋でベットに大の字になってボーっとしているが、ジキットも暇らしくソファーで欠伸をかいてのんびりさ
『やることないの暇だ』
俺の出番、多分ない
王都に行かずこの場で全てが終わりそうな予感だ
まぁ最悪の場合を想定してクルエラ達は俺達を完全に鎮圧してない反対派の存在を懸念し、自ら来たから行く必要が無い
(ノアは妖精樹を近くで見たいと豪語していたが…)
それはクルエラとエルヴィン教皇に速攻で駄目と言われていた
国民にも慣れが必要、それまではお預けだな
『グスタフ殿、お客様が…』
小さなノック、そしてキュウネル国防騎士の声
暇を持て余す俺は体を起こし、ドアを開けて顔を出すと要件を聞いたのだ
予想外な用事に少し楽しみな俺は『5分で出る』と告げて準備をし始める
ウキウキな感じで防具を装着していき、壁に立てかけたメェルベールを肩に担いでドアに振り向く、あぁジキットはソファーから俺を不思議な目で見ている
あの高揚を見られていたのかと思うと恥ずかしい
口を開けて固まる彼を見ていると、羞恥心が俺を攻める
『熱でもあるのか?』
『やめてくれ…誰でも楽しくなる事はある』
こうして俺はとある者と自然が広がるマリエントの街を歩く
似合わぬ種族の2人、刃に羊の頭骨の絵を掘ったハルバートを持つ俺
隣には十字の刃の槍を右手に歩く狐人族最強の傭兵
誰が前を歩いてきても、道は開けられる
人相が悪い集団が前から来ても、驚いた顔を浮かべて左右に避ける始末
そんな様子を見てティアマトは小さく鼻で笑う
『ファーラット公国最強の戦争傭兵、そしてキュウネル最強の用心棒』
彼は自身を傭兵とあまり言わない
用心棒という言葉に憧れを持っているからだ
いかなる闇組織の襲撃が起きても要人を守り、組織を一網打尽にする力
最初の出会いは少し自信が無さげな様子を出していたのだが、1か月の酷使で見違えるほどに成長し、今は完成された傭兵…いや用心棒になっている
あとは経験が彼の能力を底上げするだろう
『無理を言って悪いな鬼哭よ、外の世界の強さを知るいい機会だ』
『俺もお前の名は知っているからこそ楽しみだ』
『ほう…届いていると?』
『事実は漏れるように出来ている』
『素直に嬉しいと思いたいが、まだ力の先を俺は見なくてはならない』
『ほう…もし俺が予想外な強さだったらどうする』
『我が故郷にはこんな言葉がある、疾風に勁草を知る』
困難や試練に直面したときに、はじめてその人の意思の強さや節操の堅固さ、その者としての値打ちがわかることのたとえ
ティアマトは困難ならば尚更良し、受けて立つと強い目を俺に向けて前を歩く
だがしかし、ここまで恰好良かったのに何故お前は…
『いでっ!…へぶっ!』
足をグリッとひねって前のめりに転んだんだ?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます