第93話 悪食

真夜中、俺は宿の一室にてベットに横になって考え込んでいた

ソファーには心地よさそうに寝るジキット、どうやら縄張りにされたみたいであり、大事そうに魔法剣アルカトラズを抱いてスヤスヤ中だ


(夜でも静かな賑わいだな)


眠らない街という異名を持つ所だ

それは窓を覗けばわかるが今は面倒だな


夜になると夜市という商人が外から仕入れた変わった商品を露店にて出す時間だから眠る事はない街と言われている

自力で仕入れたからかなり高額商品となっているが、時期に彼らも正規のルートで格安で仕入れる事が可能になるのだろうな


法的に夜の商売は禁止されているが、この街だけは特例で許可されている

法でも外からの外来品に関しては厳しくはない

木の上に建てられた宿の為、その時間帯でもそこまで音は気にならないから安心だ


『?』


小さなノックだ

俺は静かに起きるとドアに近づいて開ける

こんな時間に誰かと思えばラビスタだったのだが、困惑したような面持ちだ

手で招く様な素振りをされた俺は今の格好に少し考えてしまうが、仕方がない

暖かい水色のモコモコの寝間着のままラビスタに連れていかれるが、なんだか彼は申し訳なさそうでこっちが同じ気持ちになっちゃう


長い廊下一面に赤い絨毯

半端じゃない高価な宿なのだが、廊下には点々とキュウネル国防騎士や聖騎士が警備している

そんな彼らを横切る時、俺は二度見される対象であり非常に恥ずかしい


『もう少し威厳ある寝間着はなかったのですか…』

『ラビスタ、これが暖かくて冬には良いのだ』

『そう…ですか』


あ、諦めたな?

こうして連れていかれたのは1回のフロント

いるのはキュウネル国防騎士らにエンリケそして狐人族の冒険者が複数人だ

基本的にこの種族の冒険者は身軽さを重視している為、革装備が主な防具とされている。

片手剣も小柄な品も多く、重量級と言われる大斧や俺が持つハルバートの類は稀

小柄な武器を選んでも彼らには火力を補う魔力量の多さという魔法剣士というスタイルのメリットが存在する


『連れてきました』


ラビスタがそう告げると、ほらみろみんな微妙そうな顔してる

着替える時間くらい俺が設ければ良かっただろうが、あまり俺は気にしてない

気にされてしまうと…気にするけど


『あの…グスタフ殿?』

『エンリケ、駄目か?』

『こちらは頼みを聞いてもらう立場、格好は問いませんが…』

『頼みとは何用だ?この街にはあのティアマトがいるのではないか?』

『彼1人じゃ無理なのです。』


西に広がる森に向かった冒険者数名がまた帰らない

数時間前に救援信号である発煙弾が空に舞い上がったのを冒険者ギルドの調査員は見たらしいが、この時間帯の西の森は闇だと近くの冒険者が口々に言うのだ


『夜には化け物が洞窟から顔を出して活動する時間なのです。ティアマトだけでは』


(1人で無理?可笑しい話だがまぁ乗るか)


『…クリオネール・オヴェールか』


狐人族らは驚く

俺は知っているからな

最悪な化け物なのに変わりはない、あれは肉を好む妖精だ


全長は3メートル、見た目は深海を優しく及ぶクリオネという軟体動物だ

体は半透明であり、手は小さなヒレでパタパタさせて浮遊するので見た目は可愛い

しかしサイズは巨大であり、獲物を見つけると体中から不気味な丸い目が生え、そして頭部は4つに裂けるとそこから2つの長い触手とおぞましい数の牙があらわとなる

ランクBの魔物、しかも西の森の洞窟の奥底はその個体の巣だ


Bランクの魔物が多数現れるとなるとティアマトでも無理だと言うが…

朝を待っていても遅い、冒険者は骨まで砕かれ食われるだろう


(…懐かしいな)


休憩所スペースに目を向けると覚えがある者が座っている

紫色の革装備、胸部は鉄のプレートが装着されていて良い防具だ

腰から垂れるマントは地面スレスレまで長く、彼の右手には小ぶりな十字の刃の槍だ。

右目には切傷で閉じていて片目、黒い髪は後頭部で編まれて腰まで垂れている

怖い顔してるけど、狐人族特有の耳が可愛い


『先ほどティアマトが森に入りましたが数に為す術がなく』


冒険者がそういうが、3体は自力で倒したとの事

それだけでも凄い成長だし俺は嬉しい限りだが…このタイミングでこいつと組むならば問題は無いか


『俺は傭兵だと聞いているのは思うが』

『ノア様から詳しく聞いております。』

『朝食はこのタラの白子味噌汁が飲みたい』


キュウネルだけの珍味で俺は手を打とうとする

金では今の関係上、ちょっと面倒になるからだ

エンリケ達は予想外な回答に互いに顔を合わせているが、俺は頷くとティアマトに向かって歩いていく


何年振りか…2年?だろうなぁ

近づく俺に気づく彼の十字の槍は綺麗に輝いており、以前より筋力はつけていることは防具を着ていてもわかる

険しい顔つきでこちらを向き、立ち上がる姿は僅かに前より大人びているようだ


『お主が鬼哭と言われる人間か?』

『そうだ』

『…ふざけた格好なのは良いが、まだ大先生の方が強そうだ』

(俺だよ俺、俺)


『先ずは急ぎたいが、2人こちらで用意してもいいか?』

『それは助かる。逃げ足の速い奴が良いだろうな』


10分後、連れてこられた2人のうち1人は凄いしかめっ面で俺を見てる

ジキットの額に青筋、起こしちゃったからなぁ

だがしかし、ミルドレットの方が心配で俺は失敗したかと思ってきてしまう

彼女の頭は爆発した様に飛んでおり、目が遠くを見ているのだ


『グスタフ殿、1人凄い心配です』


ラビスタは凄い心配そうだが、起こすしかない


『頑張ればあの槍をあげようかなぁぁぁ…』

『っ!?!?』


ほら起きた

何故髪が直るのか教えてほしい


こうしてティアマトに西の森まで案内されたのだが、森の静寂さが恐怖心を増幅させるかのように生き物の鳴く声すらない

緊張した面持ちで歩きながらもミルドレットとジキットはいつも以上に周りを警戒し始める


『無駄口は叩かぬ方がいい人間、あれは地獄耳だ』


クリオネール・オヴェールは100メートル先の小さな音も拾う

普通の気配感知範囲よりも広い距離の為、先に見つかる事は当たり前だが今回は俺がいる


メェル・ベールを左手に前を歩き、そして放たれた信号弾の位置まで進むのだ

何故静かなのかは簡単な理由がある、あれに食われない為に生き物は夜に動く事も鳴く事も許されない時間だとわかっているのである


『やべぇ野郎がウヨウヨか』

『悪食クリオネールですよね?ウヨウヨって』


ジキットとミルドレットの温度差は凄い

不気味な笑みに渇いた笑みでは全然違う


『だが、B帯では幾分かマシな部類だ。』

『何ら耐性を持たねぇ魔物だろう?』


ジキットの言葉が答えさ

ある程度、魔物は何かの属性には少なからず耐性を持つがクリオネールの場合は無い

皮膚も柔らかいが、再生能力が高い為に見えている赤い心臓を貫かなければならない


『ここは最悪な名所だ』


ティアマトは囁くように言い放った

世にも珍しいBランクの魔物の巣窟となれば俺もこの大陸では知らない

息を飲み込むミルドレットは僅かな音で驚く始末だが、本当に驚くのはこれからだ


『…2体に気づかれた』


俺は呟き、そして全員に緊張が走る

狙われたら執拗に追いかける習性を持ち、そして不気味な声を持っているそれは徐々に俺達に近づくにつれてジキットとミルドレットに鳥肌を立たせた


『ここだ、来てくれ』

『助けて、こっちにいる』


助けを呼ぶ者の声、しかし絶対に違うと言い切れる

声を真似る習性を持つクリオネール・オヴェールは真っ直ぐ俺達に急接近し、姿を現す。


『いた、ありがとう』

『食べ物、食べたい』


3mはある巨大なクリオネ2体は俺達に立ちはだかるように目の前で不気味にも浮遊し、様子を伺う

半透明な体から見える心臓は強く脈打ち、そして体中から丸い目がボコボコと浮き出す。


『1体はやる』


ティアマトはそう告げると、襲い掛かってきたクリオネール・オヴェールに飛び掛かった

こちらは3人、対して悪食は1体

初めて戦う魔物を前にジキットとミルドレットは武器を身構える


『あそぼ』


無垢な声を真似るクリオネール・オヴェールの鳴き声を合図に始まった

頭部は4つに分かれ、突進しながら2本の触手で捕らえようとしている

触れたら軽い麻痺症状を起こし、大きな隙を与える事になるから厄介だ


『ケッ!』


伸びる触手を斬り裂き、ジキットが飛び込むとミルドレットが続いた

直ぐに再生する触手は彼らの後方から忍び寄るが、ミルドレットは振り返りざまに槍を回転させて再び触手と斬り飛ばしていく


前はジキット、後方はミルドレット

無意識に自身の配置が固まっているのは流石と言えよう

このランク帯の魔物は冷静であればそれだけ勝機が見えてくるのだからな

クリオネール・オヴェールの主な攻撃方法は噛み砕きや丸のみ等であり、そこの補助として触手の麻痺毒で敵の動きを止める

突進はフェイク、体はそこまで強くはないからな


『しゃおらぁ!』


ジキットの根気勝ちだ

ギリギリで真上に進路を変えて旋回を目論むクリオネール・オヴェールの行動を読み

彼は離れる前に一気に加速して胴体を斬り裂いたのだ

普通なら致命的のダメージだが、手ごたえを感じている間にもクリオネール・オヴェールの大きく裂けた腹部は徐々に再生しているのだ


『早過ぎんだろっ!』


驚きを口にしながらも、触手は彼らを襲い続ける

人型の生物には滅法強いと言われるクリオネール・オヴェールだが、本能的に動いている為に賢さを持たない


触手を避けている間に再生は完了、クリオネール・オヴェールは2人の周りを飛び回りながらも触手に意識させながら隙を見て飛び込むという行動に出ると、ミルドレットは触手を斬り裂いた瞬間に背後から迫りくるクリオネール・オヴェールに振り向き様に面白い事をしたのだ


真っ直ぐ貫かず上段突きは敵の開いた口に丁度良く突き刺さる

それは力負けを見越しての判断だが、この状況でその選択肢は非常に良い


何となくしてみようと思ったのか、本能的にやったのか

考え合ってなのかは気になるところだが、彼女の上段突きはジキットの取って好機を生む


『ブギャァァァァァァ!』


突き刺した状態で押し込むクリオネール・オヴェールは叫んだ

槍の石突きという刃の逆の部分は地面に触れると、固定されたからだ

深く食い込む刃を前にピタリを止まったのはこれ以上刺されば心臓に届くからさ

退いて逃げるにしても、もう遅い


『アイスランス』


ミルドレットの頭上には凍てつく魔法陣が2つ

そこから放たれたのは氷の槍が2本、クリオネール・オヴェールに向かって放たれた

本能的に避けるクリオネール・オヴェールは後方に退き、一度態勢を立て直そうとするが彼女を見すぎたために残る1名の警戒を怠っていた


『両断!』


振り向いた時には彼の斬撃は軌道上に放電を残していた

バチバチと音を立て、クリオネール・オヴェールは胴体を真っ二つにされ緑色の血が吹き出す

僅かにずれた心臓に舌打ちを鳴らすジキット、両断されても地面に落ちず、浮遊した状態で結合しようとするが、そんな余裕を与える奴らじゃない


『はぁぁぁぁぁ!』


剥き出しの心臓、それなら彼女の槍は命に届く

触手を避けるために身を低くして地面を滑り、クリオネール・オヴェールを目の前にすると背後から迫る別の触手などお構いなしに心臓を槍で貫いたんだ


(ギャンブルにしては良い判断だ)


避ければ心臓を狙うチャンスはない、ならば多少のダメージ覚悟でトドメを狙う

リスキーのようでそうでもない、次に訪れるチャンスがいつなのかB相手に考える時間など作ってはいけないのさ


『ギュググググググガガ!』


最後の抵抗なのか、触手はミルドレットの背後で止まっていたが再び動き出した

でも残念だ、ジキットは既に回り込んでおり彼女のカバーの為にその触手を一気にぶった切ったのである


『押し込め!』

『ぬぇぇぇぇぇ!』


変わった怒号を口から出ているが、その甲斐あってか彼女の槍は心臓を貫通した

甲高い鳴き声、それは面倒な事が起きる前触れといっても過言じゃない

地面に落ちるクリオネール・オヴェールはブクブクと泡を吹いたように体が異常を見せると徐々に液体と化し、残るのは魔石だけだ


息を切らし、倒しきった事にホッと胸を撫でおろす2人

Bランクの中では弱い部類ではあるが、倒したのは経験としては必要な光景だ

ティアマトは既に倒していたが、無傷で制したのは成長を見れたので満足だ


(ぞくそくと…)


300m先から接近する気配が6つもある、ここは一度…


『隠れるぞ。6体迫っている』

『むぅ…』

『マジかよくそが』

『あ…あんなのが6!?』


影属性上位魔法・隠れ身

範囲内の対象を周りの風景を同化させるのでステルスみたいな効果がある

一か所に固まって息を潜め始めると、驚くべき光景が目の前に現れた


これは普通の人間にとって絶望と言わざるを得ない

6体のクリオネール・オヴェールは辺りを浮遊したり頭上高くから見下ろすような行動を取る

バレたら普通死ぬ、だからミルドレットは息も詰まる思いなのだろう


『美味しい』

『助けて、助けて』

『グルルルルル』


言葉を発するのは不気味だ

獲物を誘う為の声を色々真似ている

この魔法が無ければ面倒な事は確実、それにしても遭難者の気配は…


(進むぞ)


俺を中心に隠れ身は継続される

忍び足で俺から離れぬよう、誰もが口を閉ざしたまま森を歩く

時たま頭上を飛び交うクリオネール・オヴェールに警戒するが問題は無い


パキッと足元から音、俺が枝木を踏んだらしい

みんなが凄い睨んでいるけども怖いよ

近くを跳んでいたクリオネール・オヴェールが一度動きを止めてこちらに顔を向けたが、数秒だけジッと見てから直ぐに奥に去っていく

緊張する瞬間を味わえた気がしたが、ミルドレットは気が気でないだろうよ


静か過ぎる森の中、声を出して探索は不可

しかし痕跡はどこかに残している筈だ

もし食われたならば血痕はある筈だが、信号弾が放たれは付近を調べてもそれはない


『気配は遠い、話してもいい』

『凄い魔法だな。だが先に使わなかった点を考えるとそこの2人の場数を増やす為に一度戦わせたか』


ティアマトにバレている

溜息を漏らすジキット、そして涙目のミルドレット

Bなんていつも戦える魔物じゃないから経験出来る時に戦うべきだ


『もし研修でクリオネール・オヴェールの内容を覚えているならば身を隠している近くに痕跡を残すように言われている筈だ。布や武器などな』

『あれですか?』


ミルドレットが見つけた

指差す先は大きめの木があり、木の枝に結ばれたパンダナが見える

根がここまで伸びる程の大きな木だが、近づくと小さな巣穴があった

人が1人ギリギリ通れるほどの空間、そこは何かの巣穴であったのだろうから奥はそこそこあるだろう


だがいる確率は高い

周りの地面をよく見ると、防具が落ちていたからだ

中に入る為に邪魔だから脱いだ、となると賢いが…血痕も多いのが不安だ


『捜索隊だ。いるか?』


途端に中からガサガサと音がすると、顔を出したのは1人の狐人族の女性

顔を泥だらけにしながらも逃げ込んだのだろう…


『あ…ティアマトさん』

『生存者は?』


弱弱しい様子だが、どうやら全員生存ではない

4人構成の冒険者は戻る時間を遅らせてしまい、クリオネール・オヴェールと遭遇してしまったのだという

1人は逃げ遅れて死亡、死体すらないだろう

そして穴の奥には片足を食われた男の狐人族が傷口に薬草を当てて血の匂いを誤魔化して今までしのいでいたのだ


これが冒険者が死ぬときの一例

ジキットは穴から出てきた3人を守りながらも深刻そうな面持ちで周りを警戒する

そしてミルドレットだけは顔を青ざめているが、戦争と違って冒険者がどうやって果てていくのかの現場を初めて体験したからだ


『全滅じゃないことだけが奇跡だ。急ぐぞ寝間着』


ティアマトには寝間着と言われるのが悲しい

お前の大先生なんだけど…まぁ良いか

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