第92話 突然

宿のロビー内の警備兵やキュウネル国防騎士らは慌ただしく走り回っている

王都エクリプスにいるはずのクルエラ妖王がここに来ている事は彼らでも予想がだったのだ。

予定にない、出向く筈が来てしまったのさ


これにはノアも驚きは隠せずにいる

明日の予定を急遽、今日でも動けるようにしておくように俺は頼まれた

気まぐれな所はある女の王なのは知っていたが、まさかこのタイミングか

いや、こうじゃなきゃダメな理由があるのだろうってのは俺達と共にいるエンリケが予想を口にする


『王都には暴徒化しそうな国民が一部おります故、ノア様達の移動中の襲撃を心配されての行動かと』

『そうであれはこちらはリスクなく彼女に出会えますが…驚きました』

『5分ほどでこちらにつくと思われますので応接室にて信頼できる側近の方を連れて待っていてください。飲み物と茶菓子は早急にご用意させます。』


そして応接室に集まったのはノアと側近である聖騎士3人と俺

当然ジキットやハイドそしてオズワルドなのだが、俺は外で待ちたいのが本音

スキルで気配と匂いを変えているから大丈夫だろうが、バレたら超不味い

俺はそんな不安を持っているが、ノアは全く別な不安を胸に抱いているようだ


普通にしてはいるものの、体は強張っている

キュウネルとの国交や大陸の法整理の賛同を求めるための遠征は失敗には出来ない

ここでクルエラ妖王が興味を持たなかった場合、厳しい話し合いになるだろう


『リラックスしてくださいませノア様』


ドアの前にいるエンリケがそう言って彼女を落ち着かせる

言葉でリラックスできればどれだけ楽か、だが気休めでしかない

来るのはクルエラだけじゃないからさ


『エルヴィン・エンデヴァー教皇はどのような人柄なのでしょうか』


ノアの口から放たれた言葉が答えだ

サカキ信仰協会の教皇という最高階級であり、キュウネル妖国ではクルエラの次に偉いと言われている者なのである

流石に緊張するしかないが聖騎士3人は案外堂々と胸を張って待ち望んでいるようだ


『案内では少し重く話しましたが、教皇に相応しいお方です。今はクルエラ様と意見は対立してはいますが、良き人格者であられますのでご安心ください』


深呼吸をするノアだが、もう来たようだ

ドアの奥から感じる魔力は凄まじく、体がピリピリする程だからなぁ

どうやらスイッチを入れないといけない時が彼女には来た


王都で出会う筈の予定が、宿の応接室

壮大な歓迎もなく、大袈裟な登場もない

それは自然とドアを開けて入ってきたのだ


『なっ…』


ジキットですら目を奪われるほどに驚きを見せた

一瞬で思考を停止させるかの如く、その美の集合体のような存在は俺達の前にいる


エメラルドグリーンの綺麗な長い髪は腰まで伸び、白い肌は赤い瞳をより一層際立たせた

服はシンプルな白いドレスに花柄の赤い模様、似ている服をスズハに土産としてあげた時に彼女はこう言っていたのを思い出す

アオザイだ!とな


ノアでさえ、その美貌のまえに口を開けて我を忘れている

同じ女性でもそういった反応を見せるだろう

美しすぎる容姿をクルエラは持っているのだ

僅かに微笑むクルエラは静かにノアと対面するかのように反対の椅子に座ると、彼女の後ろにいた護衛が背後につく


そして現れる次なる存在は30代半ばといったまだ若い男

彼は白い色に金色の模様がある司祭風の服を着ている

その者が俺達の前に現れると、少し険しい面持ちでクルエラの隣に座った

彼が引き連れる後方の教兵だが…ありゃ強いな!狐人族は人間より腕力が劣ると言われているのにガンテイみたいな筋肉に俺は驚いたよ


(悪しき感じはないな…)


威厳ある教皇だ

クルエラの隣にいても負けぬ威圧を放っている事は聖騎士も気づいたようだ

エルヴィン教皇も強いなこれ…、オリマーと良い勝負をしそうだな


『先ずは自己紹介の前に謝罪を申し上げるファーラット公国の使者であり王族であるノア・アデルハイド・イン・ファーラット王女よ。私の名はクルエラ・イド・キュウネル妖王じゃ』


唐突に仕掛けたのはクルエラだ。

声も優しい口調であり、ハイドが卒倒しそうだが大丈夫か?


『私はサカキ信仰協会から馳せ参じましたエルヴィン・エンデヴァー教皇である。同じく私からも謝罪しよう。もともとこちらが王との話し合いでの決定が国民に対して十分に浸透していなかったことが発端、エンリケから話は聞いていると思われるが徐々に落ち着くと思われるのでご安心なされよ』


声が強い…場数を知る将校みたいな覇気が感じられる

緊張した雰囲気は僅かに謝罪という変わった答えにより、ノアは和らいだ

最大の不安は目の前で解消されていたからだ

その機を逃さないノアではない、だから彼女は一呼吸入れると彼女は優しい笑顔を浮かべたまま自己紹介をし、話し合いが始まったのだ


会話の内容の流れに俺だけじゃなく、ジキットらも予想外と言わんばかりに困惑を浮かべるのだが、理由としては既にキュウネルは答えを出していたからだ


もともとキュウネルの王族はサカキ信仰協会と別の機関であり、そのようにしなければならないとエルヴィン教皇は怖い顔のまま話したのだ


『人間の戦争はいつも神の名を汚す欲望の塊だ。アクアリーヌの件は聞いているが信仰に権力が乗ればどうなるかノア殿もわからん事ではありませんな?』

『重々と私も感じておりますエルヴィン教皇殿』

『致し方ないが…こちらも遠い未来、他国に牙を向かれる事も視野に入れて協力するしかない。』

『確かにゼロとは言い切れない可能性は秘めております。戦争の裏には信仰協会がいつも手を引いているのならば分断するしかないので』

『であろうな…、しかし人の信仰協会とはわからん。のし上がる為に神の名を借りて信仰するのではない、神の声という単語を使う者などペテン師と同じだ。私らは神の残した言葉を使い、人に夢や希望を与え、そして王はそれらを向けるべき道を作るのだ。』


神の声など聞こえたならば奇跡だ、と彼は話す

戦争しろなどとは神は決して言わないからな

この男はわかっているからこそ、ノアは真剣に彼の声を聞いたのだ


『戦争を起こさぬよう神は言葉を話せる種族に宗教と政治という言葉をこの星に落としていった。神の残した言葉を汚せば未来はない…。』

『古代聖書の最終章の一文ですね。聡明なお方で感服しましたエルヴィン教皇殿』

『ほう!熟読者だったとは驚きだ。そして痛み入る言葉だが、これ以上は我が物顔では話せれぬ立場の為に大人しくするとしよう』


溜息を漏らすエルヴィン教皇

クルエラはクスリと笑うが、直ぐに真剣な顔をノアに向ける


『ドラッツェタウンには既にノア殿が求める答えがあった筈、見ましたね?』

『国交を開いてくれると?』


クルエラとエルヴィン教皇は小さく頷く

管理はサカキ信仰協会が足場となって商人会を動かすと最近決めていたらしく、それはあちらさんの事情があるようだ

まぁ人間とのハイブリットの子を産んだというのが深く関係しているとの事

子供は2歳、宿のロビーで家臣に見てもらっているようだ


『リグベルド小国にはこちらから使者を送っておきます。私は信仰協会の独立化に挙手する意向だという知らせを乗せて』

『ガイア信仰協会も独立化を検討しているのですか?』

『あそこは特殊じゃノア殿、王は酒豪の中の酒豪…それに付き合わされるガイア信仰協会は王族と距離を取りたいがためにらしい』


笑うクルエラに応接室に緊張という言葉は消えうせた

完全に粗相でもしない限り、大丈夫な雰囲気だ

どんな理由であれ、少なからず協力することは確かだとわかると俺もホッとしている

これならノアも話しやすいだろうと思っていると、彼女は貿易に関してどういった感じに持っていくかをエルヴィン教皇と話し合い始めた


簡潔に言うとあっちは縫製技術者の技術提供

それはファッション大国と言われるキュウネル国民が着る服をファーラット公国にて作れるという事だが、条件が無難な内容だったよ


『人間の使う材料では汗でくっついて真価を発揮できない。こちらから流そう』

『なるほど…そちらは技術は与えてこちらで材料は買う。流れとしては双方ともに無難です』


簡潔に言うと技術は提供するが、素材の生産方法までは与えないから買ってくれ、と

普通にお互い譲歩するには丁度良い提案だ


『ご理解有難い。これも双方ともに商人会としても人間の貴族としても良き流れの一部となろう?』


こちらからは食料類や薪で一先ず落ち着くが、のちのち内容は細かく決めていくようだ。

第一に流通経路を確保するために道を作る事から始まるからだが、そこはガーランドがファーラット公国側から費用と人員を出す事になっているため、問題なく話は終わる。


簡単な骨組みを作る話し合いはのちほどガーランドが来た時に肉がつく

一時は殺伐とした光景が訪れるのかと思っていたのは俺だけじゃない筈だ

どうやら最悪な展開になる事なく、ここでの護衛任務を終わらせられる


(どうやってお互いの納得する話し合いをしてここに来たのか…)


クルエラとエルヴィン教皇は敵対しているようにまったく思えない

以前、俺が訪れた時はお互い均衡が取れた関係であったのは今でも覚えているさ

伝統を重んじるサカキ信仰協会があるからこそ、このキュウネルは大きな戦争は起きた事は無い、いや起こしたことが無い…か


数百年前に南にあるリグベルド小国とは小競り合いをしていたがな


『何やら気になっているようじゃな?』


クルエラが話し合いから突然、こちらに顔を向けて言葉を投げる

流石に俺は驚くが羊の鉄仮面の下でそんな顔は見えない筈なのに、彼女には確実に筒抜け

勘が鋭い女なのは前々から十分に理解していたが、予想外過ぎる…


『羊の騎士…名はここまで流れておるグスタフ・ジャガーノート』

『そ…そうか』

『当ててやろうぞ?私とエルヴィン教皇が何故敵対していないのか不思議でならない』


(お前バケモンかよ!?)


ここまで凄いのは聞いてない知らない

ドッと吹き出す汗は体温を高め、それは熱を感知する能力を秘めるクルエラに気づかれるのだ

こういう読み合いで俺は決してこいつには勝てない、だから会わずにノアの頼みを遂行したかったんだけどなぁ


『クルエラ妖王殿の勘は外した事は無い。今後はファーラット公国とも国交を開く事になるならば話してもよろしいのでは?』


エルヴィン教皇はそう言いながらクルエラに顔を向けると、彼女は微笑みながら頷く

そしてエルヴィン教皇は簡潔に話したのだ。お互い譲歩するしか道はなかった…と


『今まで守ってきた伝統の中に秩序や文明がある、それが通じぬ時が来て我らサカキ信仰協会は内心焦っていたのは事実。女性の王となると強い種が必要だったが頼みの綱であったティアマトでも決してクルエラ妖王殿に手も足も出なかった』

『す…凄いですね』

『人間の子、相談無くして産むことにその時は激昂したが…王も断腸の思いであるならば話し合う他ないと思い、王都エクリプスにて幹部を交えて会議をしたのだ』


伝統が通じない、それにサカキ信仰協会は動揺と不安を持っていた

人間の世界ならば最悪の場合、異端者という名目がちらつくケースは珍しくはない

しかしこの国では差別という言葉はない


『次の王はオリヴァーだが、彼の女性を探すとなると強さよりも気品や聡明さで良い。しかも狐人族の遺伝子の方が強い分、徐々に人間の血は薄れてキュウネルの顔は戻っていくであろう』


クルエラは初の女性の王

だから彼女より強い遺伝子でなければ子が生まれない

今までにはない事が起きたからこそ国は焦っていたんだと


『こちらは認める代わりにファーラット公国との国交の管理をサカキ信仰協会が請け負う事になりました。』


どの時代でも当たり前に起きる事が起きたから国内は動揺したというべきか

今まで守ってきた伝統のままでは突破できぬ問題を前に目をつむるしかないという答えをサカキ信仰協会は出したって事だが、正しい決断だ


『木の神ならば許してくれるであろう。神が産みし我らは息子同然』

『見方を変えれば、反抗期な時代なだけ…か』

『面白い言い回しをする傭兵だな。確かにそうだ』

『人間の信仰協会よりわかる組織のようだな』

『人間は肥やす事を考えすぎだ。神とは何故我ら生き物を星に産んだのか?古代聖書の一文を何故理解しないのか?それらに秩序や法そして愛など光を帯びた言葉を口に出すだけでは意味は無い。尚更ノア殿の独立化を進行させせねばいずれ履き違えて国を衰退させかねんぞ?』


立ち上がりながら彼は話しを続けようとするがクルエラは止めた

熱が入ると止まらない男だ

話させると半日はこの調子という感じらしいから止めて正解だ


『エルヴィン教皇殿に一度ファーラット公国で演説してほしいくらいです。お話がとても意識が捕らわれる言葉で無意識に納得できる点に深く感銘を受けております』


ノアは彼をそう調子づかせるが、その考えは良いかもしれない

『時期がくれば』と思わせぶりな事を口にするエルヴィン教皇は微笑むと同時にクルエラが背後にいる騎士らに目を向ける

どうやら何かを指示したらしいけど、答えは彼女が口にしたよ


『こちらで食事を共にしたい。よろしいかノア殿』

『断る理由はありません、是非ともお願いします。』


クルエラもノアのプレゼンに予想通りの価値があると見たようだ

こじれる事もなく、ジキットも安心した様子を見せているのが珍しい

今後は両国共に特別不味い事など起きないとは思うが、それはこちらの事情次第かもしれないな


『部下に聞いた柚子蕎麦なる物を私達も食べてみたいのじゃ。良いかノア殿』

『では夜食の時に出せるようにご用意いたします』

『感謝する。私もエルヴィン教皇も何かと気になっているのでな…。』


(柚子蕎麦そんなに気になるのか?)


わからん種族だな…とは俺も言える立場じゃないな

食い専傭兵かぁ、聞こえが良いと思うのは俺だけだろう


『あのギュスターヴと双璧と言われしグスタフ・ジャガーノートか』


おもむろに言われ、俺はクルエラに目を向ける

何かを企んでいるのはわかるが、彼女の様に俺は勘が鋭くはない

だからこそ内心ビクビクしているのも気づかれている筈だ


『何を動揺している?』

『美しくからだろうな』

『違う。美への脈動は静かに大きいが貴殿の脈動は緊張や動揺そして焦りから現れる強い脈動だ。』

『…』


言葉が出ない事にノアはちょっと驚いている

いつもは見れない光景が彼女の目の前にあるからだ

どうしていいか俺はわからん、だから話を変えたいと思ったがジキットは不気味な笑みを浮かべとんでもない事を口にする


『どっち強ぇんだろうな…』


小声だ、超小声

呟きは無礼とは疎遠の小技だが、この男はクルエラならば聞こえるだろうと思って企てたのだ

もう彼の顔は猫を被ったかのような無表情、だが心は笑っているくらい俺でもわかる


(こいつ…くっそ)


『そこの聖騎士、私も興味ありますが…今は機会が無い故に保留じゃな』


笑顔を浮かべるクルエラに耐えるジキット、顔に力が入っている…拳にも

鼻を伸ばしてほしかったが彼は耐えてしまう


(美への耐久は高いなこいつ)


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