第91話 意外

ドラッツェタウンを出てからは1週間、特に問題もなく王都エクリプスに向けて俺達はノアを護衛し、馬車と共に突き進んでいる

次の街へ行けば王都エクリプスは目の前、誰もが自然の中で生活しているキュウネル国民や文化を堪能しながら農園街マリエントまで目指す


大森林の外側は太陽の光すら差し込まない生い茂る風景だったが、内部に入れば比較的頭上には日差しが元気に顔を出している

だがしかし、左右の森を見てみるとかなり密林だなと思うような景色だ


『蕎麦は良かったなぁ』

『癖になる味でしたね』


キュウネル国防騎士が前を歩きながらそんな事を会話している

どうやら気に入ってくれたようであり、こちらの武器も増えて何よりさ

先頭のエンリケは足を止めると手を横の伸ばし、全員を静止させる

口元に人差し指を当てて振り向く様子に誰もが魔物の襲来を予想するが、その通りだ


『ここまで出会わずに来れたのになぁ』

『でもこの人数なら魔物もきっと逃げるよ』


ジキットとハイドがそんな会話を交わす

だがエンリケは彼らの会話に割って入るのだ

決して逃げない、堂々たる存在だから刺激せずに見届けると言ったのだ

途端に右の密林から聞こえる大きな足音、それは地面を僅かに揺らして重量感を際立たせている


(この感じ…あぁあれか!久しぶりに出会うな…)


誰もが息を殺した状態で身を屈めていると全員の耳に魔物の鳴き声が届く


『ボォォォォォォォ』


スローテンポな鳴き声は皆の体を振動させるほど

数人は肩を強張らせて委縮しているが、その肉体的行動は正しい

枝木を踏みしめる音と振動は徐々に近づいてくると、俺達の目の前に現れる


『なっ…』

『あり得ない…』


聖騎士らが小さく囁いている

見た目は動物で誰もが知っているヘラジカという草食動物に見た目は似ている

体毛は全身が長く白い、地面に触れるスレスレなほどだ

角は手を広げているかのような巨大な角が頭部から前に伸びており、背中から伸びる体毛だけが僅かに黄色い光を放ち、そして風でなびいてるかのようにヒラヒラと揺れている


『森の妖精と言われるコスモ・ライアーです』


重さはザッと見で1トン半はある、高さである体高は3mはあり、体長は角を入れると6mくらいの個体が俺達の前を優雅に通過しようと現れたのだ

歩く姿は強者の如く、優雅で綺麗な毛並みを持つ妖精種の魔物であり、ランクはBと案外高い


『敵意は…ない』


オズワルドが緊張した面持ちで口を開くと、キュウネル国防騎士は『皆で膝をついて敵意が無い事を示せば無視してくれます』というので誰もが次の瞬間に膝をついたのだ

俺も同じ態勢を取るが、神々しい見た目のコスモ・ライアーは突然目の前で足を止め、俺達に振り向いた

誰もが緊張する瞬間に数名の生唾を飲み込む音が耳に届く


だがしかし、恐怖を誰も感じていないのは事実だ

敵意が無い以上、そういった感情は生まれないからな


『綺麗な魔物ですね』


ノアは馬車の窓から顔を出し、半ば興奮気味

そこでキュウネル国防騎士は膝をついたまま話したのだ


『大人しい性格の魔物であり、国内では傷つける事は固く禁じられております。』

『ボォォォォ』

『あと懐っこいので満足するまで我慢しましょう』


シカとは認め難い巨体がこちらに体を向けると、俺達の間を器用に歩いて馬車まで行ってしまう。

目的はノアらしく、彼女は驚くがコスモ・ライアーはそんな様子を見ながら匂いを嗅ぐ

聖騎士はいつでも動けるように僅かに剣に手を伸ばそうとするが、俺は『やめろ』と呟いて準備すら止める


こいつは暴れたら面倒だ

将軍猪の突進をあのどでかい角でぶっ飛ばすからだ

将軍猪よりもコスモ・ライアーの方が体重は重く、それは生物として大きな個体差へと繋がる

将軍猪は死ぬまで突っ込むって点が面倒だし、冷静に戦えば今のインクリット達でもきっと倒せる…しかしこいつは無理だな


『ボォォ』

『なめてきたんだけど…』

『ノア様は幸運ですね。コスモ・ライアーになめられると御利益があると伝えられてます。』

『そうなんですね…強い魔物なのに優しさを感じる目をしてます』


ノアはコスモ・ライアーの目を見る

様々な色が交じる瞳は確かに綺麗だ、この魔物特有の瞳だ

鼻先を撫でるノア、どうやらそれで機嫌を良くしたヘラジカは満足すると彼女に背を向け、左側の密林に歩いていってしまったのだ


そして皆がドッと疲れを感じ、大きな溜息を漏らす


『私…死ぬかと…』

『圧巻でしたが素晴らしい見た目の魔物でした…』

『かっけぇなあれ』


ミルドレット、ラビスタ、ジキットが口を開く

害のない魔物を狩るのはどの種族でもご法度だ

魔物全てが牙を向くわけではない事を体験する良い機会でもあったな


『ミルドレット、どうした?』

『グ…グスタフさん、ビックリして立てません』

『ラビスタ、立たせてもらえるか?』

『ですよね。さぁミルドレット殿立ってください』

『ノア様良いなぁ、怖かったけど触りたかったなぁ…』


『キュウネルでは神の使者とも言われてますので、我ら種族は足を止めて膝をつき、両手を握って祈りを捧げるほどです』


キュウネル国防騎士はそう説明した

人間の国で言うと、ケサランパサランと同じ立ち位置だな

モコモコな毛並みの鳥だが超強い、しかし害のない魔物の為に空を飛ぶ姿を見たら祈る的なのは少なからずある

しかし幻の鳥だから見れる人間なんてほぼいない

あれAランクの鳥種だから殆ど空にいるし寝ながら飛ぶ


こうして次の街マリエントに到着

やはり初めて人間を見る狐人族が多い為、入った瞬間に皆が足を止めている

ハイドは可愛い女性に鼻を伸ばしながらも会釈しながら歩いていると『身が入っていない』とオズワルドに言われてゲンコツされるが、オズワルドも先ほど鼻を伸ばしてたな?見ていたぞ?


通りは広い、理由は商人の馬車が多く通るからだ

建物と建物の間から木々が顔を出し、本当に自然の中の街

遥か遠くに見える巨大過ぎる木は王都エクリプスの居城の後ろに位置する精霊樹

その大きさにミルドレットは顔を上げて驚く


『あれが木?倒れたら街一つ消えますね…』

『めっちゃデカイだろう?傷つけたら重い罪に問われる』

『ひっ…』


彼女と会話しているとキュウネル国防騎士は『ご名答です。絶対に傷つけてはいけません』と答えを口にした


ここまで歩いてきて皆が人間と生き方が違うと実感した筈だ

自然と共存を選んだ種族として名が上がる狐人族、彼らは森と魔物に守られた種族なのだ。


ノアは馬車の窓から精霊樹を眺め、子供の様にはしゃぐ

王族なのにとオズワルドは頭を抱える思いが俺の横で起きているのが面白い

んで俺達は要人用の高級な宿に辿り着く

大きめの木の上に建てられた宿であり、軽い螺旋状の階段を登れば目の前に赤くドアが現れる

木の根部分にも建物があるが、馬車倉庫や馬小屋として使われる倉庫らしい

そこにミルドレット騎馬小隊の馬を入れ、キュウネル国防騎士らが管理してくれるって事でミルドレットは一安心だ


ロビーは床一面に赤と黒のチェック柄の絨毯、しかも歩くとモフモフ感が凄い

聖騎士達は気にしてないが、ミルドレットは田舎者のように絨毯の柔らかさに驚きながらその場で足踏みだ


『ミルドレット殿…勘弁してください』

『ラビスタ、凄いよこれ!モコモコ!』

『わかりましたから…わかりましたので』


(わからんこともないな…)


2階は吹き抜け、手すりも木材を白く塗装している感じだが縁が金色で高級感が凄い

天井のシャンデリアは光量を放つ魔石が設置されていて非常に明るい空間となっている

フロントは広く、作業員は肩から金色のラインの入った服を着て俺達を笑顔でお出迎えしてくれたよ


『ノア様、まだ昼過ぎですが今日はこれ以上進めない為、明日に出立で夜食後に予定を合わせましょう』


エンリケはそう告げるが、3時間もあれば王都エクリプスに辿り着く距離であることは妖精樹を見れば誰もが分かる事、ノアはそれに関して何故なのか聞いたのだ

まぁ答えは単純だ、危険すぎるからである


『この季節は光が消えるのが早く、そして危険な魔物が王都周辺を囲む森にうろついております故、ここは慎重にならざるを得ないのです』

『では慎重に行きましょう。』

『ありがとうございます。それではフロントにて皆様のお部屋の鍵を受け取ってください。1時間の休憩の後はちょっと遅い昼食をフロント横にある食堂にてご用意いたします。その後は明日の王都に関して話し合いをしたいので食事の時に時間を合わせましょう』

『何から何まで感謝しますエンリケ殿』

『滅相もございません。良き話し合いが出来るようにこちらも期待しておりますので』



んで10分後、俺の部屋は2階の一番奥

多い数で押し寄せた為、聖騎士はシングルとツインに複数人突っ込まれる形となる

当然ミルドレット騎馬小隊の者もだが、俺だけ一部屋を贅沢に使えるのは助かった


(ふう…)


いやぁ…無駄に広いな

緑色の絨毯、フカフカしてるからきっと高い

10人くらい雑魚寝しても余裕なスペースだが絶対普通に泊れば高いだろうなぁ


窓から見下ろす街並みは凄い

高い位置に宿があるから街がある程度見える


(それにしても…)


変わらない街並みだ

この調子だと王都も以前と同じかもな


『よぉ』


ノック無しのジキットの登場

仮面つけてて良かったが、俺は装備を外していて普段着だから彼は微妙な顔つきだ

似合わないとは開口一番に言われたが、気にしないよ


『ここにキュウネル随一の傭兵がいるってよ、なぁ興味ないのか?』


彼はニヤニヤしながらソファーに座り、寛ぐと俺にそう言ったんだ

興味無いといえば嘘だが、ジキットがいうその者に心当たりがある気がした


(ここを訪れた時に1ヶ月くらい指南した傭兵がいたが…)


まさか…と思いながら興味が湧くんだけど時間はない

その者は当然、狐人族の傭兵で十字の刃の槍を武器に最初は冒険者活動をしていたが朝が弱いから依頼書の争奪戦が起きる朝に参加できずに微々たる報酬の依頼しかいつも受けれないって聞いたな

だから傭兵を副業にしていたが、そっちが開花したのさ


(元気かなぁ)


俺だとバレたらクルエラの次にヤバイ男だ

そのうちプライベートで顔を見せたいもんさ


『ティアマトだな』

『お…?名前は知らないがお前が言うならそうなんだろな』

『お前より人相悪い顔だぞ』

『斬られてぇのかお前?』


遊びを挟みつつ、俺は彼に真剣な話を持ちかけた

今のジキットならば雷属性中位魔法は十分覚えれる

帰ったら一回試すわ、と言うと何故かソファーで寝始めたのさ


『じゃあ時間まで寝るわ』

『え?』

『こっち足も伸ばせないんだぜ?ソファーもらい』

『わ…わかった』


ソファーを奪われたな…

結構フカフカでお気に入りだったのにぃ


(仕方がない)


差し出そうと決め、俺はベットに横になる

しかし予定通りに物事は進まない時があるのだが、それが俺に直撃したのだ

すでにジキットは夢の中、早いなと思いつつも気遣いある小さなノックに俺はドアに近付くと、そこにいたのはキュウネル国防騎士のエンリケだった


『ノア様がお呼びです』


ジキットを起こさぬよう、二人で向かったのはロビーだ

警備兵や国防騎士らがたむろする中、ノアは真剣な面持ちで側近の聖騎士と共に国防騎士の者と話しているようだ


『グスタフ』


彼女は俺に気づくと名を口にする

雲行きがちょっと怪し過ぎる様子だが、国防騎士ら全員が深刻そうにしている事に俺は首を傾げる


『鎧を脱ぐと少し…あれですね』

『傷つくから本題に入ってくれ…』

『クルエラ妖王がこの街に来ました』

『はっ?』


変な声が出た

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