第89話 疑心

キュウネル大森林内での獅子猿戦

俺はノアと話しながら彼らの戦いを見ていた

聖騎士らは大斧を持つ獅子猿に距離を取って隙を伺う感じだ

あの武器はリーチが長いから死角を狙うのが無難


ミルドレット隊らは剣士を前に盾と剣を持つ獅子猿相手に囲み、ミルドレットが攻撃の機会を伺う

この人数では流石の獅子猿も囲まれると直ぐに跳躍し、態勢を立て直す

猿は賢いから簡単に囲めるはずはないが、何とかなるだろう


『選ばれし者に関して知らない事があります』


ノアはそう告げると、戦う者から目を離さずに話し始める


『全ての者はどのようにしてこの世界で生きているのでしょうか』

『大半は死ぬ』


彼女はピクリと反応を見せる

全員が生き残れる筈がないのだ

選ばれし者は別世界の思想であるため、恐怖に弱い

贅沢なギフトを持ってこの世界に来たとしても森で死ぬ者は多い

ゲームと違う、と聞いたことがあるが真剣勝負で負ければ死ぬからこそ彼らは強力なギフトを持っていても恐怖で体が動けず、この世を去る運命を背負う者が殆どなのだ


与えられるギフトは戦闘用とは限らない

日常特化で医療スキルや創造スキル、そして調合スキルの最高峰のスキルを持ってこの世界に来る者もゴロゴロいる

密かに生きている者もきっと多いだろうな


『ジャンヌは森で保護しました。当時は痩せ細っていて危険な状態でした』


空腹により、餓死寸前

精神状態も危険な状態であり、治療に数か月を要したらしい

それは幸運を彼女が掴んだ結果であり、そこからはジャンヌ次第だ

どういう生き方をするかは自分次第、要観察だと告げると戦いに変化が訪れた


『ほいっ!』


ハイドが大斧を持つ獅子猿の足元を滑るようにして通過し、アキレス腱を斬る

膝をついて鳴く獅子猿は飛び込む聖騎士の剣を大斧を盾にガードするのだが、懐にはもうオズワルドが凍てついた表情で迫っていた


『ホワッ!?』

『遠征の邪魔だ!』


鋭い剣撃が獅子猿の両腕を斬り飛ばす

血が舞い、大斧が地面に落ちる

その瞬間を狙って周りで控えていた聖騎士は剣を前に突き出し、獅子猿にトドメを刺す


(終わりだな)


聖騎士5人の剣は獅子猿の胴体を貫き、動きが止まる

痙攣している所を見るともうあれは戦えない


『終わりです!』


ミルドレットの方も終わったらしい

彼女は獅子猿の回避に合わせて同時に動き、槍で連続で急所を貫いた

あんな芸当が出来るのは驚きだ。


『ミルドレットはまだまだ強くなるぞ』

『貴方が言うなら、確実でしょうね』

『場数を提供してやれ、良い魔力袋を持っている』

『色は?』

『凍てつく氷、兄弟揃って同じとは面白い』

『兄妹ですよ?』

『何…ケイマイ…だと?初めて聞いたが男女でも兄弟と使わないのか…』

『はい、ガンテイさんは兄でミルドレットさんは妹なので兄妹ですね』


笑顔で指摘してきたけど、初めて知った


『終わりましたよノア様』


ジキットは今回は温存って事か

死傷者の確認後、皆は歩きながら息を整えた

怪我人は3名ほどいたが軽傷で済んだようで街まで戦闘には参加しない

まだ多くの聖騎士やミルドレット小隊がいる

問題は無いが、早めにここを抜けたほうがいい


『ギャァァァァァァァァァァ!』


森に響く咆哮に誰もが驚く

聞き慣れた鳴き声に俺は『Bランクの翼竜ワイバーンだ。相手にしている暇はない』と告げて皆を急がせる

ジキットは交戦したがっていたが、ここは我慢だ

地形が悪過ぎるからなぁ…


『凄い鳴き声でしたよグスタフさん…』

『ミルドレット、堂々としていろ』

『わかりました…』


戦場では見せない怖がりは魔物慣れしれないからか


こうして道を歩いて見えてきたのは石の防壁で囲まれた狐人族の拠点

防衛拠点とは他の拠点よりも防壁は頑丈で出来ているのが普通だ

そして人間の作る防壁より高い


『うへぇ…高いぜ』


ジキットは防壁を見上げた

高さ20メートルといった所か

防壁の上には気配がいくつもあるが、姿は見えない

だがしかし、目の前に見える鉄格子の門に辿り着くと上から声が聞こえたのだ


『我はキュウネル国防協会将校クインシー・アル・ブレビュートである。貴殿らは何者か名乗られよ』

『私はファーラット公国のノア・アデルハイド・イン・ファーラット王女、クルエラ妖王との国交の為に参りました。』


鉄格子の前で凛々しく振る舞い、声高らかに彼女は告げた

緊張が走る瞬間だ、静かな時間はこちらにとってそういう感覚を大きくさせる

すると防壁の上からキュウネルの狐人族らが顔を見せたのだ

目の下に紫色のラインが伸びているのはキュウネル国防協会の者だという印だ

入れ墨じゃない、キュウネル産の魔力液を塗っているだけだし


防壁の上の者らに誰もが驚くが、狐人族を見るのが初めてな者が多いのさ

その中でも魔力が高い者がそこからノアの前に降りてきたのだ。

スキルの着地補助であの高い所から難なく着地し、ノアの前で会釈をすると警戒したような面持ちを見せる


『クルエラ様が書かれた通行証を見せてもらいたい』

『こちらです』


懐からノアが取り出す手紙をクインシーは受け取ると中身を確認する

変わらず防壁の上の狐人族達は凄い警戒してるのだが、良い服装だな

青いローブに見えるが比較的動きやすいように短めに作られている

体にフィットするようにそれぞれに作られた服はキュウネルの民の技術だ

裁縫技術はどの種族よりも群を抜いているのさ


ソワソワするハイドだが、彼の不安は杞憂に終わる

クインシーは先ほどとは打って変わって笑顔になったのだ


『手間をかけさせました。ご無礼をお許しくださいノア殿』

『大変だと聞いているので仕方ないです』

『使者から聞いていると思われますが、国内が今ピリピリしているものでして』


そう話しながらも鉄格子を見るクインシー

彼の指示で視線の先の強固な鉄格子は上に開いていくと、彼は俺達を招いた


『さぁお入りください。』


防衛拠点内はドーム状のテントが幾つも設置している

移動させやすい作りのテントだが、こう見えて布は予想の倍は頑丈だ。

魔法耐性が高い素材で作られているから当たり前さ


中では上官の指揮のもと、剣術に励む国防協会騎士や案山子のような的に魔法を唱えて命中率を上げる為に励む魔法騎士、そして焚火で美味しい炊き出しを作っている炊飯係など人間と変わらぬ様子が伺える


俺達はクインシーの後ろをついていきながら、彼の話を聞く


『今日はここで少し休憩したのち、近くのドラッツェタウンまで我が側近のエンリケがお供します。明日には彼と共に王都エクリプスまで招待しましょう』

『お手数おかけしますクインシー殿』

『気にしなさるなノア殿、ただタイミング悪く物騒な時期でして…それはのちほど馬車でエンリケに説明させます故、今は休まれてくだされ』

『わかりました』

『護衛の騎士の方も驚かせて申し訳なかった。』

『訳ありなんなら仕方ねぇさ、なぁオズワルド』

『おっ?あぁそうだな』


ジキットに話しを振られると思わなかったのかオズワルドは驚く

まぁ彼は女の狐人族を見て鼻の下を伸ばしていたからさ

オズワルドだけじゃない、他の聖騎士…いやミルドレット小隊の騎士らも…

男は殆ど鼻の下を伸ばしてたのである!可愛いから仕方がない

人間と変わらない容姿、違うのはフサフサした耳が頭部にあり、モフモフな尻尾があるって感じだろうな


『こちらです。』


キュウネル国防将校クインシーが案内したのは休憩所として使うテント

王族用の特別なテントも容易しているらしいがノアは皆と一緒で大丈夫と告げると彼は微笑む


『では昼食をこちらでご用意しますが。クルエラ様から指定された材料にて人間族の者の口に合う料理となってます』


キュウネルの狐人族はサラダ好き

しかし肉類も食べないと力にならないので食べている

人間よりはあまり食べないのは昔から変わらないらしいな


中は広々とした空間であり、フカフカなソファーや装飾された椅子

簡易ベットなどが視界に広がる

ミルドレット小隊の馬はテントの外にて狐人族が世話をしている為、彼らは休めると知るとその場に腰を下ろす

相当疲れていたのだろう…。大の字になる者もいる


『一先ずは安心ですね』


ミルドレットはそう告げる

森の中は神経が擦り切れる思いだったのは誰もが…だな


『見た!?女の人凄い可愛い…』


ハイドはやや興奮気味

そんな話で疲れが吹き飛んだのか、少数の聖騎士も混ざり始める光景を俺とジキットは眺める


『俺は伸ばしてなかったぞ?どうだ』

『…負けたよ』

『うっし!』

『楽しい賭けでもしていたのかしら2人共』


ノアも疲れている筈だが、笑顔が絶えない

しかし欠伸をすると近くのベットに走ってタイブし、横になる

プライベートとは何だろうと思いつつも彼女を見るが、オズワルドは『今は休ませましょう』と俺に話す


(色々考えていただろうしな)


『ラビスタも鼻を伸ばしていたな?』

『独り身には耐えられない光景でしたので』

『まだ妻子持ちではなかったのか』

『そのうち持ちます』


強く言い張るミルドレット小隊副官ラビスタ

腕を組んで胸を張る姿は堂々であるが、今年30となるとそろそろ考えないといけないのでは?と心の中で思いながら言うのを止める俺


暴動に関して腰を下ろして考えてみたが…

王都エクリプスで教兵が居城に火炎瓶を投げたとかそういう感じだ

ノアの話ではその者らは直ぐに国防協会の者に捕らえられたまではいい

クリエラは捕えた者を全員斬首に処したというのだ


(思い切ったな…しかし)


詳しい内容はわからないが、きっとそうしなければならなかったのだ


『この国の王は女性だろ?お前は見たことあんのか?』

『ジキット、流石のお前でも目を奪われるぞ?ハイペリオン大陸3本の指に入る絶世の美女だ』


この話に聖騎士達の耳が動いた

盗み聞きは勝手にしていいんだけどさ、面食いかお前ら?


こうして昼食の時間となり、狐人族らがテント内に長テーブルを運んでくると同時に美味しそうな匂いと共に彼らの手にある料理に俺は笑みを浮かべた

無難な料理、それはカレーという普通の王様というに相応しい


ジャガイモ、ニンジン、玉ねぎ、牛肉がルーに包まれている

米は炊き立てでまるで輝いているかのように、皆の目を奪う

しかも人間の日常にはない素晴らしい


『この赤いのはなんだ?』


オズワルドが口を開く

誰もがこの赤い未知な食材に首を傾げているのさ

ノアはもう駄目だ、ヨダレが口から垂れてるから時間の問題だな


『福神漬けだ。キュウネルの狐人族が作る漬物の一種だ』


俺は彼らに説明したのだ

各種野菜類を調味した醤油液に漬けたものさ

ダイコン、ナス、ナタマメ、レンコン、キュウリ、シソの実が主な材料

下漬けしたこれらを塩抜きして細かく刻み、醤油と砂糖やみりんで作った調味液で漬けた物がこうしてカレーの上に多めに乗っているのだ


『我が国が誇る漬物でございます。人間の方の口にも合うとクリエラ様がおっしゃっておりましたので』


料理を運んできた狐人族が口元に笑みを浮かべ、そう話した


『ごゆるりとご堪能ください。』


炊き出しの者が自慢げにしているが、それくらいこれは美味いのだ

カレーといったら福神漬け!こやつらもこれからわかる


『では皆さんいただきましょう』

 

ノアの声を合図に一斉に食べ始める

約束された未来はいとも容易く全員の口から跳ぶ

美味いという単語が空間を覆いつくし、誰もが無我夢中で食べているのだ

この味を知っている俺は羊の鉄仮面の下で不気味な笑みを浮かべる


(美味いに決まってる)


福神漬けと共に口に運ぶカレーは炊き立ての米と共に口内で輝きを増す

誰が予想したか、漬物がカレーに合うなんて予想外なのさ

おまけにサイドメニューでカレーの横に配置されたサラダも中々だぞ


『生ハム!生ハム!』


ミルドレットはサラダが気に入ったようだ

生ハムのシーザーサラダという、これもキュウネル産の料理だ

ベビーリーフ、黄パプリカ、ホワイトマッシュルーム、生ハム

それらの上にオリーブオイルに粉チーズを加えたサラダは森の味

ほのかな大自然の香りを感じつつ味わうサラダを食すだけで俺達は上品な気分になる


『お…おかわりありますか?』


ミルドレット墜ちた


こうして腹ごしらえを済ませた後は誰もが余韻に浸る

満足な様子に炊き出しの狐人族も腕を組んで再び自慢げさ


『俺達の知ってるサラダと違うぞ?』

『重たい味じゃないよななんか』

『貴族とか食べてそうな気品さがあるな』


そういった聖騎士の会話が耳に入る


キュウネルの食文化はサラダがメインだが、自然を描いたような料理が多い

ハーブ類に生ハムという発想は流石と言わざるを得ない

久しぶりに食べれた俺も満足過ぎてもう動きたくない気分だ

このまま寝れたら幸せだろうな…


そこで現れたのはクインシーが話していたドラッツェタウンまでの案内人エンリケ

少し釣り目の狐人族の男だが、彼はクインシーの副官との事

テント内の奥に配置された丸テーブルを挟んでノアと彼が椅子に座り、今後の予定に関して話し合う


『ドラッツェタウンにて30名の国防騎士が控えておりますので。明日には共に王都まで長旅になりますが、サカキ信仰協会の事は使者から聞いておられるかと思いますが悪い組織ではなく、今回は管轄外での騒動なのでエルヴィン教皇も頭を抱える思いでして』


『話せる範囲で聞いてもよろしいですか?』

『クルエラ様からは要望があった場合は話す様、言われております』


まぁシンプルな騒動である内容をエンリケは肩を落としながら話したのだ

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