第88話 自然
出発日の翌朝
既に朝食を済ませて待機する聖騎士らに俺は混ざっていた
予定時刻を数分過ぎていたが、その原因が宿舎施設から飛び出してくる
『あぁぁぁぁぁぁ申し訳ございまぁぁぁ!』
寝癖が凄いミルドレットだ
朝食後、二度寝をかましてこのザマ
彼女の副官ラビスタは溜め息を漏らし、肩を落とす
『寝落ちのミルドレットとは噂に違わぬって感じですね』
ノアは笑いながら言ってるから大丈夫そうだが、ミルドレットは連続で謝罪しながら土下座してる光景がやけに似合う
(あとでディバスターには怒られるだろうな)
こうして副官エイミーに見送られながら俺達は馬車と共に進みだした。
今日は快晴で無風、太陽がギンギンであまり寒くは無い
この時期に楽なのは虫種の魔物がいない
あれらは気配が小さく、待ち構える奇襲ばかりだから獣より面倒臭いとは冒険者も良く口にする
『寝すぎて眠たいですねぇ』
ハイドが欠伸してからそう告げる
確かに俺も今日の為に早寝したぞ
『疲れは残したく無いだろ?』
『…グスタフさんって疲れとかの懸念あります?』
『ある。』
『またまたぁ!』
はっちゃけるハイドの後頭部にオズワルドの手刀が炸裂すると、『へぶっ!?』と面白い声がハイドの口から漏れた
『馬鹿な話をしてる暇あれば警戒しろ』
『いったた…了解です』
まぁ一番若い聖騎士だ。
実力は普通にある事は確かだ
ノアは時折、馬車の窓から顔を出して景色を眺める
凄い暇そうにしてるのはわかるが馬車の中で大人しくしてもらいたいもんだなぁ
『ジキット、その武器はもしや』
窓から顔を出していたノアが前を歩くジキットが肩に担ぐ剣に気づいたようだ
魔法剣アルカトラズっす、と彼が言うとノアは驚愕を浮かべたまま俺を見てくるが、俺は前を見てるから彼女の視線を感じただけさ
『きっと国宝級よねぇ』
『以前の剣より軽くて握りやすいですね。』
『ならいいじゃない。グスタフ、私には?』
『イザベラを納得させれたら面白い品をやる』
『確定だし今貰う』
我が儘っぷりをここで出すなよ…
俺は断ると、彼女は頬を膨らませたまま馬車に引っ込んだ。
『ケチタフ!ケチタフ!』
『くっふっふっふ…』
何故かジキットが笑いを堪えている
ふと気配だが…後方だ
ミルドレット騎馬小隊が最後尾だが、一人の聖騎士に言伝くらい頼んどくか
『後方に気配が5つ、個体的に足並み揃えてる点を踏まえて犬種か狼種、ミルドレットに伝えろ』
『わかりました』
走るのが速い聖騎士だった
まぁこいつは剣しゃなく、双剣持ちだったしな
聖騎士の武器は剣が殆どだが、それ以外に秀でた者は剣以外を許可されている
双剣の他にいるのは槍が複数、あとゴツい奴がハンマー持ってるのが珍しい
『後ろに気配か?』
オズワルドが横に来ると、辺りを目で警戒しながら話しかけてくる
聖騎士のリーダーであり、顎ヒゲが特徴的な彼から話しかけてくるのは少し意外だな
『5つの気配が足並み揃えて最後尾と距離を取ってついてきている。犬種か狼種、しかし季節を考えると狼種か』
『ならここらは牙狼と思われる。だいたいお前が口にした数でこの森では活動している筈だ。エイミー殿の魔物の調査記録を昨夜見たのでな』
牙狼は犬歯が他の狼種より発達した魔物
剥き出しの牙は非常に鋭く、狙った獲物の骨さえも噛み砕く咬合力を持つ
最大全長1メートル半、頭部から尾にかけて黒いが顔から腹部は白
冬になればオスは獅子のようなタテガミを僅かに生やすランクDの魔物さ
『牙狼!』
後ろから男の声だ
途端に馬車三台の進むスピードは遅くなる
ミルドレットらが警戒していると思うが、正面からも同じ魔力の気配を3つ感じる
『80メートル先、左右に牙狼らしき気配が3つ』
『前もかよ…ったく』
ジキットは剣を下ろして先頭に躍り出る
どうやら集団の一組らしいが、この数で襲いかかる魔物じゃない筈だ
最後尾は交戦はまだしてない
どうやら一定の距離を保ったまま歩いてついてきているだけのようだ。
『襲ってきた個体だけ斬れ!今は無闇に刺激するな』
ミルドレットの声だが対応は正解
こちらも近くの茂みから様子を見ながらついてきているのを確認したが、向かってはいけない
『グスタフ、数は?』
オズワルドは辺りを警戒しながら口を開いた
数は先程よりも多く、9頭と大家族だな
それを告げ、彼は仲間に指示をする
『皆も迂闊に意識するな。賢い狼だ、無駄だとわかれば去る』
そこらの本能的に動く魔物とは違い、知性的な魔物だ。
この数ならば…ほら徐々に離れていく
『大丈夫だ。全て下がった』
ホッと一安心、体力は温存したいからな
左右に沼地が見える道ではリザードマンが縄張りにしており、こちらに気付いても数を見て下手に襲ってはこない
考える頭があれば平和的に素通り出来るが、本能的に動く魔物は別だ
『ブギィィィ!』
低ランクの赤猪、しかもモコモコしてて冬仕様
誰もが茂みから果敢に現れた魔物に少し戸惑う
この人数に1頭…正気か?と
『ぬんっ!』
困惑を見せなかったオズワルドは前に出ると避けながら赤猪の胴体を見事に斬り裂いた
『ブギャッ』
小さな断末魔を上げた赤猪は地面を転がり、息絶える
魔石は他の聖騎士が回収し、後方の馬車の荷台に保管だ
『手頃な運動くらいはしたいがな』
オズワルドも物足りないらしい
こうして馬車が立ち入れない場所に辿り着いたのだ。
鉄の杭が左右な伸びるように刺さっており、その先からはファーラット公国の法が通じない
『来ましたね』
ノアはそう告げ、馬車を降りた
キュウネル領土であり、ここからは馬車が通る余裕は無い 生い茂る森の中を進むしかないからだ。
(以前よりも深いな)
『ここから雰囲気変わり過ぎじゃないですか?』
ハイドは何故か俺の後ろに隠れ、キュウネル領土に目を向けて口を開いた
ここまでは普通の森だったが、キュウネル大森林は木々が生い茂り、太陽の光さえも遮るほどに密林と化しているのだ。
薄暗い森の中は不気味で何かの鳴き声が響いてくるのがちょっと怖い
『ここからは歩きね!』
ノアは馬車で着替えていたのか、冒険者風の装備をしていることに俺は目が点になった
確かに歩きやすく、そして草木に肌を痛める事はない
彼女の後ろを歩く聖騎士二名の持つバッグの中に彼女の荷物があるのか、なるほど
『荷物を整理し、グスタフ殿に渡せ』
オズワルドが指示をするが、当初の予定通りだ
俺の収納スキルに彼らの荷物が入るからだ
ノアの荷物もスキルでしまうと、ハイドは驚きながら口を開く
『便利ですねグスタフさん』
『俺が?スキルが?』
『どちらもです!』
ハイドがオズワルドに叩かれてから俺達はようやくキュウネル大森林に足を踏み入れた
殆どが獣道、歩く度に枝木を踏んで音がなる
僅かに差し込む光を便りに歩いているのだが、誰もが先程と違って静かである
ハイドはちょっとした物音に驚きながらも、ジキットと共に俺の隣を歩く
『静かですね…ひぁう!』
『耳栓でもしたらどうだ?』
『ぐっふっふ、確かにハイドにゃ必要だな』
『あら?この綺麗な花は何かしら?』
ノアが近くにある花に目を奪われる
花弁は赤く細長くなっており、甘い匂いを放つが…
『それは触ると手がかぶれるぞ。』
『綺麗なのに…』
『魔物にとっては栄養源だ、獣もたまに食べる』
至るところに同じ花が咲いている事にノアは気付く
人間にとっては毒だが、亜人は調味料の原料として採取することがある変わった花だ
『調味料?』
『ジキット、これは亜人にとってタバスコみたいな調味料に変わるのさ』
『俺は辛いの苦手だぜ。辛口カレーとか俺は認めない主義だしよ』
『可愛いな』
『斬っていいか?』
そんなやり取りをいつも通り止めるノア
人間がこれを口から体内に取り込むと、胃が酸味に耐えれず炎症を起こすが最悪の場合、穴が開く
触っても皮膚に軽い炎症が出来るから触れたらダメさ
辛いのが大好きなミルドレット小隊副官ラビスタは『流石にそれは代償が…』と苦笑い
進むこと30分、見上げると比較的にここは太陽が差し込む湖だ
透き通る湖の底は水深3メートルってとこか
底から水が吹き出ているから砂が僅かに舞い上がっているのが見てわかる
『海老がいる!?』
聖騎士の一人が驚きの声
ここには山海老という生き物がいるが、森の中にもいたんだな…
淡水に棲む海老は小さいイメージだが、中々に大きい
ブラックタイガーという海老は好きだが、今は関係ない話か
『一先ずここで休憩にしましょう。案内人と落ち合う場所はここから1キロ先ですが時間はまだあります。』
ノアはそう告げると湖の近くにある岩に腰を下ろす
騎馬隊も馬を降りて体を休め始めるのだが、俺はお腹が鳴る
そういえばと思い、収納スキルから取り出したのはおにぎり2つ
これはフラクタールを出る前にアミカに作ってもらった飯だ
『困ったら食べてね!』と言われている
今は空腹で困ってるから大丈夫だな!
『お前のそのスキル、一体何入ってんだ?』
ジキットが困惑した様子で聞いてきた
収納最大スペースは平均的な2階建ての一軒家くらいか
半分は食材だと告げると彼は呆れた顔を浮かべたのさ
『流石食わず嫌いだな…』
『一応ノアに言われて遠征の人間の飯はアミカが作ってくれてるから今から配る』
『マジか!?』
聞き耳を立てていたハイドがこちらに顔を向けている
まぁおにぎりなのだが、具は何が入っているかはお楽しみということで俺は全員分のおにぎりを配っていくのだ
1人1つだが、昼食なら適度な量で良いと思う
『唐揚げだ!マヨネーズ唐揚げ』
『俺は無難に梅だ』
『何だこれ!?ソーセージ?』
(それアンリタだな…)
面白い反応を見るのは楽しい
不気味な森の中ではあるが、雰囲気を取り戻し始めたようだ
『柿頂戴』
ノアが手を差し伸ばしてきている
凄い食べたそうな顔をしたまま俺の反応を待っているが、上げないというと頬を膨らます
『ケチタフ』
『あと50個くらいしかないんだぞ』
『沢山あるじゃない…』
食い意地は大陸最強とでも言っておこう
冬の果物であるが、帰ったらシューベルン男爵に柿に関して相談しておくか
くれた人間は柿を牛耳る気はないし、この世界で流行らせたい事を呟いていたからな。
『ノア…。柿をフラクタールの貴族の管轄下にて果樹園を作らせたいが、そうなった場合はどのように考えている?』
『街1つだとこちらまで流通するまでに価値が高騰する為、できれば王都周辺にも1カ所提供する許可さえあれば共に流通先に関して商人会の者をそちらに送ります。』
『なら帰ったら頼むぞ』
俺は収納スキルから柿を2つ取り出すと彼女に投げ渡す
反応がいいのか、ノアは素早く2つをキャッチすると嬉しそうに皮を剥き始めたのだ
『ノ…ノア様それなんすか』
『ジキット、これは革命の味よ』
革命…か
まぁ間違いではないな
こうして小休憩後、俺達は先に進む
木の根が地面を這っており、十分に進めない事に疲れを感じる聖騎士
時おり聞こえる獣の鳴き声を誰もが身構えるが、森の奥から響き渡る声だから遠い
少し開けた場所にマシな道が現れると一同はホッと胸を撫で下ろす
予定の道に辿り着いたからだ
『ここから真っすぐ南東に歩けば1時間以内に合流地点である狐人族の防衛拠点になります。皆さん気を引き締めていきましょう』
皆ももう少しだとわかると気が引き締まる思いだ
だがしかし、スムーズにいかないのが日常なのである
(面倒な…)
広げた感知に気配を捉え、俺は唸り声を上げる
そんな俺に気づいたのか、近くにいる聖騎士らが辺りをくまなく警戒しながら剣を構えたのだ
ノアも何かがいると悟り、聖騎士の中に移動するのは正解さ
『面白い気配か?あん?』
『とても面白い気配さジキット』
俺はメェル・ベールを武器収納スキルで消すとファントムソードを左手に出現させる
正面から来る個体を倒すとするか
『前後に2つの気配、少し手強い…』
『とうとう大森林の歓迎ですね』
腹ごしらえを済ませたミルドレットはやる気のようだ
何が来るのか誰にもわからない、俺でさえ気の強弱ではわからないのだ
だが森から響き渡る猿特有の鳴き声に誰もが辺りを見回した
『この声は獅子猿だ!』
オズワルド…正解だな
名前の由来の通り獅子のようなタテガミを生やしており、色は白い
全体的に黒い毛並みだが顔は肉食獣のように牙が鋭くそして頭髪は垂れるほどに長い
爪は鋭利であり、容易く人の肉を引き裂くから注意が必要だ
全長2m、ランクCの猿種の魔物の気配が俺達の近くに現れたのである
『数人は木の上を監視しろ。ずる賢くて厄介な猿だ。』
指示を飛ばすオズワルドだがミルドレット隊は後方から堂々と地面を4足歩行で歩いてくる獅子猿を捉える
彼女は僅かに驚いた顔を浮かべているが、獅子猿の右手にはどこで拾ったのかわからない眺めの片手剣が握られており、左腕には盾を装備していたのだ
驚きを隠せない一同
猿は人間に似た知能を持つため、一度見ればどう使うかを学習するのだ
こういう厄介さがあるからこそCなのだろうなとつくづく実感だ
『ホッホホホホ!ホキャ!』
『馬鹿にしたような鳴き声しやがって』
『ジキット…前にもいるぅ!』
『あぁん…お…おぉ…』
前にいる獅子猿の方が厄介かもしれない
2足歩行で両手に握られているのは大斧だったのだ
流石にジキットでも乾いた笑みを浮かべるしかないだろう
ミルドレットらの隊と聖騎士で2頭を倒す事になるだろうが
この数ならば問題ない筈だ。聖騎士はな…
『俺はミルドレットの様子を見る』
そう告げて俺は彼女のもとに歩き出した瞬間、獅子猿は興奮し始めて襲い掛かってきたのである
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