第86話 深森
小雪がちらつく出発日、アドラ第六将校らと街で別れると俺達は南門から森に向かう
ミルドレット騎馬小隊に聖騎士らとなれば森の魔物は問題ない
だが疲れる事は間違いないだろうな…冬の魔物となるとだ
森に囲まれた道をゆっくりと3台の馬車が進む
真ん中の馬車がノアが乗る馬車であり、中にはオズワルドとハイドが護衛
外では俺の隣にジキットが歩いているんだけども今日は大人しいようだ
『10㎞先に監視塔がある拠点だ。』
ジキットがそう呟く
両国内の国境沿いには当たり前にある防衛拠点、そこには監視塔が設置されている
30人のアドラ第六将校騎士がそこに滞在しており、1週間おきに街の騎士が交代で向かうというのはアドラが街を出る前に教えてくれたよ。
『あとアドラさんにだけ教えてたな?』
はて?と首を傾げる
オルガが逃げるであろう道の事だ
だけどもジキットの雰囲気的に呆れた顔、怒ってはいない
彼は歩きながら溜息を漏らすと、前に視線を向けたまま口を開いた
『まぁわからん事でもないか。だが内緒にしてたのは気に食わねぇ』
『すまなかったな』
『…ケッ、調子狂う言葉だ』
鳥の鳴き声や獣の咆哮が聞こえてくる
魔物ではなく動物だと思われる
ここで再確認だが魔力を持たない生物は動物で魔力を持つ生物が魔物だ
『グスタフさん!後ろの茂みからなんだかガサガサッて!』
ミルドレットの声だが、気にしなくてもいい問題だ
俺は歩きながら右手を上げると親指を立てて横に振る
動物だという合図であるが、魔物の場合はグーにすると伝えている
『キュウネルは美人の女が多いって聞くがどうなんだ?』
『半端ないぞ?行けばお前ら鼻を伸ばすだろうな』
『まぁ俺は伸ばさねぇけどな!』
『伸びたらどうする?』
『あ?賭けるか?』
『…良いだろう』
賭けに負けたら帰国後アインシュタインの街で飯を奢る
これが打倒だろうな
ジキットが無駄にやる気を出した所で、俺は軽く後ろを向いて追従する聖騎士に話す
『斜め右前方、50m付近の森から魔物の気配だが低ランクだ。身構えておくが良い。あと後ろからも1体の魔物の気配が最後尾から30mまで迫っている』
即座に情報共有が成される
一瞬でそれは最後尾にいるミルドレットまで伝わると、皆が身構えたまま歩く
馬車の速度は僅かに落とし、魔物の襲撃に備えると同時に前方の道に2体の魔物が姿を現す。
綺麗な水色の体毛の犬はブルーファングというランクEの魔物だ
大型の犬種であるグランドパンサーより僅かに小さい分、パワーが無くてもスピードに特化した魔物である
目は透き通るような琥珀色の目、魔物使いが好んでスキルでテイムしたがる魔物の1体なのは賢く、主に忠実だからさ
そういえばスキルに関して教えていなかったな
あれは技術協会の建物内にある技宝玉という宝物が奉られており、そこで試練さ
テイムするには冷静さが無いと試練を乗り越える事は出来ないが、今この話は必要ないだろうなぁ…
『グルルルルル…』
無駄に戦う事は無い
このまま近づいて逃げるならば良し、飛び掛かってくるならば戦う
体力は常に温存するというノアの方針に従うからだが、その考えは正解だ
『カル、ミレイユ、飛び掛かってきたら頼むぜ?』
『わかりました』
『良いわよん』
馬車の速度に合わせてジリジリ詰め寄ると、ブルーファングは流石に数に難ありと悟って左側の森に姿を消した
この数で襲ってくる魔物となればDクラス以上だろうけど
『厄介な魔物とお見合いせずに行けるか?』
『無理だから魔法国家スペルイザベラも手を出せなかった』
『喧嘩中か確か』
『大昔の話だ。今は双方共に変わった』
平和じゃないのはハイペリオン大陸だけだ
魔族連合ヒューべリオンもプンプン匂うけどな
そしてアドラ第六将校管轄の防衛拠点に辿り着く
50mと高い監視塔があり、最上階の窓から第六騎士が見える
それよりも塔の頭にある砲台が気になるが魔力砲だろうな。
魔石を加工し、弾にして砲弾から発射する装置だが対大型の魔物だなこれ
(俺でも直撃したくない代物だ…)
あとあれだ…門が大きくそして頑丈そうだ
下手な魔物はぶち破るなんて不可能、拠点を囲む防壁も厚さ2mで高さは10mもある
将軍猪でも来ない限り壊れる事は無いだろうなぁ
外を守る騎士達は俺達に気づくと、鉄扉が左右に開いていく
重い音を響かせている点から察するに、どこかの部屋の装置を回して開いている感じか
頑丈な鉄扉が開ききると、中から現れたのは複数の騎士に副官らしき女性
誰もが俺を見て少し狼狽えているようだが、馬車からノアが顔を出すと彼らは副官だけを前に残して左右に道を作る
『長旅ご苦労様ですノア・アデルハイド・イン・ファーラット王女様』
青い髪の女、立派な片手剣だが公国支給の品ではないようだな
俺はジキットと共に少し下がり彼女らを見守る
『お疲れ様エイミーちゃん』
『ノ…ノア様それは』
顔を赤くしてあたふたしている
こいつはミルドレットよりも癖が強いようだな
『一先ず中にお入りください、翌朝にアバドンが付近の森で活動している報告が入ったため』
(ほう…)
俺達は彼女の指示で拠点内に入る
アバドンはBランクの魔物であり、精霊種の厄介な奴だ
見た目は4足歩行のドラゴンに酷似しているが痩せ細っていて肉体は木で出来ている
両翼は羽が無く、木の根が翼のように広がっており、目は左右に3つと釣り目仕様
全長20メートルのうち尻尾は10mだが巨大だ
歩く度に根を張って土に食い込む様は不気味なアンデットドラゴンにも似ている
どうやら俺達は大変なタイミングで来たようだな
複数の建物のうち、一番頑丈であるシェルターの地下に向かう
大きな円卓のある室内の壁には光を放つ球体上の魔石が灯りとなり部屋を照らす
四方の壁に立っている複数の騎士達は相当の手練れだ、俺を見ても狼狽える様子を見せない
ノアはアドラ第六将校の副官エイミーと共に円卓の椅子に座ると、ミルドレットと俺も同じく座る
ノアの後ろには3名の聖騎士、勿論ジキットにハイドそしてオズワルドだ
『キュウネル領内の様子はどうですか?』
『変化なし、たまにあちらの領土内から気配は感じると監視塔の者から報告はあります。』
『お互い様子見なのは変わらずですが、問題は先ほど口にした魔物ですね』
『アバドンは普段は4足歩行ですが、戦闘形態になると2足歩行になる相当厄介な魔物です』
ドレットノートといい勝負しそうだな
メスのフェロモンで強化されたドレットノートならば勝てるが、通常の状態だとアバドンに軍配が上がるだろう
チラチラとたまにこちらに意識を向けるアドラ第六将校の副官エイミー
ノアがそれに気づくと、彼女は微笑みながら驚かすように説明したのだ
『鬼哭グスタフは初めて?』
『あの方が死神と双璧と言われている公国最大機密情報だった存在ですか』
『食べられないようにね。』
心外なんですけど?ノアさん?
『勘弁してくれノア、面食いではない』
『貴方からそんな言葉が出てくるんですね』
クスクスと笑うノアだが、緊張を解すためなのかもしれないから我慢しよう
『アバドンをお願いしても良いですかグスタフ』
『なら予定は変更せず話しておけ、昼食時には帰ってくる』
どうやら一仕事だ
俺は静かに椅子から立ち上がると武器収納スキルでメェル・ベールを左手に出現させる
禍々しいハルバートにエイミーは口を開けてポカーンとしていたが、気にせずそのまま部屋を出ていった
今回は良い運動が沢山出来て暇をしない
パペット・アクマのフリしたパペット・マジシャンはいきなり襲ってきたから能力強化魔法もせず戦ったが、弱かったし…うん
それなりに無駄に真剣に戦ったよ
そして次はアバドンだから戦闘形態は楽しみだ
シェルターの外に出ると、俺は真っすぐ鉄扉まで歩く
誰かが後ろから追いかけてくる気配だが、ノアめ・・・同行させる騎士のチョイスがいやらしい感じで苦笑いが浮かぶよ
『寂しい奴だな。嫌味担当でついていってやるよ』
『アバドンは管轄外の仕事ではないのか?』
『あぁ?ノア様の邪魔する予定の馬鹿は斬るに決まってるから管轄内だろ』
(度胸あるな…それにしても成長が早いな)
ノアに見出されてからの時間を考えると開花まで早い
以前よりも体から放出される放電が強い光となっていた
相当鍛錬していると思われるが、俺が助言したからなのか?
【大きな素質を持っている、お前は苦しい経験を積めば結果は嘘はつかない】
インクリット達よりも成長が早いのは心の強さなのかもしれない
俺がそうだったからだ、生きたいという強い思いが俺を作った
だがこいつは違う、守りたいという純粋な心
(何故だろう)
羨ましいと心底思うよ
『ならば行くしかあるまい。アバドンの予習は?』
『夢の中で何回か倒したことあるぜ』
面白くて高笑いしてしまったよ
そして防衛拠点を出ると同時に閉まる固い頑丈な扉
アバドンでも直ぐに突破できない扉だが、数分あれば壊せるだろう
あの魔物がいるように思えないだろうが、精霊種を他の魔物はあまり恐れない
牙を向く様な真似をしないからであり、向くのは人間さ
『スキル・気配感知』
大きく範囲を広げる
目を閉じて半径10㎞圏内まで本気で探すと北西に5㎞先にらしき気配
ジキットに伝えて同時に歩き出すが会話は無い
お互いに周辺に警戒をし、進むが普通の魔物は辺りにゴロゴロいる
2人で飛び込むような森ではないが、それは普通の人間ならの話だ
『2時の方向、2体』
ジキットが見ている方向だ
小雪がちらつき、微弱な風が肌を刺激する
顔が痛いと思う季節だが、夏よりはマシだな
『ブギギギ!』
赤猪2頭、赤い毛並みが特徴的な猪種の魔物
全長1メートルと獣としては標準タイプでありFランク
可愛い突進が特徴的だがモコモコしていて冬仕様だ
2頭同時の突進をジキットはしかめっ面で剣を右手に握り締め、首を鳴らすと赤猪が目の前に近づいた瞬間に素早い回転斬りだ
剣撃の速さで音が僅かに聞こえるほどの腕前に俺は驚く
小さく口笛を吹き、剣を回転させて肩に担ぐ
得意げにこちらを見ているが、そのまま彼は更に回転して後方から飛び出してくる別の赤猪の飛び込みを剣で両断だ
『1頭知らせなかったろ?』
『さてな』
『あとで斬る』
『た…試して悪かった。』
笑みを浮かべる彼は欠伸をすると背を向けて歩き出す
出てくる魔物は低ランクばかりだが、数が多いと人間の体力じゃ限界がある
戦闘を避けれる魔物は避け、気づかれた場合は仕留める
そうして目の前は沼地が広がる地帯
木々が生い茂り、地面は軽くぬかるんでいる
足場を見ないで歩けば底なし沼があるだろうが、冬だと心配はない
奥で蠢く大きな物体、ギシギシと不気味な音を立てて地面を這いずる魔物
これにはジキットも首を傾げて唸り声を上げる
『夢のより大きいぞ?』
『あれが通常の大きさだ』
『じゃあ俺はあれか?夢の中でベビーシッターでもしてたのかよ』
『らしいな』
歩く度に地面に根を張る様子が恐怖の象徴
触れてしまえば根が体を貫き、体内の水分を吸う
『ゴゴゴゴゴゴゴ…』
赤い目が蠢く巨体、尻尾が近くの木に巻き付きへし折る
腕力よりもあの尾の攻撃が驚異的であり、叩かれたらひとたまりもない
アバドンはこちらに気づくと体中を白い魔力で発光させ獅子の様に威嚇の構えだ
口から触手の様なものが見え隠れしており、精霊種なのかと疑いたくなるレベル
だかこいつの魔石は貴重だ…。身体能力を永続的に上げる魔石だからだ
『トドメ刺した方が魔石権利な』
『良いだろう。尾に警戒しろ…それを斬ろうと思うな。あれはお前の武器では困難だ』
『んだよ。リーフシルバーなのにかよ』
『ならその剣に思い入れは?』
『ねぇよ。』
ならば今のこいつなら扱えるだろう
武器収納スキルでジキットの目の前にとある武器を出現させると、彼は驚愕を浮かべた
かなり良い剣だ
銀色に輝く刀身の内側は金色であり、古代文字が刻まれている
メェルベールやファントムソードそしてダーボゥしか表に出してないが、この少し長めの片手剣はアルカトラズという魔法剣であり、鉄鉱石も貴重な素材を使ってるのだ
『こりゃ…この前に見た剣だぜ』
『魔法剣アルカトラズ…お前の魔力袋に適した剣であり。今後のお前に必要な品物だ』
貸すと告げるとジキットは剣を手に取り感じ始めた
刀身を眺め、僅かに口を開けて彼だけの世界に浸っている
きっと武器に秘めた魔力を体で感じているんじゃないかな
使う人間によって強度を増す魔法剣だが、ジキットなら活かせる
『もう返さねぇぞ』
『借りパクか…よかろう』
選ばれし者から教えて貰った言葉
どうやらジキットもジャンヌから教わっていたらしく、互いに僅かに笑う
初めてこいつと笑ったような気がしたが、心地よいな
『ゴォォォォォ!』
待ちきれないアバドンは地面を這うようにして襲い掛かる
両翼の痩せ細った木の根の様な翼が広がり、こちらを向いていた
『さて、始めようぜぇ!!』
『ふむ』
俺達も負けじとアバドンに駆け出した
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