第85話 成敗
『危なかったな…』
胸部から血を流しながらもオルガは隠れ扉から逃げた
鉄扉を閉めて追いかけてこないようにすると一息ついて歩き出す
何故自分が苦戦したんか、負けそうになったのか
元将校であるにもかかわらずに聖騎士に押し込まれたのか
彼は悪の道に染まった時点から今まで培った経験を捨てたからである
きっと将校時代の時に強さに磨きをかけていれば結果は逆であったに違いない
勢いで負けてしまった事に釈然としないオルガだが、彼には逃げるしかない
(仕切り直しするしかないが、この感じじゃジョーカーんとこも行ってんだろうが、あれに勝てる奴はいないだろうよ)
彼はそう思いつつも長い道の奥に見える鉄梯子に手を伸ばす
外は包囲されているであろう事は承知の上、しかし建物の地下に逃げ道を作っていたのだ
それは包囲されている外に通じており、裏通りへと辿り着く
地上に出てから近くの水路に逃げ込めば迷路のようになっている為、彼は逃げれる
(ムカツク野郎だったが…今は計画が先だ。殺されたくないからな)
包囲を広くされる前に彼は梯子を上り、天井の蓋を開ける
そこは冒険者ギルドの建物の裏であり、日中でも薄暗い裏通りだ
小雨が降り、肌に落ちる水滴の冷たさを感じながらも吐息を白くして穴から姿を現す。
(誰もいないな…)
だが何故バレたのか
現時点ではまだわからない彼だったが、1人予定の時間を過ぎても戻ってきていない事に気づく
(なるほどな、見つかっていたか)
森の襲撃計画もバレている筈
だから先手を打ったのだろうと彼は正しい答えを導き出す
しかし正しい答えであっても、結果までは彼にはわからない
胸部から激痛が走ると、オルガは唸り声を上げる
非常時の拠点がある水路の奥の下水に行けば立て直せると彼は考える
そこは彼しか知らない場所であり、医療道具も備わっている
捕えた男の記憶にも無い場所の為、逃げ込まれるとグスタフ達にとって面倒な事に繋がりかねない
しかし、それを良しとしない者が彼の後ろから近付いてきたのだ
『何故落ちぶれたのか…』
『っ!?』
振り返るオルガは驚愕を浮かべる
『お前は才能ある兵だった』
右手に握るは斧槍と言われるハルバート
それを地面に引きずるようにその男は目を細めながら彼に近づいていく
『だが悪に染まり、当時の才能は闇に消えた。』
何故お前がここにいる
オルガはそんな思いで一杯だ
『お前を信じて将校に推薦したのは私だ。見る目の無いこんな私は責任を感じている』
『くっ…!』
『お前に毎日のように言った言葉を覚えているか?素質は磨かねば風化するだけだと』
オルガは凄みある睨みを利かせる男を前に、額に汗を流す
当時の上官らしさはなく、そこにあるのは人間の皮を被る鬼
彼の汗は凍てつく冷たさに消え、苦笑いを浮かべる
時代は既に変わっている
だからオルガの視線の先の男は大きく見えていた
『だからお前はここで死ね。』
スキンヘッドで顎髭が特徴的な将校であり、彼の右手には自慢のハルバート
アドラ第六将校は怒りを魔力に乗せ、体から漏れ出していた
今を生きる将校と昔の将校
元部下と元上司
正義と悪党
どんな言葉を並べたとしてもオルガは苦虫を噛み潰したような思いだ
僅か5メートルの距離
2人は視線を向けて微動だにせず相手の反応を待った
ここで時間を割いている時間は無いオルガは判断を誤る
『あの世でゼニスとやらとファーラットが、どうなるか見…』
アドラを怒らせて判断力を鈍らせようとしたのだが、それは逆効果だった
言葉を詰まらせたオルガが見たのは凍てついたかつての上司の目
一番質の悪い怒り方をしていたのだ
『そうか…』
アドラは歩き出す
あと数歩で攻撃圏内、オルガは息を飲む
道半ばとはいえ計画は終わらない
しかし彼は最後まで生き残る事は出来ない
勝負は一瞬だ。
アドラ第六将校がハルバートを握る右手に力が入った途端にオルガは両手で大斧を身構えた。
彼の判断は正しく、アドラのハルバートは払うように横から襲いかかる
きっと将校として今も名誉の為に生きていれば耐えれた一撃だったであろう
しかし悪の道に染まった彼の才能は腐り、アドラの渾身の一撃を耐える事は出来ない
将校として君臨し続けたアドラの一撃を大斧で受け止めた瞬間にオルガの大斧は砕けたのだ。
(やっぱ…)
最後に後悔の念を残し、彼の意識はそこで消えた。
かくしてアインシュタインの街での奇襲は成功で幕を閉じる
死傷者が出たとしてと街の人間には無い
その事だけにアドラは胸を撫で下ろし、息絶えた昔の部下を見下ろした
『私の街で好きにはさせぬ。選んだ街が不味かったな』
そして決着がつく
怒りを攻撃の一瞬だけに乗せたアドラは僅かな悲しみが残り、その時誰にも見せない悲しそうな面持ちを浮かべた
(あやつめ、私に始末をさせるとは…。まぁ今回は丁度良かっただろう)
そしてキュウネル近くの森、滝つぼのアジト内では想像を絶する光景をとある男が見ていた
『ば…馬鹿な、これは夢なのか…』
目の前でズタズタに引き裂かれたパペット・アクマを前にジョーカーは体が震える
苦戦して倒されたならまだ現実的な光景だったが、彼が見たのはそうではない
数秒での決着。パペット・アクマの腕を切り落とし、そして膝を貫いて跪かせ、最後は顔を剣でめった刺しという残虐さを見せられたのだ
(これ…やっぱパペットアクマじゃないな)
グスタフは唸り声を上げるが、それは小さくてジョーカーには聞こえない
パペット種には同じ個体を真似る魔物がおり、彼はその線が高いと推測する
明らかにAプラスの脅威はなく、数秒で逆に返り討ちという結果は本物ならばグスタフでも本気で戦わないと危険な魔物なのだ
トイ・マジシャンというランクBのパペット種
同種の姿を真似る特徴を持っているが真似た個体の力を得る事は出来ない
ジョーカーは勘違いしているのだろうとグスタフはわかると、頭を掻いた
そしてその個体はポンという音と共に本当の姿へと戻る
その名の通りマジシャンのような派手な服装を羽織り、顔はピエロ顔
目はトイ種の特徴でもあるボタンとなっていた
『なっ…これは』
『やはりトイ・マジシャンか。大人しく外まで逃げてデーモンを出せばよかったな』
『何故それを!?』
確かにAプラスという災害級の魔物を自分は召喚した筈だとジョーカーは何度も記憶を遡るが、目の前には別の魔物
あり得ないことが目の前で起き、そしてそれを倒した聖騎士の化け物は剣を半ば引きずるような形でジョーカーに近づく
(あり得ない…こんな化け物が公国にいる筈がない!)
ここにいる筈がない、の答え合わせが始まる
グスタフは聖騎士の姿を解き、いつもの姿で彼の前に現れる
そこでジョーカーは全てを悟る
(情報の全てが餌…。ノアも餌にするというのかお前は…)
『安心しろ、ロゼッタやウォームバイトも時期にお前の後に続く。』
『お…お前は何を企んでいるのだ…!』
自らの肉体で勝てる相手ではない事にジョーカーは戦意を削がれており、その場に尻もちをついた
噂以上の力の持ち主、信仰協会内ではグスタフの情報を血眼になって探していたものの、細かい内容まで見つける事が出来なかったのだ
信仰協会の者がファーラット公国の宝物庫にて見つけた情報では彼を知るには至らず、フラクタールに差し向けた密偵は誰一人帰ってこない
目の前の化け物が密かに命を狩っていたからである
ジョーカーは死ぬ前に知った
大きすぎる相手、自分たちの財力や権力そして力全てをぶつけても結果の見えぬ相手
その者はジョーカーの前まで歩み寄ると、剣をゆっくりと振り上げる
最後の最後まで男の悲痛な許しを乞う声だけが空間に響き、先ほどの勢いは消えうせた
『デーモン貰うよ』
道半ばでジョーカーはグスタフに首を刎ねられ、ここに没した
その後、ノアは自室でサンドイッチを頬張りながら落ち着かない様子を見せているとすぐ横でワープで着地して姿を現すグスタフを見て僅かに驚く
彼の右手に持つ黒い布の中に何かがある、それが何なのかはノアはわかっていた
来たという事は終わったという事、それがわかると彼女は食べかけのサンドイッチを小さなテーブルに置き、立ち上がる
『こちらの被害はゼニスが重傷を負い昏睡状態ですが壊滅させました』
『こっちも水神信仰協会の大幹部1名の首を持ってきた』
床を汚さぬよう、グスタフは両手で中身だけを僅かに見せ、ノアを納得させると魔物収納スキルを発動し、足元の黒い魔法陣の中に放り込んだ
『食っていいぞレヴナント』
グスタフが保有する災害級の魔物レブナント
ノアはその事を知っており、今思うととんでもないスキルばかりだ
『情報はどうですか?』
『流石大幹部だ、だが自身の指示以外は今後の情報を知らされていないようだ』
『となると教皇だけしか知らないということですね』
『そういう事になるだろう』
何故俺が泳がせないで今彼らを叩こうとしたのか
それはキュウネルの王族に不信感を抱かせないためだ
水神信仰協会はノアを殺すのは出来なくとも、キュウネルの領域内で問題を起こせればそれでよかったのだ
当然キュウネルの狐人族は領内でのそのような行いがあったことは筒抜けとなり、ファーラット公国と関係を少しでも持ては自分達にも僅かながらに被害が被ると思うだろう。
人間同士のトラブルに巻き込まれたくないって思想は狐人族は強い
その後ジョーカーは鉱山都市ブリムロックに向かい、ジュリア・スカーレット大将軍の救援に向かう予定であった
どうやらイドラ共和国が密かに兵を集めている事が漏れていたらしく、彼が保有する魔物をイドラ共和国領土内の森に放って時間を稼ぐつもりだったらしい
『魔物ならば確かにバレませんね』
この前のアクアリーヌ戦の形状では領土を賭けた契約戦争
その為に互いの契りを交わして戦争をしなければ条約に反する
しかしイドラ共和国とシドラード王国はそれとは今違うのだ
最近は停戦中であったがそれは解除されている
簡単に言うと、国家戦争という降伏をしない限り止まる事のない戦争状態に再び入っているのだ。
まぁそれも表上の名であり政治戦争であることに変わりはない
だから双方はいつ攻められるかは未知数の為、国境沿いには防衛線が敷かれているのだ
デーモンを解き放ってからシドラード王国は南下し、交易都市である街を落とす予定だったのさ
ファーラット公国が近くであっても、シドラードとは3年間の停戦協定を結んでおり、それは他国への支援にも限りがあるから強気に出られるのだ
負けたという結果を上手く利用してきたのは流石だ。
ファーラットは表上ではイドラ共和国に出来る事は物資の援助くらいであり、援軍を送ることは条約上、無理だ
それはガーランドも理解している為、イドラ共和国のゼペット閣下には必要物資の支援だけは協力する意思を使者を向けて示していた。
『グスタフ、貴方が動くことになる可能性が高くなりました』
『まぁイドラの亜人傭兵らが動くだろうが、ジュリア・スカーレット大将軍はあいつらが束になっても勝てん相手だ』
『その女性も信仰協会の者となればあちらの力もかなり衰えるとは思います』
『既に2人いないんだ…、直ぐに新しい者が大幹部になれるとは思えん。お前の言う通り、あの女を始末すればシャルロットは動きやすくなる』
イドラとシドラードが動くのは来年
それまでにシャルロットには派閥を大きくしてもらわないとファーラットは都合が悪い
だからグスタフはオリマーの力が必要になるのである
(オリマーなら伝えれるだろうが、言葉が強いのが難点か)
高貴なる存在でもオリマーは臆せず毒舌を飛ばす
権力者相手ならポンポン言い放つからシャルロットの心が折れるのではと内心不安のグスタフだが、シャルロットが動くためには必要な事である
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
こうしてアインシュタインの街の余所者の掃除は終わり、夜となる
奇跡的に一命をとりとめたゼニスだったが、油断できない状態という事で医療施設で数か月は出られないだろうなぁ
アドラは生きているという事実を知り、ホッと胸を撫で下ろしていたのが思い出されるよ。
その夜、俺はグスタフの姿のまま宿の裏通りにて剣を片手にジキットと打ち合う
一撃が重く、そして次の攻撃が速い
俺は剣を振り下ろすと、ジキットは素早く剣を両手で持ち替えして全力で振り上げた
『おらぁぁぁぁ!』
金属音が響くと同時に僅かに弾かれた俺は少し驚いた
気合いだけで弾く男なんてザイツェルンみたいな奴だと思ったのさ
(おっ?)
気づけば懐にいる
身軽さも持ち合わせているとなれば相当良い素質を持っているのだろう
胸ぐらを掴まれる前に俺は間一髪飛び退くと、彼はそのまま伸ばした左手を大きく開いて黄色い魔法陣を素早く展開したのだ
『雷弾』
素質ある魔力袋だからか、発動までが異常に速い
俺がまだ着地してないのに撃ってきたのにはビックリだよ
(発動が早いだけじゃない…)
判断が早い、飛び退いた瞬間に撃つと決めた早さは凄いよ
魔法剣じゃなければその雷弾は命中していた筈だが、残念だ
3つの雷弾を着地と同時に剣で一発ずつ防ぐが、普通の剣なら感電する
魔法剣だからこそ弾く事が出来ているのだ
『うざってぇ剣だなそりゃ』
『普通の剣なら感電していた』
『なら感電して俺に蹴られてろや』
『それは拒絶する』
『ケッ…、面倒な奴だぜ』
そう言いながらも再び飛び掛かってきたよ
あぁ今なにをしているかって?稽古だ
珍しくジキットが顔かせって言ってきたから付き合ってるんだよ
いつも以上に俺達の吐息は白く、そして凍てつく寒さに負けぬほどに体は熱い
ジキットの体力は底知れないくらい勢いが止まらず、何度も重い一撃を放ってくる
普通ならば失速しても可笑しくはないが、一向におさまる気配は無い
(猛獣…だねぇ)
基本は俺の目を見て攻撃してくるが、こちらは少し攻撃しようと僅かに動くと彼はその動きに視線を少し動かして反応を見せていた
反射神経も獣かといいたくなるほど凄いよ
『しゃおらぁ!』
『おっ…』
『みんな俺と模擬戦したがらねぇから助かるぜ!殺す気でいけるからな』
『本当の殺意乗ってるぞ』
『殺すつもりだからな!』
(酷いっ!!)
アンリタ以上の鋭い突き
ブレることなく連続で突き続けれる筋力も素晴らしいな
それらを全て剣を素早く弾き、そしてジキットの懐に潜り込んだ瞬間に彼は微笑んだ
(誘われたか…)
何がくる?剣か腕か?
しかしどちらも来ない
ジキットは両手に力を入れてしっかりと剣を握ると同時に頭突きを繰り出したのだ
僅かに意識は彼の武器、反応が遅れたが問題ない
この羊の鉄仮面に頭突きなんて予想外だった
だが実践的であり、相手に動揺を誘うには悪くない
(間に合う)
右腕でのガード
ジキットは舌打ちをして悔しさを表に出すと一度離れた
『ったく未来でも見てんのかお前ぇ』
『だが驚いた。近接は得意の様だな』
『当たり前だ。しっかしよぉ…気に食わねぇから一撃だけ食らえ』
『なんで…』
『アドラさんにだけ抜け道教えたろ』
いいじゃないかそれくらい…
その手筈で考えたんだからな
そして互いに良い汗を流した所で運動は終わり。
宿の銭湯に入ってからは野暮用でミルドレットの部屋に向かうとドアをノックだ
少し慌てた声が聞こえたが、俺だと告げると恐る恐るドアを開けたのだ
(寝巻き…)
恥ずかしそう
日中は騎士だが、プライベートでは女か
それは当たり前な事であり、俺は間違った時間に来てしまったようだ
『明日にしよう』
『いえ、大丈夫です!』
(本当か?)
しぶしぶ部屋に入る
装備は机の上に綺麗に置かれており、俺は壁際の椅子に座るとミルドレットはベッドに腰掛けた
明日はキュウネル妖国入りであるために警備の打ち合わせに彼女と話そうと思ってやって来たのさ
顔を強張らせるミルドレットだが、俺が落ち着かない
『あそこの森の魔物は厄介だ。』
『高ランク帯がいるとは聞いてますね』
まず国に辿り着くのが難関だ。
こちらの領内までは道があるがキュウネル領内に入ると獣道ばかりなのだ
自然の中に生きる亜人、外からの敵から身を守る為に大森林の外側は木々で密集しているのだ。
『道中の中で一番危険な場所ですね』
『果たしてそうかな?まぁ前は俺が歩くが左右後ろは任せたぞ。一応気配があれば知らせる』
『わかりました。』
軽い計画を話すだけ、それなのにまだ彼女はソワソワしているので何故なのか聞いてみると答えは簡単だった
(胸元?)
寝間着姿のミルドレットだが、まぁ谷間は胸の大きさがわかる
普通ぐらいか…、恥ずかしかったのだろうな
『あまり気にしておらん。』
『あはは…なんか僅かに心にヒビが』
『そんな事言ってないで早く寝ておけ、明日は神経が擦り切れる思いになる』
『わかりました!』
俺は椅子を立ち、部屋から立ち去る
とうとう明日にキュウネル領内へ侵入だけども、楽しみだ
廊下を歩きながら聖騎士が会釈してくると、俺も軽く会釈
そうしながらも俺は考える
きっと妖王クルエラは俺を見て直ぐに正体に気づくだろうから魔力の波長と匂いを変えとかないと不味い
(楽しみだ…)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます