第83話 先手
夜、俺は宿の2階に部屋割りされたから室内のベッドにてグスタフの姿で椅子に座っている。
夜食の熊汁も中々に良かったし満足
だが孤独というプライベートはここじゃ難しい。
ドアをノックして入ってきたのはミルドレットの副官ラビスタ
彼は真剣な顔を浮かべ近くの椅子に座る
『男は舌を噛んで死にました』
『ならば俺は散歩に行こうか』
聖騎士の身なりで紛れてたのはウンディーネ信仰協会の者、死ぬ前に最近の記憶は覗いていたから死んでも問題ないが頭の中の真実に俺とノアは驚いたよ
あのゾディアックはウンディーネ信仰協会内部の組織であり、エイトビーストのシャンティも大幹部の一人だったのだ。
ケヴィンの目論みというよりかは協会からの助言が始まりって事さ
(大規模な組織だ。その気になれば王族もろとも…)
しかし大人しかった
そして今は大きく動き出した
理由は一人の男の存在があったからだ
(そんなに俺が邪魔だったのか?)
となると釈然としない事が生まれる
ハーミット国王もあの協会とは付き合いが永い
あの国王が俺を暗殺しようとするとなるとかなり酷だった筈
もしやと考えたが、いずれわかる
『散歩ですか…』
『ノアに許可はとっている、街の中にいる期限切れはジキットが対応するだろうが念のためにアドラから騎士を借りて制圧しろ。俺は外にいってメインデッシュを堪能してくる』
『ミルドレット殿はどのように?』
『ミルドレットの隊は温存でいきたい。ここはアドラに頼る』
俺は立ち上がるとラビスタと共に部屋を出て別れた
いつにも増して緊迫したロビー内だが、曲者が紛れ込んでいたらピリピリしていても可笑しくはない。
ロビーの入口近くにて部下の騎士に見回り報告を聞いているアドラ第六将校を見つけると、俺は彼に近付く
怒った顔、それは侵入を許した不甲斐なさだけではない
彼の街の中に異物がいる
それが憎たらしくて仕方ないのだ
『巡回連絡を10分なら5分に変えよ。疑わしきは直ぐに取り調べだ』
『わかりました。あの…アドラさん』
騎士が気を使ってくれたようだ
気付いたアドラ第六将校はこちらに振り向くと、先程まで会話していた騎士を外に差し向けてからこちらに来る
腕を組み、しかめっ面
これは俺に対してではないようだが
(顔こわ…)
そこらのゴロツキかよと言いたくなる
明らかに機嫌が悪いのだが、それが俺に向けられる事は無かった
『叩く準備は万全か?』
『叩くのは容易い、しかし頼みがある』
『頼みだと?』
『協力がいる』
少し頭を下げると、彼の顔から怖さが消え失せた
ハトが豆鉄砲を食らったかのような面持ちが似合わない彼がそんな顔をしたのさ
少し事情を話すと、アドラ第六将校は無言で最後まで聞き、溜め息を漏らす
感触は悪くない筈なのに少し心配だ
だが俺の不安は杞憂で終わる
『良いだろう』
背中を向けて歩きながら答えるアドラ第六将校は宿のドアを開けると、足を止めて顔を向けた
『空気を読める戦争傭兵ならば、わかるな?』
なるほどな、と思いつつも頷くとアドラは宿を出ていく
一応ノアには許可を貰った作戦だ
相手がわかった以上、森で相対する意味は街の被害を抑える為でしかない
それは相手の規模が不明だったからさ
だが今は違ってこちらは奇襲計画を企てる集団が何者かも数さえわかる
俺はイリュージョンで聖騎士の姿に変え、そして宿を出ようとするとロビー近くの階段を降りてくるジキットに呼び止められたんだ
『一時間後に同時だぞ?ヘマしたら斬るぞ』
『良い言葉だ、気合いが入る』
『チッ…まぁ建物は四方から詰め寄って包囲してから叩く』
なかなかわかる男だな
自然に包囲しないと悟られる危険があるため、警備兵の巡回同行に似せて囲むのは相手が気付くのが遅れるし無難
(一時間後か)
『短期戦でなければお前でも危ういから最初から本気で行け』
『言われなくてもわかるわ殺すぞ?てかお前…声も変えれるのか…』
あぁ忘れてた
イリュージョンでは声は地声になる
羊の鉄仮面じゃなかった事に今さら気付いたがもう遅い
『そうだ』
設定作り完了
ノアの護衛はミルドレットらがいるから大丈夫
アドラの部下である第六騎士も多数いるから安全の筈だ
相手が動く前に動く、今ならそっちが得策だ
聖騎士姿で街を歩き、キュウネルに向かう南門に辿り着くが警備兵や第六騎士が沢山いて素通り出来なさそうだ
ならばと建物の影に隠れてワープすると、難なく外に着地だ
(寒いな)
吐息がハッキリと見える
武器までは聖騎士風にならないが、一応が似せている
『とはいっても…』
かなり良い剣だ
銀色に輝く刀身の内側は金色であり、古代文字が刻まれている
メェルベールやファントムソードそしてダーボゥしか表に出してないが、この少し長めの片手剣はアルカトラズという魔法剣であり、鉄鉱石も貴重な素材を使ってるのだ
風が森に流れていくと、木々はざわめく
本当は夜に来れば奇襲しやすかったんだけど、夜だとオルガもこちらに合流してしまうから面倒になる
(ここらは魔物が少ないな)
森の中を歩きながらそう考える
獣道ばかりだった気がするが、どうやらそれなりに伐採されて通りやすくなっているようだ。
そうじゃないと馬車が通れないからな
『グァウ!』
灰犬が2頭、横の茂みから同時に飛び込んでくる
視線すら合わせず、左手で剣を素早く抜くと横に大きく振った
断末魔さえ上げる暇もなく、半分に両断された2体は無残にも地面に落ちる
『…良い剣だな』
足を止め、魔石を2つ拾うと剣を振って血を飛ばす
この剣は振れば軌道上に放電する光の粒子を残し、僅かに超音波のような音を響かせる
良い剣というか格好いい剣だからコレクションにしている
(目的地まで走るか)
俺は駆ける、周りの景色は一瞬で後ろに消えていくのが見ていて面白いが、風が冷たいので顔が痛い
顔を腕で覆い隠したくなるが少しだけ我慢しよう
目的地付近、人の気配に俺は足を止めた
目の前には滝つぼがあり、大きな川が足元を流れている
美味しそうな魚が見えるのは川が綺麗な証拠、サワガニもいるが揚げれば美味しい
ここまで綺麗ならば飲み水にも出来るだろうな、アジトがあるのならば
(あるんだけどな)
滝つぼの裏、岩があるように見えてそこが入り口だ
いつの間にそんな所に拠点を構えていたのかと疑問だが、捉えた男の記憶に答えがあった。
以前は闇ギルドの拠点だったが、それをオルガが全て殺して奪ったらしい
死体は布で丸めて埋めたらしいが、そこまで大したことない組織だったと思う
『中か…』
気配が多数、やはり滝つぼの中
俺は滝の裏に回り、岩場を調べるが入り口らしき物は無い
仕掛けがあるのかと思考を働かせるが、岩を次々とコンコン叩いていくと一部の岩だけ違う音がしたのだ
岩じゃなく、木を叩く様な音に近い
手で横に力を入れると簡単に動いてくれた
入口は1m四方に狭いが中はそこそこ広く、石の階段がある
壁には松明、灯りがあるという事は暗視スキル要らずで楽だな
あれの光景って前にも言ったが、疲れるんだよなぁ
(スキル・隠密)
気配を遮断し、忍び足スキルも発動して足跡を消して階段を降りると鉄の扉が目の前に現れた
鍵穴があり、押しても引いてもビクともしないが本気でぶっ叩いたら壊れそうだな
でもそれだと楽しくはないから色々と楽しもう
『ん…』
ドアの奥に気配が近づいている、声も聞こえる
だがドアを開けるつもりではなく、ここで会話をしている雰囲気さ
『ヤドが帰る迄のんびりだ、明日はしくじれんからな』
『失敗は我らには不名誉だ。ラインガルド教皇に栄光を』
(くそじじぃめが…)
ドア奥の話し声だ。
俺がいない間、色々と肥やして立ち回りやすいだろう
アフロディーネ信仰協会の最高幹部ラインガルド教皇、俺はあの爺さんの邪魔を出来るとなると少しやる気が出る
昔はいちいち異端者扱いした癖にめちゃくちゃ強いとわかると大人しい
そういう極端な奴は大嫌いだ。
俺の変な噂を流していたのもあいつが元凶なのも知っているからこそ、士気があがる
(スキル・開錠)
どんな鍵も開ける素晴らしいスキル
男達が離れた隙に鍵を開け、静かに中に入る
散らかった小さなロビー、フロント部分の木材は朽ち果てて腐っている
食べ物の残りカスに虫が湧いていて異臭がしているが、鼻がもげそうだ
『…ちゃんと片付けろよ』
神聖な神を信仰している癖にこのザマだ
結局人間はこれが答えだ。神の名を利用しているだけに過ぎない
入会者が増えればお布施が増えて協会の財も潤い、使うのは兵力強化や無駄に大きな協会の建物の建設
弱き者には一銭も与えず、言葉という安い気休めで誤魔化しているだけだ
奥に見える赤いドアに近づくと、俺は開いた瞬間に目の前で欠伸をしていた男の口に剣を突き刺した
鈍い音に紛れた悲痛な声は仲間には届かない
目を大きく見開き、痙攣しながら俺を見つめている
人を殺すときはその者を思いながら殺すが、今回はやめにしよう
『生きる価値はないな?』
首を傾げ、そして次の瞬間に剣を横に振って顔面を裂いた
力なく倒れる男は即死であり、既に目は遠くを見ている
死体を踏んで廊下を進み、左右に2つずつ見えるドアを交互に見る
全てが木製のドアであり茶色だが気配があっても穏やかな感じは寝ている証拠
静かに手前のドアを開き、小さな部屋で雑魚寝している2人の顔すら見ずに俺が一振りで首を刎ねると直ぐに背中を向けて残りの部屋にいる奴らを静かに殺していく
4つ目のドアには30代の男女が裸で布団の中に入って寝ていたが、普通に暮らして生活していればもっと幸せになれただろうに…
『共に逝け』
ここは小規模な闇組織のアジトだったから大きくはない
奥の鉄ドアに5人の気配、その中にひと際大きな魔力を持つ者がいる
どうやら当たりだと思うと、笑いそうになるよ
俺は堂々とドアを蹴って吹き飛ばした
そのせいで奥にいる5人の1人に命中したらしく、ドアと共に吹き飛んだ
あれは死んだだろうなきっと
物置の様な汚い空間、30m四方のドーム状の部屋には木箱が沢山詰んであり、壊れた木箱からは食料や武器が見えている
立派な机の前にいる4人のうち3人は冒険者風の格好、残りの1人は司祭のような立派な服を着ており、口は軽く裂けて歯が見えていた
怪我をしているわけではなく、魔物使いとして未熟だった時代に灰犬に顔を噛まれた際についた古傷さ
あの男がジョーカーというウンディーネ信仰協会の大幹部の1人だ
流石に驚きを隠せなかった時はある、本気でノアの計画を潰すつもりだから彼ほどの存在が自ら出向いだのだろう
『誰だ貴様…』
赤い瞳がギロリと俺を睨む
無意識に戦慄スキルを発動する彼は弱い人間を恐怖状態に陥れ、身震いさせる
だが俺にそんな目つきをしても僅かに首を傾げてあげることぐらいしか出来ない
『頭領、どうしますか?』
『…手練れのようだ。きっと他の者はやられた筈…』
警戒するかと思いきや、彼はなんと静かに机の椅子に座って背もたれの大きく寄り掛かったのだ
溜息を漏らし、横目で俺を見る姿が少し解せない
そこまで余裕を見せるという事は、彼は前にいる3人の男の力を信頼していると思える
『ぐ…くっそ』
(タフだな…)
ドアと共に吹き飛んだ男は生きていた
普通なら死んでいるが筋肉質なのが即死を免れたのかもな
だが負傷していることに変わりはなく、利き腕であろう右腕に力が入っていない
あれは折れている
『神の名において、裁く前に生け捕りだ。聖騎士となると拷問して情報を聞き出したらここを捨てねばならんだろう』
『お任せあれ』
男達がそう返事をすると、剣を構え始める
半端者ではなく、それなりに手練れであることは構え方でわかった
だがどんなに強くても上には上がいる。
静かな時間の中で耳鳴りが響く
どちらが先に動くのか、あちらは仁王立ちの俺を見て悩んでいる筈だ
本当の手練れなら一斉に飛び出してくる筈だ
ならばそのきっかけを作ればいい
僅かに前に歩くと4人は一気に襲い掛かってくる
10mも距離があったが、直ぐに目の前に彼らはいた
どうやら信仰協会の戦闘員として階級が高い奴らのようだが、ノアを潰すためなら精鋭を連れてくるのは当たり前な事だ
夜間に起きていたであろう者は先ほど俺が殺したが、彼らもきっと普通に戦えば強い
だがしかし、それは俺じゃない誰かと戦えばの話だ
『遅い』
閃光が走ったのは俺が彼らが反応できない速さで剣を振ったからだ
軌道上に放電する光の粒子が飛ぶと同時に戦闘員は目を見開き、断末魔すら上げる事さえ叶わず両断されると力なくその場に倒れていく
予想外であったジョーカーは立ち上がると床に倒れた肉塊を見て目を細めた
他に邪魔する者はいない、2人だけになると俺は剣を担ぎ彼に目を向ける
魔物使いジョーカーは確かにシドラード王国の中で考えると圧倒的に強い
上位魔法を会得しているにも関わらず、魔法使いではなく魔物使いなのだ
回避能力が乏しいかと思えばそうでもない、彼は案外すばしっこい
(だが解せんな…)
仲間をやられても怒る所か落胆している様子
汚い物を見るような目を向けられていることが気に食わないが
俺は口を開くつもりはない。会話するだけ奴には勿体ない
『どこぞの傭兵か…聖騎士にそのような者はいないのは知っている。身分を隠すための偽装は弱い者がする行為だ』
『…』
『殺しきるなら自身を偽る意味は無いだろう』
(確かに!)
だがあまり深い話は彼はしたくない様だ
何故なら彼の目つきは殺意を込めた睨みに変わったからさ
体から漏れ出す黒い魔力が彼の強さを物語る
首をゆっくり回し、骨を鳴らす光景は他の人間からしたら不気味だろう
体格は細く筋肉があるとは言えない乏しい体に潜む殺意は本物さ
多くの協会員の血を流させ、神への冒涜の道に歩んだ存在は人間の姿をした化け物だ
きっと彼は言うだろう【水神の名において異端者を裁く】と
『水神の名において異端者である貴様を私が裁こう。相手が悪かったと知り死ぬが良い』
(うん、半分合ってるな)
彼は黒い魔法陣を目の前の床に展開する
それは俺も良く使う眷属召喚であり、魔物使いが覚えるべき魔法だ
半端な魔物なんてきっと出さない、彼の最高の武器が今姿を現す
『ニィィィィィ…』
王都の森で俺が変身したあれと同じ魔物に俺は驚く
ここじゃデーモンは狭くて出せないからだろうが…こんな魔物も保有していたとはな
身長2m、パペット種のように綿を詰めた人形のような見た目たが、普通とは違う
顔の目はボタンであり釣り目のような見た目、頭部に6つで口には鋭い釘の牙を持つ
頭髪はボロボロの布、それは腰まで伸びており、指の爪は獣のように長い
腰からボロボロの赤マント、まるで朽ちた魔人の人形にような見た目になっている
パペット・アクマというランクAプラスのパペット種の魔物だ
(デーモン以上じゃないか…)
街全体を避難誘導させるレベルの災害指定された魔物を召喚したジョーカーは薄ら笑いを浮かべると椅子に座る
こいつはべらべら喋る性格ではない、だから無駄な時間を削減できて助かる
『千人の血を吸ったアクマの力、思いしれ。まぁ3秒くらいは遊ばせてやろう…行け』
(久しぶりに腕が奮えるか)
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