第82話 絶品
ルーズベルトでの騒動の次の日、俺達は直ぐに次の街アインシュタインへと足を運ぶ
ここはノア勢力の将校、アドラ第六将校の故郷であり、彼がキュウネルとの国境沿いを監視している。
農業が盛んで畑が多くあり、街に入ると左右には牛がモーモーと柵からお出迎えさ
奥を見れば中心街、建物がここいらより多い
(養鶏場も見えるな…)
俺はノアの乗る馬車内で窓から景色を眺めている
聖騎士の殆どは後方の馬車の中で交代で睡眠、昨夜に警備していたものが複数いたからだ
ジキットもいないから道中とても静かである!
『牛の匂いぃ』
ミルドレットは鼻で匂いを満喫しているが変わった趣向だなぁ
馬車の横で馬に乗ったまま満喫している顔にノアは微笑んだ
『寝癖まだついてますね』
『あぁ!すいませんノア様!』
(おっちょこちょいか…なるほど)
暫く進むと公国騎士が前で馬車をお出迎え、これはアドラの部下達だろう
10名ほどの騎士が止まった馬車の前で膝をつくと、1人の男は一歩前に出て口を開く
『長旅お疲れ様です!アドラ様より承っていますので宿までご案内いたします!そちらでこの街の特産品で作られた昼食もご用意しておりますので是非ご堪能ください!』
『お疲れ様です。直ぐに向かいます』
向かう場所は中心街
すれ違うの人々は農民、ザルの中にはリンゴや柚子が入っている
ここは公国内のリンゴを3割生産している街であり、柚子はお小遣い稼ぎで他の街に流しているとノアが俺に話してくれた。
『特産品と言っていたがリンゴか』
『リンゴパイですね。あとは熊鍋ですね』
動物の熊、ここいらでは北に見える沢山の山々に沢山いるとの事
しかし公国の法では違法な狩りはご法度であり、決められた数の熊しか狩れないらしい
それよりも俺が気になっている料理がある…柚子蕎麦だ
(来る前に調べていたからな…)
玄そばの実の収穫量は公国内随一でイドラ共和国やシドラード王国に流すほど
収穫後は専用の工場で乾燥させ、ゴミや石を道具を使って取り除く工程後に蕎麦の粉になるらしいが、工場見学する気はない
食えればいい…ただそれだけさ
『グスタフさん、仮面からヨダレ…』
ミルドレットは気づいた、俺は気づかなかった
まさか仮面の下部から期待の液体が零れていたとは不覚だ
こうして宿まで辿り着くと、ロビー内で俺は寛ぎながらノアがアドラの持つ第六騎士らと話す姿を眺める
『厳しい人ですが、休むときは休まないといけませんよ』
『確かに頑固な所は将校随一かもですね』
『隠れてサボるのも技術です!』
そんな事を王族が言うと、騎士らは笑う
こういう所は将校だけじゃなく、騎士からも支持されているのだろう
楽しそうに会話をしている最中、アドラ第六将校のお出ましだ
スキンヘッドで顎髭が特徴的な将校であり、彼の右手には自慢のハルバート
本当に斧槍って感じで見ていて良い武器だなと感心させられるよ
彼の登場で騎士達は姿勢を正し、綺麗に並ぶのを見るとちょっと笑いそうになる
『ノア様!よくご無事で』
『お疲れ様ですアドラ殿、ちゃんと実家に顔を出していますか?』
『母に毎日皿洗いさせられて気が滅入りますぞ?』
『ここでは食器洗い将校でしたか…』
苦笑いするアドラだがノアとも良好らしい
しかし俺を見ると少し警戒を見せてくるのはまだ俺との関係は良好ではないという事だ。
ノアはニコニコしながら少し下がるとアドラは彼女に小さく会釈してから俺に近づいてくる
何を言われるんだろうかと内心不安だったが、予想外にも普通だった
『アクアリーヌの件は礼を言う、あとお主の街での騒動は俺の耳にも入っているが、器ある対応に感謝する』
『仕方がない事だった。そして今回の遠征は将校らにとって気に食わぬ内容であるのは承知しているが我慢してくれ』
怖い顔だが、口元に笑みが見えた
小さく鼻で笑うと俺に背を向け、ノアのもとに歩き出す
『俺の街だ、特別に歓迎してやる』
(よかったぁ…)
ここで昼食前に宿内の小さな食堂を借りて今後の会議だ
長テーブルを囲むのは俺やアドラ第六将校と副官ファブル、彼は鉄鞭を使う武人だな
そしてミルドレットとその副官ラビスタ、起こされたジキットにオズワルドそしてハイド
聖騎士はノアの後ろに護衛する形で配備されていた
ここまで来た時に起きた事をノアはアドラに話すと彼は唸り声を上げる
『オルガか…ノア様に恩を仇で返すとは…』
『まだ彼が関与しているかどうかは未知数ですが濃厚です。』
『完全に魔物の件はこちらの戦力を見るためですぞ?ディクティールを手懐けるという点も手練れの魔物使い、公国内にそのような者は裏の組織でも聞いたことがありませぬ』
ケヴィンが動けない状況ならば動ける勢力はウンディーネ信仰協会
その中にいる魔物使いならば覚えがあるが、ノアやアドラは俺に目を向けているが話すしかない様だ
『…ウンディーネ信仰協会の幹部の1人に魔物使いがいる、Bならば魔物収納スキルの中にいても可笑しくはない』
『あそこの情報は我らは知らぬ、どこまで知っている?』
『話すと面倒だ。魔物使いの話だけさせてもらう。大幹部の5人の中に魔物使いが1人、ジョーカーという男ならばディクティールは操れるだろう』
ウンディーネ信仰協会が動くには丁度良いタイミングだと告げると、ノアは一息つく
シドラードの癌はあの協会だと言うのは俺でもわかってる
今回はそこさえ消えればシャルロットが王の座に近づくのだ
ケヴィンでは傀儡にしかなり得ないからな
『家系が消える可能性か』
アドラの呟きはご名答
国が大きく変わるときはクーデターが起きる
いつの時代にも協会の連中が関与してるのさ
(直接叩くのは容易いが…)
意味はない、次の王ならば戦う事を覚え、そして覚悟をしなければならない
今のシャルロットにない大事な物、それが無いならば簡単に終わらせる事は出来ない
『グスタフ、街の中に異質な気配は?』
『無かった。それなら街を知り尽くしているアドラもわかる筈』
『怪しい奴なら直ぐにわかる。今の所はない』
ならば街の外に拠点がある可能性だ
誰もが予想している事は一つ、森の中さ
『ノア様を囮にするのは許しがたい事だが』
『アドラ殿、あちらの計画を知る為です。』
『何かあれば直ぐに発光弾を空に』
『わかりました』
その他は予定されたキュウネルでの話し合い内容に関して話したが、ここは予定通りだ
表上は交易関係だが本命は信仰協会の独立化の賛同、これにはあちらの条件がきっとある
その予想が一番の難問だ
亜人なら何を欲しがるかわからないのだ
俺でもわからないから実際話さないとならん
『行ってからが勝負ですね』
その通りだ。
会議後、部屋を出た俺は聖騎士の姿のまま宿内の壁に貼られた記事を見て微笑む
アクアリーヌ戦でも記事がまだ貼られていたがそれじゃない
嘘情報である記事があるのだ
グスタフは今頃ガーラントと会食し、勇者パーティーと顔合わせという変わった記事
ここにはいないぞという事にする為だ
人前では聖騎士に化けてるのはその為さ
(罠にかかるのはどちらなのか)
俺がここにいる以上、結果は見えてる
しかし油断したら直ぐに立場は逆転するから用心はしておく予定だ。
『お前は来ると思ってるか?』
ジキットだ。
後ろを向くと腕を組んでいつも通りの険しい顔つき
どうやらこれからの道中の事が気になっているらしい
街の中はアドラ第六将校や彼の騎士達が多数いるため、敵勢力が騒ぎを起こせるはずもない。
もしいるならばこの街を出てからが本番だろう。
キュウネルに向かう南門を過ぎると小さな防衛拠点があり、そこの監視塔から南に広がる大森林を見張っているのだが、そこから10キロほど進めばキュウネルの国境線があるとジキットが説明するけど俺は知ってる
目印としてて幾つもの鉄の杭が並んでいる為、その周辺は要警戒だ
『キュウネル領域内で起こすとなると人間の手で行うにしても狐人族には悟られる、そうなるとけしかけるのは魔物だろうな』
『だがBは倒したぜ?まさかそれ以上のバケモンでもいんのか?』
ジョーカーは一体だけAランクの魔物を手懐けている
大勢の信者の命を犠牲に手にした魔物だが大事にしている感じは無い
使うべき時に使う、あいつならばそうだろうな…
俺は無言のまま近くの椅子に座るとジキットは対面にあるテーブル奥の椅子に座る
答えを求めているようだが、内密にする理由は無い
『ウンディーネ信仰協会の癖に似合わぬ魔物、デーモンだ』
これにはジキットは驚いている
悪魔種の上位悪魔であるデーモンはプチデーモンというBランクの魔物が変異した姿
ノアが遭遇したであろう王位悪魔と言われる存在の側近として君臨する魔物だ
全長4メートル、筋骨隆々とした真っ黒い肉体、人型の姿をしており体には血管のような模様が体中にある
蛇のような髪型、赤い釣り目は悪魔の様な目つきであり、口を開くとおぞましいほどの牙を持つ
魔法・物理耐性は共に高く、弱点である聖属性魔法なんて覚えている人間は少ない
『協会の勢力はすげぇな』
『もしそいつがいる場合、俺が始末する。オルガは任せたぞ』
『は?言われなくてもぶっ潰す。ヘマすんなよ?』
元将校のオルガだが、きっとジキット達なら大丈夫だろう
力はオルガが上なのは確かだ、それでも今の状況ではどちらが勝つかはわからない
そうなった時のこいつは強い
『てかよ、通りにもいるんじゃね?』
『目立って怪しい奴はいなかったが、ゼロとは言えんな』
『まぁ用心しとけ。てかお前飯食ったか?』
『あ…』
途端に鳴るお腹
呆れた顔のジキット
俺は食わずには入れず、彼と共に宿の食堂へ
会議に使った部屋であり、比較的小さいが奥に見える窓から調理場が見える
ここからでも2名の聖騎士が見えるが調理場にもいるとなるとネズミすら入れる隙は無い
昼食後はジキットは寝なければ夜の警備に響くため、今日出会うのはこれで最後か
『柚子蕎麦定食だってよ』
温蕎麦という冬に体を温める料理が少し待ち遠しい
デザートにはアップルパイという豪華なメニューであり、俺は腕を組んで待ち望む
そこに現れたのはノア、どうやら彼女も昼食がまだのようであり聖騎士を5名引き連れてやってきたのだ。
『色々考えていたら食べるのを忘れてしまって…』
『こいつと食べると不味くなるとかないすか大丈夫です?』
『こらジキット』
(お前はお母さんか?)
聖騎士だから逆らえない、という感じではないな
見ていて微笑ましいが、ジキットは堂々と俺を睨んでる
『美味い料理に目がない事は知ってるが、ここは絶品だぞ?不味いっつったらアドラさんがブチ切れんぞ?あの人は頭突きのアドラとも言われてんだぜぇ?。何人かあの頭突きを副官が喰らって…』
『ほう?ジキットも堪能したいのか』
馬鹿め、お前が話し始めた頃には静かに入ってきていたのだぞ
超速で振り向くジキットは不気味な笑みのアドラ第六将校と目が合うと、引き攣った笑みを浮かべて体を強張らせた
数秒後、鈍い音が部屋に鳴り響くとジキットは頭部から湯気を出しながらテーブルに伏している
アドラ第六将校の頭突きを喰らったらそうなるのか…覚えておこう
『ったく誰が頭突きのアドラだ』
アドラは一息つき、椅子に座りながらそう囁いた
側近を倒されたノアはクスクスと笑って楽しそうだが、悪くない雰囲気だな
こういう光景を見ると、人は守りたいと思うのだろう
他国にだってこういったやりとりはある、誰もが正しいと思って争う
だから俺はノアに確認の為、質問を投げた
『ノア、戦争とは何故起きる』
『政治の成れの果てと貴方は言った事を聞いたことがあります。同じ事を別の言葉で言うと、沢山の正義がぶつかるからです』
なるほどな…賢い女だ
これにはアドラも険しい顔で小さく頷いた
『人の理想は1つではない、我らは敵の志も斬って進まらなければいかん。』
『稼ぎで現れる傭兵を嫌うのはそこだな。まぁ俺が言う立場ではないがな』
将校や騎士達は公国の未来の為に剣を持ち、公国の歴史と人々を守る
色々な強い意志のもと、そして王族の意向と共に戦場に駆けるのだ
そんな彼らの持ち場に義勇軍という形で現れる戦争傭兵を嫌うのは理解できる
稼ぐために敵を殺すとなると…な
『お前は例外だ、多分な』
『何故だ?』
アクアリーヌ戦での突撃作戦時の様子を彼はミルドレットから聞いていた
だから印象が少し変わったような言い方を彼は口にしたんだ。
『ただ殺すな、お互い遊びではない…お前はミルドレットにそう言ったらしいな』
『…さて、忘れたな』
『お前も人を殺める意味を知っているからであろう。苦手だが嫌いではない…いや、手柄を持ってかれたのは嫌いだ』
ノアに顔を向ける俺
彼女は口元に笑みを浮かべたまま顔を逸らした
助けてほしかったが、無理ならば仕方がない
(正直な男だなアドラという奴は)
部下を厳しく鍛える意味も聞かずともわかる
誰だって共に戦場を駆ける者の死を見たくはない
生き残る為に厳しい訓練をするしかないのさ
土壇場で強張らない為に、体に戦いを覚えさせるために
沢山の生き死にを見た者だからこそ、アドラはロイヤルフラッシュ第二将校と並ぶ鬼教官とも言われているのだ
将校として20年以上も君臨し、色々経験してるって事だ
『さて、みなさんご飯です!』
(来たか!!!)
丼ぶりから溢れる旨味の湯気、香りを引き立てる柚子の理想郷はここにある
湯気の森を駆け分けたくなる程の期待感に俺は無意識に息を吹きかけるとその全貌が眼下に現れた
(鴨ネギを使うとは贅沢な!)
鴨とネギに柚子、香りでメインである肉を際立たせたというのか…
湯気だけでも米が何杯いけるかわからん、本体とは一体どんな味なんだ
この期待感は口に含んだ時に報われる、脳とは無意識に物語を作るのさ
簡単な物語の1つは誰もが体験したことがある、空腹というスパイス
味を濃く脳に刻む込むために食材は匂いや姿そして熱で人間を襲い掛かる
(喜んで受け入れよう)
『約束された絶品だ、味わうが良い鬼哭』
アドラが自慢げに言うが、否定できない
綺麗なピンク色の鴨の肉、そして外の寒さに負けぬ熱を帯びた味
俺は誰よりも先にテーブルに置かれた箸を手にすると絶品の森に突っ込んだ
触れるとより一層と匂いが鼻を通り、体の自由を奪われる
(先ずは…)
蕎麦を堪能すべく熱々のまま口に運ぶ
麺つゆの海を泳いていた蕎麦は只者じゃない、さっぱりとした柚子の持ち味を纏い口内で舌と共に踊りだす
柚子と蕎麦という引き合う事のない食材は俺の口の中で禁断の密会
漏らしてはいけない罪を俺はいとも簡単に暴露してしまう
『美味い…』
俺だけじゃない、ジキットやノアも同じ言葉を口にし黙々と食べ始めた
次は蕎麦の中にいるピンク色の肉、乙女のような柔らかいそれは俺は口の中で優しい触感でとろけさせてくる
無意識に笑みが零れ、蕎麦の大都会に俺はメロメロだ。
『鬼哭は落ちたな、はっはっは!』
アドラめ…認めよう
最高の味を堪能したのは俺だけじゃない、完食後はみな余韻に浸っている
ノアなんておかわりしたぞ?まぁ俺もだがな
『やべぇ美味いぜこれ』
『とても美味しい料理ですね。これが郷土料理ですか』
『特産品をふんだんに使った料理、高級食材にも対抗できます』
(確かにそうだ…美味)
熊鍋が無い事に俺はアドラに聞いたが、夜まで我慢しろって言われた
悲しいが楽しみは取っておかないとな…
俺は口の中に残る温もりを感じながら皆と共に食堂を出だ
ロビーには多くの聖騎士や第六騎士らがたむろしている
ここで泳がせようとしていた計画だが、気が変わったな…
食堂を出る前に聖騎士の姿になっていた俺は1人の聖騎士とすれ違う瞬間、その男の首を掴んだ
目を見開いて驚いており、そして攻撃さえも忘れて俺の手を引き剥がそうとする
その光景に皆はようやく気付くが何故見知らぬ聖騎士に他の聖騎士が気づかなかったかだ。
隠密スキルでこいつはいるようでいない存在でここらをずっと練り歩いていたからだ
聖騎士でこんな男を俺は知らない
ノアやアドラ第六将校そしてジキットは何事かと近づくが、どうやら覚えのない騎士と気づいたようだ。
聖騎士や第六騎士がその事に気づき、武器を一斉に構えた
ジキットはノアを守るように彼女の前に立ち、アドラはいつも以上に形相で俺が捕まえている男を睨む
ギリギリと腕に力を入れるにつれて男の体が痙攣し始めた所で俺は口を開いたよ
『吐く気が無くとも覗かせてもらうぞ?』
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