第78話 争闘

アクアリーヌに用事があり、俺はワープでこの街の冒険者ギルド裏に着地だ。

フラクタール冒険者ギルド職員に一報が入り、アクアリーヌで面倒な事が起きちゃったのさ


(流れ者か)


ケサランパサランの羽毛でドレットノートの件は起きた

だがその一部はアクアリーヌに流れていたというのだ。

発見が遅れたのはドレットノートに意識を向けていて気付かなかった事だが、まだ時間はある


将軍猪という死ぬまで走り回る暴君だ

全長は最大で4メートルと大きな猪

犬歯は巨大で湾曲して上を向いている

獅子のようなタテガミ、頭部から背中まで赤い毛が伸びており、その体から繰り出される突進は木をへし折る勢いだ。


雑食だが肉を好み、逃げる生き物を追いかける習性を持つ

攻撃手段は突進が殆どだが、その突進が本当に凄い

デメリットとして急な角度変化が無理なため、その場合は一度何かにぶつかってから勢いを止めて反転するから落ち着いて避けれれば大丈夫だ

しかし、皮膚が固くてミスリルだとまったく傷つける事が出来ない


依頼はアクアリーヌの冒険者ギルド運営委員会の建物であるギルドから名指しで来たのだが依頼主がギルドマスターではなかった為、俺は請け負う事にした


『普通ならば断わるが…』


断れないタイミングよなぁ…しかも依頼者があいつらだし

ギルド裏からでも建物の窓から流れる冒険者や職員達の慌ただしい声

表から堂々と大きなドアを開け、メェルベールを担いで中に歩く

赤い絨毯がフラクタールよりも綺麗、きっと毎日手入れしているのだろう

ロビー内に多数配置される丸テーブル席には大勢の冒険者だ。


先ほどまでの騒がしさは無い、俺の姿を見た途端にだ

凄い静かであり俺の足音が聞こえるほどとは、ちょっと恥ずかしいな

カウンターにはここの受付嬢がいるが、ボーイッシュな髪型でクールな女って感じのイメージ

そんな彼女がホッと胸をなでおろす仕草を見せていた


『ホークアイの頼みで来た。肝心のあいつはどうした』

『…ホークアイさんは今高熱で動けなくて…』


それは仕方がない、謎が解けた

チームとして攻撃の要である彼がいないとタイガーランペイジの士気や総合火力に大きく影響を及ぼす

それを懸念し、最悪の場合を想定して彼はギルド職員に頼んで依頼を飛ばしたのだ


近くの丸テーブル席には彼のチームメンバーであるコハルに片手剣の男カイ、魔法使いの男グムエル、女魔法使いのマヤちゃんだ

ちゃん付け?ロリっぽい見た目だからチャンで良いだろう?

彼らは足早に俺に近づくとコハルは申し訳なさそうに口を開く


『本当に助かりますグスタフさん』

『高熱は無理だ。それにお前らには恩がある、この街で美味な料理を馳走してくれるならば手を貸そう』


飯が全てだよコハル、美味は人を幸せにする

金には困ってないが、知らない味が知りたい欲は色褪せない

そんな俺に僅かに微笑む彼女は『変わらないですね』と優しく言い放つ


アクアリーヌの料理で有名なのは調べがついている

この時期にはアクアリーヌの街中や周辺に流れる川に産卵の為に海から帰ってくる鮭が美味いと聞くがシドラードには無い美味らしい

それが狙いで来たと言っても過言ではない


(それにしても…)


冒険者の距離感、コハル達は普通に近いが他の冒険者は近づこうとしない

緊張した面持ち、その原因は俺で間違いないが嫌いじゃない

彼らは慎重に接しようとして様子を伺っているだけだと思う…多分


『皆は引いているなコハル』

『当たり前ですよ。鬼哭グスタフの名は今じゃもうあれですから』


密かに暮らしたい俺の夢朽ち果てる

まぁ完全にそんな生活ができると思わなかったがな


(ならば鼓舞しやすいか)


『…経験を積みたい者はついて来ればいい、あの猪に関して猛勉しているならばな…』


習性は大丈夫だと思うが、問題は観察力にある

獣同様に恐れる者を弱い生き物と思っている為、逃げる者もそうだが恐怖を感じている対象を優先的に狙う傾向があるのだ。

だからいかなる場面でも冷静に立ち回るしかない、気が動転した者は直ぐに死ぬと彼らに告げると複数は息を飲む


『毒・麻痺・眠り耐性も非常に高いから小道具も通じぬ。残念だがヘイトを稼げる者が複数人いれば』


すると回避に自信を持つであろう者が名乗りを上げた

素早い立ち回りに定評があるチームのリーダー達だが、数で攻める気はないから都合がいい


『Cランクだが立ち回りには自信があります』

『こっちもよ。身軽さには自信あるわ』

『ならばホークアイの代わりに俺がタイガーランペイジに今回は加入し、計3チームで挑もう』


数でいくと場が乱れる危険性が高かったため、コハルにそれを説明すると彼女もその懸念があったらしく直ぐに頷いてくれたよ


こうして3チームでアクアリーヌの北に位置する大森林の中に俺達は足を踏み入れた

遠くからやまびこのように聞こえる鳴き声は将軍猪であり、きっと狩りをしている最中だとわかる


その鳴き声を聞いて苦笑いを浮かべる片手剣の男、完全に怖くないわけではないな

まぁそれが正解だ、ある程度怖がらない奴は死に急ぐことが多い

俺は歩きながら彼らに話すが、将軍猪は側面攻撃だけで戦うしかない

勢いを止める為に木に激突した瞬間が攻撃のチャンス、遅れると鼻先でぶっ叩かれて最悪一撃で戦闘不能になる


『前足を狙うわ』

『こちらもそうしよう、ヘイトを稼ぐのは少なくしたい』

『こっちはユッケにするわ。あんたのとこは?』

『俺はヘンリーだ』


男女の双剣使いだ。

確かに身軽、そして見た感じだと将軍猪の突進も遊ばない限り避ける事は出来るだろうな。

突進する際、目を見開くからちゃんと猪の目を見て良ければ仲間が削っていくと説明しながら俺は先頭を歩く

だがしかし、2人だけでは疲労で直ぐにバテるから2組目が必要だ

それは勿論決まっている


『2組目は俺だ。それまでお前らが持つであろう切り札は温存しておけ』


小さく頷く彼ら、そして俺は首を回して骨を鳴らす


本当に死ぬまで動く猪なので前足とか狙えれば彼らでも戦えるだろうな

まぁ体力勝負になる事だけは確かであり、初めて相対するであろう2組のチームメンバーは緊張を飛ばそうと深呼吸する者や首を回す者、胸をトントン叩いて何かを呟いている者までいる


(見ていて面白いな…)


そして1時間くらい森の中を歩いて遭遇した将軍猪だが、ここは省略しよう

簡単に言うと、ヒヤヒヤした場面は幾度となくあったが彼らは激戦の末に倒したのだ。

息を切らして地面に座り込む皆は先ほどまで咆哮を上げていた将軍猪にも勝らぬとも劣らない歓喜の雄たけびを上げる

どんな魔物はいつか戦うであろう日が来るその時が来るまで蓄えた知識を戦いながら恐怖心を徐々に薄めていき、怒涛の時間の中で彼らは体に刻み込み始めたのだ

強敵との戦い方を


焦った者は死ぬ、死にたくないなら冷静であれ

恐怖に負けた間違った行動爆発こそ冒険者にとって危険だ。

それに打ち勝ったからだろう、拳を握って興奮冷めやらぬ思いで叫んでいた


『ホークアイには残念だが、いい経験が出来ただろうな』

『はい…そう…ですね』


疲れ果てているコハルは汗だくで返事をするが、まぁここで面倒そうな気配を俺は察知する


魔物ではなく動物でもない、いや一応動物か

人間は動物の類だからだが、この感じは普通の人間ではない

俺の様子に気づいたコハルは顔を向けている方向に顔を向けた


『グスタフさん?』

『賊だな』


久しく見ていない集団だが、その面子が豪華な事に遭遇してから俺は気づく

激戦の後に体力を残してない彼らに戦わせるわけにはいかん、ここは俺がやろう


『普通に休んでおけ、俺は傭兵だからお前らが普段見ない光景を見る羽目になるだろう。目を背けていても良い』


そう言い放ち、同時に茂みの向こうから5人の男達が現れた

普通ならばボロボロの古びた革装備などが賊の見た目って感じだが、小奇麗だ

本当に賊なのかと思っていると、俺は知っている顔に少し驚いた


『騒がしいと思えば…』


男が一人、呟くがこいつは絶対に頭領ではない

彼らの後ろにいるあの黒い鎧を身に纏い、ファー付きジャケットを着ている者が頭領だ。てか傭兵だ


(以前よりも強いな…)


シドラード王国のS級傭兵の無音ザントマと言われ、数年前までは俺の近くで戦争傭兵として色々と顔を合わせている

護衛任務や冒険者のような仕事もこなすため、魔物との戦いも慣れていたらしいが…

口数が少ない奴であり、武器は僅かに湾曲を魅せる片手剣だ


先頭の男が少し俺を吟味すると、驚いて僅かに後退る

どうやら俺の事を知っているらしい感じだが、彼だけじゃない


『嘘だろ…』

『ここで出会うのか』


ザントマは依頼が無い限り他国に入国などしない

たまに情報収集でイドラ共和国やファーラット公国に足を踏み入れる時はある事は昔聞いていたから今回もそれだと推測している


緊張した面持ちだが、ザントマだけは鋭い目つきで俺を見ている

驚く素振りすら見せないのは流石である。

モロトフというよくわからん奴がエイトビーストに推薦され、こいつが推薦されない意味が俺には理解できないなぁ


彼の魔力が体から漏れている

何があっても直ぐに対応できるように精神を集中しているからだ

バチバチと僅かな放電が彼の体から僅かに見えるが、直視でも見える筈さ


『何をしに来た?シドラード王国の無音よ』


これには彼の仲間が驚いた

ザントマの名を知っているからだろうが、目的が俺ならば最悪の場合は仲間みたいな奴らを消す必要はある

そうならないよう祈ってるけど、こいつは危険な依頼など受ける奴じゃない


疲弊しきっている冒険者は息を飲み、立ち上がる事も忘れているほどにピリピリした状況で動けないでいる

そんな中、先に動いたのは度胸あるザントマだ

彼はぎらついた目のまま静かの仲間をどかし、そのままゆっくりと俺の前まで歩き出す。


こちらも威嚇しようと思い、瘴気のような黒い魔力を体から出してみたが彼は狼狽えない

怖がるという感情が良い感じに欠如した奴だからだ。ファラと似た雰囲気のコワモテな顔だから大人の女性から人気あったな…解せん

多少くせ毛だが長髪、肩までの長さだ

眉毛は毎日整えてるから細い、鼻下や顎の髭も毎日手入れしてるってくらい整っている。


そんなザントマは俺の目と鼻の先、何で睨み合いになっているのかわかんない

だが無駄にやり合う奴じゃないのは知ってる。


(さて…どうくるか…)


『鬼哭グスタフ、聞くに勝る男だな貴様』

『何用で他国に来た?アクアリーヌの米酒なら良い店を教えるぞ?』

『…それは夜にしておこう』


彼の体から漏れる魔力が消えた

ならば俺も止めるしかない


一息ついたザントマは俺をマジマシと見た後に僅かな笑みを浮かべ、口を開いた

どうやら情報収集でアクアリーヌから南に位置するフラクタールに向かう予定だったらしく、目的は俺の情報を王族が欲しているとの事、だが誰が寄越したのかわかる

こいつは…シャルロット王女のファンだからな…


『シャルロット王女の機密依頼というならば条件込みで教えてやらんこともない』


彼の目は開眼し、不気味な笑みを浮かべ始めた






そして2時間後、俺はアクアリーヌに戻った

討伐後の処理をコハルに任せ、今はギルド2階にある応接室をギルマスから許可を貰って使用している

まぁやる事も終わったし、あとは美味い飯を食うだけだ

それに今日は良い収穫があったからこそノアに知らせなければならんが、それは飯の後にワープであの屋敷に行ってみるか


椅子に座って寛ぎ、1人の時間が心地よい

森での将軍猪の件はいいとしてザントマだな。数か月後に実るかどうかはわからん

今、シャルロットは派閥に戦力を引き入れなければならないから彼を寄越したのだろう。


(ファラの指示か…)


ザントマと酒を飲む仲だ、あいつに相談して正解だが

間違った戦力は逆にシャルロット自身の立場が危うくなるのは危惧される


そんな事を考えていると、ドアをノックされたよ

誰かと思えばコハルや他のチームメンバー、当然ホークアイはいない


(熱か…大変だなあいつ)


『今日は助かりました』

『何もしていない、だが危なければ屠っていた』

『報酬の一部はどのようにしますか?』

『俺は飯さえ食えればいい、将軍猪の毛皮はこの時期は高値で売れるからかなりの報酬になる筈だ』

『それで結構な額になりました』


防寒具としてあの毛皮は凄い暖かい

この季節の必需品過ぎるから討伐隊の懐にはその分が上乗せされた報酬が与えられるだろう。

1か月は休んでも問題ない額だし、金さえあれば更に先に行ける


物事の大半は金で解決する、夢もだ

自己投資というのは渋るとその分、望んだ未来は遠のく

剣は悩んだら買え、防具もそうさ


満足できる結果の中を歩いた時にそこで投資した分を上乗せできるような日常が生まれる。

それは冒険者や傭兵だけじゃなく、画家や小説家など幾多の職も同じである


(というのをエルマーが酔うとよく俺に力説していたな)


『グスタフさん?』

『あ…あぁすまぬ。あと男魔法使い』

『ひぁいっ!?』


唐突に話しかけたせいか…、驚いて裏声の返事に笑いそうになる

少し間があったが俺の心を落ち着かせる時間がこの間だ。お前は女か?


『前後に足を開いて構えるのは魔法使いとして魔法の反動を抑えるから良いが、避ける時に徹する際には左右に開け、一瞬の対応が遅れて死ぬぞ』


魔法を放てばそれなりに反動がある。唱える前に構えておくのは当たり前な事

しかし避けなければいけない攻撃がある可能性が高い今回の戦いでは自身の出番が確実に無い時ぐらいは最悪狙われた時を想定し、避ける意識で構えを変えなければいけなかったことを教えると彼は先ほどの強張った様子が嘘のように無くなり、真剣だ


『まぁしかし、裏を返せば仲間を信じているという見方も良いかもしれぬが予想外とは予想外な瞬間に起きるから予想外だ、それに対応できるように助言しておく』

『わかりました』

『あのっ…私は』


(次は女魔法使いか…)


ちなみに男魔法使いの名前はグムエルで女魔法使いはマヤちゃん

他に1人、片手剣の男がカイだが…この流れは全員に言わなければだめか


数分かけて全員に色々指南すると顔がほっこりしているようだ

今話したことをできれば今以上には確実にいけるだろうが、大変だぞ

ここまで来れば癖との勝負になる、それはのし上がれば上がるほどに…な


『少し野暮用がある、2時間後にまたギルドに顔を出すぞ』


コハルにはそう告げると俺は椅子を立ち上がり、男魔法使いの頭をポンッと軽く叩いてからドアに歩く


『お前はスピリットファイアを覚えても良い頃合いだな』


背中を向けて口を開くと、俺は部屋を出て直ぐにワープだ

誰も周りにいなかったし丁度良かったしね


着地点は王都アレキサンダーにある大屋敷の裏、そこから表に向かって歩けば正門の鉄格子前には黒騎士が10人警備していた


感情が無いかのような凍てついた表情が特徴的な彼らだが、俺を見て困惑しているようだ

一人、鉄格子の中にいた者が屋敷に走っていくのが見える。

待てばいいのかわからない…


『…ノアはいるか?』

『あの…失礼ですが本物ですか?』


(あぁなるほど)


凄い困った、どうやって証明しよう

唸り声を上げ、俺は悩んだ

多分ノアの所に一人向かったのは思うんだ

だがここは待つしかない、勝手に入っても図々しいからだ

そこはわきまえてるつもりだと思う


数分後、やってきたのはなんとノア本人だった

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