第77話 平和

俺は今、フラクタールの南区治療施設の建物内だ

まぁガンテイのお見舞いだが、彼の妹でもあるミルドレットも今回来ている

個室という待遇、しかも騎士姿で会っていたミルドレットは勿論私服だが、普通に女だ


俺は彼女と椅子に座り、包帯やギブスにまみれたガンテイを見て口を開く


『本当に頑丈だね兄さん』

『ミルドレット、お前も頑丈かもしれないぞ?』

『グスタフさん勘弁してください。人でありたいです』

『おいお前ら?俺は人間だぞ?』


苦笑いのガンテイをネタにするのは面白い

ミルドレットもわかって乗ってきたのは流石だ。

あれから3日が立つが、ミルドレットは1週間の帰還だからまだフラクタールにはいる


ガーラントはすでにフラクタールを出たが、その後も俺は大変だったのだ。

ガンテイがその問題を口にしちゃったよ


『まぁダラマンダーが一番ヤバかったな。素材は綺麗だし最高峰の防具素材だから大金だぞ?金貨1000枚もした』

『ひゃう…』


今ミルドレットが変な声を出したな

あれは解体屋のフィンネルの所に持っていったんだが、見せたら興奮しながらダラマンダーをベタベタ触っていたのを思い出すよ


一部はシューベルン男爵に送ったが、どんな防具になるのか興味ある


『だが良かったのかグスタフ、半分はアクアリーヌに流す事になったが』

『良い。商人も良い商売になるだろうが商人会の者にも恩を売っておく必要が多分ある』


『『多分?』』


ガンテイとミルドレットが同時に口にする

俺はなんとなくそうした、と言うと二人して苦笑いしていたよ


ドレットノートの件に関し、ガンテイはジャンヌに対して不満を持ってはいたものの、特別恨みを持つ事はしなかった

それはこいつなりの純粋さがあるからかもしれない


作戦を変えていれば被害はもっと抑えれていたかもしれない、討伐のきっかけを作ったのは確かにジャンヌだがその被害を抑えれなかったのは自分の判断もあった、とさ


(損する思想の男だなぁ…)


嘘をつけないタイプのボスゴリラ

ミルドレットと交互に見ると、とても妹とは思えない


『今、妹と見比べなかったか?』

『いやっ!してないぞ!』


こうしてガンテイのお見舞い後、俺はミルドレットを引き連れてアンリタの鍛冶屋リミットに向かう

彼女の槍は上質なミスリルだが、アクアリーヌ戦で研ぎ直ししていないようだったのでアミカを紹介したのだ


鍛冶場で鼻歌を歌いながら研ぐ音を聞きながらも俺は誰もいない店内の椅子に座り、ミルドレットと店内を眺めた

今日は急遽休み、アミカが自称ホワイト社長と豪語しているからかいつもの売り子らは有給を与えて帰らせてしまった

まぁそれほどまでにこの店は繁盛している


ミルドレットは壁に飾られた槍を手に取ると構えたりとなんだか楽しそうだ


『最初は兄さんの事を街で聞いて顔を真っ青にしましたが、やっぱり頑丈でしたね』

『そこだけは人間離れしていると評価している。普通なら即死だ』

『ですよね、あと言われていた魔法覚えて鍛錬しました』


貯蓄を削って試練を受けたらしいよ

氷属性の素質持ちはガンテイもだしやはり兄弟だな

下位魔法のスケート、そして氷弾の2つだ


『実践で使えるように模擬戦はしたか?』

『小規模戦ならスケートは便利ですね、試練も苦労しなかった記憶があります』


満足そうな笑み、男っぽい話し方がたまに漂う顔の小さな女性

だが槍の腕前はアンリタよりも技術は高い、払いが上手いのが決め手だ


『半年は回数をかけて鍛錬すればいい、その後は』


彼女の指南しながら風でカタカタと音を鳴らす窓に目を向ける

今日は一段と寒いが冬が近づいている証拠だ。夏より楽で良いが寒いのは嫌だ


(秋の初め頃がいいんだよなぁ)


そんな事を俺は思っている


こうして数十分後、アミカは笑顔で店内に現れると綺麗な輝きを見せるミルドレットの槍が届く

どうやら刃の根元の部位である逆輪(サカワ)という長柄の先端にはめる鐶(カン)がボコボコだったから新しいのつけた!とアミカは言う

しかも以前のより上物、だってこれ…


『僅かに水色の輝きなんだが…アミカ』

『アクアライト使った!氷も恩恵あるってグスタフさん言ったもん』


そういう問題ではないのだがな…しかしわかっていて使ったのか?

これにはミルドレットも驚きを隠せない感じだが2つの意味でアミカは無償で直し、そして高価な鉱石を使ったんだと勝手に思う事にした


ガンテイの妹でもあり、公国騎士会という普通の協会のように独立した組織ではなく王族直轄の協会の者だから繋がりを持つ意味なのかも…多分


『良いんですかアミカさん』

『うん!今日はグスタフさんのお守お願いね!』


何でだよ…


ドレットノート討伐した次の日にはホークアイらがアミカの鍛冶屋の話を聞いて店に来たのだが、そこでも彼女は色々おまけしていたな…

まぁ裏目に出ない行動を無意識にしている感じはある、損はしないだろう


『今日は俺も槍を使うか…』


俺は左手を前に出すと武器収納スキルでとある武器を出現させる

初めて人の前に見せる槍だが、奇怪な形をした刃にアミカもミルドレットも口を開けたまま驚く


刃が蛇が地を這うように湾曲し、先は少し刃が太くなり分かれる

逆輪は通常の物とは違い、メデューサの顔をモチーフにしたようになっていて蛇が左右に無数伸びている全長3mの矛だ


ミルドレットは小声で欲しい欲しいと呟きながら調子よく俺に乙女の目で訴えてくる


『将校になったら考える』

『じゃあ頑張りますね!!』


そこでやる気を出すのか?と彼女のやる気スイッチがわからない

アミカは帰ってきたら見せてと言ってくるから、それには応じよう

今日はミルドレットと森で槍の鍛錬であり、馬術を得意とする彼女だが馬を使えない場所での鎮圧戦を想定して行う為、使わない


『アミカも行くー!』

『家はアンリタだけか』


今日、アンリタは2階の居間にて寝間着姿で大の字でヨダレを垂らして寝ているのを目撃している。

男どもがいない事をいい事に無防備なのは解せぬが、俺も男だぞ…

メモを残してアミカとミルドレットと共に森に向かうが、アミカの目的はただの散歩である。


通りを歩くと気さくに街の人間がアミカに挨拶したり、ミルドレットを見て久しく思ったのか話しかける者は少なくない

俺に対しては声をかけられないが、ニコニコと会釈されるのは何故だろう

挨拶し合おうよとは言えないけど、まぁいいか


『グスタフさん、その槍何ですか?』

『知りたいかミルドレット』

『あたしも知りたーい』


(まぁそうだろうな)


『ダーボゥだ』

『可愛い!』


アミカ、俺がこの武器の印象変わるからやめてくれ…


『どんな槍なんですか?見た所では殺傷力凄いんですけど』


確かにミルドレットの言う言葉に間違いはない

刺せばクネクネと蛇のように曲がる刃は肉を斬り裂き激痛を与える

しかも他の鉄素材よりも僅かに軽い為、ミルドレットには丁度良い重さかもしれない


『それであっている。まぁ将校になるチャンスはお前ならいくらでもあるだろうが…そういえばディバスター第五将校から何か言われたか?』

『あぁ言われてました!ノア様から指示があってグスタフさんの動向を観察するように言われてます!ジキットさんやハイドさんはガーランド公爵王と共に王都に戻ったので私が代わりですね』

『だろうな。勝手に記録しておけばいいが話せる事は話すからコソコソしたらガンテイに泣きつくからな』


彼女は俺の言葉で僅かな緊張が解れたのか、苦笑いを浮かべた

アクアリーヌ戦の時よりも彼女は自然な対応だから問題は無いと思われる

王族と今後はどのように関係を築いていく予定なのか、そしてフラクタールに在住し続ける予定なのかと聞かれてしまう


これはノアにとっても重要だろうなぁ


『ここまで表に出てしまった以上、俺も相応に王族との距離を安定させて共存せんばならん。こちらとてドレットノートの件で無下にしてしまうと俺としても王族としても良くはない。そこも聞くように言われているだろう』

『あはは…そうですね』

『持ちつ持たれつでいきたいが、まだ手探り状態だ。こちらも何か困った時があれば王族に頼るだろう。フラクタールは家がある、出る気はない』

『なるほど』

 

話していると、森への入口だ

警備兵は5人そこで門を守っていたが、俺を見るとそそくさ道を開けてくれた

握手してもらっていいですか?と横から聞こえたので足を止め無言で握手

何故俺がこうしなければならないのか、何故アミカは笑っているか

そんな事を考えていると目の前は森だった


早朝ならば最悪、霜があるかもしれない

そんくらい冷たい風が吹いており森の中の生態系も季節によって現れる魔物の少し変化を遂げていた


満腹であろう灰犬が3頭、モコモコした毛並みで冬スタイル

敵意は無く、ただ唸るだけだったので無視して前に進むと木々が無い開けた場所に辿り着く。


中心には少し大きめな木があり、アミカはそこの根元にしゃがむと何かを探し始めた

薬草がちらほらあるから、それ目的なのかもしれないな


『ではグスタフさん』


彼女の笑みは槍を構えると同時に消えていく

着いたら直ぐとはやる気がある証拠、よろしい


(馬上でしか見たことは無いが…)


前後に足を開き、槍を構える姿を見て俺は考えた

真っすぐ向けられた槍先、上段突きから下段突きまで直ぐに行えるニュートラルタイプの構えだ。

あの時の突撃では下段を得意としていたのを見ていたが地面に足を付けているとなると変わる傾向がある


俺は構えはしたが、槍は外側を向いていることに彼女は少し違和感を感じたのか眉を動かす

猛獣と同じ彼女に対してのメッセージだ


肉食の獣は限りなく姿勢を低くし、絶対に飛び込むという意思を相手に向けて力を誇示する

それは素人でもわかるほどの低さ、そして俺のこの構えもそれに似たメッセージがある

突いたら払ってやるぞ。だ


ディバスターのもとで稽古を積んでいるだろうが、格上相手にどのように戦うか見物だ

この場合、目に見えない情報戦がもう始まっているだろうな


忍び足で俺から彼女に近づく

すると徐々に彼女に握る手に力が入り始めるが、緊張し始めたのがわかる

槍だからこそ突くギリギリまで脱力を意識しないと駄目なのはミルドレットでもわかる筈さ。


俺にはわからない彼女から見た俺はきっと大きい

首を傾げながら不気味さを出せるかなと思ったけど、顔色は変わらない

静寂の中と言いたいがアミカの鼻歌が微妙な空気を漂わせる

少し意識がそちらに向けた瞬間、ミルドレットは動いた


(おっ?)


ほんの僅か瞳を横に動かしただけ

あの距離から見えていたことに俺は彼女の評価を上げた

これは兵職のスキルがあってこそだ、戦場では敵が沢山いるからこそ1人だけならば意識を全集中できる

散漫しないからこそ、僅かな瞳の動きで意識が別に向けられたことに気づいたのだ


突きは下段突きと選択は正しい

上段だと俺が払いをした際に勢いをつける空間距離を与えてしまうからだ

狙う箇所は右膝、ギリギリで彼女の槍を払うと予想通り彼女はしゃがみこみながら綺麗に回転し、振り向き様に中段・上段と連続で突いてくる

中段を槍の柄で弾き、そして上段は顔だから避ける為に逸らしてから跳び退くとミルドレットは一息ついた


(芯が入っている)


ブレないからこそ成せる芸当だ。

だからディバスター第五将校の突撃大隊長に抜擢されたのだとわからされた

普通なら同じ突きを連続で行うが、彼女は中段と上段を分けて素早くやってきたのさ

案外これって腹筋鍛えないと出来ないし、基本的に体の重心がブレてると体が振られて力のない突きになる

だが重みがある2段突きなのは感じたよ


『お前は力じゃなく技でのし上がるタイプだな』

『技術的な意味でしょうか』

『アンリタの道場で良い技があるが、勿体ないな』


彼女は兵職、いわば軍人だ

王都に戻らなければならない身だからこそあの技術を用いればきっと生まれ変わる

瞬発力を活かしていくならばあの道場しかない、これは俺の出番はないと悟った


『流動派槍術の事は存じてます。その…』

『なんだ?』

『あの方は兵職の者を嫌っているので頼めなくて…』


ガルフィー・モリアート。流動槍術3代目師範

どうやら彼は軍人時代に何やら分け合って退役したらしい

上官連中を恨んでおり、それは兵職全てに向けられているとか


(まぁ薄々と問題があったことは察していた)


あそこまで槍の進化を求めて形にした男ならば今頃ロイヤルフラッシュと並んでいても可笑しくはない功績を残している筈なのだ

そんなガルフィーは大きな怪我をした感じもないからこそ問題に巻き込まれたとわかる。


俺からは聞けない話だ。


『ガルフィー歩兵連隊長殿の居た時代ならば今じゃロイヤルフラッシュ第二将校かアドラ第六将校ならば詳しいかと…』

『連隊長だったの!?』


俺の驚いた声に意外な顔を見せるミルドレットとアミカ

どうやら素の状態が出てしまったようで俺もウッカリだ


簡単に数での役職を教えよう

数のよって部隊の名が変わる

班・分隊・小隊・中隊・大隊・連隊・旅団・師団・将校

ガルフィーはその中でも壁と言われる大隊を超え連隊長を務めていたという

あの人、凄いじゃないか…


俺は咳ばらいをすると、グスタフに戻る


『きっと一瞬なら当時に勝る技術を持っているのは確かだ。まぁ今は様子見だな』


予想だが、あの一撃だけ見ると旅団長は手堅い

継続して戦えるならばそれ以上、俺は初見の攻撃を完全に避けれなかったしな


『覚えれればいいのですがね』

『ならば一先ず俺が叩きこむ』


息を飲むミルドレットに向け、俺は槍を前に向けて彼女に襲い掛かる


こうして1時間後、彼女は目をぐるぐるさせながら地面に大の字で倒れている

めちゃくちゃ重たい突きで酷使したからだが、アンリタより体力あるじゃないか


『鬼畜だねっ!』


アミカはミルドレットの頬をツンツンしながら俺を見てそう言い放つ

稽古に優しさは無い、死なない為にだ


『休ませるか…』


槍を担ぎ、気配のする外側の木々に目を向ける。

ここには冒険者ギルド運営委員会に所属する調査員が数人ほど森を監視しており、それらは隠密に秀でた者達だ

だが残念、俺はお前らの気配はわかるぞ?


気付かれたとわかったのか、木から何かが値落ちて着地したが人間だ

軽量化された革装備に薄いジャンパー

口には布を巻いていてちょっと良いなと思っちゃう俺がいる


『やはり気付かれますか』

『うむ、問題か』

『川の中流にリザードマンの集団移動、数は8体、街には害はないと思われますがご注意を』

『予想としては山越えか』


山脈を越えればシドラード領土、そこの森だな

あそこは沼地や湖が多く、冬に冬眠しないから魚を主食に生きる季節だ。


『無視だな。冬の準備でここを去るだけだ』

『御意』


直ぐにその場から去る調査員

ちょっと副業としてやってみたい気持ちはあるかもしれない


(でも今のままがいいか)


何もなきゃ平凡と言う名の平和な日常だ

それに満足している


『帰ろうアミカ』

『ミルちゃんまだのびてるよ』

『担いでいく』


誘拐したように見えるとアミカに言われながらも俺はミルドレットを担いで街に戻る

ついてからはちょっと通りをさ迷うギルド職員に呼び止められ、ガンテイの実家までミルドレットを運ぶと俺は直ぐに仕事だ


アミカと別れ、俺は冒険者ギルドの裏で薄暗い空を見上げて囁く


『アクアリーヌか』


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