第73話 幽憤
俺はエステと共に用事を済ませ、ワープでフラクタールに帰ってきたのだ
夜は遅いと言っていたのだが、ちょっと遅くなったよ。
時刻は22時を回り、いつもならば街の通りには人は殆ど歩いていない時間なのに今日はいつもとは違う
多くの警備兵や公国騎士、そしてたまにすれ違う黒騎士が俺を見ると背中を向けて走っていくのだ。
『何か可笑しいな』
『いや可笑し過ぎるでしょ』
確かに…
少し歩きたくてアミカの鍛冶屋の裏ではなく大通りに近い建物の横を着地位置にしたのだが、いつもは表の明かりが消えているギルドが異常に明るい
『…』
嫌な予感しかしない
明らかに緊張状態が街を覆いつくしているからだ
俺がいない時に一体何が起きたのか、ギルドに入ればあいつがいるだろうしわかる
そう思って静かにギルド内に入ると、そこにはいつもはいない筈の多くの冒険者がロビーを埋め尽くし、疲弊した様子を見せていた
『っ!?』
『グスタフの旦那ァ!?』
(これは…)
防具が血で染まっている冒険者がいる、しかも傭兵迄もいるのは何事か
それほどまでに不味い事が起きていたという事になるが…まさか
俺を見て静まり返り、ロビー内で聞こえてきた俺を呼ぶ声、それは受付嬢のフィーフィ
彼女は今にも泣きそうな顔を浮かべている
いや違う、もう目の周りが赤い
重たい溜息が無意識に漏れてしまう、嫌な予感というのは当たるもんだ
多少の覚悟を決めてカウンターまで行くと、彼女は何故か俺に目を合わせてくれない
いつもは笑顔が似合い、声が大きくそして綺麗な目をしている女性なのだが
今日はいつもと違うようだな
『今帰った、このバカ騒ぎは何だ?』
そう口を開いてから少し振り返り、ロビー内の者達に目を向ける
疲弊だけじゃなく、何か深刻そうだが…やはりちょっと聞くのが怖い
『最後までちゃんと聞いてくれますか?』
『良い話せ』
彼女は簡潔に全てを話した。
まさかそんな事が起きていると思わなかった俺は羊の仮面の下で驚愕を浮かべた
俺だけじゃない、エステも同じ思いであろう言葉を口にしたよ
『何故だ、あの個体が来ても無視しろと言った筈よ』
呆れた顔を浮かべるエステは近くに椅子に座り、怠そうな面持ちだ
確かに俺は事前に最悪の場合を想定し、ガンテイには予防線を張るような気持ちで対応策を話していた。
あいつがそれを無視した?いやあいつに限ってそれはあり得ない
『ガンテイはどこだ?』
いつもよりも小さな声でそう告げると、フィーフィはフラクタール東区医療施設だと答えた
どうやらこの事態を詳しく知っているのはガンテイと他に数名いるとの事で、俺は肝心のガンテイに聞くために医療施設へと足を運ぶ
道中で道を開ける公国騎士や黒騎士、今は相手している暇はない俺は近づいてきても邪魔だと告げてどかして通る
中に入り、カウンターの看護師にガンテイの部屋を聞くが今は面会できないとの事
その理由はごく単純だった
『グスタフさんでも無理です。今非常に危険な状態なんです』
『何がどうなっている?』
『意識不明の重体です。』
そういった状況とは彼は無縁な男だと俺は思っていた
腹を刺されても戦う様な男なのに、今日は違う
何故だろうか…駄目と言われても俺は我儘にも彼のいる部屋に向かって歩いていったんだ。
呼び止めようと看護婦が声をかけるが…心の中で謝る
普通の部屋は4人が入る部屋に対し、ガンテイの部屋は個室仕様
見回りが俺を見て驚いているが、気にせず静かにドアを開けた
ここの医院長でもある中年の男が看護婦と共に椅子に座り、ベットで横になるガンテイの包帯を変えている途中だった
『グスタフ君…帰ったのか』
そんな声よりも視界に映るガンテイに意識が向く
体中が包帯で巻かれ、至る所にギブスをしている
頭部は髪を全て切って包帯を巻いている所を見ると、頭部の出血も相当あったと伺える
生きているのが奇跡的な、そんな状態の怪我だ
静かにベットの前まで歩きながら俺は考えた
勝手な判断をしない男だ。何かあったに決まっている
そうあってくれと密かに思っていたのかもしれない
『どうやらドレットノートの一撃をまともに受けたようで…』
『…そうか』
『運ばれた状態の時には即死と判断しても可笑しくはない状態でした。心臓が止まっていたのですから』
一度ガンテイは死んだ
何故かその言葉を聞くと居心地が悪く感じる
どうやら心肺蘇生をし、奇跡的に蘇生できたらしい
ゴキブリ以上の精神力が筋肉組織に染み込んでいたようだが
今目を覚ます気配を見せないガンテイはいつも見ているガンテイではないような気分だ。
いつも存在がやかましいのに、静かだからなのかもな
『起きる保証はありません。』
遠回しにそれは植物人間になると宣告されたような感じだ
ここまで現実を見せつけられ、俺はまだ何も知らない
それだけで不思議と変な苛立ちが沸き起こりそうになる。
『この男が勝手に動くとは思えないわね』
エステの言葉を聞きながら、俺は懐から彼の為の土産を取り出す
いつも飲んでみたいと酒を飲んでいる時に連呼していたシドラード国の幻酒アルテア
綺麗な青い1ℓ瓶に詰められた酒は貴族級でなければ手に入らぬ品物
左手にそれを握ると、俺はやみくもに叫んだ
『ガンテイ!!!!!』
部屋が揺れるほどの声量、ガラス窓は割れそうなくらい揺れたな
医院長や看護婦は驚き過ぎて椅子からずり落ちながら耳を塞ぐ
何を馬鹿な事をしているんだと言わんばかりの顔を向ける医院長だが、彼には理解できぬ事が起きた
ガンテイは静かに目を開けたのだ
これには誰もが驚き、医院長は看護婦に鎮痛剤をもっと持ってくるように走らせる
(本当に…わからぬ構造をした男だ)
ゆっくりと自然が俺に向けられると、彼は弱弱しい声を出す
『おぉ…かへったは』
魔石を動力源とした呼吸器を口に入れられているからだろう、喋り難いみたいだ
『お前が飲みたがっていた酒だ。』
『ははは、まは死ねないなこひゃ…』
体はまだ死んでいるが、魂はいつも通りだ
少し静寂が訪れると、ガンテイは『すはなかっら』と謝罪ともとれる言葉を口にする
謝るならばこいつじゃない。
(…インクリット)
俺はエステにここを任せて気配感知を広めた
あいつらは確実に戦った、ならばインクリットは怪我くらいする
大きめの建物全体に張り巡らせた感知は2階にいる気配を捉えると、俺はそこに向かって歩き出す。
2回の階段、そこで俺はとある者と出会う
ノアの側近騎士ジキットだ
こいつならば…確実にわかる筈だ
『おっ?やっぱり来たか』
『何があった?』
『歩きながら話すぞ?どうせ弟子の部屋だろ?』
しかめっ面の彼は真剣だ。
こういう時だけは無駄なやりとりをしないのは有難い
落ち着いて聞け、そういう言葉を前に言われた事にはちょっと驚いたが予想以上に複雑そうだと感じるよ
まぁ実際に全てを聞くにしても時間が足りず、俺は一度インクリットとクズリがいる部屋の前で足を止めて続きをジキットから聞く事となる
『今はその元凶を王族総出で探しているって感じだ。』
『ガンテイは止めた事は確かか?』
『それはお前の気に入る坊やが言っていたから確かだ。現状待機でアレが何もしなければ問題なく危険対象は山へ帰っていただろうに。1時間前には3体目のオスのドレットノートも山を下りて来た知らせがあったがそれはガーランド公爵王様が直々に討伐しに黒騎士100人を引き連れて街を出た』
ジキットの表情を見る限り、彼も少し機嫌が悪そうだ
同じ人間がいるだけでも救いだ、少し気が楽だ
自分の心の底に潜んでいた感情が間違いなのかどうか困惑していたが、どうやらピリピリしているのは俺とジキットだけではないようだ
『こっから野暮な話になるから止めておくぜ』
『どうせ王族の件だろう』
『まぁそうだが、それはお前が決めることだ。俺がお前の立場ならば激高するだろうな。恩を売ってこのザマだ…。わかるだろう』
『わかっているからこそ今は感情論を口にする気はない。それは自分の今後にも関わる』
『案外冷静だな』
『そう見えるなら大丈夫だろう。振り切れた感情は大事な時にまで取っておこう』
そう告げると俺はジキットと共に部屋に入る
クズリは寝ているが、インクリットは起きたようであり、俺を見て上体を起こそうとするが力が入らないかのように静かにベットに横たわる様子が痛々しい
相当体を酷使したのだろう、魔力が底を尽きかけていた
『師匠…帰ったんですね』
『話は聞いた。ガンテイは無事だ』
『良かった。あの…話は聞いた感じですか』
『ジキットから聞いた。それよりも今は別に意識を向けていたい』
起こさないように小声での会話だが、インクリットは首を傾げる
ジキットと共に椅子に座ると、俺は一息ついてから聞きたい事を聞き始めた
『カゼノコをどう覚えた』
『戦っている時になんか周りの景色が止まって…その後になんか声が聞こえて』
『その存在の名は何と言っていた?』
『デメテルと…』
ノアといいインクリットといい
こうして連続で起きるのは面白い
俺は予想以上に彼らの成長を見れていなかったという事だ。
来年から彼らの中にそういう開花があると見込んで無理をさせずに基礎を固めようと思ったが、今年結成のチームで事にそのような事が起きるとは思わなかった
見えない部分が異常な成長を遂げているのは彼らの思い、意思の強さだ
(どうせ誰かの為に無理をしようとしたのだろう)
聞かなくてもわかる
いつも怪我をするときは無鉄砲な行動、その時は中心に仲間がいる
生真面目で底なしの善人、神種はそんな彼に目をつけたのだ
『師匠…ムツキが貴方の使う魔法覚えてましたよ』
『ほう、何の魔法だ』
『銃魔・レミントンってやつです』
『…驚くことを忘れるほど予想外な魔族だ。まぁ戦いでのお前らの話はあとにしよう』
急激な成長、だからこそ急がないようにある程度ゆっくり進ませる頃合いだ
焦ると命を落とす危険がある、多少の無茶を覚えてはいるようだがまだ未完だ
急に風が強く、窓がカタカタと揺れる
雨はいつの間にか止んでおり、静かなになった部屋に近づく気配に俺はドアに顔を向けた
誰かと思えば、それはロイヤルフラッシュ第二将校、彼は俺に一礼すると椅子に座らずにその場で止まる
何故ガーランド公爵王やロイヤルフラッシュ第二将校そしてその精鋭がいるのか
それはこの街に俺がいるからであり、今回の事態で今後に響くとわかっていたからだ
遠回しにアクアリーヌ戦で俺の功績を認めてくれていたという証明でもある
きっとガーランドはかなり焦っているのだろう、だからこの事態を聞いて彼らは早急にフラクタールに来たのだ
『選ばれし者を動かすのはガーランドと言えど難しい。それは生きている時間も世界も思想も何もかも価値観が違うからだ。彼らは皆…平和な毎日の中で過ごしていたからだ。』
『そう言って貰えると気が楽になる、…確かに傭兵は気に食わんが。今回はそんな事を言える立場にこちらはいない…。』
『感情的に言うつもりはない。ノアにも今後の事は今回の件で気分を害したから変えるようなことは無いと告げて貰えると助かる』
『本当か』
『あぁ。こうみえて色々公国は調べてある、ガーランドは選ばれし者の理解がまだ浅いからこそ起こった問題だが、その問題が起きたのがたまたま運悪く俺の居る街というわけだ…。しかしそれでも納得できぬ事はある』
仕方がない事はある
そこを許さなければ進まない話は存在する
大人と言うのはそういう事が起きるから面倒だと思う
でも俺が納得していない部分というのは誰にも納得してもらわなくてもいい
個人的に許せない部分がある
それを考えると、そこに秘めたそれは顔を出し始める
何故倒してその場を去ったのか
それは自己満足でしかない行動としか思えない。
自分では人を救った気でいるらしいが、善意の押し付けはかえってこのような結果を招く
非常に腹立たしい事だが、相手は未熟な選ばれし者だ
『あの女はまだか?』
体から無意識に漏れる黒い魔力、怒りで本当の色が出そうになるが出ていない
これにはインクリットだけでなく、ジキットやロイヤルフラッシュ第二将校も驚く
討伐隊の半数が死亡、善意にしては大きすぎる代償ならばいらない
様子を見るべき指示を無視した事に怒りはおさまらない
ガンテイの指示を聞かなかった事は俺の指示を聞かなかったのと同じ
心をへし折るか、存在を消すか
きっと今だけの感情であると思いたい
(落ち着くか…)
小さく深呼吸し、心を静かにさせていく
無意識に握る左拳を開き、腰に手を当てた
安堵を浮かべたインクリットは苦笑いをすると『静かに寝たいです』と言うから俺はジキットとロイヤルフラッシュ第二将校と共に部屋を出ると彼らの泊まる宿に向かう
急遽だったからか、彼らには似合わぬ安い宿
幸いにもロビーには休憩所があり、テーブルを挟んで椅子が置かれていたからそこに座ったよ。
相変わらず気難しい顔を浮かべるロイヤルフラッシュだが、いつもの気迫がないのは申し訳ない気持ちがあるからだ
ここは彼らの意思を尊重するしかないな
『お前は復讐する気なのか?』
『復讐?あやつの返答次第だ』
復讐という言葉には必ず絵本のような綺麗事が付きまとう
虚しいだけ?いや違う、やらないのは人間を否定しているだけで人生を諦める行為だ
悪党が復讐と口にするなら笑い話だが今回は全く違う
1つの呪いを立ちきり、失われた自尊心を取り戻して新しい生き方を模索する為に人は復讐という行為をする事ができる
間違いではない、大事な物を取り戻す為に必要な行為だ
他人がとやかく言うのはお門違いでしかない
『今、ガーラントが一番苦労しているだろうな』
『あの方も感情を隠しているが、ピリピリしている』
『だろうな。そこら辺の事はこちらも十分に意思を尊重するつもりだ。』
少し彼の雰囲気が軽くなった気がする
先ほどまで重苦しい空気の中、俺がどのように思っているのか深刻に考えていたのだろう。
将校は傭兵を嫌うが、今回の限り彼はそれとは別の問題だと感じているからこそお互いの居る位置を入れず話をしてくれている
切り替えができる男なら助かる
こうして俺はロイヤルフラッシュ第二将校に一度家に帰ると告げ、その場を後にした。
穏やかな住宅街、避難誘導で離れていた人々も戻り始めているが今回は超複雑でこちらとしても面倒くさい
きっとノアも凄い申し訳なさそうにしているんだろう。
俺は損をする役回りだとわかれば感情に惑わされないように落ち着いていればいい
感情的に話し合えば双方ともに良い未来などない、本当に俺の位置は最悪だ
(帰ってアミカの飯でも食べよう)
作ってくれるかな、作ってくれるだろう
確かなものなどない期待を胸に、俺は飯の事を頭に浮かべて雑念を振り払った
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