第70話 公言
夜になろうとしているフラクタール、東区は物静かな光景となり避難誘導が終わった後である。
そんな様子を不気味だと思いながらもガンテイ率いる討伐隊約300人は通りを練り歩く。
小雨で体が冷える気温だが、緊張から起きる心臓の早い鼓動が彼らの体温を保っている。
『1年で2回も窮地とか洒落になんないわね』
アンリタが呟くが、それに対して静寂で返される
現在、ドレットノートの位置は森の奥だがゆるやかに街に向かうかのように歩いているという情報を最後に彼らは進む
ガンテイは先頭にて直ぐ後ろにいるインクリットらに軽く目を向け、再び前を向く
何人やられるのか
彼は一瞬だけそんな不安が脳裏をよぎるが、考えてはいけない事だとわかると気を紛らわす為に口を開いた
『ムツキが配置についたら無暗にドレットノートに近づくなよインクリット』
『わかってます。』
『相手はオスのドレットノートだ。5mはゆうにある』
見た事もないサイズを言われ、インクリットは息を飲む
どのくらい大きいのだろうかと想像しようとしても、具体的な大きさなどわかるわけがない
実際に目の前にして初めてその大きさを知る事となるだろう。
(何者かが…か)
調査隊がいて不明の者という知らせに彼は疑問を浮かべる
それはインクリットだけじゃなく、隣を歩くムツキもだ
本当に知らぬ者、それか公に出来ぬような者の二択でしかない
そのまさかを1人だけが、口にしてしまう
『あの女、どこに行ったのでしょうね』
ムツキが囁くようにして口を開く
彼の視線は近くを歩くノアの側近騎士であるジキットとハイド
言葉と視線に気づいていたジキットはまるで聞こえぬような素振りで欠伸をし、ひたすら歩く
だがハイドはチラリとムツキを見てしまう。
(馬鹿たれが…)
ジキットはチラ見してしまったハイドに気づくと、唸り声を上げて心でそう念じた
『ジキットさん』
とうとう声をかけられたジキット
頭を掻きながらもしかめっ面、魔族はエルフ同様に勘が鋭くそして賢い
先ほどのハイドの仕草を見て、狙いを定めたのだろうと彼は観念した
『あんだよ魔族坊や』
『ファーラット公国最強の黒騎士大隊が来ること自体、前例に無い事ではないでしょうか?』
『俺はわかんねぇな。ノア様の事で多忙なんだよ』
『それと同時に、そんな貴方が何故この討伐に参加しているのか。色々と王族が今回の件で関り過ぎていると思うのですよ』
(この魔族野郎…)
『この前のアクアリーヌ戦で王族はあの野郎に恩があるだろうから見過ごせないんだろ?』
そう言われると、納得ぜざるを得ないムツキでもある
確かにグスタフはアクアリーヌ戦では大きな武功を上げ、勝利に導いた
彼の存在は貴重だと思えば王族とて無下に出来ない、そういった考えも有りなのである。
しかし、ムツキが解せないのはそこではない
『ジキットさん。いつもと違って苛立ち方がリアルです』
『お前本当に魔族っ子だな。その観察力どこで培った?』
『褒めていると捉えときます』
笑顔を見せるムツキだが、内心でもそんな感情はない
本当に怒っているのに彼は気づいている、グスタフに見せる苛立ちとは違い
まるで何かをヘマして感情を表に出す者に似ているからこそ、ムツキは疑問を浮かべているのである
『ムツキさん、救援が来れば大丈夫だと思いますか?』
『インク君、あれは最強の騎士の集まり。到着すれば…ですよ』
『俺の盾でも流石にドレットノートは受け止めれねぇか…』
『流石にゴリラでもまだ無理よ。オスなんて片手で木を抜く馬鹿力よ?無先にガードしようもんなら盾ごとあんた持ってかれるわよ』
クズリも自身が活かせない戦いを強いられることに、頭を垂らす
彼がどう戦うか悩んでいると、そこでまた問題が起きる
ガンテイという男はきっとこの場にいる誰よりもグスタフの事を知っており、信頼している
それをジキットは知らなかったからこそ。それは起きる
『この状態で戦ったらあいつは怒るだろうな。』
『どういうことだ?』
ガンテイの言葉にジキットが乗る
何を言い出したかと目を細めるが、彼は何を言いたいのか察したのだ
エイトビーストが何故シドラード王族が嫌いか、グスタフは何故王族を毛嫌いするのか
その原因が今、ここにあるのだ。
『あいつが怒れば俺は止めれん。このままではな』
『…』
『何も知らずに戦い、死んでいく者がいればグスタフは自身の事じゃなくてもきっと怒る。この街を気に入っているのをお前らは知っているか?屋台通りで気分よく食い歩きすれば冒険者や傭兵相手に面倒臭いと言いながらも親身になって指南する。そんな彼らが何も知らずに戦地に行くというにはあいつの道理に反している』
『何が言いたい?』
『隠し事があいつは大嫌いだ。世話をしている仲間なら尚更』
知っているならば話すべきだ
ガンテイの主張はそう訴えている。
彼自身も詳しい詳細を知っていても、内密と釘を打たれていた
しかし、そんなのは彼にとって関係なかった。
『…俺はお前らみたいに地位が高いわけではない。田舎街にいるギルドマスターであり。そういう立場上でも彼らにも何が起き、どういう事になっているか真実を伝える義務がある。悪いが彼らにも話す』
ジキットは目を細め、剣に手をかけようとする
しかし直ぐに無駄だと知り、溜息を漏らして諦めてしまう
(どう足掻いても、無理だ)
口封じなどできよう筈がない
監視でいつもフラクタールに来ていたジキットやハイドだからわかる
ガンテイに敵意を向ければ、遅かれ早かれアレが自分達に牙を向く。
親しき者には剣を向けるな、そういった指示も2人はノアから強く言われていた
『わぁったよ。まずノア様に一言だけ連絡する』
彼は折れた
折れるしかない
少し前を歩き、連絡魔石を取り出すと魔力を流し込み微弱な発光を見せる
近くにはガンテイ、全ての会話が聞かれている状態でジキットはやりずらさを感じながらも魔石から聞こえる声を待った
『何か進展はありましたか?』
『ノア様、このままだとグスタフの野郎かなり怒ります』
その言葉だけでノアはハッと気付いた
普通なら直ぐにわかるような事が、事態の重さに気を取られていたのだろう
【王族は嫌いだ。隠し事をするために弱い者を犠牲にする】
そんな彼の言葉の意味、フラクタールという街全体に対して王族は考えてなかったのだ。
今、一番窮地に立たされているのは間違いなくノアであり、簡単で大きな選択を強いられている。
(もうこれは…)
選ばれし者の詳細は他国に漏れぬ様、極秘
戦力を教えるわけにも、そしてまだ未熟だと知らされない為だと固執していると、更に痛い思いをするとわかったノアは独断で判断するしかなかった。
グスタフとジャンヌ、どちらが有益か
きっとフラクタールの者ならば直ぐに答えは出る。
そして、ノアでさえ
(人を天秤にかける時が来るなんて…)
彼女はジキットに全てを打ち明けても良いと許可を出した。
その言葉を耳で聞いたガンテイは歩きながら、死地へ向かう者達に真実を伝えた
予想通り、誰もが納得いかない様子を見せると矛先は王族へと向けられる声が多発し始めたのだ
『何が選ばれし者だよ。俺達が苦労してるだろ…』
『あんときガンテイの旦那が動くな言ったのになぁ』
『最悪だ。なんで俺達が知らない野郎の尻拭いだ…。』
真実を知ったからこそ、ムツキは悟る
『インク君、今回はかなり酷な依頼になるでしょうね。』
その言葉はガンテイにも届き、彼は顔を向けた。
流石の黒騎士でもドレットノートのオス2体は困難を極める。
ある程度、フラクタールの討伐隊で対象の弱体化及び撃退を目標にしていたのだが、無駄に戦わずに進路を変える気持ちで距離を取るべきだとムツキは言ったのだ
『魔族坊や、なんか察してるか?』
『その様子だとジキットさんも気づいていないようですが、飽くまでここからは予想ですので期待すると不味いです。』
アクアリーヌにいた黒騎士大隊だけがくるのはあり得ない
ここまで王族が失態した以上、ムツキはガーラント公爵王は確実に来ると呼んだのだ
『確か剣の腕は冒険者ランクAと言われている筈、アクアリーヌに滞在する話は聞いていたので私ならこの状況、グスタフさん相手なら急いで来ますね。』
『王様来んのかよ!?俺初めての見るぞ!?』
クズリが驚きながら話すと、誰もが同じことを口にする
ノアやフルフレアは国民に顔を出しても、ガーラント公爵王は滅多に見せない。
生涯見る事がない公国の王が来るとなると誰もが先程までの複雑な感情が薄れていく。
持ちこたえてみよう
頑張ってみよう
そんな単純な思想が生まれ始めたのだ。
『まさか…ガーラント様が…』
ジキットは半信半疑だったが、思い返せばムツキの線は濃厚だった
王族が管理している選ばれし者の失態。
グスタフは単純な男ではなく、粗相の矛先は王族にまで届く意思を持っている。
それがわからない王族ではない、きっと来る
『…もうすぐ森だ』
ガンテイの言葉で皆は息を飲む
薄暗く不気味な森は微弱な風で揺れ、全員の心を揺らす
数人の冒険者が光属性の魔法ライトを展開し、明かりを便りに静かに森に入っていく
オス同士が出会えばメスを巡って殺し合いをする事があるが、残念ながら2体の距離は離れていた。
ドレットノートの一撃は人間の肉体を砕く怪力、だが攻撃速度は獣より劣る
避ける事に意識を集中させながら取り囲み、時間を稼ぎながら街から離す段取りをガンテイは歩きながら話した
『あの…』
『どうしたインク』
『師匠、帰って来ますかね』
『期待はするな。あとで痛い目を見る』
帰りは遅い、今日に限ってのグスタフの予定を思い出すインクリットは肩を落とす
するとそこで全員の足を止めてしまう咆哮が森の奥から響き渡る
『ゴロォォォォォォ』
何かで地面を叩きながらの咆哮は彼らの肉体を硬直させ、恐怖を植え付ける
ドレットノートの求愛行動であり、己の強さを見せるオスは声の大きさと力の強さをそのように表現するのだ。
『鳥肌やっべ…』
クズリは目を大きく開きながら囁く
彼だけじゃなく、ここにきた討伐隊の全ての人間が閻魔蠍とは別格だとわかった瞬間でもある。
時間差で別の場所から聞こえる咆哮と地面を叩く音、それは別個体のオスであり先程のより遠い位置だ
(死んだメスを追っかけて泣けるぜ馬鹿たれがよぉ)
ジキットは剣を構えながら進み始めた
ここでガンテイは2手に分かれるよう指示をし、約100人を連れてその場を離れ始めた
『頼むぞお前ら…あと2時間だ』
誰もが永く感じる時間を稼ぎながら街から離す
無茶な作戦ではあるが、これしかない
インクリットは小さく頷くと、ジキットと並んで歩き出す
『目標を見つけたら背後に回ろう、ドレットノートは音に敏感だけど、この雨と風が味方してくれてる』
唯一の救いは自然が味方してくれている事
無理に戦わないならば、やれる事はあり
ある程度の引き離しが出来ればムツキの出番がくる
ここには初めて収集された冒険者チームもいる為、落ち着きがない者が僅かに存在する
そんな彼らを見てインクリットは以前の自分を思い出す。
『誰だって怖いよ。恥ずかしい事じゃない。』
双剣を強く握り、意思を固めた彼は強い目を前に向けながら口を開く
『そこまで足は早くない魔物だ。みんなで森の奥までドレットノートを背に逃げよう。』
戦わなくて良い
それだけでも慣れない者にとって気が楽になる言葉であることに間違いは無い
向かう事よりも逃げる事は難しい事ではないとインクリットが話すと、アンリタが笑みを浮かべる
『少しだけ良くなった?』
『多分ね』
彼も微笑み返す
すると、その時が近づいている
『…足を止めて下さい。1時の方向50メートル先』
堂々たる唸り声がここまで聞こえてくる
その巨躯から踏み抜く足は近くの地面を揺らし、全ての生物を退ける
鳥が一斉に飛び立ち、薄暗い空が真っ黒な鳥のシルエットで埋め尽くされた
皆が体を強張らせ、小さな深呼吸をし始める
冷静さを失った者は死ぬ、誰もが知っているガンテイやグスタフの言葉が今その脳裏に呼び起されたからだ
やればできる、根拠の見えない希望を胸に心を落ち着かせている冒険者の中でインクリットはムツキに視線を向ける
彼は口元に人差し指を当て、その後に隠れるべき茂みを2カ所指差す
対象は周りを練り歩きながら川の方向に歩いている為、予測が困難だが身を隠すぐらいは出来る
(来たわね…)
小雨と風の音で音に敏感なドレットノートの耳には彼らの音は届かない
光魔法ライトを消し、誰もが自然の生み出す音に紛れて茂みに身を隠し、息を潜める
体が震える者は俯き、目を閉じて両手を握りものさえいる状況にインクリットはその者の肩を軽く叩き、落ち着かせる
(音が…)
直ぐに近くまで来ている。
茂みで奥が見えないからと顔を出してはいけない
その化け物級の姿を決して見てはいけない
閻魔蠍の件に参加していた者ならば痛いほどわかる事実がある
いかなる覚悟を決めて挑んだとしても、目の前にしてその覚悟は崩れ去るのだ
圧倒的な存在は見ただけで人間を委縮させるからである
『見るな…』
小さく囁くムツキの声、小雨は雨の音の中で誰もが一番ハッキリと聞こえた言葉だった。
耳元で囁かれたような声量、しかし誰もが真横で聞こえたかのような感覚
全冒険者の神経は生涯で一番研ぎ澄まされていただろう
(化け物ですね…)
ムツキは茂みの隙間から、その姿を見てしまう
全長6メートルという巨大なドレットノートはメスとは比べ物にならないサイズであり、誰もが恐怖するに相応しい姿で堂々と支配した森の中を練り歩く
(こんなの…勝てるわけ)
アンリタは開いた口が塞がらない
どのように戦うのか、勝つイメージがまるで沸かずに驚いていた
(こんなの街に行ったら…)
確実に止める事は出来ない
何としてでもここで進路を変えさせないと駄目だとクズリは決心をつける
そしてもう一人は仲間とは違う事を脳裏に浮かべ、静かに背後に回り始めたのだ
(インク君!?)
ムツキは驚いた
あの姿を見て落ち着いた様子で目を細め、見失わぬようにしつつも中腰で背後に忍び寄る彼の姿
何故誰よりも先に動けたのか、今までどんな場数を踏んできたのかムツキは彼に興味を示す
明らかに自身より格下であることに間違いはないインクリットだが、彼が皆に向けてついてくるようにジェスチャーをするとムツキは笑みを浮かべた
(面白い人だ。一番肝が据わっていて覚悟が固い…いいでしょう)
1人が動けば、そこで皆の脳裏に選択肢が芽生える
やるしかない、という一番大事な選択をだ
一番冷静なインクリットは皆が静かについてくる様子を確認すると、別の場所で潜んでいる冒険者らに顔を向けて動くように手首を使って合図する
まだドレットノートは気づいていない、だからこそ不意打ちが可能だが。今はまだその時ではない
(先に行ってますよインク君)
ムツキは少数の冒険者を引き連れ、更に奥へと静かにそして素早く向かう
引き付けはインクリットにクズリそしてアンリタ率いる大勢の冒険者
この場でリーダーらしさを見せつけ、今ドレットノートの背後を取った彼は真剣な顔を浮かべながら双剣を構え、そして仲間たちを目で合図し合う
逃げずに立ち向かってくれる同胞に感謝を
街の為に命を賭けて馳せ参じた者に武運を
この場の英雄たちの前に立つ彼に成功を
圧倒的強者の背後で恐怖で怯えながらも誰もが不器用な覚悟を掲げ、身構えた
『やぁ…』
優しい彼の声が響くと、足を止めたドレットノートはゆっくりと振り返る
その顔は白い吐息を吐き、首を負けてインクリット達を不思議そうに見ていた
まるで敵として見ていないかのような化け物だけ許された余裕
『ゴロロロロォ…』
辺りを見回すドレットノートは最後にインクリットに顔を向け、牙を向きだして威嚇をする
唸る喉、白い息が十分過ぎる恐怖を演出させ、冒険者達の覚悟を削り取る
ドレットノートは恐れを顔に浮かべないたった1人の男に釈然としない様子を見せると、その男は笑顔で口を開いた
『師匠の方が怖いよ。』
お互い言葉は通じない
しかし遺伝子レベルでドレットノートはインクリットの口から言い放たれた言葉を理解できなくても、わかる事がある
決して自分を恐れない
驚かしても笑って小馬鹿にしてきた
確実に嘗めている、と
『グロロァァァァァァァァァァァァァ!』
巨大な咆哮、メスのフェロモンで活性化したオスのドレットノートは激高した
地面を揺らし、その声は天へと届く勢い
『全力で奥に逃げろ!』
インクリットの声で誰もが駆け出す
決して背後を振り向くな、足を止めるな
怒りを浮かべた化け物が右手に担いだ大剣を降ろして襲い掛かった瞬間、運命は始まる
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます