第69話 進軍
アクアリーヌから南に向かう平原地帯
小雨の中でフラクタールに向かう一団がここにはいた
黒い鎧を纏い、立派な馬に乗る黒騎士大隊の数は1000人
公国最強騎士とも詩人に謳われる彼らは馬車を守るように囲み、そして南へと進む
ここでジキットが知らされていない事が1つある
それはガーラント公爵王の持つ黒騎士大隊の他に来ている者がいるのだ
最後尾にはアクアリーヌ戦にて武勇を奮った精鋭が500、そしてそれを束ねるはロイヤルフラッシュ第二将校である
『馬鹿たれが…』
彼は小雨に打たれながらも、小さく口を開いた。
すると前から黒い騎士からの知らせを聞き、馬車のもとへ近づくと彼は飛び乗ったのだ
ノックをする前に『入れ』という声にロイヤルフラッシュはギョッとし、ドアを開けた
漆黒に染まる馬車の外側は金色のラインが伸び、乗っている者の地位の高さを表している。
これもジキットは知らされていない事実であり、その重要人物が来るほどに事態は国家レベルに近いのだ
『ガーラント公爵王殿』
『座れロイ』
『ははっ』
ファーラット公国の最高司令官にして国の王、ガーラント公爵王が自ら騎士を率いて田舎街であるフラクタールに向かっていたのだ
腕を組み、ぎこちない笑みを浮かべる公国の王を前にロイヤルフラッシュ第二将校はいつもとは違う感じを捉える
何度も会話を交え、何度も守ってきた彼だからこそわかる事だ
しかし、その違和感は言葉として現れた
『あれはやってくれたな…。この私が結果として行く意味がわかるかロイ?』
『重々理解しているつもりです。未だに公爵王様の思惑が外れてしまった事、信じられませぬ』
『滅入るぞロイ、あまりいじめるな』
『申し訳ございませぬ』
ソファーに座るガーラント公爵王は窓を眺め、苛立ちが混じった溜め息を漏らした。
起きる筈がない事が起きてしまった、それは彼の計画の1つの失敗を意味していたのだ
誰にでも失敗はある、代償は迷惑をかける事がしばしあるが人の世とはそういう流れ方だとガーラントがロイヤルフラッシュ第二将校に話す
だが今回の失敗は決して許されない行為であり、王族としてガーラントは頭を抱える思いであった
『よもやフラクタールとはな…』
『あの者の住まう街、しかも今は確か…』
『最悪な事に出張中だとさ。犠牲が出てしまう事は避けられぬが、街に被害が出る前に我らは辿り着かないと私が額に床をつけたとしても奴の怒りは止まらんだろう。私がジャンヌに公国を練り歩いて世渡り上手になれという話をしたらまさかフラクタールとは…』
ガーラントは思い出す、選ばれし者は力が強いだけと言い放ったグスタフの言葉をだ
(しかしこのままでは…)
ガーラントは頬杖をついて考えた
溺れる者、藁にもすがる思いで何か良き案が無いのかと
『さて…どうしたものか悩ましいな』
『それもそうですが、早急にジャンヌを見つけなければいけませんな』
『それだ、何故消えたのかが更に悩ましい。』
呆れを顔に浮かべたガーラントはソファーに横になり、天井を見上げる
彼なりに彼女の動向を考察しようにも、今までの経験がまるで通じない存在に頭の思考を支配されていた。
(本当にやってくれたな…)
『ガーラント公爵王殿、処罰はいかほどに』
『飛び出す言葉次第だ。もしジャンヌの自己満から生まれた行動ならば相応な対応をせねばならんだろう。厄介なのが大義名分をかざしながらもそれを目的化しただけの行動だ。正しいと口にしつつも結果よりも自身の行動だけに目を向けて満足する者ほど質の悪い話など存在せん、そこに他人は存在せず、自分しかいない。』
ガーラントは持論を展開するが、事実上の経験の話でもある
正義を口にする者を誰よりも見てきた彼は他人を犠牲にした自己満足と口にした
『話を変えてもよろしいですか?』
『助かる、滅入りそうだからな』
軽く笑みを浮かべたガーラントは部下に救われたと感じ、緊張を解く
アクアリーヌ戦の後始末
その為にアクアリーヌにいたガーラントは勝利国としてシドラード側のシャルロット王女とアクアリーヌ大平原に用意されたテント内にて話し合いがあったから彼らはこうして駆け付けていた
『やはり敗戦となるとケヴィン王子は顔を出さずにシャルロット王女を寄越したのは予想通りだったな』
話が変わり、勝ち誇った顔を浮かべる
敗戦国は賠償金を支払わなければならないのはハイペリオン条約にも記載されており、その額は金貨100億枚という莫大な額となった
ガーラント公爵ならば更に金額を乗せる事も可能であったが、シャルロットが来たとわかるば賠償金の話はおまけとなる
『まさかシャルロット王女にシドラードの舵取りを?』
『国民から支持が多いならば商人を囲う貴族連中を派閥に介入させなければならん。アクアリーヌとフラクタールをシドラードとの国交路として固めれば、匂いに敏感な商人は集まるのと当時に帝国の動きがわかる。そこまでいけばイドラ共和国もシドラード国に攻め入るのも躊躇う』
『商街ラドネル以外からも輸出する気ですか?あそこの商人や貴族から何を言われるか考えると酷ですぞ?』
『そこは私より息子のフルフレアが利口だ。』
シドラードに目を向ける役目は彼の役目
他は我が子らに任せればよい、と彼は話す
『と…なると国交のために妖国キュウネルに向かうノア様に影響を及ぼす可能性が今回はありますな?』
『いじめるなロイ、娘にも今は顔向け出来ぬのだ。』
僅かな戯れに救われたガーラントは少し気を楽にする
頭を抱えているのはガーラント公爵王だけではない、王都に位置する大屋敷にある応接室でも同じ思いの者がいる
側近騎士を周りに配置し、イチゴミルクをがぶ飲みする女性はノア
彼女は椅子にもたれ掛かり、ダラリと脱力した様子だ。
そんな彼女を見ている騎士らも同じ気持ちである
『タイミング悪すぎます、父には猛反発したのに…』
目を向けられたのは側近騎士オズワルド
アクションを求められていると知るや、彼も悩む
(最悪だ。グスタフは確かに好かぬ男だが公国にとって有益であることに間違いはない)
『私も予想外です』
『私もよ。しかも来ているのはオスのドレットノート、メスよりも大きい』
メスよりも質が悪いのがオス
ドレットノートのランクがBの上位である理由がそこにはある。
フェロモンで気性が荒くなるだけならまだしも、匂いはオスのステータスを全体的に上げる効果があるのだ
あの将軍猪でさえ、背を向けて逃げ去る相手でもあるため、ノアは予定を止めてでも今起きた問題と向き合わなければならない
『ノア様、お食事を済ませてはどうでしょう?』
『喉に通らないわよ…』
軽く睨まれたオズワルドはガックシと肩を落とす。
誰か助けてくれ、と
同胞である騎士に目を向けても彼の視線を避けるかのように他の騎士は目を逸らす
そういったやり取りの最中、彼にとっての最高の助け船がドアをノックして現れたのだ
『やぁ姉さん』
黒髪で若い男、ノアと同じ王族であるフルフレア王子である。
笑うと人より鋭く見える犬歯が特長的であるが、見た目とは反して落ち着いた青年でもある。
彼は数多くの貴族を抱え込んでおり、ガーラント公爵王からは国内の物流を見るように言われてからは貴族とのコンタクトを取るために長い期間、姿を現さない事もあった
『あら、一人平和そうね?』
『僕が?この間までは僕だって気が気じゃなかったの知ってる?』
鉱山の件での揉め事を思い出したノア
すっかりと忘れていたが、実は彼が最初に焦っていたのである
疲れた表情を浮かべたフルフレア王子がノアの反対側の椅子に座ると、オズワルドは心の中で強くガッツポーズする
『鉱山の件はどうしたの?』
『そりゃミチミチに怒ったよ。これから父さんがシドラードとの交流を踏まえてるならば手をあまりつけてないフラクタールにも僕は着目しないといけないしさ。そんな事を考えてたら鉱山の件が来て泡食ったの覚えてるでしょ?』
『そうね。』
僅かに笑みを浮かべたノアは今後のフラクタールの位置に関して再び記憶を呼び起こす
シドラードとは敵対であっても、誰が王族となるかで伸びるか終わるかが決まる。
終わらせる事を見越せば唯一の貿易路としてシドラードと繋がる公国の商街ラドネルの他にアクアリーヌとフラクタールが増えるのだ。
その為にはフラクタールに金を落とす必要があり、どう落とすのかフルフレアが考えていた。
『2、3日はここにいるけどフラクタールの貴族と話す機会が出来たからまた出なきゃ』
『あんたの順調そうな話を聞くと泣きたくなるわよ』
『まぁ今回はかなり最悪だね。今後どうなるかは父さん次第だし結果を待とう。』
今考えてもフラクタールの状況は変わらない
結果でどうすべきか、終わるまで考えたほうが良いとフルフレアが告げるとノアは小さく頷いた
(色々と出回っていてまだ見たことは無いけど…)
フルフレア王子はまだグスタフと面識はない
しかしノアやガーランドからは詳しく聞いている為、彼は会いたい気持ちがあった
だが今ではない、絶対に違う
『フラクタールから一番近いシドラードのミリオって街、隣接している街を今調べてるんだけどフラクタールにあるラフタ鉱山の物流を少し流通させたいかなって思ってるよ』
『何かいい案が?』
『ミリオや近くの街に鉱山は無く、仕入れてもコスパの良いミスリルでも高値なのはわかったんだ。だからフラクタールから流通させた方が遥かに良い。そこはシューベルン男爵と相談してどのくらい外に出せる輸出量があるかを話し合いたい感じ。』
『国交の為に道の補装も重要ですが、かなりそこは難しいわよ』
『こっちの貴族をミリオにすでに向かわせている。1か月後にはシャルロット王女とミリオで僕は会食しながら打ち合わせだよ。』
順調そうな弟が心底羨ましく感じるノアは目を細めて視線を向けとフルフレアは苦笑いをしながら一言だけ残して応接室を去っていった
『オズワルド、頼むよ』
『ははっ!』
オズワルドは肩を落とした
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