第68話 存亡

真夜中、フラクタールの東区は警備兵により避難誘導がなされた

雨など忘れたかのように、人々は森から逃げるようにして非難する姿で通りを埋め尽くす。


そんな最中、再び収集された冒険者らはギルドに集まる

ロビー内でざわつく様子もなく、耳鳴りが響く様な静寂

隣にいる者の呼吸や防具の擦れた時の金属音が聞こえるほどに静まり返っていた


誰もが予想できなかったことが起きた

ガンテイは凍てついた表情を浮かべながらカウンターの上に腰を下ろし、収集された300人弱の冒険者や馳せ参じた傭兵を前に腕を組んで苛立ちを見せ始めた


『詳しい詳細はわからない。だがドレットノートが方向を変えてフラクタールに向かってきている』


彼の言葉には穴が開いていた

しかし決して嘘を口にしているわけでもない

混乱を避けるために、とある情報を隠していたのである


(馬鹿たれが…)


誰もが彼の苛立ちに気づいていた

あまり怒りを顔に出さない者が、誰の目から見てるわかるぐらいに怒りを浮かべていたのだ。

その理由を誰も聞くことすらままならぬ状況でガンテイはインクリット達がいる事を確認すると、小さく唸り声を上げる

そして、後ろからギルド職員が彼に声をかける


『ガンテイさん、お時間ありますか』

『無い、と言いたいが当たるのはよそう』


ガンテイは皆に待機を命じ、応接室へと向かう

ドアの前には受付嬢フィーフィがいたが、いつもより顔が緊張している事に彼は気付く


『誰だ?』

『それが…』


次の一言でガンテイは驚き、直ぐに中に入る

綺麗な白い壁には風景画が飾られ、中央の長テーブルは王都から取り寄せた一級品、その反対側の椅子に座る二人の公国騎士を前にガンテイはギルド職員と共に椅子に座る


『大変そうだな』

『…確かにそうだ。しかしグスタフは今いないぞ』


ノアの側近騎士のジキットが足を組みながら会話を交えた。

彼の隣はハイド、王族直属の騎士を前にガンテイは考えた。


グスタフの監視役として彼らは時おりフラクタールに姿を見せている

今回はすれ違いで会えなかったのだろう、と


『悪いが帰還した調査隊から話は聞いた』

『俺の許可が無ければ口を開かない奴らだが…』

『脅せば1発よ』


ジキットは勝ち誇ったかのように笑みを浮かべる。

悪い人間ではない事は確かであり、今はそれに関して追求する暇はガンテイにはない


『あの女はなんだ?何故ドレットノートに接触した?お前らならわかるだろう』


僅かながらに荒げた感情を表に出すガンテイ

ジキットは苦笑いを浮かべ、彼に話した


『極秘だ、そこの職員は外に出してくれないか?』


ギルド職員はガンテイからの指示を待たずに直ぐに立ち上がると、部屋を出ていく

苛立ちを顔に浮かべているのはガンテイだけではなく、ジキットも変わった形で顔に出ていた。

それは呆れに近く、それに気づいたガンテイは目を細めた


『赤い聖女ジャンヌ・マキナ。ファーラット公国にて選ばれし者に認定された女だ。』

『訳有りみたいだな』

『あぁそうさ。まだ未熟だ』

『力ではなく、思想か』

『ご名答、まだこの世界の歩み方に慣れてない』

『…慣れるために放牧しているわけだろうが、今回取り返しのつかぬ事をしたぞ』


ガンテイは彼らに怒りの矛先を向けたとしても意味はないと知っていた

だが向ける場所がわからない以上、彼は抑えれない

だがジキットはそんな無礼を許した


『アクアリーヌから800のガーラント公爵王の精鋭が救援にくるようにノア様が手配した。そこのBランク冒険者チームも駆け付ける。これならドレットノート2体を相手になんとかなるはずだ』


これにはガンテイが驚く

ガーラント公爵王の持つ黒騎士と呼ばれる精鋭部隊が救援に来ることが異例過ぎるからだ。


主の為にしか動かないと言われた戦いのプロが集まる部隊。

そしてアクアリーヌから来る冒険者


(アクアリーヌの冒険者となると…)


『冒険者チームはタイガーランペイジか』

『流石、知り合いか?』

『グスタフが以前、ホークアイとコハルを揉んでやったと聞いただけだが、それよりもガーラント公爵王殿の黒騎士が動くとは何故だ?』

『わかってるだろう?ここは国民が思ってる以上に重要な拠点だ。あいつがいる限りな…ムカツクが』


あいつ

誰かはわかる


安堵を浮かべ、怒りがおさまっていくガンテイは背もたれにもたれ掛かると溜め息を漏らす。


(バカ女が…)


ジキットは口元に笑みを浮かべ、言葉を心の中でも唱えた


監視中のドレットノートの撃破後、その体から流れた血は近くの川に流れて独特の臭いを放った。

彼女の倒した個体も実はメスであり、血の成分にはドレットノートのメスが放つフェロモンが混ざっていたためにオスのドレットノートは臭いを嗅ぎ付けて来てしまったのだ。


独特の臭いを放つはメス独特であり

その場合は仲間を引き寄せない為に燃やして処理をしなければならない。

彼女はそれを怠ったのだ


『一先ずは感謝する』

『ノア様の指示だ。一応連絡しといて良かったが…』

『あのバカ女は何をしている』

『こっちで捜索中だ。王族もきっと焦ってる筈だ』

『どういう事か知りたい』

『確かに選ばれし者、赤い聖女ジャンヌの力は本物だが、王族管轄内の者だからこそあせるって言えばわかるか?フラクタールで関係者が問題起こしたら不味いだろう?恩があるからな』


そこでガンテイは理解した。

人は物ではない、しかし天秤にかけられる事はある

一人の存在は誰よりも重い事をジキットの言葉が示していたのだ。

人と人を比べる行為とはあまり聞こえは悪い、しかし今回はそれを引き合いに出して動かざるを得ない状況を選ばれし者はしてしまった。

それによって王族はどちらを取るか、その焦りも今回の王族の行動からはガンテイは読み取った



(結果によっては…)


田舎街での騒動、小さく見えるそれは結果次第では権力者にとって今後に響いてしまう

だから動いたのだろうとガンテイはわかると、これ以上の時間は冒険者の準備に使う為にジキット達に一礼し、立ち上がる


『一応俺達も混ざるぜ?5時間も稼げないがな』


今いる戦力では完全にドレットノート2体を相手に戦えるとは言えない。

対象の背後に回り、注意を反らして僅かでも街から離すしかないのである。

彼の言う5時間、それは早急にこちらに向かっている救援が到着する予想時間

それまでに死守しなければならないガンテイは彼らを連れて一度ロビーに戻る


皆に対象の情報を話し、そして何をするために自分たちがここに集まったかを繰り返し伝える。

そして最悪の場合、3体目が現れる可能性を口にすると予想通り誰もが委縮してしまう。

情けない事ではなく、当たり前な事だ

人はこの世界では貧弱で弱い、しかし文明を発展させる能力に特化している生き物である

子供が熊と戦うかのような状況に、ガンテイは椅子に皆を座らせた


『調査隊がドレットノートの死体は完全に焼却した事は確かだ。しかし川に流れてしまった血の匂いは流石に消せん。あれで幸いなのは他の獣が逃げるから森は静かで邪魔をする奴はいないってことだが。怖くて当たり前だ…なんぜ相手は化け物級が2体だしなぁ』


苦笑いを浮かべると、つられて同じような顔を浮かべる者が僅かながらにガンテイの視界に映る

だが誰もが似たような考えを思い描く


2体相手にどう戦うか

それに関し、ガンテイでさえ作戦が練り切れておらず苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ始めた


『魔法職は状態異常を一気に飛ばして効果を誘発させるしかないが…ショックを覚えている者は?』


弱弱しく手を上げる者、10人弱ではあったが戦えないわけではない

重ねがけでの作戦で隙を作る切り札があるだけでも不幸中の幸いであった

そんな緊迫した最中、ムツキは立ち上がる


魔族であり、長髪から生える2本の角の一つは途中で折れている姿に皆は見慣れていたが、その時の彼の様子は違った

怖がる様子など決して感じられなかったからだ。

それは人間とは違い、魔族は戦闘に特化した種族だという自信の表れでもあるのだろう。


『Bランク相手だとダメージを与える魔法、そして武器が必要ですね?』

『そうだな。最低でもミスリル以上でリーフシルバー辺りが好ましい…』

『その点は大丈夫でしょう。しかし魔法に関してですと』


魔法職の者は肩を落とす

中位魔法でようやく相手にダメージを与えれる敵であり、そのランク帯を覚えている者は数名しかいないのである

しかも連発は出来ず。良くて3発といったところだ

その悩みを自分は解消できる、ムツキはそう告げるとガンテイはカウンターから降りて彼を眺めた


(まだ攻撃魔法は覚えさせていない、とあいつは言っていたが…)


ガンテイの大きな誤算

飽くまでそれはグスタフの見ていた最中での話だ。

ムツキの才能を知るのはフラクタールでただ1人だけ、それが今開花しようとしていた


『ムツキ、そういえばバイトで貯めた金とか最近討伐した強敵の報酬があったな?』

『そうですね。今はすっかり半分貯金が無くなって妹に怒られたばかりでして』


小さく笑うムツキだが、彼は直ぐに真剣な顔をガンテイに向けてとある事を言い放った

その事実に誰もがざわつくほどに驚愕がこの場を包み込むが、インクリットらのチームは驚いていない


(これならいける!もし本当にあいつと同じ魔法を使えるのならば…)


ガンテイは皆の士気を高めるために、数歩まえに歩くと彼らに向かって話したのだ。


『聞いたことがある魔法だろう?見たことがある魔法だろう?Bにも有効な奇怪な魔法ならば可能性が飛躍的に上がったと言っても過言ではないぞ!俺は1体相手に時間を稼ぐから逃げ足に自信がある野郎は俺と共に注意を引き付けてほしい。1体さえ倒せば後は全員で総攻撃だ。』


細かい言葉ではなく、単純明快

伝わりやすいからこそ自分のやるべき事がわかる

可能性があるならばとガンテイのもとに焼く30名の冒険者が名乗りを上げる

そして後方で待機していた傭兵も、街を守らんと数名が前に出る


『投げナイフは今回無料で提供してくれりゃ目だけ狙ってやるぜ?相手にとっちゃ嫌だろうよ』

『小道具類は終わった後に無料で補填してくれるならば俺もやるぞ?』


ちゃっかりな条件だが、今は飲むべき言葉にガンテイは強く頷く

ギルドで賄う、そう告げると最悪の雰囲気は徐々に消えていった

出立は30分後、それまで冒険者や傭兵はここで支度をすることになったのだが、あまり見られない光景にインクリットは目に焼き付け始める


『凄いね。傭兵もいる』

『当たり前でしょ。生涯で起きる事なんてない事態だもん』


街に危機には力を合わせるのは人間に可能な能力だ

傭兵と言えど、街が無ければ稼ぐ事が出来なくなる

だからこそ、こういう光景が誕生したのだ。


『ムツキ、お前マジで使えるのか?』

『試運転で何度か使用してみたのですが、あの魔法はどうやら反動が凄い』

『反動?』

『クズリ、盾士と同じで放つと同時に魔法の威力でこっちも反動で吹き飛びかねないってことだよ』


どうやって【それ】を覚えたのか

試験の内容はどうだったのかをインクリットが聞くが、試練内容をムツキが覚えている筈がない、夢の世界での試練は終了後に忘却されるからだ。

だがムツキの脳内では僅かに、感覚だけは覚えている


『1分で終わりました。たしか楽でしたよ』


絶対に嘘だ、と3人は顔を合わせて思っていた


『でも今回の件、人による災害なんだね。』

『ほんっと迷惑な奴!馬鹿じゃないの!?』


支度時間を設ける前にジキットが彼らの前で事態の原因を説明したのだ

何者かがドレットノートを倒し、始末をせずに去った事が原因であるという事を


それにより聞いていた者は眉をひそめ、緊張した面持ちが別な感情で緩和されたのだ

あえて伝えた事に意味がある事にインクリットは気づいていない

誰がやったのか、きっとあの人なら知っているが公開しなかったことに彼は何となく察する事があった

それを考えていると、彼はムツキに声をかけられてしまう


『思いつめてますね?』

『え?あぁ考え事ですよ』

『こんな時に肝心な人が2人もいないのは酷ですね。ガンテイさんもいなければ終わりですよ終わり』

『そ…そうですね。でも今回はムツキさんに頼りそうですね』

『でもその場合は隙を作ってもらえたら嬉しいです』


攻撃は自分がやる、ムツキがそうした言葉を口にするとクズリやアンリタそしてインクリットは僅かに笑みを浮かべた

もし本当にあの魔法が使えるならば、彼はれっきとしたフラクタール随一の魔法使いになる


1人の男の名を上げる戦い

多くの人間の命を守る戦い

化け物級の存在から街を守る戦い

色々な言葉が入り混じる壮絶な戦いがこれから起きそうになっていた








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