第66話 信頼

俺は朝早くからガンテイに付き合わされている。

ある程度の貯まった仕事を終え、妹であるミルドレッドを迎える準備が整ったらしいが

何故か森に連れてこられた

2人きりじゃないのが救いなのかもしれない、エステが俺達の後ろからついてきているからだ


『ピクニックだぞグスタフ』

(絶対違うだろ)


事務仕事ばかりで体の鈍りが気になったのだろう

今日は飯を奢ってもらえるから来たものの、俺よりもこいつは上機嫌だ。


(曇りかぁ) 


降ってきそうな天候、地面は湿ってる

しかも今日は一段と寒く、俺は首からファー付きの赤いコートを羽織っている

ガンテイなんて革のジャケットだが、高そうな防具だな


『少し吐息が出るか…』

『少し寒いわね』

『おぉ?エステ嬢はそろそろストッキングくらいどうだ?』

『買わないとね』


森を歩きながら、2人は会話をする


遠くの山の山頂は白い、ありゃ雪だな

こんな季節にノアもよく他国へ行こうと考えるもんだな…


(しかし時間を考えると)


仕方がない

あと2週間後には顔を出さないと駄目だが、普通なら王都まで2週間だ。

だがワープ使うから一瞬だし、問題無し


『前から2体』

『うっし!俺な!俺』

『勝手にしろ』

『私は見とくわ』


両手に片手斧を握り、歩き続けるガンテイの前に現れたのはゴブリン2体だ

いつものギャギャギャという声を発しながら無策で無謀にも真っ直ぐ奴等は襲ってくる


低ランクなのは知能の低さもあり、本能的に動く傾向が強い

代表的なのが、このゴブリンだ

俺たちの力量なんで戦わないとわからないし、戦った時には既に遅い


『おらっ!』


力強い回転斬りで2体同時に両断だ。

手慣れた動きで右手に持つ片手斧を空中に投げてキャッチすると、わざとらしく俺に顔を向けてニヤニヤしてくるんだが…


『なんだ?』

『今日は体の調子が良いぞお?』

『よかったじゃないか』

『次はお前だ』


俺かぁ…

まぁ交代っていった時に頷いちゃったしな


この時期には魔物は多い、特に獣だ

冬眠する生き物は腹に色々つめるからいつも以上に活動時間は永く、そして徘徊範囲も広い

だからインクリット達は良き強敵と最近戦えているのだ。


フラクタール冒険者ギルドさえ、この時期には森に入る時の警告はしてる

殆ど奥までいかないのさ、危ないしな


『ゴォォォォ…』


低い鳴き声、特徴的過ぎてわかりやすい

それはとても動きが遅く、しかし頑丈だ

人型の魔物であり、岩の肉体を持つ精霊種の魔物と言われるランクCのゴーレムだ。


全長2メートルあり、ある程度の身軽な者なら攻撃を見て避けるのは用意、しかし問題がある。

物理耐性が非常に高く、良くて打撃だが推奨されてない

魔法ならばその頑丈な岩は砕け、倒す事が出来るのだ。


攻撃魔法という手段は低ランク冒険者には厳しい為、冒険者ギルドは無理をさせない為に数年前にゴーレムのランクをDからCに上げている


『殴って倒すのか?』

『なわけあるか』


不意にボケられ、無意識にツッこんだ俺は情けない

そうしている間にも、姿を現したゴーレムは堂々と迫り来る


『仕方ない』


右手を前にし、赤黒い小さな魔法陣を展開

サイズが30センチと小さく、ガンテイは少し驚いているようだ


『銃魔・パラベラム』


魔法陣から撃ち出されたのは9㎜の魔力弾

それは名前の通り、魔力で固めた弾である

比較的小さな炸裂音と共に魔力弾はゴーレムの右肩に命中すると、その部位は砕けて地面に腕が落ちた


『ゴォ?』


落ちた腕を見て首を傾げたゴーレム 

この魔物も知能は無く、本能的な魔物さ


『余所見する頭はいらんな?』


そう口にし、俺は2発目をゴーレムの頭部に放つ

選ばれし者が言うには、これは拳銃に非常に似てると言われたが、彼らの世界では魔法ではなく、鉄を加工して火薬で撃ち出す機械とか


見てみたいな…


パラベラムの魔力弾は音速であり、ゴーレムでは回避など不可能

当然、2発目は狙った頭部に直撃すると、破裂して背中から力無く地面に倒れた


威力が高いから破裂したわけではない、貫通力はさほどない魔法さ

実際貫通はしておらず、外からの魔力による力がゴーレムの体内で蓄積されると、暴発する性質をこの魔物は持っている

だから魔法耐性がまったくない、下位魔法でも当てればダメージは大きい


『怪魔法か…あまり見えんな』

『弾が小さいってものある、貫通力は無いがな』

『アハトアハトってのもそうだよな』


俺はゴーレムの魔石を回収しながら彼と話す

エステもこの魔法に心底驚いていたが、何かを口にする様子はない


アハト・アハトは怪魔法だと上位魔法であり、あのBランクで鎧に身を包んだ巨人種のドレットノートでも1発で仕留める事が出来る貫通特化の魔力弾だ

怪魔法は沢山あるが、殆どが攻撃魔法であり、戦争では絶対的猛威を奮うが使った事はない。


『覚える条件がある属性や魔法があると聞いてはいるが、その類いだろうな』

『正解に近い。普通に試練で覚えるのとは違うからな』


試練で覚える事に間違いはない、しかし条件を知らないと絶対に覚えれない

それを何処で知るか、普通に活動していてもきっとわからないだろうな

生まれた瞬間に資格があるかどうか決まるからだ


歩きながら俺達は森の中を眺める

木々の上には小さな白い鳥が見ているが、魔物ではない

シマエナガという小さな黒い目がなんとも可愛い小鳥だが、警戒心が強いので少し近づくだけで飛んでいってしまう


『今、クズリを見て飛んでいったわね』

『お…俺かぁ』

『くっふっふ』


俺は面白くて笑いそうになったが、耐えた

いや耐えてないだろうけども、高笑いはこの容姿で似合わない

そんな俺を見てガンテイは笑みを浮かべる。


『各国は大変だろうな』

『特にシドラードだ。ケヴィン王子が上に立つと帝国と変に手を組んで結局は属国と変わらぬ結果になる』

『物騒な時代には見えんがなぁ』

『ガンテイ、いつの時代も起きる時は一瞬だ。』

『私もそう思うぞ。』


実際そうだ。誰が明日は馬車に轢かれるから気を付けようと思うのだろう

わからない事は良い事か、悪い事なのかはわからない

それはいきなり訪れる

だからこそ俺たち人間は頭を使って準備や抵抗をする力がある

過剰な傲慢をするためではない、それを履き違えるのが身分の高い連中と相場は決まってる。


『まぁシドラードに関してならあの女は国民には指示されている点は救いよ』

『実際、国内政策はあ奴がロンドベル第二王子と共に動いているからだろう?』

『流石ね。産業改革としてあの女は物によってかかる税を統一化したり、農業組合会を呼んで一部食材の値上げをさせたのが印象が高いのかしら』


あの女呼ばわりか…。嫌ってるもんなぁ

食糧でも酒や穀物など物によってかかる税が違うと、それを扱う組織の負担が大きい

仕事の簡略化がメインだろうな

一部の値上げは穀物類だが、商人に対して売値を統一させたのだ。

誰かが安くすれば、商人は一気にそこに雪崩れ込むのだが、そうなると誰かが損をする羽目になる

だが安くなれば、その分自身の負担も大きくなったりと複雑なのが普通に働く奴らの悩みだろう

売値を指示されたら全員従うしかないからな


『そういうのは得意な女よ』


そこは認めてるんだな…


『それにしても、貴方の変わった魔法…』

『どうした?』

『どうせ他にも似た魔法あるのでしょう?アクアリーヌ大戦で使っていれば殲滅出来たのに』

『目立つのは嫌いだ。』


呆れた顔のエステ、その意味が分からないが

ガンテイが答えてくれたよ


『目立ってたぞ?』

(マジか…)


こうして森を堂々と突き進み、普段は来ない場所へと辿り着く

岩山が連なる一本道、それは湖がある道さ

冒険者でも近づく事はしないのは魔物が出やすくてペースを崩されやすいから危険なのだ。

それにあれだあれ…ちょっと強めの魔物もいる、インクリットらもそろそろ行こうと言い始める頃合いだが、多分一度は来てそうだな


『周りは岩だらけね』


弓さえ構える様子の無いエステが小さく呟く

ここいらはリザードマンの根城にされやすい場所だが気配は無い


歩いているとガンテイはこんな場所で飯にしようとか言い出す

どうやらお腹が空いたらしいが、食料は俺の収納スキルの中だ


それらを解放して出現したのが俺の手の上に乗るパンに挟めたモーギュウの厚切りステージだ。

これにはエステも目を輝かせ、息を飲む


モーギュウとは白と黒のぶち模様の牛だ

乳から取れるミルクは最高峰であり、肉ですらこれを越える1品はない

それをノアは報酬で分けてくれたのだ


『見てるだけで涙が出そうだな!』


お前は正しいぞガンテイ

肉を際立たせるは千切りキャベツ、それは肉汁によってコーティングされ輝きを放つ


『加護のもとに、いただきます』


さっそく皆で腰を下ろしての食事会だ

口に運ぶと、手が勝手に震えた事に俺は目を見開いて驚いた


(なんだこれは…)


原因はこのパンにサンドされた料理に違いない

俺の脳の声が聞こえてきそうだ、味の予測不能そして感情の起伏制御不能

未知数な味、しかも保証された絶品

口に運ぶ勇気がいる料理とは驚いた

これは武者震い、既に体は喜びで溢れていたのだ


(では…)


大きく一口、キャベツの新鮮なシャキシャキ食感に包まれた最強の肉は見事に俺の口内を肉汁で占拠し、味の核が爆発を起こす


(これは…)


体が震えている、俺だけじゃなくガンテイやエステも同じ現象に陥っているぞ

肉の中の肉、王の中の王というこれ以上の言葉が思い浮かばないほどの最高の美味に脳と舌だけじゃなく、体が歓喜で溢れているのだ。


『肉は良いわね』

『一口で米を何杯いけるかわからんぞこれ』

『うむ…素晴らしい』


強くなれたと錯覚しそうな満足感

最高の毒を味わった気分に俺は感無量さ


そこからは誰もが食べきるまで無言

口を開くのが勿体ない、味が逃げる前に次の味を体が求めているからだ

食べ終わるまで1分もかからず、俺達はペロリと平らげるとその場に座り込む

余韻を味わう為だろうと推測する


『良い物を貰ったわね』

『流石グスタフだな』

『中毒性がある、毎日は駄目だ人が駄目になる』


これにはガンテイも納得し、大袈裟に笑う

楽しそうで何よりだが…なんか気配する

エステはエルフだから感知範囲は凄い、だから彼女も気づいたようだな


(雨ほんと降りそう…)


というか、奥の景色が白いのは霧なのかと思ったが、あれは雨だ

どうやら風向き的にこちらに雨が来るのだろう…


『強めの気配ね』

『エルフは凄いな。グスタフもわかるのだろう?』

『ふむ、結構遊びで倒せる相手じゃないぞ』

『規模は?』

『街に避難勧告させるくらいだ』


こんな魔物がフラクラールの森、しかも湖の近くにいるとは驚きだ

確かに強めの魔物が現れやすいと聞いているが、それにしては過度

エステも久しぶりに身構えているのを見ると、相当な相手だろう


この場にインクリット達がいれば、きっと逃げていただろう

あいつらがこの存在と戦うのは、来年だ


『そろそろ見えるぞ』


エステが小さく口を開き、弓を構える

まだ遠くなのに、足音が聞こえるという事はデカイ

それが見えてくるとガンテイは真剣な面持ちのまま、パワーアップとスピードアップの魔法を自身に施して態勢を整え始める


鬼の様な巨躯は身長4メートル、筋骨隆々とした灰色の肉体だが小さい個体ということはメスだ

両腕には肩鎧という金属装備、頭の髪はトサカのように逆立っていて背中まで伸びるのがオスでメスは長髪になっている

右手に持つは刺々しい大きな剣、人間が振り回すには設計されていないだろう

口から見える犬歯は超鋭く、そこらの獣が尻尾巻いて逃げるほどに凶悪な牙だ

呼吸をするだけで見える凍てついた吐息

氷属性を纏う魔物だからだが、Bランクの中でのこいつは相当厄介だ


以前、シドラードにある森の中で同ランクである閻魔蠍と戦っている光景を目にした

毒耐性が高いドレットノートだからこそ閻魔蠍の天敵なのだろう、毒針を刺しても怯まぬオスのドレットノートは堂々と右手を掲げ、刺々しい巨大な大剣で両断して決着だった


『ガンテイ、いけるか?』

『任せろ、まだ自称現役だ。』

『食後の運動に最高の相手ね。』


2人が前に出たのを見ると、俺はいらなそうだ


大きな巨躯は人間を見下ろし、対格差で恐怖を植え付けるのだが

この2人にはドレットノートの目論見は通じない、彼らは今までの経験に自信を持っているからさ


『俺が先陣を切る。エステ嬢は一撃頼めるか』

『面白い事を言う、やってみなさい』


ガンテイは笑みを浮かべ、胸を張って立ち塞がるドレットノートに駆け出した

誰もが逃げるべき存在、誰もが恐怖を感じる存在

それに先ず単騎で突っ込めるのは凄いと俺は思う

Bランク認定された冒険者はこんな上位レベルの魔物を狩りたがらないからな


『ゴロロォォォォォ!』


その雄たけびは空気を揺らし、いかなる生物の体を震え上がらせるだろう

俺の体も声の振動が伝わり、目の前の魔物の強さが伝わる


刺々しい大剣を大きく掲げ、振り下ろそうとするドレットノート

タイミング良く攻撃しようとしているのだろうが、ガンテイはそれがわかると更に地面を強く蹴って相手のタイミングをずらしにかかった


『氷魔法・氷弾!』


右手に持つ片手斧を前に出すと、先から凍てつく青い魔法陣が展開される

そこから放たれたのは5発の小さな氷弾だが、狙いはドレットノートの目だ


『ゴロォ…』


うっとおしい、そんな雰囲気を見せながら左手で顔を守る

だが視線はガンテイを見失わぬよう、首を反らして右目だけが彼を見つめていた

2つの仕込みをしても冷静に判断できるというのは知識の高さ、そういう魔物は相当厄介なんだよ


タイミング良く振り下ろされた巨大な大剣はガンテイに当たると思いきや、彼は僅かにどこに大剣が来るのかを瞬時に判断し、スライディングして避けたんだ

右肩スレスレ、あと少しずれていたらと思うとゾッとする

股下を潜り抜ける瞬間、片手斧に氷属性付与を施しドレットノートの右足首を斬った


ガンテイの片手斧は皮膚の内側にある肉にまで届かなかったが、仕方がない事は彼自身もわかっている

体重を乗せた攻撃じゃないとガンテイの武器で攻撃が通らない相手だからだ。

しかし氷の素質を持つガンテイの魔力袋はガンテイの攻撃を決して無駄にしない

斬った部位は瞬時に凍り付き、それは地面に伸びるとドレットノートは僅かに驚いたのだ


『崩れんか…』


僅かにふらついたドレットノートだが、ガンテイの思惑通りに行かない

これがBランクの上位とも言われる存在であることを示している

しかし無駄じゃない、意識はガンテイに向けられており、ドレットノートは足を上げるだけで氷は砕ける

意識を向けられているという事は、見られてない者がいるという事だ


『聖矢・ホーリー』


エルフだけが覚えれる魔法の聖矢は聖属性の投擲魔法であり、それは矢となって具現化される

矢となって現れた輝く一撃を弓で引き、撃ち放つと軌道上に光の粒子を残して高速でドレットノートの頭部に直撃したのだ


『ゴロォォォ!?』


聖なる柱に包まれ、魔力のダメージを一定時間受け続けるドレットノートは驚きながらも身を屈めて耐えきる姿勢を見せるが、頭部に直撃しても貫通しなかったのは頑丈過ぎてこちらが苦笑いしたくなるよ

普通なら頭を抑えるとかする、こいつはまるで痛覚が無いかのように動くから厄介さが際立つ


数秒後、光の柱が消えるとガンテイとエステは溜息を漏らし、再び構えたのだ

ドレットノートは僅かに皮膚が焼けただれ、煙を出していてダメージを負っている筈なのに静かに上体を上げると首を回して【余裕だぞ?】的に正面のエステ、背後のガンテイに目を向けたんだ


『頑丈過ぎね』

『相当な威力の筈だろ…マジか…』


エステが好んで使う聖矢ホーリーは威力が高く、殆どの魔物ならば一撃だ

それをドレットノートは耐えきったというのは2人にとって苦戦を強いられる覚悟を求められることになるだろう

エステも気づいてはいる…ドレットノートは聖属性の耐性が高い

だから試したのだろうな、彼女の本番はここからだ


『ゴロロォォォォォ!』


ドレットノートはエステに狙いを定め、襲い掛かる

優先的に倒すべき相手は彼女だという事の表れだが、ガンテイはその隙に背後からドレットノートに忍び寄る


『属性付与・雷!』


エステは矢を取り出すと弓で引きながら属性を付与する

激しい放電を放つ矢を引く彼女を見てドレットノートは放たれると同時に足を止めて大剣を前にガードさ

この魔物の弱点は雷属性であり、このダメージを嫌う


『馬鹿め』


エステは撃たない

撃つのは彼が動いてからだ


『おぉぉぉぉ!』


ガンテイが大袈裟に叫んで飛び込むと、ドレットノートは流石に無視は出来ぬと振り向きながら大剣を振る

そこでドレットノートはガクンとバランスを崩してしまい、ガンテイの足元に攻撃がずれたんだ


ガンテイは氷魔法・アイスロックという魔法をドレットノートの足元に撃ってから飛び込んでいたのを俺は見逃してない

あれは狙った部位を確実に氷で固めて動きを封じる魔法だ


流石のドレットノートでも、動きを封じる為の魔法ならバランスくらい崩すのさ

『おらぁぁぁぁぁ!』


ガンテイの全体重を乗せた一撃が振り下ろされる

ドレットノートの頭部に食い込むほどの全力はこの一撃に賭けていたって事だね

血は僅かに吹き出すのを確認し、顔面を蹴って飛び退くガンテイは叫ぶ


『ゴガッ!?』

『やっちま…』


え、を言う前に雷矢を放つエステ

激しい放電を放つ矢は音速を超え、ドレットノートの首に直撃すると電撃が首を中心に走り回り、奴を感電させた

命中したと同時に炸裂音が響き、発生した衝撃波でガンテイは吹き飛ぶが、きっと大丈夫だ


『ゴロゴロォ!』


ドレットノートようやく痛みを感じ、膝をつく

彼女の強さが今、目の前に写し出される

普通、弓の連射はかなり困難で熟練者でも1秒に1発が良いぐらいだが

エステは指に矢を3本挟めて秒間6発も撃つことが出来るのだ


付与を小さく囁きながら先程の雷矢を連射する姿にガンテイは起き上がると驚いて棒立ち状態だ


『ガッ!ゴロ…ゴロォォ!』


弱点の猛攻にドレットノートでもなす術は無かった。

相手が連続攻撃を得意とし、放電する魔力袋を持つエステは最悪の相手

最初に聖矢を試したのは個体の強さを確かめるためか


ドレットノートは苦肉の策でダメージなど気にせず立ち上がると彼女に襲いかかろうとするが、あとわずかの距離で30発目で大地に倒れた


『エイトビーストか…モロトフとは違うな』

『あんな弱い威張り坊やにエイトビーストは無理よ』


まぁ弱かったしな

いや、本当のエイトビーストが強いだけだ


『ドレットノート相手に思い切って飛び込むのは驚いたわ、見込みあるわね』

『かっはっは、情けないがやれる事は小さくても全力でやらんと大きな事も出来ぬからなぁ!』

『良い心掛けね』


こうして、ドレットノートの体から大きめの魔石が顔を出すと俺は腕に抱えた

刺々しい大剣はガンテイが必死で引きずって持って行こうと頑張っているのが妙に面白い


あれを倒せば、もう帰るしかない

俺達はフラクタールに向けて進んでいるが、ガンテイを見てると可哀想だから交代したよ

メェル・ベールを収納し、肩にドレットノートの武器を担ぐが少し重いな…


『マジックキャスターとは思えない怪力ね』

『魔法が得意だが力が無いわけではない、決めつけは自分の世界を狭める』

『…知り合いが似ている事を口にしていた』


彼女は溜め息を漏らすと同時に雨が降る

先ほどこちらに向かっていた雨雲がようやく届いたのだ。

雨に打たれながらも彼女は思い詰めた表情を浮かべ、俺に言ったんだ


『勝手な決めつけは良くない、もっと広く見てみなよって言った奴がいるが…』

『…』


エステは歩きながらずっとこちらを見ていた

もっと何かを話す事があり、それは喉まで来ているような感じだ

しかし、視線を外した瞬間に彼女は口を閉ざした


『…お前は奴を見つけたらどうするつもりだ?』


ふと無意識に俺は口を開く

聞かなくても良い事を聞く行為に近い

話さないだろうと思っていたが、予想は外れたな


『消えた後は違う事を考えていたが気が変わった。先ずは説教だな』


いつも、怒るのはお前の仕事だったな

昔はエルマー同様に世話になったんだ

昔はかなり気にしすぎる傾向が俺にはあった

だから俺はこうしてフラクタールにいる


(我が儘な考え…か)


ガンテイの言葉を思い出すと、そう思えた

アクアリーヌでも聞いたが、酒の席でも彼は面白い事を口にしていたな


【耳障りな声ほど大きく聞こえるから聞かなきゃならん事は見え難いんだ】


怖がる感情に耳を塞ぎ、目を背け

そして聞くべき言葉と存在から逃げた

シドラードに唯一いた理解者の存在を知った俺はこれからどうすべきか、未だにわからない


『エステ、お前は信じる者が大変な事をしたとしてどうす…』


彼女に問うと、俺が言い終わる前に答えたんだ


『信じる』


あの時、シドラードを去ろうとした俺を引き留めようとしたのはエステだけではない

オリマーやファラもだった


(後悔…だけど)


良き出会いがあったからこそ、僅かに過去に振り向けている

だからこそ、もう少し見るべき光景を見たい


『そのうち会えるやもしれん』

『だろうな』


エステは笑みを浮かべると、大きく欠伸をする

後ろにいたガンテイの咳払いに少し顔を向けるが、何かを話す様子な無し

きっと切り替えの合図なのかもな


『帰ったら付き合えよグスタフ』


ガンテイがニコニコしながら口を開く

どうやら外食の方が楽しみだったようだな


『エステも来るんだろう?』

『当たり前だ、そういえばお前はその気になればどのくらい敵を倒せる?』


思い切った質問を唐突にされた

昔はどのくらいだったっけ…たしか万人は武器をブンブン振り回してなぎ倒したな

そんな事を考えていると、ガンテイが笑いながら代わりに何故か答えた


『お前なら10万くらいいけるだろう』

『そんな人間だとして一緒にいて怖いと思わんのか』

『逆にそんな短気な男じゃないだろうお前は』

『まぁな…』

『信じる事は大事だろ?な!お前といて楽しいぞ?』


肩を強く叩いてくるガンテイ

感情的に力を行使するのは確かに駄目だ、俺はそんな事しない

こういうタイプは珍しいな…あいつ以来か…


(ローゼン、お前は幸せにあいつと暮らしているだろうか…)


シドラードでの唯一の理解者、俺は彼に会いたくなった



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