第65話 緊張

フラクタールの冒険者チームであるジ・ハード

以前までは三人で構成されたチームはムツキの一時的な加入で四人となる

彼を知る冒険者や街の若い女性はその事実に驚きを隠せない


普通ならば新しいメンバーが加入すればいつもより魔物との戦闘がぎこちない部分が目立つ筈が、彼らには起きなかった


森の奥、曇り空が目立つ天候の最中で四人はリザードマンというランク、Dの魔物を3体相手に武器を構える


『シュルルル』


いつもなら逃げる数、しかし今の彼らはそうならない

先頭のリザードマンが駆け出すと、クズリが盾を前にして走り出す


『トカゲ野郎め!』


クズリは振り下ろされた剣をリジェクトという威力軽減魔法を施した盾で威力を下げ、素早く押し込んで転倒させるとそのまま突っ込んだ


2体のリザードマンは驚き、素早く武器を構えるが目の前にはクズリではない何かがいた


黒く大きな目がリザードマンを睨むと、視界を暗くさせるそれは闇魔法デビルアイ

僅かな時間だけ対象の視界を奪う魔法であり、受けてしまったリザードマンは驚いて盾を前に防御の姿勢となる


攻撃がくる、普通はそう思うが一向にその時間が訪れない

戦いでは隙を作り、攻撃するのは作戦でよくある事であり、リザードマンでもそれは理解していた


『シュルッ!?』


しかし違ったのだ

術が解けると、隣にいた筈の同胞が首から流れる血を抑えながら膝をつく

明らかなフェイクであり、その隙にアンリタとインクリットは同時に1体を倒していたのだ。


では先頭の仲間は?ふとリザードマンは視線を送ると、魔族の男の前で頭を鉄鞭で割られて倒れていた仲間がいたのだ


先頭のリザードマンはクズリが転倒させた後、後方にいたムツキが倒したのだ

一瞬で絶望的な状況を理解したリザードマンは驚愕を浮かべたが、その時には逃げる時間などない


『どうも』


真横を通りすぎる人間が首を双剣で斬り裂き、口を開いてしまう

まだ倒れるわけにはいかない、リザードマンにも意思があり本能がある


『おらぁ!』


剣盾を持つクズリが迫ると、リザードマンは飛び退く

人間ならば倒れる怪我だが、リザードマンは魔物だ。

それでも首から流れる血は致命的であり、戦えても僅か数分


十分な時間を持つリザードマンは体勢を立て直そうと目論むが、戦う敵はインクリットとクズリの他にもいるのだ


『もらい!』


地面を這いずる蛇のような変わった軌道を描いた槍の突き

リザードマンはなす術なく、アンリタの槍によって倒れた


僅かに息を切らすインクリットは周りを警戒しながらも恐ろしい程にスムーズな展開に驚きを隠せない


(凄い…やりやすい)

(一人増えるだけてこんな違うのかよぉ)

(頭の装備ごと叩き割るなんてね…)


『考えて戦うのは楽しいですね』


ムツキはニコニコしながら口を開く

彼の性能はそれだけでは終わらず、森を歩けば誰よりも早く気配を感じるのだ

それは魔物だけではなく、動物もだ


『ムツキさん、冒険者ランクって…』


インクリットは恐る恐る彼に問うが答えは予想外にも低かった

念のために資格を持っているだけであり、最低ランクのFである


誰もが詐欺に近いと感じていると、ムツキは汗一つかかない状態で口を開く


『後ろから2体の気配ですが、50メートルくらいですかね…。』

『凄いねムツキさん…』

『魔族の感覚は人間と違いますから。』


そう告げ、4人はいつでも動けるように身構えながら進む

最後尾はムツキだが、彼だけが背後を気にしている

進行方向に見える茂みの向こうから獣の唸る声が聞こえる為、前後で警戒しているのだ。


『グルルルルゥ』


現れた魔物にインクリット、アンリタそしてクズリは驚く

真っ黒な体毛、その赤い瞳は熱を感知する特殊な目

顎髭は長く、後ろ足の爪だけ異様に鋭く、そして僅かな光にも輝く

サイファーウルフという狼種の魔物であり、それは鉱山の地下に落とされた3人が遭遇した強敵であった

ランクはCの厄介な魔物であり、目の前の個体は鉱山のそれより大きい2mサイズ


『鉱山の話はアンリタさんから聞いてましたが…残念なお知らせです』


ムツキは口を開くと、背後から姿を現すランクEの灰犬に向かって鉄鞭を構える

こんな時に何が残念だ?と言わんばかりにインクリットはあの時に死ぬ気で戦ったサイファーウルフに武器を構える

一度は倒した、だから今度は大丈夫だと彼は自分に訴えかける

しかしムツキの言葉で、勝敗は見せなくなる


『鉱山で倒したのは子供です、これが大人のサイファーウルフです』


Cランクで上位とも言われている狼種

その猛威を今、彼らは知る為に戦う事となる

逃げる事など到底不可能、勝つしか彼らには手がない


(煙幕弾は1つあるが・・・)


クズリは額に汗を流し、考える

しかしサイファーウルフの瞳は熱を感知するため、煙で誤魔化す事は不可能なのだ


『クズリ、君が受け止める必要がある。他の2人ではあの狼の一撃を受け止めれない』

『だろうな…』

『何としてでも、受け止めたら僅かでも隙を作る必要がある。目で追って攻撃できる個体とは思えません』


緊張が走る言葉にインクリットは風魔法スピード強化を発動し、身体能力を上げる

それが合図となり、前後の魔物は同時に4人に襲い掛かったのだ


背後はムツキに任せるしかない、インクリットはクズリを前にアンリタと共に前に出る


『っ!?』


彼は見た

Cランク上位の言われるサイファーウルフの動きを

ジグザグに移動しながら近ける脚力に驚きながらも、その大きな口が狙っているのは自身だと気づいたのだ


(なっ!?)


サイファーウルフは賢い、クズリは囮だと知ってインクリットに狙いを定めたのだ

だがそれでやられる彼じゃない


『ぬぅぅぅ!』


飛び込む大きな口に噛み砕かれまいと咄嗟にスライディングで真下を潜り、難をしのぐ

滑りながらの後方に向けての投げナイフ2本はサイファーウルフを貫く直前で飛び退きで回避され、アンリタの槍から離れる


並みの相手じゃない、誰もが確信した瞬間に事態は一変する

サイファーウルフの真横から跳んできたのは黒い刃であり、それは胴体側面を貫くと黒い放電を放ち、鳴き声を上げる


『ギャウッ!?』


闇魔法ペイン、術者の頭上に現れた黒い刃は対象に向けて撃ち放たれ、それは命中すると痛覚を刺激して激痛を引き起こす魔法であり、物理的ダメージはない

何故それが飛んできたのか3人は驚くが、答えは直ぐに視界に映る


ムツキは灰犬と交戦しながら右手をサイファーウルフに向けていたのだ

戦いながらの援護を彼はしていたのである

ならば今しかない、3人は一気に畳みかける為に駆け出す


『ボルトアクション!』


クズリは盾に雷魔法を施す

武器に触れた対象を軽く感電させ、衝撃波で態勢を崩す雷属性魔法だ

いち早くサイファーウルフの前に辿り着いたクズリはペインの効果が消えたと同時に盾を頭部に叩きつけると、バチンと音を響かせてサイファーウルフを仰け反らせる


チャンスであることに違いはない、しかし追い打ちで飛び込むインクリットとアンリタが近づく時にはサイファーウルフが後ろ足で地面を蹴り、後方に宙返りしながら距離を取る


『グルルルァァァ…』


『あの態勢から跳ぶのか…』

『鉱山の個体とやっぱ違うわね』

『こちらは終わりました』


ようやくムツキが彼らと合流すると、3人の緊張は僅かに解れる

体力は完全にサイファーウルフが上、誰もが全身に目をつけたかのように神経を鋭く尖らせた


サイファーウルフは優雅に4人を眺めるかのように遠巻きに周りを歩き、その堂々たる姿で余裕を見せつけた。

お前らに負ける俺ではない、そんな落ち着き見せる魔物は突如として姿勢を低くした

獣が獲物を襲う時に見せる姿は誰もが信頼するであろう【絶対に飛び掛かる】という動作

今から襲う、わかりやすいメッセージを受け取った4人は身構える


『グワォ!』


ジグザグに近づくなどしない、真っすぐ突っ込んだサイファーウルフは瞬時にアンリタの目の前に迫る

ギリギリ反応を見せる彼女は小さく舌打ちをすると、蛇のように生きた軌道を描く槍の突きを放つ


(当たる!)


槍の先が当たる寸前、彼女の思いは打ち砕かれる

頭部を狙うアンリタの一撃は空を切り、サイファーウルフは彼女の側面で半回転したのだ

最大の攻撃は噛みつきでも引っ掻きでもない、鋭い後ろ足から繰り出される蹴りである

その蹴りは並外れた脚力であり、人が直撃すれば致命的だ


(まずっ…)


攻撃後の隙は人間も同じ、サイファーウルフはそれを狙った


『くっ!』


インクリットが援護に動くが、間に合わない

誰も彼女を助ける位置にいなかったのだ

彼女が1メートル先にいるのに、それは彼に問ってとても遠い距離に感じるだろう

予想外な展開にアンリタは一撃を受ける覚悟を決めたが、ムツキが涼しそうな顔をしたまま右手を伸ばしている姿を見て勝機を感じた


(離れたらダメねこれ)


彼女は足を踏ん張り、再び攻撃の準備を見せる

これにはインクリットとクズリが驚愕を浮かべるが、直ぐにその意味を知る

一瞬の出来事、誰もがそれを長く感じる時間は終わりを告げると、その答えが目の前に現れた


『ヴァント』


光魔法、任意の場所に半透明の壁を発生させて攻撃を防ぐ魔法

サイファーウルフの強力な後ろ蹴りはその光の壁によってアンリタが守られたのだ

その強度は術者の魔力量で決まるが、サイファーウルフの蹴りで光の壁は砕けなかった


『グルァ!?』


この時、サイファーウルフは自身の後ろ脚を恨んだだろう

自慢の鋭い爪は光の壁に食い込み、一瞬身動きが取れなくなったのだ

これ以上の隙など決して次はない、そう誰もが感じるとこの一瞬に賭けた


『オラァァァァ!』


クズリがサイファーウルフの顎を盾で殴り、上半身を浮かせる馬鹿力を見せるとムツキは逆に鉄鞭を振り下ろし、地面に叩きつけた

完全に重心を乱されたサイファーウルフは牙を剥き出しにしながらも素早く上体を上げるが、視界には2人の武器が迫っていた


『終わり!』

『終わりよ!』








数秒後、首から大量の血を流すサイファーウルフがヨロヨロと揺れながら4人から離れていく

それでも顔は獲物だと錯覚していた4人を見ており、倒れる最後までその目は気高き狼の強さを見せる


『グル…グルル』


『待とう…』


インクリットの指示は正しかった

猛獣の最後の抵抗は凶悪、それはグスタフからしつこいほど聞かされているのだ

手負いは時間をかければかけるほど不利となり、待つ側が有利となる

アンリタもそれを思い出しながら、槍をサイファーウルフに向けて身構えた


(来るなよ、来るなよ)


インクリットの願いは届いた

目の前で唸り声を上げ、牙を剥き出した猛獣はそのままの表情で倒れたのである

まるでまだ生きているかのような顔に誰もが度肝を抜かすが、魔石が顔を出したのが、それでも近づける者はいない


『凄まじいですね』

『僕もびっくりだよ』


またしても彼らはCランクの魔物を倒した

歓喜よりも驚きが勝り、ムツキ以外がその場に座り込む

体が壊れそうなくらい酷使した短時間は彼らの筋肉を鉛のように重くさせたのだ


『撤退しようか』

『私も賛成、助かったわムツキ』

『気付いてもらえて助かりました。』


一瞬の隙からの猛攻は彼らの持つ火力を十分に引き出した

同時にそれは、Cランクに十分通じる結果となる。


(一人増えただけでこんな…)


インクリットは心の中で驚いた

一年も経過していないメンバーでここまで息を合わせ、そして遠い存在だとばかり思っていたランク帯の魔物を後半には一方的に叩けたからだ


『無理せず、力をつけよう』


インクリットがそう告げると、皆は小さく頷いた

サイファーウルフの毛皮は高い、熱を逃がさぬ素材としてこれからの冬場で重宝される為に貴族も欲しがる一品なのだ


クズリとムツキがサイファーウルフを縄で縛り、引きずって持ち帰る姿に街の人は二度見する光景が広がっていたが、無事ギルドまで持っていくと報酬を受け取ってから解体屋フィンネルのもとに預けてから解散となる


夜、アミカの家の2階にある居間では疲れて動けないインクリットが大の字で天井を見上げたままアミカに湿布を貼られていた


『頑張ったねー!』

『あはは…』


そんな様子をエステがビールを片手に眺めた


『サイファーウルフか、よく倒したな』

『頑張りましたが、あんなに大きいと思いませんでした。』

『まぁまだ無理が出来ても無謀が出来ない時期だ。頑張りなさい』

『はい。グスタフさんは?』

『寝たわよ?』

『はやっ!』


時刻は20時、たまに早寝するグスタフにインクリットは苦笑いだ

だが寝たのはグスタフだけじゃなく、半居候の化しているアンリタもだ


彼女はなんと帰って来てから疲れた体でグスタフと模擬戦をしていたからだ。

寝た理由はそれによる極度の疲れだ


アミカとエステそしてインクリットという変わった面子が集まる居間

室内は静かでも外は違い、強風で窓が揺れていた


『エステさんが店に立つと小道具売れて頼もしいね!』


笑顔を振り撒きながら口にするアミカ

実際、彼女の鍛冶屋リミットは十分な恩恵を得て安定していた。

貴族との交流や物流の確保、店の評判も相まって店を見に来る者が増え続けている

そんなアミカの言葉にエステは微笑む


『明日は私も早い、先に寝る』

『なら私もー!』

『僕はこのままで…』

『ならお布団だけ持ってきてあげる!』

『すいません助かりますアミカさん』


楽しい一時は、彼らの今後の背中を押す

誰もが夢や想いを求め、ここに集まる

明日もまた、誰かがそれ表に出すのかもしれない



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