第64話 決闘

インクリット達がキングゴブリンを倒した次の日の目覚めは悪い

昼まで寝ようと目論んでいたら客が俺に来たのだ。


誰だと思いながら上着に羊の鉄仮面という日常スタイルのまま外に出ると、そんな俺の姿を見て困惑する者達がいた


(忘れてた)


ファーラット騎士が5名、馬車で店の前にいたのだ

彼らはアクアリーヌ戦でも報酬を渡しに来たのだ


『額はノアに伝えてないが…』

『初耳です…』


馬車の荷台から騎士二人が運ぶ木箱

そして他の騎士が運ぶのは食材っぽいな

ぱっと見だと肉類や米、今高騰してる砂糖が多いな


木箱を俺の前に置く騎士らは下がると、一礼してきた

ノアの聖騎士ではない騎士だが、アクアリーヌで見た事ある顔だな


『中身は何だ』

『金貨5000枚です』


(王族は凄いな…)


この量だと確かに運ぶのは大変だ。

本当は桃金貨で軽くするのだが、あの金貨は日常で扱い難いからノアは金貨での支払いにしたのだと思われる


『ご苦労だった』


一応、騎士には金貨二枚ずつ渡して苦労を労うと、笑みを浮かべて去っていったよ

本当は少し会話でもしようとしたんだが、逃げるような形で行ってしまっては引き止めれないか


(悲しいなぁ)


前より楽な感覚だ

あまり気にしなくても良い


さて、貯蓄でもしよう


こうして俺は冒険者ギルドに足を運ぶがエステはいない

どうやら弓使いを連れて森の浅い場所に行ったらしい事を受付嬢フィーフィが話してくれたが、屋外演習だったか…


『今日は見知らぬ冒険者が複数いるな』

『やっぱわかります?』


わかるに決まってる

森に行くならいない筈なのに、この時間にいるのは可笑しい

フィーフィの話だと彼らは俺を見に来たらしい


『物好きな奴らだ』


視線を感じても俺は気にしない

少しは近づいてくるかと思ったが、その

様子もないのは理由がある

どうやらガンテイに釘を刺されているとか


『まぁ話し掛けたくなりますよ』

『何故だ?』

『新米ちゃんにも聞きましたよ。古い魔導書にしか記されてない怪魔法を使えるって』


怪魔法・銃魔は特殊な魔法だ

確かに人間で覚えてる奴を見た事ないな…

覚えるには協会での試練が必要だが、条件が面倒だ

魔導書には記されている魔法でも、情報は少ない


『魔法使いは喉なら足が出るほど聞きたいと思いますね』

『手だろ…』


まぁ言いたい事はわかるが、独特だな…


(怪魔法か…)


覚えれそうなのは1人いるから俺は覚えるべき魔法を指示したが、今後次第か


(それにしても…)


フラクタールも少し賑やかになった

近隣の街から足を運ぶ者が少しずつ増え、そのおかげで屋台通りの売り上げも良いと周りからよく聞く

俺を見る為に来るのが目的だろうが、そんな目的の人間と親しく話したことは無い

アミカの店で客として来る冒険者に見知らぬ顔は良く見るようになったが、きっと彼らだろうと思える


『グスタフさんは森に行かないんです?』


受付嬢がそんな事を口にするが、行く用事は無い

しかし体は動かしたいから流れに乗ってみようかと考えていると丁度良い魔族がギルドに来たのだ


ムツキという軽食屋の店員だ

鉄鞭を肩に担ぎ、颯爽とこちらに歩いてくるのだが視線は俺だな


『おや、グスタフさんじゃないですか』

『そうだが…どうした?』

『運動しに来ただけです』


運動、それは森に行くという事でもある

だから丁度良く彼と共に森に向かったのだが、依頼は受けずに手当たり次第って感じだ。


今日は肌寒く、ムツキも少し厚着だ

ファー付きの革装備を羽織っているからどこかのヴァイキングかと思いたくなる恰好

まぁ似合ってるから良いんだけどな

地面は少し湿っており、先ほど通り雨が降った感じでもある

その影響なのか、湖付近にいる魔物がここまで来ていたのだ


『ゲロッ』


グロッグハンターという両生類の魔物、デカいカエルだ

全長1メートル半、頭部には僅かに刺々しい角が幾つも生えており、体の模様は青っぽい

舌はそこまで伸びないが脚力が凄く、跳躍は10mという距離を跳ぶ

攻撃手段は丸のみ、まぁ対格差がある人間には意味を成さないが後ろ脚の蹴りは流石に強力だ。

ランクはE、脅威ではない


『冬眠遅いですね、既に潜っていると思ったのですが』

『飯をまだたらふく食べてないのだろう。』


両生類の魔物は冬眠に入る頃合いであり、今遭遇するのは珍しい

秋から冬にかけて獣ばかりいるのが普通なんだが、予想通り目の前に出てきたグロッグハンターは俺達には目もくれずにどこかにピョンピョン跳んで去っていく


『流石にご飯に見えませんか』

『だろうな。だが…』


近づいてくる2つの気配は俺達を獲物と思っても可笑しくはないだろう

茂みからパキパキと枝木を踏む音と響かせて現れたのはリザードマンというDランクの人型の蜥蜴の魔物だ。

人間の様に盾と剣を持ち、革防具を装備している

全長2mあるリザードマンは舌を出し入れしながら俺達を見定めているようだが、ムツキはそんなのお構いなしで突っ込んでいったよ


『グロッ!』

『グッ!?』


驚き、咄嗟に身構えるリザードマン2体

彼らの判断はこの時すでに間違っていたのだ

ムツキが目の前まで迫ると、奴らは剣で応戦しようとしたのだ、それが駄目

鉄鞭という武器を剣で受け止めるなんて普通しないからな


『馬鹿ですね』


囁きながら鉄鞭を振るムツキ

標的のリザードマンの剣を弾き飛ばし、折れた刀身が宙を舞う

武器砕きとしても鉄鞭は優秀だからこそ剣士は避けるしかない


『ガポッ!』


ムツキの鉄鞭はリザードマンの喉を突く

貫通せずとも、その一撃は命を貫く威力を誇っている

目を見開き、口を大きく開けて舌を出すリザードマンは凄い苦しそうだが、折れる音が聞こえたからかなりの致命的だろう

喉を押さえ、両膝をつく個体はもう動けまい…


『グラァァァァ!』


近くにいた残るリザードマンが剣を振り下ろすと、ムツキは鉄鞭で受け止める

力は拮抗しているようだが、ムツキが徐々に押しているようだ


(余裕そうだな)


まだ余力あり、か…

彼は武器を弾き返し、腹部を蹴って転倒させると同時に右手を軽く上に掲げる

黒い魔法陣が出現し、そこから現れたのは黒い刃

闇属性魔法・ペインは術者の頭上に魔法陣を展開し、そこから出現した黒い刃は対象めがけて飛んでいく

それに触れると痛覚を激しく刺激され、激痛が体中を駆け巡る嫌な魔法さ


その嫌な黒い刃はムツキが軽く掲げた右手を軽く前に降ろすだけで撃ち放たれた

起き上がるリザードマンに避ける術はなく、刃は胸部に深々と突き刺さると黒い電撃を体に走らせながらも激痛で叫び、そして悶え苦しむ


あとはもう隙だらけ、ムツキは右手で髪をかき分けると左手に持つ鉄鞭をくるくる回しながらリザードマンに近づいていく


『冒険者の方が運動に丁度良いですね』

『…ヴァントも覚えているような感じだな』

『楽勝ですよ?5分もかからなかったとか』


凄いな…

普通なら10分はかかるのに、それを5分未満か

やはり素質があり過ぎる、そして魔族だから魔力量も人間よりはるかに高い

ならばちょっと話しておくか…


『依頼をお前にしたい』

『グスタフさんが珍しい言葉を言いますね?どうしました』

『森でのインクリットらの様子を2,3日同行して見てもらいたい』

『あの有能3人組ですか。全然いいですがバイトの休みの時だけですよ』

『それでいい』

『見返りが面白そうですね。』


ムツキは目を細め、背後から飛び込んできたゴブリンなんて目を向けずに鉄鞭を振るだけで吹き飛ばす

そのランク帯では満足しないのはわかる、更に上の魔物と戦えるとなると個人で森に入るかチームで同行するかになるだろう

お互い、利用されてみるか


『見返りは…』


彼に話すと、驚きを顔に浮かべていたが直ぐにどういう意味なのかをわかったらしい

顔を上げて笑う姿は珍しいが、きっとムツキは興味ある属性魔法の筈である


『もう少し運動したくなりました』


ムツキがそう告げると背伸びをし、鉄鞭を肩で担ぐ

俺は戦っている最中の彼を見て気が付いたが、かなり血の気が荒い男だ

軽食屋で見る顔は無表情でクール、女性に人気の店員なのにアクアリーヌ戦や先ほどの戦いで見せた彼の顔は違う


攻撃をする瞬間に本性を見せたかのように鋭い犬歯を剥き出しに楽しそうな面持ちでリザードマンを倒していたのだ

本当にこいつは何者なのか、更にわからない

魔兵器技師というのは嘘ではないが、あの血の気の荒い表情には彼がここに来た理由があるのだろう


『武器収納』


俺は左手に握るメェルベールを消し、別の武器を出現させた

現れたのは彼と同じ武器である鉄鞭、しかも血管の様に赤い線が伸びる禍々しい見た目をした武器だ


これにムツキは驚くと思いきや、予想外にも口元に笑みを浮かべたのだ

それがお前の本性だ。力を奮いたい、どんな形であっても


『面白い事を考えて良そうですね』

『予想は的中、お前の振り回す力をこの手で感じたくなった…。俺ならば相手に不足はあるまい』


これ以上、話す事は無い

何故ならムツキが一気に突っ込んできたからだ

先ほどよりも武器を握り力が強いのはわかってる、今お前は本気だ

俺でも避けれる安易な振り下ろし、しかし避けないと信じての渾身の一撃

受け取るのが礼儀だ


両手に握る彼の一撃は俺がガードするために前に出した鉄鞭と触れた瞬間、甲高い金属音と共に風が巻き起こる

ムツキの振り下ろす攻撃が重力が、想いがこの一撃に乗せられており、それは腕だけじゃなく足の裏まで伝わった


(重い…)


僅かに足場が沈んだ

そして左手に痺れを感じる


『っ!』


彼は素早く体を回転させ、俺の脇腹を狙って鉄鞭を振る

それも鉄鞭で受け止めるが、やはり横からの攻撃も重い

踏ん張る態勢でなければきっと俺はバランスを崩していただろうな


『俺も攻撃はするぞ…』


ムツキの鉄鞭を押し返し、突きで応戦すると彼は器用にバク転で回避し、着地と同時に再び突っ込んでくる

突き、振り下ろしや払いといった色々な攻撃が目の前で繰り出され、それは徐々に重く感じる


(俺の受け止める力に慣れて来たか…)


押し込む力が強い、だがこれ以上は重くはならない

彼の持ち味は魔力量もあるが、この息をする暇もない連続した攻撃もそうだな

だが戦いは変わった形で終わりを告げる


ムツキも気配に敏感なようであり、俺と同時に遠くでの騒ぎに気が付いたようだ

お互いの手が止まり、森の奥に顔を向けると口を開くことなく俺は彼と共に音の聞こえる方向に走る


普通ならば無視する事だが、今回は違う

クズリの怒号が聞こえたからだ

数分で辿り着いた場所は開けた森の中、そこでとある魔物と対峙しているインクリット達に遭遇したのだ


『師匠!?あれ、ムツキさん』


(…確かに手に余るだろうな)


緑色の巨躯、2メートルはある

兵士の様な鎧を纏う2体の魔物はオークナイトという人型の魔物だ

ゴブリンと違って筋肉質であり、頭部は潰れたように平たい

奴らの手に持つ大剣は一振りで牛程度なら真っ二つに出来る切れ味を誇る

ランクはC、それが2体となれば確かに苦戦を強いられる筈だ


(1体を手負いにしたか)


奥でオークナイトが膝をついている

よく見ると脇腹や膝、装備のつなぎ目から血を流しているのだ

彼らは装備のない部位を狙って戦っていたようだな


『ゴブ…ゴブブ』


あれはもう立てれんだろうが、それをインクリットが監視している

残る1体はクズリとアンリタが囲んで対峙しているが、2人は既に息を切らした状態であり、最初の1体でかなり体力を消耗したのだろう


『ムツキ、依頼だ』

『何でしょう?』

『金貨3枚やる、一度あの2人と協力してオークナイトを制してほしい』


彼は口元に笑みを浮かべると前に歩き出す

インクリットは呆然としていたが、俺が睨むと直ぐに負傷したオークナイトの監視に戻る


クズリ、アンリタ、ムツキの3人での戦いとなると誰が前衛になっても可笑しうはない

クズリは前衛のみでの立ち回りだが、他の2人は後方支援でもやっていける技量を既に持っている


『ムツキ、お前…』

『久しぶりに協力しますか』

『ゴリラの稽古に付き合ってたって言ってたわねムツキ』

『そうですね。こちらの良い練習になりましたのでお返しです』


1人加入しただけで、先ほどまで息を切らした2人が生き返る

だが長くは持たない…

相手は人間より体力も力もある魔物で間違いはないからな


『ゴブブゥ!』


怒りを顔に浮かべるオークナイトは大剣を掲げて走り出す

すると無意識にアンリタやクズリそしてムツキは駆け出した

やはり戦闘はクズリ、彼はリジェクトの魔法を盾に付与し、敵の攻撃を盾で軽減させる気だな


(となると…)


トドメはアンリタか…

クズリの後ろにムツキとなっては、鉄鞭の戦い方を活かす気だ


『おらぁぁぁぁぁ!』


振り下ろされる大剣にクズリの盾が触れると、彼は死ぬ気で踏ん張る

重心は下半身に集まり、彼は額に血管を浮かべたまま更に怒号を上げてオークナイトの大剣を弾き返す

これによって小さな隙が生まれる


『ゴブッ!?』


僅かに後ろによろけるオークナイト、それはムツキにとって都合に良い隙

彼は笑みを浮かべると、ムツキを飛び越え、そして胸部に向かって全力で鉄鞭を振る

打撃という攻撃である鉄鞭は相応しい力量があれば敵の防御を砕くと言われているが、まさしくその通りだ


砕ける音が鳴り響くと、オークナイトの胸部の鎧が砕けて肌が露出したのだ

ダメージと同時に防具破壊、これが鉄鞭の優秀な部分だ

更に押し込まれたオークナイトは倒れまいと後ろ足で踏ん張るが、その時には既に勝敗は決している


『これなら!』


アンリタがムツキの真横から姿を現し、曲がった軌道を描いてオークナイトの胸部に素早く2回も槍で貫いた

あえてムツキは頭部を叩くのではなく、防具破壊を見せたのには俺が何をしてほしいのかなんとなく察したのだろう

協力しろ、それが彼には十分に伝わったという事だ


(頭を狙うつまらん撃退でなくて良かったな)


『ゴブブ…』


胸部から血を拭きだすオークナイトだが、心臓直撃だな

力なく倒れ、それを見た奥の別個体は諦めたのか、彼もそのまま前のめりに倒れる


上手く行き過ぎたのか、クズリとアンリタは驚いているがムツキはいつも通り涼しそうな顔で長い髪をかき分けると口を開いた


『壊れるのを見るのは良いですね。』

『よく破壊したなお前』

『鉄鞭だと楽ですよ。最近覚えた魔法を駆使して倒したかったですが、その必要もなく一回の仕掛けで倒せたのは心地よい』

『あんた魔法使えたの!?』

『アンリタさん、私は使えますよ?』


彼らが話している最中、オークナイトの体内から現れた魔石を静かに回収するインクリット

右腕の手甲が割れているが、それほどまでに苦戦していたのだろうな


『正直逃げようかと思いました。』

『正しい判断だ。オークナイトはCランクでも質が悪い…。それが2体となると尚更だが、よく1体をあそこまでねじ伏せたな』


そしてオークナイトは価値がある

肉とかではなく、武器である大剣と防具類がミスリルで作られた武器であるために持ち替えれば追加報酬としてかなり上乗せとなる


『かなり稼いだろこれ!』

『武器防具はお持ち帰りね』


武具を持ち帰れる魔物となればテンションは上がる

彼らはそれをギルドまで持ち帰ると、結構な額に驚く

まぁミスリルの大剣となれば研ぎ直すだけで直ぐに売り物になる為、コスパが良い稼ぎになる


2週間分を稼いだ事もあり、彼らはムツキを交えてアミカの家での飯にした

今回、インクリット達はCランクのオークナイトと戦う予定ではなかったらしい

緊急依頼レベルのランクの魔物が偶然にも彼らの前に現れたとなれば、戦うか逃げてから準備をして再戦という2択を3人は迫られる

それをその場で倒せたとなると、予想以上の成長だ

エステは黙々とビールを片手に肉を頬張る姿が似合う、見ていて飽きないな


『ムツキの鉄鞭、凄い頑丈だな』


クズリは戦牛のステーキにかぶりつくと、そう告げる

俺もそれは気になったが魔族領土の特産品で作られた鉄鞭だとムツキは答える

あの鉄かぁ、的に考えているとアミカはムツキのグラスにアップルジュースを注ぎながら話の乗っかってくる


『匂いがまんまブラックローズだね』


なんの鉄かは口にしてないのに、アミカは匂いで答えたのだ

どうやら見たことがあるらしく、ムツキは少し驚いている


『凄いですねアミカさんは』

『採掘の際には鉄に粗があるからその状態だと赤い模様がバラみたいに見えるってのでブラックローズって言われてる鉱石だよ!』

『魔族領土にある山でしか取れない鉄鉱石ですからね』


ここでしか取れない、そんな鉄鉱石は他にもある

昔はファーラット公国にデルタプラスという赤青緑という三色の輝きを放つ鉄鉱石があったが、それは幻とも言われているほどだ

それだけでの強度はリーフシルバーより上と言われているが、超高熱で一度溶かしてから龍の骨粉を混ぜて個体に戻すと強度は遥かに増す

頑丈さはフラスカシルバーと同等と言われ、魔法剣にもなる一品になる国宝級の武器となる


『ラフタ鉱山で取れたらいいなぁ』


アミカがそんな事を言うもんだから、みんなが何かを想像し始める

そんな事起きる筈ないじゃないか…多分な


(俺も持ってない品物だ…ほしい)


アクアライト鉱石があるだけでも凄い事なのだ

炭鉱産業はそれだけで潤うのは確実であり、シューベルン男爵の爵位も今より上がるのは確実だ


『しかしあれですねグスタフさん、今は彼らは…』


ムツキが何かを言いたそうだが、言いたい事はわかる

インクリット達の武器は今のランクでは十分過ぎる品物であり、これ以上求める場合はランクBになれば武器の限界を感じる

その時には少し今の状況は変わっている筈だ、ここは鍛冶屋だからさ


『ムツキさん、凄い馬鹿力でしたね』

『インクリット君の姿は見れませんでしたが、余所見をするとまたグスタフさんに睨まれますよ』


アッとした顔のインクリットにクズリは笑う

まぁあれは許そう、俺はクスリと笑みを浮かべるとインクリットはホッと胸を撫で下ろす

賑やかな雰囲気にムツキも笑みが零れると、彼もクズリ同様に戦牛のステーキにかぶりつく


『軽食屋は改装工事で1か月は働けないので、インクリット君のチームにお邪魔させてもらってもいいですか』


惹かれ合う素質は拒否する感情なんてない

アンリタもクズリも、そしてインクリットも二つ返事で彼と当分森で活動することに決めたが、チームに加入したわけじゃない

だがこの1か月できっと決まる事を俺はわかっている


それは3人次第、面白くなりそうだ


『バランスの良いチームね』


ふとエステが後押ししてくれるような言葉を告げる

ムツキは魔法での後方支援も可能、そして前衛もこなす万能型だ

物理攻撃耐性を持つ魔物だと3人はDランクでも苦労をするのだが、彼がいるだけでそれが解消されるのである


『魔族の魔力量は人間の比ではない、魔法に特化した種族なのに武器も扱えるとなるとかなり良い物件だろうな』

『私は家ですか?』

『高級な屋敷ね』

『買い被り過ぎでは?』

『ヒューベリオンにも魔法と腕力を兼ね備えた豪傑がいると聞くが』


エステがそう告げるとムツキの顔色は変わる

哀愁が漂い、踏み込めないような様子だ

こちらから口を開けぬ状況だが、彼はグラスに入ったアップルジュースを飲み干すと囁くように口を開く


『あの人は死にました。』


誰よりも驚いたのは俺だ

ヒューベリオンの大将軍ジャミラ・ハーメルン

彼とは酒を飲んだ仲でもあった為、ムツキの口からそんな事実を聞くとは思わなかった


炎属性魔法に特化した魔族であり、大斧でいかなる鎧も斬り裂く腕力の持ち主

殲滅という仕事であやつに敵う奴はヒューベリオンには存在しない

人間の選ばれし者と同格といっても可笑しくない強さを誇る男だった


『グスタフさん、もしかしてお知り合いですか』

『…古い友だ。4年会ってないが唯一単純な腕力で負けた事がある』


それまで切ない顔をしていたムツキは報われたかのように少し微笑んだ

今、あの国は大変な事態に陥っていた

その中でジャミラは死に、そしてムツキの母も死んだ

妹はどうしたのか聞く勇気など誰もない

皆、見た事がないからだ


『いつか、恨みを晴らす為に私はここにいますが。その為にはお金が必要です』


小さな溜め息とともに、ムツキは真剣な眼差しを俺に向けると本心を口にする


『私は誰よりも強くなる必要がある、貴方にはそれが出来る』

『ならば会得した魔法を駆使してお前の武器をそいつらと奮え。お前は素質がある』


互いに利用

一時的なチーム参加かどうかはムツキ次第

個人での力量はなかなかの為、今年中に成果を発揮するだろう


『しばらくお邪魔させて頂きます』


彼はちゃぶ台の前で土下座をし、本気であることを見せる

そんな彼の思いにインクリットやアンリタそしてクズリが手を差し伸べたのだ

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