第62話 ギュスターブ
グスタフがファーラットに来る半年前のシドラード王国
そこにはハイペリオン大陸で右に出る者などいないと言われるほどの強さを誇る戦争傭兵が拠点にしていた
名はギュスターブ・グリムノート、彼は好青年であり銀色の軽装備に首から青いマントを風になびかせて夜の街を歩く
ここは王都グエルダラス
彼の隣を歩くのはエイトビーストの女帝エステ、そしてエルマー魔導公爵
イドラ共和国との攻め合いが続く時期でシドラードの防衛は負けたことは無い
それはこの男がいるからだ
『みんないつも通りだね』
称えられるはずの存在、しかし彼の視界に映る光景は違う
ギュスターブを見ると驚き、道を開けて軽く頭を下げるのである
それはまるで上級貴族、あわよくば王族でも歩いているかのような光景に近い
だがそれは彼の求める国民の反応ではなかった
『気にするなギュスターブ』
『弱き者ならではの反応、まぁそれにしても可笑しい反応ですのぅ』
エステとエルマーが口を開くが、ギュスターブは苦笑いを浮かべるのみ
何が怖いのか、その左手に持つ刺々しい斧槍なのか、それとも彼自身なのか
答えなどギュスターブには興味はない
『王族に会うのも面倒だな』
『呼ばれてるんだ。そこは面倒臭がるともっと面倒だぞ?』
『わかってるよ』
王令という彼らには何の意味も効力も無いハーミット国王の声に彼らは城に向かったのだ。
玉座まで向かうと、見慣れた強固な警備に彼はまたしても苦笑いを浮かべる
階段の先にある玉座に座るはハーミット国王だが、隣にはあのルーファス第二将校、そして周りには屈強な近衛兵がずらりと並んでいたのだ
それだけではなく、壁一面にもシドラード王国随一と言われる熟練度の高い兵が彼らに視線を向ける
いつもならばこの異常な警備は玉座では見られない
答えは階段の下に彼がいるからだ
ギュスターブ・グリムノートという一国を単騎で滅ぼす力を持つ若い青年だ
『凄い警備ですね』
『警戒はせねばな、悪気はない…私も王だ』
(ですよねぇ)
王だから仕方がない、それは彼もわかっている
しかしそれよりも気になる点が彼にはある
以前までのハーミット国王ならばここまで警備を固める事は無かった
日に日に自然と強固になっていった事に、ギュスターブは気づいていた
だが彼はいつも通り安直に考えたのだ。
怖いのだろう、と
たまに共に会食をし、将来について話した事もあった仲
いまやそれがこの光景と化してしまい、ギュスターブは心の中では不満を持ち、そして諦めていた
親睦を深めても、結局こうなるのだ…と
『帝国から使者が来たことは知っているだろう?』
『国交を開く的な話ですよね。どうしたんです』
『…あちらの要求を飲まない方針で私は考えている』
これにはギュスターブは驚く
キングドラム帝国となると強大な領土と強大な兵力を誇る国家であり、戦争なんて出来る相手ではない
そんな国との戦争を回避する機会でもある国交を飲まないという話に、彼だけじゃなくエステやエルマーも驚愕を浮かべた
『僕が行った意味、無いですね』
『そうでもない。あちらの将校の力を調べるにはいい機会であった』
そんな筈はないとギュスターブは疑問を浮かべる
王ならばもっと他にも色々な理由を口にする筈だからだ
要件を蹴ればシドラード王国の印象は悪くなるのは確実であり、剣を向けられる可能性も高まる
『頼みで行ったんだけど、理由を聞かせて貰えます?』
『これは極秘だ。すまぬがお主にも伝えられぬ』
ハーミット国王の言葉に彼は溜息を漏らす
釈然としない感情が彼の頭を駆け巡ると、溜息を聞いたルーファスが目を細めて彼に口を開く
『王に向かってその態度は何だギュスターブ』
『よせルーファス、当然の態度だ』
止めるハーミット国王、しかしギュスターブは言い返さない
頑張っても無駄になる、努力しても理由を聞けない
単純な理由にやるせない思いを秘めつつもギュスターブは帰ろうと玉座に背を向けた
(何をやっても、間に何か入るんだよな)
背後からルーファスの引き留める声が聞こえても、彼は止まらない
エルマーとエステもギュスターブ同様に背を向け、歩き出す
『国に無礼だと思わんのか!』
ルーファスの怒号にギュスターブはついに口を開く
『王も人間だよ。頑張ったのに理由も言えないんじゃ信用できないだろう?この警備の数であんたも良く言うよ』
憎まれ口と言われても可笑しくない言葉にルーファスは拳を握りしめるが、歯向かう事は出来ない
誰も彼に勝てないからだ
玉座を出てからは城の廊下を歩く3人、すれ違う兵や文官はここでも彼を見るだけで驚いて道を開けてしまう
『最近振り回されてるわね』
『ハーミット国王も昔はあんなじゃなかったよね』
『あれだけ帝国に貴方が顔を出すのに賛同していたのにね』
『ほっほっほ、いない間に何かあったのかもしれんのう』
『エルマー魔導公爵さん、なんかあったかわかる?』
『屋敷で教え子らの教育をしていたので、なんとも…』
『そっか』
あれだけ喜んでいた王が、求めていた使者の要求を蹴る
異常過ぎる行為にギュスターブは少し勘繰るが、そのタイミングで背後から彼は声をかけられる
『ギュスターブ様!お待ちください!』
シャルロット王女、彼が教育していた王族だったが
数か月前にその任をいきなり解かれてあまり会えずにいたが、こうして城に彼が顔を出すといつも探し回るのが日課となっていた
彼女の引き連れる近衛兵は5人、彼らも守るべき存在を追うために走っていた
『シャル、どうしたの?』
息を切らす彼女の頭を撫でると、エステは顔を反らしつつも小さく舌打ちをする
それに気づくエルマーはエステに顔を向け、キョトンとした顔を浮かべた
『今日こそは訓練を…』
『仕方がない、少しだけだぞ』
教育と言う名の訓練
それは皆が思う様な訓練ではない
エステとエルマーは先に撤退し、ギュスターブは機嫌のよいシャルロット王女と共に彼女の寝室に向かうが、お忍びである
彼女の教育係として王城に居座っていたギュスターブは、とある時期を境にその任を外されたのだ。
ベットで横になるシャルロットはギュスターヴと話をする
それが彼女の楽しみの1つでもある彼との会話だ
ギュスターヴは椅子に座り、背伸びをしながら彼女と気楽に話し始める
『帝国はジュリア・スカーレット大将軍やルーファス第二将校でも勝てん奴がいる。ランスロット大将軍はそんくらいヤバいし魔国連合も…』
そういった彼の知る知識を彼女は脳に蓄えていく
ロンドベル第二王子やケヴィン第一王子には決して話さない内容でもあり、それは彼は心底シャルロットを信頼している証でもあった
彼女は怖がらない、だから彼は初めて会ってから徐々に打ち解けていくと、こうして話す仲となった
多くの強者の話、今まで起きた面白い話、そんな時間を楽しんでいる彼女はふと彼に問いかける
『戦争は終わらないんでしょうか』
『無理だね。お互いの国は正義を掲げて話し合った結果に起きるのが戦争だから止められるはずもない。政治の成れの果てでもあるのが戦争だ。そんな最中にいる王は覚悟を決めてるから終わるまで止まれないんだよ』
『政治戦争…でしたね。戦争が起きない方法ってギュスターヴ様でも思い浮かばないんでしょうか』
『もし止めるならば沢山の血を流さないと無理だとシャル』
『やはり話し合いは無理なのでしょうか』
『それが一番さ、でも自分の国が危ないとわかってしまえば夢物語なんて役に立たない。君も前に立つ時が来れば積み上げられた犠牲の上に立って自国を守らないと国は終わる。』
シャルロットは優しい王女だが、王族としての自覚がまだない18歳の女性だ
感情論が捨てきれぬ彼女の派閥には将校があまりおらず、力を蓄えているケヴィン第一王子が次の国王と言われている
だがギュスターヴはケヴィンが心底嫌いだった。
王族の染まり過ぎた性格だからだ。
権力に興味が無いギュスターヴとは会話もままならない事もしばしばある
だがシャルロットは違う
彼女は彼を恐れず、こうして近づいてくるのだから
『もし君が王座についたとして例えるよ?敵が攻めてきたらどうする?』
『それは勿論近隣の街に兵の拠点を敷いて前線近くに防衛拠点と…』
淡々と話すシャルロットにギュスターブはウンウンと頷く
やるべきことはわかってる、しかしいざという時に彼女は決して動けない
見たわけでもなく、そうなった事もないが彼にはそれが見えていた
『1人の幸せを得るために1人を不幸にする…、それが戦争だってのを覚えておいてシャル。』
『わ…わかりました』
『エイトビーストとか動かせたら凄いね!ファラは各地方の部下集めれば3000人はいるし、エルマーの持つ魔導兵団も300かなぁ?、エステなんて規格外に凄いよ?まぁ言えないし本人に聞いても駄目なんだけど。彼らはちゃんと向き合わないと決して心を開かない。』
そんな話を聞くシャルロットは息を飲んだ
エイトビーストという存在は王族相手でも臆せぬ存在であるため、自分の派閥に引き込むなんて無理だと心底思っているのだ
『あいつら王族嫌いなのは権力とか言葉に乗ってるから気に食わないんだろうね。ファラとかその辺凄い嫌うし』
『あの人、イケメンですよね』
『でも昨夜メラのベットに忍び込んで顔面殴られて鼻折れたらしいから今は不細工だよ』
彼女は少し驚くと、大きく笑う
ギュスターヴといる時のエイトビースト
王族と対面するエイトビーストは違う人間、そのくらい違う
『そうだ。ドウケは君につくと思うけど…』
『えっ?何故です?』
『わからない。でも助けが欲しい時は人として頼んで見てごらんよ?本当に困った時にさ』
『私なんかが…ギュスターヴ様は?』
『僕は次の王次第、頑張るならば手助けするよ』
彼は立ち上がると、酒場で待つ仲間のもとに向かうために彼女に背を向けた
するとシャルロット王女は彼を引き留め、口を開く
『私…頑張ります!』
彼は答える事なく、部屋を出た
こうして王都にある酒場にてギュスターヴはエステとファラ、そしてザイツェルンとの飲みの場で苦労を覚えた
『ガッハッハー!飲め飲め』
『ザイツェルン溢れてる溢れてる!』
ビールを注がれ慌てるギュスターヴにほろ酔い中のファラは大袈裟に笑う
そんな様子をエステは鼻で笑いながら眺めていた。
強すぎて恐れられる彼でも、楽しい時間はある
ここにいる彼らがそれを持っているとわかっているのだ。
酒は弱い、でも楽しい時間
ギュスターヴはザイツェルンに急かされ一気飲みすると、小さなゲップをする
『最強のゲップは小さいなぁ?俺のゲップ聞いて驚くなよ?』
まるで酒を覚えたばかりの若者の飲み
ファラのゲップでザイツェルンとギュスターヴはあまりの大きさにゲラゲラ笑うが、相当酔っている事に間違いはない
『ほんと人間はおこちゃまね』
『ハッハッハ!エルフは大人って事かぁエステ』
『ゲップで盛り上がるなんて本当にエルフの男も人間の男も変わってる』
『ならエステは出きるのかぁ?美人ゲップ』
煽るファラだが、彼はエステはしないと思っていた。
それはギュスターヴもザイツェルンも同じだな、男達の思惑は見事に外れる光景が起きようとしている
エステは一呼吸入れると、その手に持つジョッキの中のビールを飲み干す
男顔負けの飲みっぷりにファラとザイツェルンは興奮して拍手するが、次の瞬間にそれは起きた
大きく息を吸い込むエステは地の底から沸き上がるような声で大きなゲップをし続け、そしてテーブルの上のグラスを揺らしたのだ
ファラ、ザイツェルンは目が飛び出るほど驚き、ギュスターヴにしがみつく
『エステ、今日は凄いね』
『これで黙るだろう?』
『だろうね』
『貴方はもっと王族と距離を置くべきよ。最近近すぎる』
『やっぱそれが原因かな』
『少し様子くらいみなさい』
『そうするよ…』
ぐいぐい行き過ぎたのかもしれない
だがそれはあちらがそうしてきた、と言いたいが
今はそういう風に思うのはやめておこう
ファラは何度も俺にあの剣をくれくれと懇願してくるが、ギュスターブは何度も断る
彼の拗ねる顔が面白く、これにはエステが少し微笑む
エイトビーストも傭兵から見れば警戒したくなるほどの傑物揃いだが、彼らも接すれば普通だ
ギュスターブ自身も普通なのに、そうみられないのが彼の悩みだ
最初は英雄のような扱いであったが、とある防衛線で数万の敵を倒してからだろう
扱えない力には警戒するのが人間だ。それは仕方がない事でもある
人は弱いからこそ、そういった本能で自身を守るしかないのだ。
王族は権力があるが、力があるわけではないから最強の武人自由に動いているのには警戒したくもなるのが人間の防衛本能だ
(それなりに指示には従っているつもりだけどな…)
『おいギュスターヴ!良い歳だろぉ?女はいないのか!?』
『なんだよザイツェルン…いきなりそんな事言われると驚くよ』
『気になるだろう?最強の股間も持ってる男!』
(下ネタかよ…)
そんな話に入れるエルフがここにいる
目を細め、エステは唐揚げをモグモグしながら口を開く
『私はいつでもいいぞ』
『エステ…君は聖国の…』
『捨てる覚悟はあるぞ?父もお前なら喜ぶが子は国が貰いたがるだろうな』
(とんでもない事を軽く言うエルフだな…)
彼女との出会いも奇妙だったのを彼は思い出す
シドラード王国の領土にある大森林の中で空腹で倒れていた彼女を助けた記憶がギュスターブの脳裏に浮かぶ
最初は警戒されたが、3年くらいでようやく慣れ始めた時にようやく彼女は笑ったのだ
エイトビーストとの付き合いで一番長いのはエステであり。何者かギュスターブしか知らない
森で魔物相手に冒険者のような活動をする際にはエステをいつも呼んで狩りをする事が多いギュスターブだが、たまに暇してるファラを叩き起こして連れて行く事もあった
そんな話を思い出しては皆は口々に懐かしい気持ちでいっぱいになり、徐々に騒がしい飲みが静かになっていく
『明日は友人の家に行くからあまり飲ませないでくれよザイツェルン』
ギュスターブがそう告げると、彼は笑いながらグラスにビールを注ぎ始めた
人の話を聞かない盾男ザイツェルン、ギュスターブは少し苦手だとこの時実感しただろう。
・・・・・・・・・・・・
そして時は現代の戻る
ガンテイとの飲みも終わり、彼は顔を真っ赤にして機嫌よく帰るとグスタフはエステを背中におんぶして帰る羽目になる
珍しく彼女は沢山飲んだのだが、本当に珍しいなとグスタフは驚く
色々考え事をしていると、こういう傾向がある彼女を背負い、暗く静かな夜道を歩くグスタフは小さなゲップをしながらも家を目指す
シドラード王国での思い出と重なったグスタフは自分にとって良い時間も多かったことをこの時、思い出した
(嫌な事が感情を誇張して見逃していたか…)
良い仲間だった。
良い思い出があった
しかし嫌な事はそれらを隠してしまう
(だが俺は…)
ハーミット国王を斬った
そして逃げた事は大罪人でもある
どうすべきか未だにわからない、しかしいつかは向かい会わなくてはならない瞬間が来るだろう
『何故…行った。何故…おぅふ…』
『吐いたら泣くぞ』
完全に酔っており、明日には完全に忘れても可笑しくはない
だからこそグスタフは静かな空間で、綺麗な月を見上げながら小さく呟いたのだ
『すまないエリィ…俺には時間がいる』
彼は弱弱しく、溜息を漏らし立ち直る時間を手に入れる為に歩き出す
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