第61話 授業

『油断出来ない日々だぁ…』


エステがフラクタールに来て3日目だ

俺はガンテイに頼まれた仕事をこなす為に1度冒険者ギルドから森に出掛けたのだ


後ろをついてくるのは6人の若い冒険者志望の者達

彼らは冒険者カードを得るためにこれから研修を行うのだが、教官は俺なんだ…


剣士志望の男四人に魔法職女が二人という綺麗な別れ方で教えやすいが、森に入ると皆が緊張し始めてしまう


『緊張は良いことだ。上手く利用しろ…』


俺は周りを見渡し、森の奥と頭上である木の上を指差す


『緊張と警戒は時に紙一重、耳にも意識しながら進み、そして足跡を見たら動物なのか魔物なのか見定めるのは必要不可欠なのを忘れるな?ゴブリンの足跡だからと安直に進めば多勢に囲まれて死の危険がつきまとう。おおよその数を予想出来れば戦うか逃げるかの判断が出来る』


魔物の数を把握するのは大事だ。

ゴブリンは確かに弱い、しかし複数ならば厄介なケースは多い

単独で行動をあまりせず、二人以上は確実なのだ。


『グスタフ先生、質問良いですか?』


魔法職志望の女が真っ直ぐ手を上げて聞いてくると、俺は顔を向ける

彼らはギルドでの講習をちゃんと受けており、それなりに知識はあるとなると実践に関係した質問だろうなと予想される


うん違った


『魔法職なんですか?』


(俺かいっ!)


『魔法職だが、武器も扱うから魔法剣士と言うべきかは自身でも悩ましい』

『閻魔蠍の時の魔法って何ですか?』


あれは有名か…


まぁ一応今後に関わるならば濁すのは駄目か

俺は空を見上げると、皆がつられて顔を上げた


そこには空で旋回してこちらを見ていたソードマンティスという全長1メートル半もある鎌が刃のようになっている虫種のカマキリがいたのだ。


(この数で襲っては来ないだろうが…)


まぁ話を切るには丁度良い魔物だ


『空を見てわかると思うがEランクのソードマンティスだ。虫でも数を見て不利だとわかればあのように空中で旋回して様子を伺うだけになる。虫種は基本的に火が苦手』


俺は普通に話していても訓練生は緊張している

ゴブリンだったら少し違ったかもしれんがソードマンティスはEランク

彼らにとっては1匹でもかなり酷だな


『来ないんですか…』


魔法職志望の女の子が口を開いた

無意識に俺の背後に隠れようとするが、この場だと正解か


『来ぬ。逆の立場ならお前ら襲うか?』


この瞬間だけ十人十色という言葉は消え失せた。

全員が首を横に振ったからだ。


そして、上空を旋回していたソードマンティスは諦めたのか、飛び去っていく


『魔法職なら…』


女二人に目を向ける

冒険者になる者で素質ある色付き魔力袋保持者は稀、更にそれ以上の素質ある者は更に稀

どうやら一人、混じっているな


『お前はローズウィップとカッターを覚えれば数年は安泰だ』


『わわわ私ですか!?』


『そうだ。そこの女は…』


無職でも魔法職は出来る

無駄な苦労をしないようにするには…


無色は無価値というわけでもない、いわば平均的と言うべきだ

色を持っていた方が試練がある程度緩和されるのだが、試練を超えるかどうかはその人間の覚悟次第だ。


『先ずは補助魔法を覚えるべきだ。風属性のスリープやスモーク、命中精度に自信があるならば水属性の水弾で敵の目を狙う事も手段の一つ、そして火属性なら鬼火、雷属性ならショックだ』


スリープは一定確率で対象を眠らせる

スモークは煙を巻いて視界を塞ぐから逃げる時にも使えるだろう

水弾は高圧で水を発射する攻撃魔法だが威力は弾系で弱いから敵の目を狙う時に役立つ。

鬼火は威力の弱い火の玉を敵に飛ばすが、消え難いから火傷させる為に使う

雷は伸びる小さな雷を放ち、そして対象を麻痺させる

攻撃でも補助にもなるし逃走に使う時にも使う事が出来る


そして少しだけ歩くと開けた場所にゴブリンらしき足跡だ

近くには動物の骨が落ちているが食事中だったのだろう

彼らに何匹いるか聞くが、まだ各個体の足のサイズ違いはわからないらしい


(当然か…)


『沢山あるが、食事中だからその際についたことが伺えるが正解は5体だ。チームが3人と想定して考えろ。お前らは戦うか?』


利口な奴らで助かる。全員が首を横に振る


『前衛職と言われる剣士が2人以上いれば3体はいけるだろうが油断すると最低ランクのゴブリンといえど死ぬことを忘れるな?』


前衛職は様々だ

大剣・片手剣・双剣・刀・中衛もいける槍全般・斧全般に盾

魔法職でも器用な人間は前に出るが、それは異例だな

ここにいる男はどんな前衛になるのかはわからないが、その道の基礎を固めれば危険な状況に陥る事は限りなくなくなる


『逃げる事も強くなる者の技術の一つだ。魔物相手に人間の生身がぶつかれば勝てぬ相手は星の数ほどいる。強くなるために逃げるという手段は冒険者としてスタートした時点で平等に得られる最高の手段だという事を忘れるな』


こうしてある程度の説明をし、この場で昼食だ

皆には周りを警戒しながら食べるように言ったが、めちゃキョロキョロしていて面白い

過度な警戒だが、最初はそのくらいが良いだろう


『気配が2つ、お前らは飯を食いながら耳で音を聞いて何処から来るか見極めろ。相手は俺がする』


一斉に彼らは一か所に集まる

まぁ俺の近くだが…、近すぎるぞ


ガサッと少し遠くで音、地面に落ちた小さな枝木を踏んだ時に出る音

それで彼らは同じ方向に顔を向ける


『それでいい、慣れるとそこまで緊張せず周りに意識を向けれるようになる』


現れたのはゴブリン2体

知識が低い魔物だが、それでもこちらの数を見て少し狼狽えている様子だ

ならば訓練生に言うべきことは一つだ


『怖がる目を見せると襲い掛かってくる可能性は高い、逆にギラつかせていろ』


大袈裟に睨みつける彼らは見ていて面白い

しかしその甲斐あってゴブリンは静かに下がって茂みの向こうに行ってしまったのだ


『もういいぞ。』


魔物討伐と採集依頼の説明を簡単にしながら辺りを徘徊すると、薬草に丁度良い草が木々の根元付近にあったので彼らに説明しないとな


『止血効果のあるトメルンという花だ。これと見た目が似ている花はあるが違う点は1つ、葉がギザギザしている。あれは服用すれば腹痛や眩暈を引き起こす毒を持つから間違えるなよ』


魔物依頼をこなすついでに薬の材料になる草や花の回収もすれば報酬が上乗せされるからこそ新米たちには良い稼ぎとなる

歩いて戻りながら色々と説明していると、ふと男が緊張した面持ちで口を開いた


『武器防具に関してお勧めはありますか?』

『剣士なら意地を張らず小柄な片手剣から始めればいい、槍ならば突きに特化した形状の槍だが、アンリタの家の道場で稽古している者ならば払いも可能な槍でもいいだろう』


1人見たことある顔がいたので槍に関して言うと、その者は少しホッとした様子を見せる。

詳しく話を聞くとこうなっている

男の4人が片手剣、2人が槍

女が魔法職だな


(面倒な気配だな…)


なんか近づいてる、本当に面倒だな


『…俺の後ろにいろ』


こうして彼らを背に俺は川がある方向の茂みに体を向ける

魔物が近づいていることぐらい、彼らにもわかるだろう

その足音は重く、唸り声は大型特有の響きがある


『モルルルルルルゥ』


戦牛だ

全長2m半もあるこいつのランクはD

首周辺の毛は多く獅子のようにも見え、側頭部に生える2本の角は太い

犬歯が僅かに口から剥き出してヨダレが垂れているが、空腹なのだろう

雑食であり、特には獣を襲うケースも珍しくはない


攻撃方法は突進のみ

急に角度を変えれないのが弱点だが、喰らうと超不味いだろうな

こいつらならばぺしゃんこ確実、簡単に肉塊になるだろう


唸り声を上げ、威嚇する戦牛は飼いならす事も可能だが目の前にいる個体は完全な野生で気性が荒いんで無理だ

明らかに敵意剥き出しで食べる気満々の牛さんと化している


『せ…先生』

『どどどどうするんですか?』

『倒して帰るだけだ。お前ら耳を塞いでおけ』


右手を伸ばし、その先から赤黒い小さな魔法陣を出現させる

皆が驚く姿など俺は気にせず、早く帰りたい一心で口を開く


『銃魔・ガトリング』


けたたましい炸裂音が魔法陣から火花を散らして響き渡る

そしてそこから発射されるは魔力で固めた魔力弾であり、秒間10発も撃つことが可能な卑怯な怪魔法だ。


筋肉質な戦牛は突進する暇もなく、連射されるガトリングによってハチの巣にされながら後方に吹き飛ぶのを訓練生は耳を塞ぎながら口を開けて呆然と見ていた

魔法を止め、仕留めたのを確認すると俺は魔法陣を消して背伸びをしてから戦牛の肉塊に近づく

対象だけじゃなく、その後方にある木々を見ればわかるが大きな木にも穴が開いたり倒れたりと威力は凄い


『食えたもんじゃないなこれ』


完全に原型が無い

森に住む生き物の食い物にするか…いや角はある


(これだけは貰っておくか)


研げばサバイバルナイフとして使えるからな

アミカに差し出しておく品としてはいいだろう


『しゅ…しゅごい』


女の子が驚きながら、小さく囁いているのが耳に届いたよ


『魔法職は確かに試練で金もかかる点あって成長は遅いが、2つ魔法を会得するだけでお前ら前衛の助けとして非常に有能だ。覚えておけ。金に余裕ができれば攻撃魔法を覚える事も視野にいれろ。だが最初は我慢し補助魔法だ』


こうしてギルドに戻ると俺はカウンター近くの椅子に座ってのんびりだ

まだ訓練生らは森での光景を忘れられないらしく、興奮した面持ちで会話をしているのがわかる


『凄かったな!戦牛が一瞬で家でいつも見てる肉に!』

『まだ耳がジンジンする…ちゃんと塞げば良かった』


(未来の冒険者か)


彼らを見ていると懐かしいな…

俺も冒険者の類だった頃が2年くらいあったか

そんな感じで考えていると、受付嬢のフィーフィがニコニコしながら背後から忍び寄ってくるのが気配でわかったので振り向いたよ


『察しが良いですねぇ』

『お前の気配はわかりやすい』

『あはは…実技講習はどうでしたか?』

『大丈夫だろう。死にたくないなら覚えろとは言っておいた』

『グスタフさんらしい教え方ですねぇ』

『教え方なんて知らんだろう』

『見た感じ、なんとなぁくわかります』


そういうもんなのかな


『インクリットらはどうした?』

『あの子達はグランドパンサー狙いなのでもっと奥かも?』

『なるほどな』


グランドパンサー2頭の討伐とその他の軽めな依頼って感じらしく、今日はガチガチに森を歩く様子ではないようだ


『そう言えばガンテイさんが呼んでました』


忍び寄った目的はそれ

ならば先に話してほしかったような気もしなくもない


(仕方無い)


あいつの楽しみに付き合うか


楽しみというのは小さな飲み屋

ガンテイの奢りで飲む約束をアクアリーヌにいた時に勝手にされたのだ。

ガンテイはもうすぐ終わる頃だと言うので俺は外で待つことに


まだ外は明るく、夕方まで時間がある

飲むにしては早いが、まぁあいつの勝手か

少し肌寒い季節、秋なのに少し冬を感じさせる風の冷たさだ


『む?』


あぁここで会うのか

ギルドに歩いてくるエルフの女、それはエステ

すれ違う冒険者も鼻を伸ばして振り替えるほどの顔の良さ

確かに美人なのは否定出来ないが、本性は凄いぞ


(寝てたらいつのまにか横で寝てるからなぁこいつ)


昔の思い出だ

今はグスタフだからそんなこと起きない


『時間通りね』

『え?何がだ?』

『え?貴方も聞いてるでしょ』

『え?』

『え?』


なんだこれは、何が起きている

まぁそれはガンテイが来たら解決したよ

あいつはエステを飲みに誘うという根性ある事をしたらしいが、よく捕まえたもんだな


んで1時間後、俺達は小さな飲み屋のテーブル席にいる

他に客がいないのは飲むには早いからだろう

俺の隣はガンテイ、エステは正面だ


『今日は奢るぞ?奢るぞ?』


やけにテンションが高いガンテイ

その様子が不気味でならない俺は彼に聞いてみると、変わりに口を開いたのはエステだ


『このフラクタールには弓の冒険者がそれなりにいる。伸び悩んでいるからこいつに実習を頼まれたのよ』


エステは冒険者ギルドの臨時職員としてガンテイは迎えると相談を持ちかけたらしい

確かにここで傭兵の仕事と言えば護衛が警備が殆どで彼女に似合う依頼はなかなか無い


『冒険者カードもSとは流石はエイトビーストだな!』


ガンテイはエステを誉めちぎりながら店員が持ってきた小皿の味噌漬けキュウリをポリポリ食べる。

確かにこのキュウリは美味い、さっぱりしていて良き


そして注文になると、店員が俺達の前に現れた


『ビールに豚の角煮!若鳥の塩唐揚げと厚焼き卵を三人前だ!、あとは…』


ガンテイが少し悩むと、エステが続く


『カレイの煮付け、ポテトサラダ』


あまり肉を好まないエルフだが、彼女は違う

人間同様に肉を食べたがるのだが、今回は角煮で済ます気かもな 


『グスタフ、お前はなんだ?』

『焼きお握り1つ、あとは…、一先ずそれで良い』


こうしてひと段落

注文が来るまでのひと時だが、ガンテイはこういう時だけ大人しい

ニコニコしながら俺とエステを交互に見るのは解せんがな


『帝国に関して聞きたい』


エステが腕を組み、口を開いた

これには笑顔だったガンテイも真剣になるが、まぁ帝国は昔は支配欲が強い国家だからこその反応だろう

シドラード王国よりも戦争ばかりしていた歴史がある


ハイペリオン大陸では一番広大な領土を誇り、それは東側の殆どを占める

ここ10年は大人しいらしいが、各国は帝国が兵力強化をしているのからかなり警戒しているのだ。

3年前、一度キングドラム帝国の帝王から会食の招待があって言った事があるが本当に広い領土で王都まで超遠かったのはまだ覚えている


(勧誘…だったな)


断ったが、その代わりに帝国一の武人と戦わされたな

あそこで力を見せなければきっと帝国は戦争という選択肢を得ていただろう


『あそこが危ないと、お前は思ってるのか』

『ギュスターブの失踪にハーミット国王の死はいずれ帝国に届く、そうなれば誰でも安易に予想できるだろう?』


俺があの時、シドラード王国にいたから帝国は様子を見ていた

魔国連合ヒューベリオンの魔族兵器を手に入れる為に帝王はどこかの国を属国にしたがっているのを俺は知っている。

その属国にシドラード王国が候補になるのだ。

剣を向けられるのはヒューべリオンかファーラットかはわからない

しかしシドラード王国が属国になれば次はファーラット公国になるのは間違いない

そうなるとハイペリオン大陸は戦争時代に突入する


『グスタフ、あそこに強い奴っているのか?』


ガンテイは水を飲み干すと、安直な問いを投げかける

極秘でもない帝国の戦力、ただ外に漏れていないだけで強い奴はまだいるだろうな


『帝王イグニス・アーサーの傘下にいる奴らがいるが、それは今はまだいい…。先ずは普通に飲むぞエステ』

『ギュスターブはランスロット大将軍と戦ったと言っていたけども、聞いてる?』

『…知らんな』


流しておこう


ランスロットか…懐かしい奴だ

俺の右腕に傷を負わせた男であり、異質な魔力袋を持つ者

きっとあいつとは、いずれまた会うだろう

しかし今はシドラード王国の保身と兵力強化が先だ

それを外側から起こす為にファラだけじゃなくエルマー魔導公爵やエステの力が必要だ


『まぁ良いわ。ギュスターブがどんな男だったか私は良く知ってる』

『おお!聞かせてくれエステ』


乗るなよガンテイ

運ばれてきた料理を食べながらガンテイは彼女の口から跳ぶ過去の思い出を語る

その時、俺は彼女の言葉であの時の光景が浮かび上がっていた




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