第60話 始動

エステは目の前の光景に開いた口が塞がらない。

翌朝、グスタフに会いに行くと彼はエステの腕を掴み、二人は閃光の中に消えた

次の瞬間にはシドラードにある中枢都市ジャンドラの大通りにある大きな酒場の裏にいたのだ


(瞬間移動だと?!そんな魔法を…)


グスタフが使える

それは背伸びをしても勝てない存在である証明でもあった


『ギュスターヴだけが強いと思うな?』


グスタフの言葉に納得するしかない

本人だとは気付かずエステは考えることを諦めると肩の力を抜く


『わかったわ。あいつに先ず会うのよね』

『いるだろう?ドンパチ後なら馬鹿みたいに酒飲んで今頃二日酔いでアジトで大の字だ』

『何故知っている?』

『行けばわかる』


二人は表通りを歩く

歌を披露する女性、手品を見せる男性

ここにはエンターテイメントが溢れた者が多くいるからこその賑わいを見せる


エステは道を案内すると思って向かう方向に指を差そうとするが、それより先にグスタフが歩き出す

道は正しく、そして迷いがない

それはアジトがわかっているからであり、一度来たことがあるような様子だ


(いつこの街に…)


『ケヴィンは駄目だ。シャルロットに頑張ってもらわねば帝国が面倒だ』

『だがシャルロットにも力はない。あいつは飾りだ』

『危機感と責任感がないからだろうな』


守りの姿勢がそもそも間違い

動かない者に責任も犠牲も無い

グスタフはそう口にすると、溜め息を漏らした。


(懐かしい風景だな)


歩きながらも去年を思い出した

たまに訪れ、日中の賑わいを眺めながら食べ歩くのが好きだったのだ。

美味しいサンドイッチ、美味しいおにぎり

綺麗な歌声に魔法を一切使用してない手品


夜は特に特殊であり、劇団らのショーなどが屋内で見れるのだ

チケットを買うために並んだ事も、彼は街の大きな会館を通過しながら思い出す


『何故ここを知ってる』

『何度も来ていたからな』

『驚きだな。お前を見たことはないが』

『ファラと会えば答え合わせ出来るぞ』


理解できないエステはグスタフと共にとある建物の前で足を止める

移転して使用しなくなった小さな会館をファラが買い取っており、ここは彼のアジトなのだ。


(さて…どうするのかしら)


ファラの機嫌をエステは知っている

飲み会の日の後であり、確実に二日酔い中

頭が痛い時のファラはすこぶる機嫌が悪くのるのを彼女は知ってるのだ

部下でさえ近づかず、書斎は1日空くことはない


『エステの姉さん、そいつは?』


扉の前で警備をしていた傭兵が二人

彼女は知り合いをファラに紹介するという内容で話を進めるが、その間グスタフは傭兵二人を見定めた


(手練れか)


エステに視線を向け話す傭兵二人

だが利き手はいつでも腰の剣を抜けるように腰に手を当ててのカモフラージュをしていたのだ。


立ち方が構えと同じ、剣を降りやすい足の幅

強い者を入り口に置くのは変わらないなとグスタフは思いながら大人しくしている


『ですがエステの姉さん、親分は今…』


会話中、傭兵は苦笑いを浮かべた

普通のならば誰にも会わせない、しかしエステの押しに負けた傭兵は頭を掻きながらしぶしぶ扉を開けた。


『すまない。大事な要件なんでな』

『なるほど、多分っすが朝に薬飲んだらしいので今は幾分かはマシかなと』

『わかった。あとメラはいる?』

『いますよ』


こうして二人は入館していく

薄暗いロビー、高級宿のようなフロントには傭兵が二人

彼らはエステを見て頭を下げるだけで口を開く事はない。


『どうなるのかしらね』

『ファラ次第だ』


階段を登り、吹き抜けの2階にある小さな廊下の奥の扉、そこは縁が赤くて他のドアより僅かに大きい

そこがファラの寝室でもあり書斎でもある


見張りはおらず、物静かな様子にエステはグスタフに顔を向けた


『静かね』

『…』


だが扉の向こうにはシドラード王国で名のある傭兵の1人

体調が悪くても、この状況に気づかない筈はない


『誰だ、今気分が悪いのは知ってるだろ』


機嫌の悪さが伺える口調にエステは小さな溜息

扉の奥から漂う気配には敵意を超えた殺意を2人は肌で感じる

エステが声をかけると、ファラの殺意は消えるが敵意が消えない

しかしグスタフの声を聞いてそれは変わっていく


『ファラ、敵意は好きではない…話し合いの場でお前の首が飛ぶのを俺は好まぬ』

『…誰だお前』

『お前が大好きな男だ。グスタフ・ジャガーノート』


荒い足音、それは近づいてくると扉が開いた

目を見開くファラが目をパチパチしながら2人を交互に見る様子にグスタフは軽く首を傾げ、彼からの反応を更に待った


『何で…いるんだよ』

『先ずは二日酔いをどうにかしろ。リフレッシュ』


グスタフは伸ばした右手から青い魔法陣を展開し、ファラの体が僅かに光る

するとファラは一瞬驚くが、二日酔いの嫌な頭の痛さが抜けていく


(…こいつぁ)


敵ではない、根っこからの傭兵だと悟るとファラは警戒することをやめる

傭兵とは依頼がなければ各国に国境はない、グスタフもその思想がある

こうしてファラは寝室に2人を招くとグスタフは扉の近くの小さな赤い椅子に座った

エステは彼が座った場所に違和感を感じたが、今はその答えは出ない


『まさか出会えるとはな…あんときに俺達が戦場居たらどうなってたやら』

『出てきていたら俺が斬るしかなった。お前らなら警戒してくれると思っていた』

『なんだか俺達を良く知っているようだが?何故だ?』


エイトビーストは他とはよくつるまない

シドラード王国の傭兵ですら詳しく素性を知らぬからだ。

まるで近くで監視していたかのようなグスタフの口ぶりにファラはそういった疑問を投げつけたのだが、その答えはエステとファラを驚愕させる


『アバター』


グスタフの前から緑色に光る魔法陣が床に現れ、そしてそこから現れた者にエステとファラは驚いたのだ

ドウケというエイトビーストが目の前に出現したからである

これには流石のファラも開いた口が塞がらない


『これは…』

『意思はあるが我が半身でもある部下だ。』


異常な光景にグスタフの底が知れない

そう思ったファラはとある存在と同格だと予想する

彼だけじゃなく、エステもだ


(これほどまでの魔法を…)

(やっばい奴だねぇ)


『お前らの情報はこれで知った。ということで依頼をしたいのだ。金貨一億でどうだ?』


額にも驚いたファラは頭を抑えながら椅子に座る

あまりにも高額であまりにも重大

死ぬ事よりも難しい依頼であることだけは間違いないとファラは悟る


どう反応すべきかさえ迷わせる超高額に誰もが狼狽える筈、グスタフの依頼だからだ


『なんだ?』

『話そう』


こうして、グスタフは長々と二人に説明をすると、最初は驚いていたが最後の方では納得を浮かべた

シドラードが不味いとファーラットも危うくなる事は二人も理解しているからだ。

ハイペリオン大陸の西に位置するファーラット公国の東側にシドラード王国が存在しているが、更に東には他に2か国が存在する。

ファーラット公国の南は海であり、200キロ先にあるとある大陸には魔法国家スペルイザベラという国があるのだが、問題はそこではない

グスタフがファーラット公国に来るときに抜けてきた山脈の一部には僅かに別の国と近い場所がある。


キングドラム帝国という広大な領土を誇る国が存在する

そこはファーラット公国と敵対している国であり、もしシドラード王国の衰退で一部の山脈を奪われた場合ファーラットは帝国と隣接する公国となる

今まではエルフの国であるシルフィーア森国という大森林の中の国がシドラードとキングドラムの中心に位置していることで争いが起きる事がなかった

しかし、今回その危険性が高まる事で戦争が起きる可能性があるのである


『ノアはシドラード王国の正当な王との友好を求めている。導け』


その為にはシャルロット王女でなくてはならない

誰がそんな事を言った?何故彼女なのかとエステは吐き捨てるように言うと、グスタフは言ったのだ



ギュスターヴ・グリムノートがそう言っていた、と



数秒の耳鳴りは静寂を意味し、ここにいる者に思考を動かす時を作る

短いようでとても永い時間は大陸最強の男の伝言と共に思い出が蘇る


『ファラ、信じれると思う?』

『ちょっと規模がデカすぎんぜこいつぁ…。』

『ならあいつから預かっていた物をお前に渡そうファラ』


グスタフは武器収納スキルで右手にとある武器を出すと、ファラは驚いて口を開けてしまう

その武器は刀身が銀色に輝く片手剣、しかし中央は金色の輝きを見せ、太陽の絵が掘られている


(あれは…マジ…かよぉ)


アムル・ゾンネという古代の宝剣

ファラはギュスターヴがコレクションとして持っていたその剣を死ぬほど欲していたのだ。

ファラは思い出す、ギュスターヴと2人で飲みに行った日のあの時を


『マジであの剣!俺に売ってくれ!頼む!』


ギュスターヴは笑いながら酒を少量飲み、そしてファラの目の前にある焼き鳥の皮を奪って食べると、食べながら彼に言ったのだ


『本当に助けてほしい時に上げるよファラ、お前の信仰は本物だし頼りにしてるんだ』


気さくな男だったギュスターヴとの付き合いは同じ街にいる時ならば毎日会うほどであり、ドウケと同じくらい仲が良かった

そんな彼との思い出と目の前にあるあの剣、ファラは迷うなど出来なかった


グスタフが剣をファラに投げ渡す

掴んだ瞬間にその宝剣の素晴らしさが腕を伝って脳を刺激する感覚を彼は生涯忘れないだろう


『頼むファラ』

『っ!?』


ファラは幻覚を見た

羊の鉄仮面をした不気味な男が一瞬ギュスターヴと重なったからだ

ファーラットの為、シドラード王国の為にシドラードの戦争傭兵を出来るだけまとめ、そしてシャルロット王女が覚悟を決めた時には力になって欲しいというグスタフの願いはギュスターヴの願いでもある


金貨一億枚なんて忘れてしまうくらい過激な内容に、ファラは笑いながら椅子の背もたれに大きくもたれ掛かった


『あいつぁ元気かグスタフ!』


ファラの変わりようにエステは驚くが、顔には出さない

警戒心の高い男の筈が、こんなあっさり堕ちたのだ

疑心暗鬼な部分が入り混じるエステはどうすべきかファラの様子を見て困惑を浮かべているとグスタフは口を開く


『エルマー魔導公爵にも声をかける予定だが。あ奴はきっと頷く…エステはどうする?何が欲しい?』


彼女は考えた

こいつならばきっとあのエルマーを説き伏せる筈だ、と

ならば自分はどうすべきか、小さな溜息を漏らすと彼女は条件を付けた


『…良いだろう。』


ノアからの頼みをグスタフは彼らに託した

軍資金として収納スキルで右手に金貨500枚が入っている布袋をファラに投げ渡す

それによってファラは背伸びをすると、さっそく動くために部下と会議だと張り切り始めると、グスタフは手紙をエステに渡す


『これは何?』

『エルマー魔導公爵に渡してほしい。どうせ今から向かう予定だったのだろう?』

『え?ファラの部下に軍資金で行かせる予定だったわよ?』

『むっ?』


予想外だったと言わんばかりにグスタフが少し困惑するとファラは笑いながら部下に手紙を任せる事にしたのだ。

エステならば、と思ったグスタフだったが彼が来たことにより彼女の計画は変わっていた


『さぁ戻るのでしょう?』


何故だろうとグスタフは首を傾げた

手を差し伸べているのが彼には分らない、しかしまさかと思っていると彼女は言い放つ


『しばらくあんたを監視するわ。フラクタールに飛ぶのでしょう?』


(半分…バレているのだろうか)


グスタフは心の底で焦っていた

また再度会って話し合う予定を立て、フラクタールに帰ったグスタフはこれから起きる生活など予想すら出来なかった







2日後


『新しい家族!』


ここはアミカの住む鍛冶屋リミットの2階

居間にはアミカとインクリットそしてグスタフの他にもう一人いたのだ


『可愛いドワーフさんね。』


グスタフは強く思った

何故エステがここに住み込む形となったのか、と

頭を抱えるグスタフを見て勝ち誇った笑みを浮かべるエステはアミカと仲良く話しながら夜食を共にする


(確かに部屋は空いてたからな…)


将来的にアミカは無謀な計画を立てていたからこそ、狭い部屋がまだ1つ空いていたのだ

たまに泊まり込みでアンリタが使っていたが、彼女が来るときはアミカと共に寝る事に何故か決定してしまう


美人過ぎて目のやり場に困るインクリットはどうなるのか

そしてグスタフは今後エステとどう接するのか

それは明日から徐々に形となっていく

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