第55話 予定

ファーラット公国の勝利となった

だからその日の夜は死者の弔いをしてから大平原前で宴のように誰もが焚き火の前で酒を片手に楽しそうにしていた。


俺はガンテイに捕まり、大平原でムツキを巻き込んで3人だけの宴会さ

料理騎士から飯を作ってもらい、グラスに入った酒を片手に空を眺めながらの焼きそばである。


『あの料理騎士、保管庫から食材パクって作ってるってよ!』

『中々にスリリングな騎士ですね』


バレたらくっそ怒られるパターンだな

だが戦争前だとバレたとしてもあまり怒られないと言っていたし、ずる賢いだけか


風が少し寒いが、今日は秋らしさがある

なんで秋って天候が気まぐれに変わるのかなとか考えていると、ムツキは口を開く


『ノア様が慕われる理由、今ならわかりますね』


ムツキは勝利後のノアの祝辞でそう思ったようだ。

本当に王族らしさの無い演説に俺は笑いそうになったが、あれが色々な者に信頼されている理由なのかもな


『国の為に散った仲間の分もどうか喜び、そして感謝しましょう。貴方達が前線を守らなければ勝利などありませんでした。突撃大隊の作戦は敵と正面から戦った騎士たちがいたからこそです。皆さんありがとうございました。』


頭を深々と下げる姿に驚く者はいなかった

彼女を称える声が大平原に轟いてたなぁ


『あいつは王族として敬意を払うだけではないからこそ、ついてくる奴らは多いのだろうな』

『だからグスタフさんも?』

『わからぬ、面白い女、興味ある女、そんな言葉が浮かぶが…否定はしない。』


ケヴィン王子とは真逆な性格だ。あの馬鹿も見習ってほしいくらいだ

ロンドベル王子は病弱な点があり、戦争に関してあまり意欲的ではないにしろ、彼には付き従う将校はケヴィン同様に多い

しかしシャルロットの派閥は少なく、理由としては思い切りが出来ない事だろう

それを支えているのは工作将校ローゼンと他の将校1人くらいか…


(覚悟を覚えればいいのだがな)


俺は溜息を漏らし、酒を飲む

今後、シドラードは大忙しになるだろう。

ノアの話ではシドラードが毎度つついていたイドラ共和国だが、兵力増強や軍事訓練が密かに行われているという話をテント内で聞いている

あちらの選ばれし者も戦争に躊躇いの無い男と聞いているが…あってみたいな


『これからノア様が先ず伺うキュウネル妖国とはどんな国なのだグスタフ?』

『亜人である狐が住まう国であり、あそこの魔法妖兵団は凄いぞ?』

『深い森の奥にある国とありゃ確かに今まであまり関与してないわけだな』

『あまり人間を好いていない、奴らは人を選ぶ…それにノアは足を踏み入れるという事は大きな事を企んでいるという事だ』

『面白い世の中になるっつうことか!』

『そうだな』


ガンテイは満足したようであり、グラスの中の酒を一気に飲み干すと機嫌よく焼きそばを食べ始める

既に彼の顔は真っ赤、良い気分で今日は寝るのだろう


『ノア様が狙われた理由、少しわかるかもしれません』

『ムツキ、答え合わせでもするか?』


俺は知ってるぞ的に話すと、彼は口元に笑みを浮かべる

魔族は頭がいい、ノアが今までどんな事をしてきたか俺よりきっとわかっているかもな


『ノア様がハイペリオン条約に追加しようと大陸会議で提案した宗教団体と王族の分断化だと思います。昔の人間の歴史をご存じでしょう?』


わかっていたか

戦争には宗教が関与している事が多すぎた時代がある、それは今日までそれが火蓋になる事は珍しくない

神の名を勝手に借りた戦争、すなわち各国の宗教組織の制度の見直しが組み込まれた法案に拒否したのはシドラード王国が強かった

各国の法ではなく、統一された法に基づいて動くべきだと彼女は唱えたのだ

シドラードは水の神ウンディーネを信仰しているが、確かに彼らにとって嫌な法案だ


『教祖に力を持たせると面倒ですから』


俺は懐から金貨1枚を取り出すと、ムツキに投げ渡す

すると彼は微笑むと小さく会釈をする。


『結局、シドラードの今回の戦争を決めたのはきっとケヴィン王子でしょうね』

『流石にシドラードは詳しいな』

『えぇ。でも戦争を促進させたのは彼ではなくウンディーネを信仰する教祖でしょう』


流石だ


こうして小難しい話をしていると、後ろから誰かが来るのだ

敵なら前から来てる、味方で間違いないが…あれは


(ミルドレットか)


彼女と大隊の生き残りがぞろぞろと来たのである

あの戦争での突撃で敵陣に取り残されて亡くなったのは僅か数名、予想以上に彼女の大隊は生き残っていた

それはとてもいい事だ。俺の後ろをちゃんとついてくれば死ぬことはまずないからだ


『グ…グスタフ殿』


かなり緊張した面持ちだと表情を見てわかった

あの突破力、あの一瞬での異常なまでの強さを見せられては以前より怖がってしまっても仕方がない。

今まで通り話しかけて良いのか?無礼を働けば斬られないだろうかという不安がきっとミルドレットにはある


いつもならば俺は怖がっていた者がいても、どうせいつもの事だと無視していた

しかし、それを良しをしない者がここにいるのだ


『ミルドレット、なんだその顔は?グスタフに失礼だぞ』


ガンテイだ

彼はミルドレットの兄であり、家族の1人だ

そんな兄の顔は少し怖い、こっちの方を彼女は気にした方が良いかもしれん


『でも…兄さん』

『人の前でそんな顔をすると相手は嫌に決まってるだろう?お前はグスタフを信じれないのか?』


信じれないのか?か

あぁそうか。ガンテイらしい言葉かもしれない

こいつは最初から俺に疑って接してこなかった単純な男だ。

上辺ではない、だからこそ絡みがウザかったんだなと納得できる

だから俺は、どんな絡みでも遠ざけるような事をしなかったんだな


ノアの言う、大勢の中の少ない理解者というのはどういう奴かわかった気がする

自分にとって嫌な声や雰囲気は大きく感じるからこそ、俺は小さな理解者を見れてなかったのかもしれない

あの女に感謝しておくか


『この前だってな!一緒に飯に行ったときに勝手にこいつの飯を横から食っても不貞腐れて俺の飯を抱き抱えて店を出ようとしただけでフラクタールが壊される事なんて…』

『やめてくれガンテイ、俺が恥ずかしい』

『だがグスタフ、妹に説明しないとこいつは…』

『やめてくれ…恥ずかしい』


そんな事、あったなぁ

こいつが『大きいウズラの卵入ってるな!』とかいって勝手に食った時に俺は怒ってガンテイの料理を抱き抱えて店を出ようとしたことが以前あった

それを今説得で話すのは恥ずかしい、俺の行動は幼稚だったからだ


しかし、その甲斐あってなのか

ミルドレットはキョトンとした顔を浮かべると、少し笑ったのだ

少しはマシになったのかもしれないが、解せん


『わかりました。ではグスタフ殿、大隊の指揮をとってくださり感謝しております』

(緊張が解れたか…)

『あと数秒、お前の合図が遅れていたら俺が怒鳴っていたかもな。そこの副官ラビスタに感謝しておけ』

『あっ…』


目の前の光景に呆気に取られていたミルドレットだが、副官が冷静に彼女のやるべき仕事をさせるために背中を押していたのは背中越しに聞いていた

副官というのはそういう仕事が出来てなくてはならない時は多々起きる

良い部下に恵まれたな、と言うと彼女は元気よく返事をする


『またと共に戦場を駆けれる事、祈っております』

『その時は今より強くなってもらわんとな』

『強く…ですか』

『氷魔法、頑張れ』


俺がそう告げると、ガンテイは目を見開いてから自分の事の喜んだ顔を浮かべながらミルドレットに話しかけたのだ

騙されたと思って氷属性に専念してみろ、と


1人、また1人と話せる人間が増えるのはとても良い事だ

そう思っているという事は、きっと俺は…いや何でもない


こうして嫌そうな顔をしたジキットが俺を呼びに来ると、ノアのいるテントへと向かう。

そこには彼女だけじゃなく、ディバスター第五将校やアドラ第六将校そしてロイヤルフラッシュ第二将校がテーブルを挟んで椅子に座っていたのだ

アドラはちょっと警戒している顔を浮かべているが、他は別だ

ディバスターは苦笑い、ロイヤルフラッシュは怖い顔を浮かべている


ノアは気にせずに椅子に座ると、皆に労いの言葉を口にしてから本題に入ったんだ

負けたシドラードは3年間、ファーラットとは停戦協定を結ぶ

これは本来無くても良いのだが、それは俺が口に出してはいけない

将校から嫌われることを言ってしまうのは性格が悪過ぎるからな


『この後、話し合いで父が1週間後にここアクアリーヌ大平原にてシドラード側との会談になるのですが、ロイヤルフラッシュ殿に同行をお任せしたいのです。その後に休暇になりますがよろしいですか?』

『喜んで受けますぞノア様』

『ありがとう。そしてディバスター殿は王都アレクサンドリアに帰還後、休暇ののち通常通りでお願いします』

『お安い御用です』

『アドラ殿、貴方も休暇後にキュウネル妖国との国境沿いの近くの街でいつも通り監視を』

『故郷の街で助かるような大変なような…』

『当分は家族に毎日顔合わせできますよ』


にこやかに笑うノアにアドラはあどけなく笑う

将校とノアとの関係はシドラードの王族なんかよりも良いじゃないか

ケヴィンに必要なとこ、こういうとこだなぁ…


『となると狐人族の国境の監視ですね』

『お願いします。大森林には絶対に入らぬようお願いします』

『御意です。』


早速、彼女は動き出すようだ

既に使者をキュウベルに送り、話し合いの場を設ける事に成功していることに俺は驚いた

人があまり好きではない種族だが、王族同士との会談となると別問題だ

ノアは1か月後、王都を発つ予定を口にすると同行する人間に関して口を開く


『キュウベルはグスタフ、リグベルドはロイヤルフラッシュ殿で考えてます』

『ふぇ?』


俺は変な声が出る

ディバスターは口を隠し、顔を反らして揺れているが…笑ってるな?

ロイヤルフラッシュなんか険しい顔を浮かべてこっち見てる

説法されそうな雰囲気だが…こいつならしかねない


『その声は何だ傭兵』

『すまない、忘れてくれ』

『…まぁいい』


(え?いいんだ…)


ノアも口元に笑みを浮かべているが、突然過ぎて本当に驚いた

当分、彼女の為に動くことを約束したから拒否権はないだろう

俺は軽く手を上げて行く意向を見せると、彼女は頷いた


『シドラードとの停戦協定ですが。こちらとしてはロンドベル王子かシャルロット王女が王座に近づいてもらえると助かるのですが…』


彼女は僅かな可能性でシドラード王国からとある提案が来る事を口にすると、皆は驚く

それは援軍要請であり、普通ならばあり得ない事だ

どう足掻いても不可能だとロイヤルフラッシュ第二将校は強く彼女に伝えるが、ノアは出来ると口にする

その案に関し、彼女は俺に顔を向ける


何を言いたいのか、彼女の弱弱しい目を見ればわかる

もともとシャルロットの教育係みたいな立ち位置だった俺に何かを求めている

お前はもう一度、彼女に手を差し伸べろと言うのか。


『…それは頼みか?依頼か?』

『頼みです。』


きっとこれからノアは依頼とは俺に言わないだろう

拒否権を与えるという王族なのに2つの選択肢を与える行為に俺は彼女の可能性に賭けてみようかと思ってみてしまう

でも…いや待てよ。ケヴィンに気取られずにやろうと思えばいけるだろう


『フラクタールのシューベルン男爵にラフタ鉱山の土地の権利を与えてもらいたい。今現在は少し揉めていてな』


以前、俺がインクリット達と解放したあの山脈

もともとあそこの権利を持っていて放棄していた伯爵階級の者が横取り目的で権利を主張していてシューベルン男爵が凄い困っていたのだ

相手は階級が上の貴族であり。シューベルン男爵は頭を最近抱えているのをここに来る前に聞いたのだ


『頼むグスタフ殿、どうか王族の方に…』


弱弱しく頼み込む彼の顔が思い出される

シューベルンには鉱山の権利を持ってもらわないと、俺も困る


『伯爵の名は?』

『ヴェルミナント伯爵』

『弟のフルフレア派閥の貴族ですね。連絡魔石で弟に連絡して対応しておきます。』

『納得のいく結果であれば頼みを聞く。』

『大丈夫です。一応は父にもその事は連絡いれておきます』


ならば良し


1週間後ならば動くと告げると、彼女は満面の笑みを浮かべる

確かに彼女がしたい事は、シドラード王国無しでは無理だ。

だからこそ衰退した今、つけ入る隙が生まれた

王族らしくない雰囲気を時たま見せる変わった女だが、こういう時は王族だな


そして今後の話し合いも終わり、俺はテントを出る

ガンテイとムツキは傭兵のテントにいる為、俺はそこに向かおうと歩き出す

空は暗く、少し小雨が降っているが気にする必要がないくらいの雨だ


大事な戦争が終わった。

それだけでファーラット公国はかなり安心している筈だ

俺もなんだかんだ目立たないようにしたつもりが、きっと表舞台に出る事になるだろう

隠れて生活なんて無理だったなという残念さもあれば、ちょっとした期待がある

そんな事を考えていると、後ろからとある男から声をかけられた


『周りの騎士は人の皮を被った化け物だと思ってお前を見ているだろうな』

『それがどうした。俺はやるべきことを言われてやったまでだ』

『…何故リングイネの副官を見逃した?』


お前凄いな、あの距離で見ていたのか?

リングイネが俺に突っ込んでくる前に、副官と話して彼を逃がしている姿を俺は見ていた。

ロイヤルフラッシュはそれを見たんじゃなくて。相手の副官が何人いるか知っていたが俺が持ってきた首にはいなかったというのだ。


『化け物の皮を被った人間か。傭兵にプライドを守られるとは屈辱だがな』


あぁそうさ。副官全員殺していたら2日目なんて無かった

2日目では前線に来た中央と右、前線に出てきていた敵の副官を彼らは1人ずつ討っていたのだが、俺が左の敵軍の上官全ての首をとっていたら敵は間違いなく2日目に意向しなかっただろう。


『傭兵と将校は戦争に対して向ける思いは違う。将校は傭兵を嫌うがお前はそれでいい。それが良い関係だと俺は思う』


戦争傭兵は金の為。将校は国の為、それは大きな志の違いがある

俺も誰かを守る為という理由で動くことは多いが彼にそれを説明するにも難しい


『面白い男だ、好かぬが暫くは貴様を見させてもらうぞ鬼哭』

『風呂とトイレだけは見るなよ?』

『首を斬ってもいいか?』

『悪かった。傭兵の冗談は駄目なようだな』

『当たり前だ。私は将校であり頑固だからな』


満足したのだろうか、彼は小さく笑うと背を向けて去っていく

何故俺に話しかけてきたのか少しわかる気がする、だから無下には出来ない


(将校とは面倒だなやはり)


終わったな

さて…明日には3人で仲良く馬車に揺られて帰るか

そういえばインクリットは元気にしているだろうか

帰ったら何かと聞かれそうだが、忘れたとかいって誤魔化すか



そのままテントに戻るが、テントは沢山だ

どれにガンテイ達がいるのかわからないが、探してるときに俺は気付いた


(頼ってるのか…)


今まで感じなかった感覚がとても不思議だ

少し笑みが浮かび、俺は大きく背伸びをする

帰ったらいつも通り、でもそのいつも通りは前とは違ういつも通り

帰る場所があるのは良い事だ


明日が楽しみだ

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