第54話 アクアリーヌ編 終
二日目、アクアリーヌ大平原での戦いは泥沼へと発展する
開始は昼過ぎ、1時間が経過しても戦場にまるで変化がないのである
双方ともに前線に対して援軍を送っての穴埋めで兵の削り合いのまま、ジリジリとファーラット公国が僅かに押していたのだ
その理由は左軍に位置するディバスター第五将校がいる前線近くに幻馬テュポーンに乗るグスタフがメェル・ベールを肩に担ぎ、1日目よりも多い敵前線を見張っていたからである
あの光景を忘れられぬシドラード王国兵は彼に怯えながらも戦う事を強いられ、攻めあぐねていたのだ。
ボトム第四将校とリングイネ第三将校を失ったシドラード左軍の指揮はリングイネ第三将校の副官であるエンリケ
そして中央軍のルーファス第二将校はそんな左軍の様子を見ながら前線を動かす。
(兵の士気が悪過ぎるか)
昨夜の夜にはグスタフの悪魔的な強さがシドラード陣営に轟き、誰もが彼を恐れた
そして加勢しないエイトビーストがそれを増幅させている
勝てる戦いと思っていた戦争が蓋を開ければ逆の立場、そんな状況に陥った兵はどうなるか
それが今のシドラードの状態が答えだ。
『ルーファス殿…』
『不毛だ…片翼が折れては意味がない。なんとか左は統率が取れてはいるが…』
なんとか保っているだけ、ルーファスはそう感じた。
せめてエイトビーストだけでもと彼は思うが、それは失敗に終わる
(ケヴィン王子の計画の全てが台無しだ。)
エイトビーストの取り込み、ノア暗殺そしてアクアリーヌ奪還。
彼の計画が何一つ果たされていない
シドラード王国軍はすでに戦意を失っていた
『撤退すべきだ』
『私もそう思います』
ルーファスは大きな溜め息を漏らし、グスタフを眺めた
一方、グスタフの戦場では策もない攻防が繰り広げられる
しかし彼はこの戦いがもうすぐ終わるだろうと悟ると、ホッと胸をなでおろす
エイトビーストが出るタイミングがないからである
1日目の混乱を見ては、彼らは出れない
(敵の勢いが更に落ちている)
数歩、テュポーンを前に歩かせると辺りを見回して広く敵を警戒する
置物と言っても、相手に相当な威圧を放たなくてはいけないのだ
しかしその成果も無駄に終わる
シドラード軍はルーファスの号令により、撤退を決定したのだ
退いていくシドラード軍を見てファーラット公国軍は勝利の歓声を上げ、拳を握り締めた
その結果はファーラット陣営、ノアの居るテントの中にも届いていた
『勝ったようですね』
『でしょうねノア様、おめでとうございます』
『皆のおかげです。』
確実なる勝利の歓声、ノアはこれが戦争の指揮として初であった
内心では色々な不安が葛藤していたが、それも杞憂で終わる
暗殺者も消え、戦争にも勝った
そう思えると、彼女は力が抜けていった
(良かった…)
対するシドラード陣営では、暗い雰囲気で王族はテント内でテーブルを囲み、将校達とエイトビーストのファラを交えて沈黙を続けていた
誰かが口を開けば、それは怒りを顔に浮かべるケヴィンが矛先を向けるだろう
しかし、口を開かねば始まらないと諦めたルーファス第二将校は口を開く
『ファラ、何故お前らは出てこなかった』
これには誰もがファラに視線を向けた
傭兵として雇われ、戦争に参加したはずのエイトビーストで戦場に出てきたのはザイツェルンのみであり、他の4人は出てこなかったのだ
彼らが出てさえいれば、戦況は傾いていた可能性は高いのである
険しい顔を浮かべるファラは溜息を漏らす
『そういう問題ですかね?ボトムさんとリングイネさん、なんであんなアッサリやられたかわかってるのにこっちに振るのは将校としてどうなんでしょうかねぇ』
『貴様…』
『あんたら話してなかったでしょ。鬼哭グスタフの脅威をさ。知ってればあの2人は違うやり方取ってましたってのはルーファスさんが一番わかるでしょ?』
原因はケヴィン王子の指示、ファラはそう言いたげな様子にルーファス第二将校は言い返したくても、言い返せなかった
実際グスタフの関して話してさえいれば、彼らならいくらでもやりようがあったからだ
エイトビーストは自由人、王族のいう事は聞かない
その意味を誰もがまだ理解していない
『今回の戦争でよくわかったっす。エイトビーストと話し合ったんですけど』
ファラの口から、驚くべき言葉が発せられる
『今後俺達はあんたらのつまらない頼みはこりごりっすね。まぁ稼ぐ程度に勝手に参加はしますがね』
彼は椅子から立ち上がると、その場を立ち去ろうとする
これにはケヴィンが激高し、彼を無理やり引き留めようと入口にいた兵に止めるように命じる
しかし、彼は相手が誰なのかまったくわかってなかった
今回の戦争、シャルロットもケヴィンも彼と直接顔を会わしたのは初であり、エイトビーストという存在をまったく理解していなかったのだ。
だからこそ、王族は今知る
『止まれ!まだ会議は…』
風を切る音、それはファラが目にも止まらぬ速さで剣を抜き、そして道を塞ぐ5人の兵を一瞬で斬り裂いた時の音である
あまりの速さにルーファスも驚愕を浮かべるが、止める意思はない
苦痛を顔に浮かべ、倒れていく兵士を見下ろすファラは欠伸をしながら剣を納め、振り返る
(…やっぱ王族だな。ファーラットの方はこうではないと密偵に聞いているが…)
『ファラさん、待ってください!』
『シャルロット王女、人を動かしたいならばどうすべきかですよ。貴方もケヴィン王子も決定的に足りない点がある、前の国王もそうだったからあまり関係を持ちたがらなかったんです。今一度自身を見直さないと数年後に国…滅びますよ』
『貴様…ただで帰れると思っているのか?王族の前だぞ』
『ケヴィン王子、こういうの言いたくないんですけど』
ファラはそう告げると、鬼のような形相を浮かべる
これには誰もがギョッとし、身の危険を感じたのだろう
激高していたケヴィンでさえ、優男だと思っていた者が鬼と化したのを見て狼狽える
『外にエイトビースト控えてます。ここの面子で僕ら倒せないですよ?』
彼はそれだけ伝え、テントを出ていく
その後、ケヴィンはテーブルの上のグラスを手で払って怒りをあらわにするが、誰もが沈黙を保ったままだ
今後、何が起きるかを考えているからだろう。
(完全に見放されたってことですね…)
王族の中で権力が弱く、指示する将校も少ないシャルロットは頭を抱える思いだ
探すべき人物の情報もなく戦争にも負ける
何を得られずに大きな損害だけが残ってしまったからだ
ケヴィンを利用しようとしたはずが、共に背負う敗戦
自身が間違っていたことに気づくと、彼女は立ち上がる
『直ぐに帰還し、他国の侵攻に備える為に兵と警備の強化をしましょう。あとは今後敵国となるであろう国に使者を送って国家間の外交関係を築く意思を伝えなくては』
シドラードは負けた
拮抗した戦力差ならば問題はなかったが、今回は違う
倍の戦力をもってしても将校の首を誰も取れなかったのだ
それは秘密にしていてハーミット国王の死からの国の衰退を意味し、苦境に見舞われる入口に入ってしまった合図である
国王の死は持病での療養でここまで耐えしのいできたが、もう隠し通せない
他国が気づくには十分過ぎる敗戦であった
『お前に何ができる?兵は俺とロンドベルが殆どだ』
ケヴィンは吐き捨てるように言い放つ
まるで危機感を持たない彼に、とうとうルーファス第二将校が口を開く
『ケヴィン様、嫌でも動かさないと国が滅びます』
『他国にグスタフの様な男がいるか?選ばれし者がいたとしてもこちらもぶつければいい』
『他国にも化け物級と言われる傭兵がいるのをご存じないですか?イドラ共和国には狼人族の傭兵集団がおり、身体能力は当然人間以上です。ギュスターブの武功で薄れていたのですが。彼はエイトビーストと同等の力を持ち、ハーミット国王が夜の夜襲戦の際に3000の兵を狼人族300に返り討ちにされた事を知ってますか?』
ケヴィンは知らなかった
国内の事ばかりを見ていたせいで、相手の戦力の細かい所まで知らなかったのだ
『…リュシパー・ズールですね』
『シャルロット王女はご存じでしたか』
『ギュスターヴから一度お話を聞いてます。選ばれし者の次に強い傭兵だと』
イドラ共和国だけではない、シドラードに恨みを持つ魔国連合フューベリオンにも、勝るとも劣らぬ存在はいるのだ
それをシャルロットは知っていた
『魔国連合には魔族でメガロ・メタリカという魔導公爵オリマーを超える大魔法使いがいると、その魔法は街一つを吹き飛ばす威力とも言っていたのを覚えています。』
シドラードは特別じゃない、それをギュズターヴから聞いていたシャルロットだからこそ、国の存亡が近づいていることを話す
だからこそ、彼女はとある提案をケヴィンにするが、彼はやむなしで彼女の意見に頷いた
ルーファスはホッとし、シャルロットにバレないように彼女に頭を下げた
こうして戦争はシドラードの敗戦となり、負けたことによってシドラードはファーラットが自前に提案した条件を無条件に飲まなくてはならなくなった。
3年間の停戦協定、そして莫大な賠償金
領土や貿易関係ではないことにシャルロットとケヴィンは最初驚いていたが、ノアが何故この提案を出したかは3年後にならなければ彼らはきっと理解できない
ファーラット公国はノアの為に戦争、だからこそ公爵王ガーランドは出なかった
時期女王として王位継承するために彼女は3年の時間が確実に必要であり、シドラードの憂いを失くしたかったのだ。
ファーラット公国の他国関係はこれから変わっていく
その為に、彼女は西側の山岳地帯にそびえる国のリグベルド小国そしてその南に位置する大森林の中にあるキュウネル妖国との国交に彼女は力を入れる
それはノアが暗殺されかけた理由のきっかけとなったとある行動を起こすために
そしてシドラードは今後を考える為、重い足取りで国に帰る事となる
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