第50話 激突
ディバスター第五将校の前線では重騎馬に四苦八苦しながらも、ガンテイは脳筋を活かして何とか押し止める
少しずつ数を減らす傭兵は半数となり、そこでガンテイは限界を感じて1度後ろに下がる判断を下す
(なかなかに踏ん張ったろ!)
傭兵らがその場を引くと自然とミルドレットは端に控えていたディバスター第五将校の騎士を前に出す事となる
『騎馬50!歩兵200を送れ!早急にだ!』
『わ…わかりました!』
もうディバスター第五将校の持つ増援も回せぬほどになると、彼女は薄くなった端を眺めた
増援を送り続けた事によって左軍の端が次第に薄くなり、敵の騎馬を受け止める力が無くなっていたのだ。
(本当に怖い策ね…)
まだ増援はいる、しかしあえて最後尾に待機させているために敵の突撃大隊が来ても間に合わない距離なのだ。
それは敵を誘うためにグスタフが提案した策だ。
彼女は急に不安に陥りそうになるが、ステルスで姿を消していた彼に見透かされる
『落ち着け。ガンテイは下がった…、後方に控えている騎馬にも動けるように指示はしているな?』
『大丈夫です。』
『なら良し。まもなく崩れる』
グスタフはディバスター第五将校の率いる前線を指差す
しかしその姿は可能には見えない、それでも彼女はわかった
崩れる前線の修復に遅れが起きているのだ
じり貧寸前であるが、それは彼女達の仕事が始まる合図でもある
(もうすぐ…か)
始めての大きな使命、失敗は国の衰退を意味する。
大隊長という立場の彼女らはグスタフの指揮で動くといっても、重すぎる責任が肩にのし掛かる
『ミルドレット、誰もが恐怖から始まる。お前の感情は正しい』
『正しいですか…』
『土壇場の不安が杞憂、始まればお前は流れに身を任せろ。まぁ先ずは騙されたと思ってついてこい』
(そんな安易に…)
『来る…』
その時、リングイネ第三将校の軍の後方から多くの騎馬が端を通って突っ込んできた
先頭集団は旗を掲げており、描かれるは闘牛の絵
ボトム第四将校が持つシドラード王国屈指の突撃大隊であった。
300の大隊が3組、計900の騎馬が物凄い速度でファーラット公国前線近くまで駆けていく
突破力はルーファス第二将校でも止める事は困難と言われる精鋭の中の精鋭
ファーラット公国にその大隊を止めるにはロイヤルフラッシュ第二将校でなくては不可能とまで言われていた
しかし、彼女らは止める為にここにいる
止める為に動かずに我慢していたのだ。
その時が訪れると、グスタフはステルスを解く
テュポーンに乗る彼はメェル・ベールを空に掲げるとミルドレットに顔を向けて言い放つ
『黙ってついてこい。誰も経験できない景色をお前らに見せよう!』
『景色…ですか』
『強き者が示す道という景色。その先にお前の未来がある。』
彼女は彼の言う言葉の意味をこの時、理解出来なかった
だが兵として、ここまで来た以上は覚悟は決めていた。
やるしかない、いくしかない
空元気でもいい、敵陣に飛び込む為に彼女は熱を欲した
『敵の突撃大隊!まもなく左軍の横っ腹に!!』
騎士が叫ぶと、グスタフは静かに囁いた
『始める』
グスタフはテュポーンを走らせた
不気味な鳴き声は響き渡り、騎士達は鳥肌をたたせてもミルドレットと共に彼のあとを追う。
左軍から飛び出すと彼女は僅かに後ろを眺めた。
こちらの突撃騎馬大隊は計200、前には魔族のムツキそしてグスタフ
相手は大隊3つで構成された900、普通ならば踏み潰される圧倒的な戦力差
何故グスタフがそれほどまでに自信があるのか、彼女は一瞬悩む
兄であるガンテイからは化け物だと評価が高く、空を斬る光景は確かに圧巻だった
しかし敵の物量差がその信頼を薄めていた
『グスタフさん、あと10秒で…』
ムツキは冷静に敵との激突をグスタフに知らせた。
頷く素振りは無く、グスタフはメェル・ベールを肩から下ろして前だけを見る
敵の大隊も、少ない数で向かってくるグスタフらに驚愕を浮かべる
それは最後尾にいるボトム第四将校にも見えていた
『ボトム殿!敵が!』
『なっ!?轢き殺せ!手練れが先頭で間違いないが力の奢り過ぎだ!』
もしケヴィンが知らせていれば、結果は違ったであろう。
ミルドレットは打ち負ける不安、ボトム第四将校は轢き殺す自信
お互いの感情が答えを出していたのに、一人の男の存在がそれを良しとしなかった
ボトム第四将校は禍々しい馬に乗るグスタフを見て額に汗をかく
自殺行為に近い数での別動隊、先頭の男がどれほどの男なのか、彼は知らない
(あり得ぬ!その数で突破出来ると思っているのか!?それほどまでに先頭の男は強いと言うのか?!)
もう彼は止まれない
『さぁ、これが強者の景色だ!』
激突する瞬間、グスタフは叫ぶ
互いの武器が振られた瞬間にミルドレットは目を見開いた
(あ…)
まるでスローモーション
彼女の脳は最大限まで活性化し、そのような光景を写し出す。
音は無く、耳鳴りが響くその一瞬は彼女にとって生涯忘れる事が出来ない一瞬となる
そして、彼女は元の空間へと戻された
甲高い音、それはボトム第四将校らの突撃大隊よりも早いグスタフの斬撃による風を斬る音
音速を越え、軌道上には真空が生まれる
敵の突撃大隊の先頭集団らの体は斬り裂かれて吹き飛ぶ光景に、ミルドレットだけではなくムツキや他の騎士も驚愕を浮かべた
断末魔を上げる暇も無く、更なる敵騎馬の武器をも斬る鋭い斬撃はボトム第四将校自慢の突撃大隊を容易く薙ぎ倒していく
『兵ならば何をすべきかわかるはずだ!』
グスタフの声によりミルドレットは我に返る
兄であるガンテイが彼を評価した化け物という言葉の意味を理解するには十分過ぎた光景
『っ!皆の者!ハブれた敵を倒せ!』
『は…ははっ!』
グスタフの斬撃を免れた敵もいる
しかしあまりの突破力に呆気に取られる者やバランスを崩す者、ミルドレット大隊ならばそれらを処理する事は容易だった
『これは…』
その手に握る槍で突撃大隊の残りを倒しながら彼女は囁いた
これが強さであり、今自分達が駆ける道は強者だけが見ることが出来る景色
彼が作り穴という道をミルドレット大隊は駆け抜けた
『ミルドレット殿!』
彼女の近くを馬で駆ける騎馬大隊長輔佐が口を開く
目の前の光景に気を取られ、別の突撃大隊に出す合図を忘れそうになったのだ。
この作戦はこの大隊だけではなく、ディバスター第五将校の副官が持つ大隊が後方から距離を取ってついてきていたのだ。
敵の横っ腹に2大隊で突撃する予定であった
(くっ!)
彼女は素早く左手を空に掲げ、赤い魔法陣を展開すると頭上に火の玉を飛ばす
それが彼女の一番大事な使命でもあった。
もしグスタフがボトム第四将校の突撃大隊を突破できないと判断した場合、即時撤退
しかし、可能性がある場合はディバスター第五将校副官の大隊と共に突撃後、リングイネ第三将校の討伐へと以降、彼の逃げ場を無くす事だ
敵の突撃大隊一つをあっという間に薙ぎ倒してしまう力を見ては、失敗など微塵も彼女は感じなかった
『カプラ大隊長!ミルドレット殿の合図が!』
『見なくても前見ればわかる!なんだあの規格外な突破力は…』
『では我らは』
『うむ、我ら後続は大きく左に旋回!敵の横っ腹に穴を開ける!前に出てきたリングイネの逃げ道を無くす!』
戦場は一瞬で傾き始める
ボトム第四将校も勢い衰えぬグスタフの突撃大隊に驚愕を浮かべるが、今更避ける事など不可能な位置まで来てしまっていた
(なんだあれは…人なのか!?)
『ボトム殿!敵突撃大隊あと数秒で…』
『わかっておるわい!広がるな!中央に密集して固めろ!』
撤退など出来ない
相手が格上であると判断したボトム第四将校はグスタフの横をすり抜けて撤退できればと考えた
しかし、成功する可能性は無かった
『っ!?』
既に2つの大隊を蹴散らしたグスタフは彼の目の前に現れ、メェル・ベールを振り上げていたのだ
異常な迄の突破力、同時にボトムは見てしまう
(まさか…)
グスタフが乗る不気味な馬、タテガミである触手には前方を走らせた大隊長2名の首
それを目の当たりにし、ボトムは舌打ちをする
(上官首を狙って…)
『ぬぁぁぁぁぁぁ!』
ボトムは生涯で一番とも言える怒号を上げる
その手に握るハルバートを全力で振ると、悪魔の声が彼の耳に響いた
『首を貰うぞボトム』
グスタフはボトム第四将校のハルバートごとその首を斬った
宙を舞う彼の首はグスタフの乗るテュポーンの触手が伸びると、絡めとるように首を引き寄せた。
『さぁこのままリングイネの元に…っ!?』
この瞬間、グスタフに信号が届く
ドウケの気配が消失したこと、すなわちそれは討たれた事を意味する
(格上か、そこまで強かったとは…)
ノアのいるテントにて起きている事は彼は容易に予想出来た
不安が無いと言えば嘘になる彼は、自身が言われたことに意識を集中することを決める
(死なれては困るぞノア)
グスタフはムツキそしてミルドレット大隊と共に、リングイネ第三将校の軍の横っ腹に向けて突っ込んでいく
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