第48話 開戦
開戦まであと1時間、殆どが配置につくと俺は欠伸をしたままテントから出る
ミルドレット騎馬大隊長がしびれを切らして来たようだが、俺はちゃんと起きてる
『グスタフ殿、もう全員配置についております』
『ならば行くか』
『馬を用意しております』
『大丈夫だ』
彼女は首を傾げる
まぁ突撃隊で馬が無いのは致命的だ。
最初からこの話が持ち上がった時に馬は必要になるからな
シドラードの居た時は乗っていなかったが、馬術に自信はある
ミルドレットは辺りを見回してるけど、きっと俺の馬を探してる
『眷属召喚・テュポーン』
黒い魔法陣から姿を現すそれは馬、しかし馬とは言えない不気味さを持つ
馬特有の毛は触手のようにうねり、目は赤く染まっている
口は草食動物と言えないほどに鋭利であり、無限に餌を食す異次元の胃袋を持つ
物理・魔法共に耐久性が高く、音速を駆ける
『これは…グスタフ殿』
『驚くなミルドレット、俺の馬だ』
テュポーンは膝をつくと、俺は彼に乗る
立ち上がると同時に武器収納スキルで左手にメェル・ベールを出現させて肩に担ぐ
瘴気のような物を放つ馬に驚くミルドレットや側近の騎士らだが、見慣れぬ魔物だから仕方がない
『ランクAのテュポーンだ、可愛いぞ』
『ヒュルルルルル…』
不気味な鳴き声に、ミルドレットは苦笑いを浮かべると
もっともな事を口にする
『味方で助かります。』
『うむ、ガンテイらは?』
『配置についてます。』
ならば俺待ちか、2度寝は失態だな
彼女の誘導で俺はディバスターの配置される軍へと向かう
今日はいつも以上に静かだが、開戦前はこんな感じになることが多い
シドラードの場合はバタバタしていたけども、あっちはきっとそうだろう
すれ違う騎士達が俺を見て足を止め、蛇に睨まれたカエルのような状態になっている
見慣れぬ魔物に固まっているようだな
(この馬ならば、ファラの自称女が見るだろう)
エイトビーストが出てこなければ勝機はある
勝たせると言っても今回は俺が暴れるわけでもなく、ファーラットの騎士らが主役だ
勝敗は中央に委ねる、それが俺の役目だ。
目立ってるけど、エイトビースト対策でこれしかないんだ
彼らが出ると非常に不味いからな
大平原につくと、後方にいた騎士達は口を開けて固まる
俺は気にせず、ガンテイの居る場所に向かうと彼は少し驚くだけであとは笑っていた
いつも通り、規格外な奴だ!とかな
『テュポーン…ですか』
『ムツキ、知っているか』
『魔王様と同じ魔馬ですから』
『アドラメレクと同じとはな』
『知っているとは…』
驚いているな、まぁアドラとは一緒に飯を食った仲だ
そのうちまた会うだろう
傭兵らも驚きを声にしているが、反応している暇はない
あと10分程度で開戦だからである。
誰もが生き残る為に長く続く一瞬を何度も続け、決断をするだろう
国の為に命を投げるか、剣を置いて背を向けるか
だがしかし、ここにいるのは命を賭ける騎士達だ
傭兵は別として、ファーラット公国軍は手練れが揃う騎士
彼らはただ静かに敵国を眺めて合図を待つのみの英兵である
騎士の生き様を汚すわけにもいかない、俺はただ抑止でいるべきだ
『グスタフ殿、私らはいつでも』
『ミルドレット、開戦しても俺の指示無しで決して動くな?多少の穴はディバスターの大隊に任せろ』
『はい!』
『ボトムの突撃隊が来たら動く、あいつらは旗を掲げるから容易にわかる。それくらい突破力があるからこそ他国から危険視されているのはわかるな?』
『存じています』
『作戦通り、動けば大丈夫だ。深呼吸しろ?』
『は…はいっ!』
少し緊張しているな
彼女の側近も初めての大仕事の上司を見て心配そうだが
それを和らげるのは俺じゃない
『がっはっは!どうしたミルドレット!?毛が生えてから人間味あるな!』
『連れてこなけりゃよかった!』
『大丈夫大丈夫、お前らが開けた隙間は俺達が広げる』
兄弟だからこそ、プライベートが混ざるからこそ少し緊張が解れた
苦笑いするミルドレットの部下たちだが、刻一刻とその時は来る
きっとエイトビーストは俺を警戒する
素性の知れぬ相手を前に戦わない奴等だ
上手くいけばいいが、後ろが気になる
(一応、ドウケを配置したが…)
もしシャンティが予想外な力を持っていた場合、非常に不味い
その時はノアの運に任せるしかない
(ケヴィンめ、面倒な事をする)
俺がジキットと共にノアの近くにいれば良い
でもそれは無理だ。戦場でエイトビーストが猛威を震う
面倒な戦は久しぶりだが、ノアなら大丈夫だ
『ヒュルルル』
『良い、襲いかかる人間は食い殺せ』
『今、食い殺せって…』
誰かが呟いたな、騎士か
ムツキも馬に乗り、鉄鞭を手に大欠伸だ
彼は肝が座り過ぎてるのが良いな
『グスタフさん、後ろついていきますね』
『ふむ、報酬は俺が出そう…。言い値でどうだ?』
『それは結果が出てからで』
『面白い』
そして、開戦前の赤い狼煙が上がる
始まりの合図はルーファス第二将校になっていると聞いていた
ここから彼は見えないが、声だけは聞こえる
風魔法で拡声効果のあるあれを使ったのだろう。
『ルーファス第二将校である私が開戦を謳う!両国共に国の為、未来の為の正当なる理由の元に集まりし者らに告げる!ハイペリオン戦争条例によりこの戦は行われる!よって無駄な血は流さぬ事をここに誓う!』
『ん?条例てなんだグスタフ』
『ガンテイ?マジか?』
『そこは知らんぞ?』
『将校が降参したらその軍は敗走扱いで追撃禁止。討ち死には引き継ぐ者がいれば継続でいないと敗走扱いだ。そして毒物禁止』
『ほう!なるほど!』
(勘弁してくれガンテイ)
ハイペリオン戦争条例は複雑な箇所はあるが、一先ずこれで大丈夫だ。
『両国の検討を祈る!!シドラード軍、前進!!』
始め、とは言わない
攻めるのはあちら側だからな
結構な数のシドラード兵が前に進み始めるが、やはりスローテンポだ。
あっちは確実に攻め難いだろうに
馬避けの杭や塹壕はこちらの弓騎士の射程範囲であり、壊して進むのは難儀だ
前衛は無視して進み、後発に対応させるしかないからだ
『始まったか』
ガンテイの笑みも消える
両手に持つ片手斧を器用に回しながら斜面を降りるシドラード兵を皆が眺めた
こちらの前衛は盾で固め、直ぐ後ろは槍や剣を持つ騎士達だ。
500メートルあるだろう距離をシドラード兵の津波が押し寄せる光景は流石の騎士も息を飲むほどに圧巻だな
『グスタフ殿、ロイヤルフラッシュ殿の軍が数歩前に…』
『味方の将校にメッセージだろうな。左右が押し負ければ中央が終わるから頑張れってな』
『そんな…昨夜なんも…』
ミルドレットは溜め息を漏らすが、きっとロイヤルフラッシュも気分が変わったのだろう
数歩からまだ進むか…20歩くらい進んだな
しかも前衛にロイヤルフラッシュの旗があり、大将自ら前にいることを示している
(凄い奴だな、ルーファスも出たいだろうが)
作戦を優先する男だ、来れない
『武将の気まぐれは戦争ではよくある。皆もよく聞け』
声を大にしなくても、俺の声は周りに聞こえる
騎士達は神経を最大限集中しているからだ。
だからこそ、この声は届く
『ロイヤルフラッシュ第二将校は前進したということは左右の軍が崩れればあいつは死ぬ。大きな使命を俺達は担う事になるが恐れる事は無い』
騎士達は顔を向けずとも、耳を向けている
俺の声はミルドレット大隊の彼らの胸に深く刻み込まれる
『怖くなったら俺を見れば良い、ノア様が女王となる為の大事な一歩である戦争で負ける事は万が一にもあり得ぬ。ハイペリオン大陸最高の練度を誇るファーラット騎士よ。今それを見せる時、奴らに刻み込め!騎士とは何なのか、戦いとは何なのかをこの戦場で相手に叩き込め!』
テュポーンが鳴くと、瘴気が溢れ出す
騎士とは単純であり、強き者がいるとわかれば自らの士気に変える
彼らが握る剣に、力が宿る
『ミルドレット殿!あと1分でぶつかります!』
馬上から前方を監視していた騎士が叫ぶと、ミルドレットは彼らに大声で指示を出す
『我らは何があっても我慢だ!味方を信じろ!』
俺達はボトムの突撃大隊が出てくるまでは待機である
他はディバスターの部下らで崩される穴を援護しに行くしかない
だが俺はミルドレットと共にディバスターに話していたことがある
ある程度の余裕があっても、一度崩すという作戦だ
こちらの援護が間に合わなくなれば、あちらは直ぐに気づくからだ
誘い込み、と言うべきか
ボトムが罠にひっかかるとは思えないが、これは賭けだ
事前に俺の事を聞いていれば策としては機能しない場合が高い
しかし聞かされていない場合、彼は来る
『グスタフさん、ボトムがこちらの情報を聞いている保証はどうでしょう?』
ムツキが口を開く
これには周りの騎士も気になるのか、目を向けてくる
一番重要な事だから、答えないと彼らも不安になるだろう
『不確定な情報をケヴィンが将校らに話す可能性は低い、もし話していたとすればボトムとリングイネがいるであろうこちらの敵軍の兵は更に多い筈だ。密偵の情報通り変わりはない事がその証明だ』
『ならば彼は来ると』
『残念だが、その可能性が高い。』
しかし予想でしかない
結果が全て、それに合わせて俺達は動く事を強いられる
『正面!まもなく!』
シドラード兵は馬避けの杭や塹壕に苦戦しながらも、スローテンポでこちらの先頭の騎士達の目の鼻の先まで来た
距離としてまだ100mだが、全軍はそこで動き出す
『弓兵!魔法兵団!放て!』
けたたましい号令、弓や下位魔法が敵へと放物線を描いて撃ち放たれた
火弾や氷弾、そして下位でも珍しい雷属性の魔法である雷弾など色々な魔法が綺麗だが、相手にとってそれは自分の命を狙う攻撃でしかない
突撃の威力を軽減する為、激突まで敵前線を薄くさせる目的ではあるが、それでも相手の数は多い
『ぶつかるぞ!』
こちらの攻撃を掻い潜って辿り着く民兵やシドラード兵は決死の覚悟で辿り着くと
本当の戦争が今始まったのだ
怒号や悲鳴、金属音が鳴り響く前線が生と死が入り乱れる空間、彼らは自国の為に必死に剣を奮う
たまにシドラード側から放たれる矢は来るが、こちら迄は届かない
『始まりましたね』
『ミルドレット、場慣れはしていないようだな』
『小競り合い程度ならば経験はありますが…』
『これは小競り合いレベルではない、互いの国の今後をかけた戦争だ。』
『ですよね、緊張してないと言えば、嘘になりますが』
『緊張しておけ、それは大事な戦だと実感している証拠だ。お前は俺が前に出たら必死でついて来ればいい、左右から押し込もうとする敵を薙ぎ払いながら離れず来い』
『了解しました。』
一先ずは大丈夫
あとは…エイトビーストか
『千里眼』
俺は遠くに目を向ける後方に見えるシドラード陣営、そこから見ているであろう者たちがいるかどうか確かめたかったが、見えるのはファラの女みたいな立ち位置のメラだけだ。エステやチャーリー、エルマーやファラは見えない
(姿を隠してメラに託したか)
こちらが様子を見ているのは見透かされているか、流石だな
戦況はまだ変わらない、左右そして中央は押し込まれることなく削り合いが続く
するとこちらの左軍の端が次第に押され始めるのが見える。
まだ立て直す事が出来るだろうが、どうやら民兵らしき者がいないからだろう
リングイネ第三将校が持つ重騎兵が前に出ているからだろう
重騎兵は馬に乗り、斧のような刃を持つ斧槍を手にこちらの前線をなぎ倒している
他の兵より体が多く、馬も二回り大きい
ディバスター第五将校は保有する弓兵らが後方から矢を放ち、足止めをしているが時間の問題だろう
『ミルドレット、ガンテイと傭兵を動かして馬を狙え、落とせば槍騎士でいくらでも対応できる』
『もう崩れかけてるんですか、兄さんに指示を送らなくては』
『あいつならわかる!行かせるだけでいい!』
彼女らは見えない
俺の馬は少し大きいから見えるのだ。
ミルドレットは首にかけていた笛を2回強く吹き鳴らし、その手に持つ槍を崩れそうな前線に向ける
するとあの男の声が大声を上げたのだ
『出番だな!ガンテイ傭兵団!行くぞ!』
可哀そうな名前だなと思いながら、前線に走っていく彼らを見送る
まだこちらの後詰めを使うわけにはいかない。あと30分は耐えてもらわないとな
数分おきにミルドレットに監視役からの急報が何度も入る
それは増援要請は殆どだが、彼女は焦りながらも的確な指示を出してディバスターの兵を動かす
本当の実践はこれが初めてだから仕方がない点はある
間違えた判断は仲間を犠牲にしてしまう為、彼女は気が気ではないだろう
功績次第では、昇格もあり得る大きな戦いだな
『アドラ第六将校殿の左軍!ザイツェルンが前線に!』
慌ただしく騎士がミルドレットに嫌な連絡が入る
絶対防御ザイツェルンと言われる巨躯の男、彼はエイトビーストの中で随一の耐久を持つ
彼が出てきたことに俺は驚きを浮かべるが、仮面の下からではわからない
(…なるほど)
ミルドレットが困惑した様子で俺を見ている
アドラの所は歩兵騎士が殆どであり、後方に控えている魔法騎士団の下位魔法では盾で簡単に防いでしまう。
あいつ1人で上面を崩す力を持っている為、アドラには荷が重い
『グスタフ殿』
『どうやら俺の出方を見ているようだな。』
彼だけ?あいつはやりたい事をやり思考がある
ファラの提案を無視したという可能性もあるからなんとも言えない
崩されたこちらの前線はあいつがいる限り、押し込まれるだけ
動かなければいけない状況であることに気づいた俺は右手を上に掲げた
『あいつに丁度良い相手を差し向けよう…』
黒い魔法陣を空中に展開
見た事もない魔法に周りの騎士は空を見上げ、ザワめきだす
メアに戦場を任されている以上、エイトビーストだけは俺が対処せねばならん
出し惜しみは出来ない
『眷属召喚・ガルヴァンプ』
それは邪悪な姿で俺の頭上に現れた
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