第47話 思惑

アクアリーヌ防衛戦、その当日は各国が朝から忙しなく動き、そしてピリピリした雰囲気を漂わせていた


ファーラット公国軍総勢約3万4000人

グスタフが配置されたディバスター第五将校軍が率いる左軍は約5000

大将であるロイヤルフラッシュ第二将校率いる中央は1万

そして右軍はアドラ第六将校が率いる7000である


シドラード王国が総勢約6万1000人

左軍はリングイネ第三将校が率いる9000の兵にボトム第四将校の突撃兵が約1000が前衛の真後ろに控えている

中央はルーファス第二将校率いる1万5千の兵、後方に控えるはローゼン工作将校が持つ投石部隊や工作部隊合わせて1000

そして右軍はジップ第五将校が持つ9000の兵


攻城戦でない場合、これは致命的な兵力差となる

大平原と言う場所は策が安易になりやすく、地の利を活かせないファーラット公国は大きな不利を持っていたが、それは昨夜までの話であった

左右のどちらかが瓦解すれば、戦力差を覆す好機が生まれるからである

しかし、ファーラット公国は2つの戦いを強いられている

時期公爵王ノアを守る事と戦争でアクアリーヌを守る事


シドラードはノアの暗殺という名目はこの時点でおまけとなる

ノアを打ち取れば、王国は今後他国に動きやすくなる予定だったが、討てたとしても戦争で負ければ意味がないのだ。

他国に死神が不在であることと、エイトビーストの分裂が気取られるからだ

だからこそシドラードの王族であるケヴィン王子は深刻な面持ちで本部であるテントで椅子に座り。唸り声を上げていた



『ケヴィン、今なら間に合います…。停戦協定を』

『ここまで来て変えれるか!数は圧倒的にこちらが上だぞ』

『ファラ殿からも聞いている筈。交渉の内容次第では…』

『もう兵は前に出した。超位魔法などノアの脅しだ』


(何故…私はただ)


とある人を探す為、参加しただけ

最初の話ではギリギリまで相手の出方を待って交渉する意向はケヴィンにもあった。

しかしノアとの会談で彼は意固地さを発揮してしまったのだ。

この国は弱い、あの人間がいなければ何も出来ないと言われた気分となった王子はヤケになっていた


(こうなるなんて…)


『お前もわかっているだろう?ここで勝たないと今後、イドラ共和国や魔国連合フューベリオンが動き出すぞ?停戦協定にも穴があるのはわかっているだろう?』


シャルロットは頷く

国同士内密な話となると、今シドラード側は交渉の内容では確かに情報漏洩を回避できる。

だがしかし、ファーラット公国との協定の中で都合よく行く筈がない

そう思えるような歴史がシドラードにはあるからだ


『ケヴィン王子、全軍配置についたとの報告が』


テントに入ってくる兵が王族の前で膝をつき、その時を始めれる報告をする

重い腰が上がらないケヴィンは薄々と有利であった戦いが実はそうではないのかもしれないと思い始めていた

だが彼には戦争を仕掛けなければならない理由がある


『…1日目は予定通りでいけとルーファスに伝えろ。時刻は予定通り10時だ』

『はっ!』


去っていく兵の後姿を見て溜息を漏らすケヴィン王子

再び椅子に座ると、近くにいた側近に飲み物を頼む

シャルロットはそんな彼を見て心配になるが、それは上辺だけだ

彼女もケヴィン王子やロンドベル第二王子と同じく、権力を手にしなければならない理由がある


王族の権力争いに綺麗ごとを求めてはいけない

彼女は今、この時にそう決めたのだ


(その為には、あの人の力がないと)


各所では、戦争の為にシドラード陣営の兵らは慌ただしく走る

馬の補充、武具の不備があればギリギリまで交換する作業が後方支援にはある

そんな彼らを、ファラは部下を引き連れて大平原に向けて歩きながら眺めていた


『始まりますね旦那』

『馬は用意できてるか?』

『言われた通り100頭、アッシらはテントにて』

『あぁ待機しとけ、今日は様子見だ…そうだろう?』


ファラの部下に紛れて歩く女帝エステと魔導公爵エルマー

彼らの返事はなく、反応もない

それが返事だと思い、ファラは苦笑いを浮かべる


『反対側にいるザイツェルンとチャーリーはどうだと言っていたの?』

『様子見だとさ。だから今日は暴れない』

『まぁ利口ね。単純なアタッカーならば反対側で暴れてくれた方がいいのだけれど…』

『おっほっほ、魔法となると届く可能性がございますからねぇ。私でも反対側に飛ばす事は容易です。さすればあの御仁も』

『なるほどな…てか部下を忍び込ませて聞いた情報なんだけどよ?このタイミングで北からフューベリオンの旅団が水平線に見えてるらしいぜ?』


魔国連合フューベリオン

シドラード王国とは敵対関係になってしまった他種族国家であり、その対応は第二王子フルフレアが対応しているという情報をファラは手にしていた

だがしかし、様子を見ているだけだということは確実だ


ファラはいきなりシドラード王国が面倒な状況に陥り過ぎたとわかり、頭を掻く


『まぁある意味俺達にとってはだが。お前ら楽しみにしているだろ?』


ファラの問いに対し、2人は答えない

だがいつもよりも足並みを揃えてくれている事が答えとなる

ファーラット公国が隠していた人間兵器、鬼哭グスタフがどういう存在なのか

エイトビーストとどう違うのか見定めるチャンスなのである


『この戦でわかりますなぁ。ファーラットの本当の戦力』

『面白い時代になるわね。まぁ私はあいつが見つかればボコボコにするけど』

『エステちゃん。怖いよ』

『股間消し飛ばすわよ?ちゃんはやめなさい』


冗談を入れるほど、彼らは落ち着いている

彼らだけではない、戦場に赴いている兵らもだ

相手の戦力が予想以上かもしれない事は、王族とエイトビーストしかしらない

それがどう結果に繋がるか、誰もわからない


ファラ達が大平原に辿り着くと、ファーラット側を見て唸り声を上げる

馬避けの杭、そして多くの塹壕が中央付近に展開されているからだ

それはこちらの勢いを殺し、防衛しやすくするための逆の発想だったのだ

塹壕は深く、埋めるには時間を要する

馬避けの杭は左右に多く設置されており、力を中央に集めようとしている

だとしても中央には塹壕多くあるので、勢いは止まる


(単純で面倒な仕掛けだが、1日目をしのぐための意地悪か)


ある程度、押し込まなければならない

その為にはエイトビーストも参加しなければならないが、1人の存在がそれを妨げる


ファラは馬に乗り、後方からファーラットの軍を眺めた

数はこちらの半分、異様に少ない右軍の兵を見て部下であるメラに千里眼を使うように指示をする


『いたか?』


『ち…ちょっと!?何よアレ!?』


あまりの驚愕を浮かべるメラに誰もが驚いた

彼女は馬から落ちてしまうと、ファラは慌てて馬を降りて彼女に近づく


『どうしたメラ?何を見た?』


彼女はどう説明していいか、わからなかった

放つ言葉は『悪魔がいる』

エステやエルマーはその言葉を聞き、目を細める





同時刻、中央に配置されているシドラードのルーファス第二将校は白い馬に乗り、ファーラット公国軍を眺める

周りにいるのは鍛え抜かれた彼の精鋭部隊が500、銀色に光る鎧を纏い、シドラードのシンボルであるワシの刻印が刻まれている剣を手に、ルーファスの号令を待つ


(鬼哭グスタフ…か。しかし)


いかなる猛者であれど、数には勝てない

それは彼でもそうである

しかし、彼の知る強者以上の者であった場合、彼は考えていることがある

そうならぬよう、彼でさえ1日目は戦力を温存するために相手の出方を見る必要がある。


『ルーファス様。相手は完全に…』

『ぶつかる馬鹿ではないようだが当たり前か。こちらは民兵が前に多く配置されているから練度が高いあちらの騎士ならば斜線陣しかないと思っていたがな』

『しかし、それでは…』

『あぁわかっている。成功してもその後が問題だから彼らはしなかった。ノア王女は利口だ』


ファーラットとは決して敵国ではなかった

しかし、ケヴィン王子が王の座についた時に彼女が邪魔になるのだ

去年にガーランド公爵との会談での話をケヴィンはシャルロットから聞いており、それが彼にとって都合は悪過ぎるのだ。


王政と宗教の分断化、それはケヴィンにとって今後影響が出る

ルーファスは彼がどのような組織を持っているか、知っていた


(ケヴィン様も、あの組織から解放されてほしいものだ)


一瞬だけルーファスは悲しい顔を浮かべたが、それを見た側近は目を背ける

直ぐにルーファスは顔を正すと、戦うべき敵国を見て口を開く


『ファーラットは良い国だ。特にロイヤルフラッシュという老いても将校として武勇を轟かす者がいる。彼とこんな形で会う事になるというのは複雑だ』

『…行きますか?』


ルーファスは返事をせず、馬を歩かせる

戦争前に必ず大将同士で顔を合わせる仕来りがハイペリオン大陸の各国はある

彼は馬を歩かせながら色々とこの戦争に関して考えた


もしノア王女が暗殺されたら、我が国はどうなるのだろうか

もし全てが上手くいかなかった場合、我が国はどうなるのか

どちらの転んでも、国に住む民にとってより良い国になるのだろうか、と

そうしているうちに彼の前にはファーラット公国軍の大将であるロイヤルフラッシュ第二将校がいた


彼の側近も精鋭の中の精鋭

茶色い馬に高貴な鎧を纏う男、鎧には黒や赤などのラインがある

その中でもロイヤルフラッシュ第二将校の乗る馬は大きく、そしてたくましい

手に握る鉄鞭は全てを薙ぎ払い、いかなる盾を吹き飛ばす剛力

ルーファスは小さな溜息を漏らすと、最初に口を開く


『こういう形で出会うと思わなかった。私はルーファス第二将校である』

『同意する。しかし我らは王の道を示す存在、酒でも片手にここで語らいたいが…』

『それは遠い先の話になりそうだ。グスタフという男は元気か?』

『ふんっ、あの馬鹿か』

(毛嫌っているのか、まぁ内情はわからんな)

『まぁ良い、俺は策など必要ない…。中央はひたすらお前を目指すぞ』

『ふっ…、やはり同じ馬鹿で助かる。左右は左右で動く、私は真っすぐお前を見る』

『…検討を祈る、ロイヤルフラッシュ第二将校殿』

『こちらもじゃ、ルーファス第二将校殿』


彼らは背を向け、自軍へと下がる

出会い方は間違ったと言っても、2人は楽しみにしていた

この場合、攻めるのはシドラードだ

ロイヤルフラッシュ第二将校は自軍に戻りながらも思う


(ここまで来い、ルーファス第二将校殿)


開戦まで15分、ロイヤルフラッシュ第二将校は自軍を見回す。

そこで彼はようやく気付いたのである

ディバスター第五将校の持ち場の様子が可笑しい事を


(問題か?否…違う、あれは…なんだ?)


彼もまた、その者を見てしまう

あの時に交えた模擬戦とは違う様子に驚愕を浮かべた

彼は一体何者なのだと、彼は人間なのかと


『ロイヤルフラッシュ様?』

『…この戦争、どうなるか見当がつかぬ…』


彼は額を流れる汗を無視し、敵軍に顔を向けた




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